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人形の館(3)

 執事さんが窓際のスイッチを押すと、縦になっていたブラインドが回転して外からの視線をシャットアウトした。

 モニターに映ったのは、広い体育館のような場所だった。

 武道大会でも始まるのか、と思っていたら、出てきたのはマリオネットを抱えた二人の女性だ。

 三メートルばかり離れた白い線の上に、二体のマリオネットが立てられる。

「これって、ロボットバトル!?」

「なのですー」

 クローズアップ画像とともにスペックの紹介が流れる。

 ……わからない。

 ナノアクチュエイター? 電磁ブースター? トルク四五〇ニュートンメートル?

「装甲()戦記なのー! メダバトラーVなのー! フレイムロボ蘭なのー!」

 メリーさんは別の所で興奮している。懐かしのロボットバトルアニメだ。

 ピッ・ピッ・ピッ・ポーン!

 電子音とともに戦いが始まる。空気抵抗を少なくするためなのか、双方ともほぼ素体だ。ただ、がっしりタイプと痩せ型タイプなので区別はつく。

 がっしりタイプは殴ったり蹴ったりで重量感のある攻撃、痩せ型は映画のカンフーのようなアクロバティックな動きだ。どちらも人間の動きを3Dスキャンして記憶させ、再現したものだろう。

 試合は三分ほどで片がついた。

「ペパーミント・ラングレン七世対ジャッキー・チャン、ペパーミント・ラングレン七世の勝利です。決まり手は空気投げによる場外への投擲。最終オッズは一・一倍です」

 七世というからには改良を重ねてきたのだろう。オッズから見て挑戦される側というわけだ。

「ケーッケッケッケッ、ワタシノ敵ジャナイ」

 人形用の椅子に坐った雅ちゃんが不穏な発言をしだした。

「雅、はしたないのー。それに、あんたは包丁を持たないと何もできないでしょ」

「持テバ無敵」

 滑舌がよくなったのは、ゼンマイをまいてもらったおかげか。

 執事さんとメイドさんは真面目くさった顔で控えている。ここはそういう店なのだ。

「次の試合は十五分後です。ベットはいかがなさいますか」と執事さん。

「一度くらい賭けてみてもいいけど…… 今、ここにいるのはあたしたちだけ。人形の館も全国に支店があるわけでもないし、どうやって賭けが成立するの?」

「世界中のマリオネット愛好家の皆様がネット中継で参加されているのです。実際の試合はバトルアリーナでご自分の目でご覧いただけます。いかがでしょう」

「そうね…… 見るだけなら。いいよね、サツキ」

 メリーさんは、眼をきらきらさせている。

 私は狡猾な罠の臭いを嗅ぎ取りつつも、相棒からのお誘いからは逃れられないのだった。


 リムジンでの移動はわずか一分ほど。私たちは「バトルアリーナ」と呼ばれる場所に連れて来られた。

 と言っても、体育館のような建物があるわけではない。おそらくはゴルフ場だったろう芝生の原に建った三階建ての洋館――そこがマリオネットが戦う会場なのだ。

 中に入ると大きなロビーがあり、一面赤いカーペットが敷き詰められている。そこにはまばらにお客さんがいて、軽食をつまんだり談笑をしていたりする。

「あら、あなたたち、こちらでお会いするのは初めてね」

 バスでメリーさんに席を譲ってくれたおばさんだった。手には何かのカクテルを持っている

 私は愛想笑いを浮かべる。

「何分、初心者なもので」

「わからないことがあったら何でもきいてね。こう見えても私、古参の方なのよ」

「はいのー。利益は出ているの?」

 聞きにくいことをずばりときくメリーさんだ。

「そうね。収支トントンというところかしら。正直言って私、技術的なことは全然分からないの。だから、見た目とか雰囲気(オーラ)で賭けているのよ」

 要するに、完全な素人さんなのだ。

 私も思っていたことをたずねてみた。

「人形――マリオネットが戦うのを見ていてつらくはありませんか」

「でも、人が殺し合うよりはましでしょう」

 あっさりと怖いことを言う。

「ほら、子供の頃のお人形遊びって、ヒーローと怪人とかに見立てて戦わせたじゃない。それと一緒。それに、マリオネットグローブの理念は、『戦争をなくして人形で遊ぼう』だから」

 おばさんが指さす壁画には、なるほど「Cease the war, play with dolls.」と書いてある。ちなみに「cease」という単語を見たのはこれが初めてだ。

