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人形の館(2)

 嘉月堂(かげつどう)本店。そこは四条河原町(かわらまち)にある老舗(しにせ)人形店だ。ショーケースにはきめ細かな細工の御所人形や犬筥(いぬばこ)が飾られている。結納用品という立て札の向こうには翁媼(おきなおうな)人形に松竹梅(しょうちくばい)の飾りと、およそマリオネットとは無縁の品が飾られていた。

 中に入る。壁の棚にあるのはほとんどが展示品(サンプル)だ。奥の小上がりでは品物の包装をしている人がいるくらいで、レジの横には誰もいない。また観光客が迷い込んできたか、程度の無関心さでこちらをちら見するくらいだ。

 が、メリーさんが雅ちゃんをカウンターに置くと、さすがに店の人が立ち上がった。

「ようこそおいでやす」

 はんなりと挨拶する。三十歳くらいの女性だ。

「こんに()()わー。あたし、カゲツドーのユーザーなのでーす。この子が一度ここを見たいと言うので連れてきましたー」

 のうのうと言ってのける。

「あらあら、まあまあ」

 お姐さんは目を丸くしている。

(みやび)ちゃんいいます。私の大切な娘でーす」

「あらあら、大切になさっているのね」

 お姐さんは、にっこりした。

 私は横で頭を下げる。

「突然来てしまって申し訳ありません」

「いえいえ。ユーザー様なら大歓迎ですよ、なんやったら、奥へどうぞ」

 小上がりの一部を切り取ったらしいテーブル席へと案内される。商談スペースなのだろう。

「今日はこの子を自慢しに来たわけじゃないのー。さつきちゃんの新しい人形を登録しに来たのー」とメリーさん。

 私は、スーツケースを開いて会長から譲られた人形を取り出す。

「これ、ある人からプレゼントされた物なんですけど、元々は落とし物の払い下げなんです」

 かくかくしかじかと経緯を話す。

「あらあらあら。そんなことが…… でも、本店ではどなたが買われたかまではちょっと……」

「おそらくこんな服装をしていたと思うのですけど……」

 私は自分の服装を指さす。

「はあ。でも、本店ではマリオネットは扱っていないんですよ。もちろん、登録とか修理はこちらで承っています。けど、販売したのはおそらく、北山の『人形の館』やと思うのです。……ええっと、誰か最近、マリオネットが盗まれたいう話、きいてる?」

 お姐さんが声を張り上げる。

 皆が首を横に振る。

「三ヶ月ほど前の話なんですけど」

 反応はない。

「お客さんのマリオネットが盗まれた、てなったら本当に大事やし、絶対に本店にも連絡が来ると思うんです。おそらく、海外の方が買うわはったんと違うかしら。で、飛行機の時間とかあって泣く泣く置いてきてしまったとか」

 誰に聞いても澪さん説に落ち着くようだ。

「天からの授かりもんやと思って受け取りはったらよろしんとちゃいます?」

「はあ……」

「心が決まりはったら、いつでも登録しゃはったらよろしやん。……ところで、本店にはどうして?」

「保証書に書いてあったので歩いてきました。マンションのすぐ近くなんです」

「うわー、ええねえ。あ、遅なりましたけど……」

 お姉さんは、私たちに一枚ずつ名刺を渡した。

天工(あまく)初美と申します」

 本店営業部と書いてある。役職は書いてない。

「これはご丁寧に、ありがとうございます」

「ありがとなのー」

 名刺を持っていない学生の身としてはちょっと肩身が狭い。

「ところでお願いがあるのですけど。その、雅ちゃんをちょっと見せていただけませんやろか」

 初美さんが真剣な顔で言った。


 初美さんは白い手袋をすると雅ちゃんを手にして、抹茶茶碗を観賞するように低い位置で眺め回した。そして、メリーさんにことわってから白足袋を脱がせる。

 足裏には「嘉月」の文字が刻まれていた。それを、古そうな冊子と見比べて確認している。

 結論が出た。

「間違いなく、初代嘉兵衛(かへえ)の明治初期の作です。嘉兵衛いうのは、本名は天工(あまく)喜三郎、嘉月堂の創業者です。からくり嘉兵衛と呼ばれた人形師なんですよ」

 そういえば、お店のサイトにそんな事が書いてあった気がする。元々は時計や茶運び人形を作っていた職人の息子で、江戸時代には御所にも作品を納めていた。明治期に自転車とか足踏み式洗濯機を開発し、人々を驚かせたという。ネット情報では、日清戦争の時にはすでに火炎放射器を開発していたとか。