「つまり、代理戦争……」

「そう。オリンピックよりもずっと効率がいいのよ。それに、技術の発展にもつながるでしょ」

 おばさんはひとしきりオリンピック批判をする。多くの犠牲を払って超人を育成し、国力の優劣を決める。けど、その過程で生れる脱落者の行く末は? とくに障害を負ってしまった者はどうすればいい? といった感じで。

 ……よほどいやな思い出があるのだろう。

「あら、もうすぐベットがしめきられるわよ。あなたたちも席について。あ、まず最初に賭け金をポイントに変えなくちゃね」

 私たちはおばさんについて行く。

 銀行の窓口のような所で、現金をポイントに換える。

 メリーさんも、札束から十枚を取り出してVIPカードとともに窓口に渡す。周囲の人たちは両替機を使っていたりする。

 アリーナ中は拍子抜けするほど狭かった。小学校の体育館くらいだろうか。

「ベットは席の端末で出来るわよ。やり方は、若い人ならきっとわかるわね」

 おばさんは自分の席に戻る。

 さすがにセレブ向けのアリーナだ。シートの素材はふかふか、間隔は広くデザインも凝っている。ペアシートに入ってVIPカードで登録する。

「ふんす!」

 メリーさんの鼻息が荒くなった。


「負けちゃったのー。次は勝つのー」

 メリーさんは涙目になっていた。

「ちょっと、熱くなりすぎだよー」

「大丈夫、次は勝つのー」

 メリーさんは両替機に紙幣を突っ込む。

……まさか、倍賭け!?

 そう。倍賭け法は勝ち率五〇パーセントのギャンブルでの必勝法だ。ただし、無限の資金があると想定して。

 そして、実は倍賭け法はそれ以上の倍率でもいい。むしろそうするとリターンが大きくなる。利益が出たところですっと帰るのが最善策だ。けど、そこで欲をかくのが人間というもの。どうやらそれは怪異も同じようだった。

 またしても損失を出したメリーさんは、セオリー通り四〇枚の札を両替機に突っ込んだ。そして残りの札を口をへの字にして睨んでいる。

「やめときなよ。今月の生活費くらいは残しておこうよ」

 ふんす!

 突っ込みやがりました。

「今度こそ勝つのー! 確率論的には勝ったも同然!」

「ちょ、おま…… それは倍率二倍の場合で……」

 欲に目がくらんでいる。てか、一度突っ込んだ札はもう返ってこない。

 そういえばこいつ、大学講師の収入もあるんだっけ。たまにマイナー言語の通訳の仕事もしているし、まあいいっか。

 そもそも元は怪異なのだから、本当は何も食べなくていいはず。

 にしても、異様なのめり込み方だ。横を見ると同じような賭け方をしている奥様がいる。目がくぼんでヤバい感じだ。それを察したのだろう、数歩の所に警備員が貼り付いていたりする。

 運が悪い時はそれがさらに重なるものだ。ついにメリーさんはすっからかんになってしまった。


 いくら仲のいい相棒でも、自由意志は止められない。メリーさんが両替機にクレジットカードを突っ込むことを阻止することは出来なかった。

 けど、思わぬ天の助けがあった。クレジットカードが突き返されたのだ。

「何ですか、世界一信用度の高いウィンチェスター家のカードを」

「いや、多分それ、日本で使えるところはほとんどないから」

 私は、ミーニャ・ノインレーベンの手を振りながら突っ込む。

 ここの参加者は大体、人形を抱えながらうろうろしている。いちいちカートを引いて回るのも格好悪いので、そのまねをしてみたのだ。

「窓口で文句を言ってくるのー!」

 雅を頭にのせたメリーさんは、ずんずん先へ行く。

「ちょっと、やめなってー」

 しかし、怪異の進撃は止らない。

「すみません。このカード、使いたいんですけど」

「はあ……」

 窓口の人も困っている。

「世界中で使える信用度一番のカードなの!」

「そうおっしゃいましても……」

 警備員を呼ばれるか、と思ったが、さっきの顔色が悪い奥様につきっきりだ。最初からマークしていたところからすると、会員の中でも問題児らしい。あ、こっち来た……

「あなた、『地雷姫殺人事件』の姫ちゃんのコスプレよね」

「は、はい」

 勢いに呑まれる。

「これ、あげる」

「えっと、これは?」

「姫ちゃんと言えば出刃包丁。……必要でしょ」

「は、はあ」

 紙の包装がついたままの箱を渡される。

 何ぞや!?

 首をひねっていると、警備員が丁寧な口調で言った。

「それをお渡し願えないでしょうか」

「はい……」

 その時、メリーさんの声が響いた。

「ちょっと待ったー! その包丁を渡すのですー!」

 私も警備員も 、その場で硬直したのだった。

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