「言い伝えでは、嘉兵衛の人形は歩いたと言われているんです。そのかくらくりには磁石が使われていたそうです」

「磁石、ですか?」

「鯨の髭をゼンマイにして、鉄板を磁石で回したんです。その装置が当店にも残っています」

 初美さんは、メリーさんに尋ねた。

「試してみませんか?」

「OKなのー」

 軽いノリである。そういえば雅ちゃんは、二足歩行してレッサーパンダ――もとい、(ぬえ)を追い回すほどの潜在能力があるのだった。

 お茶とお菓子が出されている間、初美さんはお店の奥のどこかに消えていた。

 数分後に持って来たのは、取っ手付きの円盤がついた奇妙な木製の装置だった。ほこりを拭ったのだろう、全体が軽く湿っている。

 小上がりの上の畳の間に、広いスペースを確保する。装置を置くのはその端っこだ。その時には、店にいた店員が全員、あたりに集まっていた。

「元々の磁石はネオジム磁石に取り替えてあります。これをお人形さんの背中側に置いて、くるくると回します。右回りです。やってみて下さい」

 メリーさんの前に装置を差し出す。

 くるくる。

 雅ちゃんの体内で何かがこすれる音がする。

「たぶん、これが限界なのー」

 装置から降ろした雅ちゃんは、キュルキュルと音を立てると軽快に走り出した。

 パタパタという足音を立てつつ、三メートルほど先で向きを変えて戻ってくる。

 元の位置にもどると万歳三唱のように手を挙げた。

 うおーっという歓声が上がった。

「素晴しい!」

「これが初代の技術なんや!」

 店員が口々にほめたたえる。

「これには驚いたのですー」

 人形の怪異までがたまげている。

「あのー、撮影させていただいてよろしいでしょうか」

「はいのー。どうぞどうぞ」

 再演である。

 雅ちゃんは、寸分違わぬ動きを…… 見せなかった。畳の縁でつまずいて転んだのだ。

 そこで、美事な前転をして立ち上がって見せた。歯車か何かでプログラムされているのなら、恐るべき設計だ。

 動きにはいくつかのバリエーションがあって、お茶運び人形の様相も見せた。舞のような動きを見せるときもある。よく観察していると、動きのパターンは最初の左右の手の位置でコントロールされているとわかった。

 初美さんは感涙にむせんでいた。

「とてもいい物を見せていただきました。初代のからくりがこんなに素晴しかったなんて。……もしよろしかったら、このネジ巻き装置と登録証をさし上げたいのですが、いかがいたしましょう」

「はいのー」

 相変わらずノリの軽いメリーさんだった。


「面白かったね」

「はいのー」

「メリーさん!?」

「あ、大丈夫だよ。壊れてないよ。それよりも、人形の館ってどんなとこなのかなぁ」

 メリーさんは、初美さんがぜひ訪れてほしいと言った場所のことをたずねた。

 嘉月堂の別レーベル、マリオネットグローブが経営する会員制クラブで、ランチがおいしいのだそうだ。初美さんが発行してくれた会員証を使えばVIP待遇とのこと。

……最初に行ったのが本店でよかった!

 というわけで、私たちはバスに乗って北区にある「人形の館」へと向かった。土曜日ということもあってか、カートを引いた女子が少なくない。というか、八割方がめかし込んだ女子なのだ。それも、私から見たらおばさんの。

「あなたも『人形の館』に行くの?」

 (みやび)ちゃんを抱えたメリーさんに、近くの席にすわったおばさんが話しかけてきた。

「はいのー」

「まあ、むき出しでお人形さんを持って」

 叱られるのかと思ったら席をゆずってくれた。

「壊したりしたら大変だわ。どうぞ、お坐りになって」

「ありがとうなのー。雅も喜んでいるのー」

 いい人だった。

「市松人形って、珍しいわね」

「はいのー」

「ひょっとして『人形の館』に行くのかしら。あそこは会員制クラブなんだけど、ご存知?」

「はいのー」

 メリーさん、チラッと会員証を見せる。

「あら、ごめんなさい。たまに資格外の方が中に入ろうとしてもめる場合があるのでおたずねしましたのよ」

 ほっほっほっ、と上品に笑う。

「大丈夫なのです。この子は初代アマク・カヘーの人形なのですー」

 おばさんはピンと来ないようだ。

 私とメリーさんは、嘉月堂の創業者がカラクリ人形師で、すごい技術を持っていて、という話をした。

 やがてバスは「人形の館前」でとまった。女子たちがずらずらと降りる。

「人形の館」には販売館と交流館がある。販売館は一般向けの展示と販売をしていて、交流館は実質上のゲートだ。カートを引いた女子たちはそちらの入り口へと列をなす。レストランがあるのはこちらなのだ。

 私たちはまず、販売館に行く。

 そこで販売主任という人をつかまえて話をした。

「あらー、買ったばかりのマリオネットを、ねえ」

 マリオネットをスキャンした販売主任は、パソコンの画面を見ながら答えた。

「確かにデータ上の販売記録はあります。でも、現金でお買い上げになったようです。それ以上の記録は残っていません」

「現金で、ですか」

「ええ。趣味の品だと現金を使われる方も少なくないんですよ。プレゼントの場合は特にそうなんです」

「はあ」

 確かに、クレジットカードで支払うと記録が残ってしまう。家族に明細を見られたくないとか、へそくりで買ったとか、そういうケースも多いのだろう。

 なおも食い下がってみた。

「こんな服装のお客さんって少ないんじゃないでしょうか。人形と一緒に入っていた服なんですけど」

「確かに三ヶ月前ですとまだ肌寒い時期です。ミニスカートのお客様は少なかったとは思います。けど、覚えているかと言われますとさすがに、ねえ。それに、常連様ですとまず店舗の方にご連絡いただけると思いますので」

 言われてみればそうだ。

「正式に拾得物に手続きもしゃはったんなら、この際、オーナー登録をなさってもよろしいんちゃいますやろか」

「はい……」

 というわけで、私はその場で正式に人形のオーナーとなった。

 名前は、ミーニャにした。姓をつけてくれというのでメリーさんと相談してノインレーベンにした。「九つの命」という意味のドイツ語だ。

「可愛くて素敵なお名前です」

 販売主任、あからさまなお上手である。

「ところで、そちらのお人形は……」

 雅に視線が向く。

「初代嘉兵衛(かへえ)作、のカラクリ人形なのでーす」

「はあ」

 販売主任もピンと来ていない様子だ。

「登録は、なさってますの?」

 私はカートの横の物入れから登録証を取り出して見せた。本店の天工(あまく)初美さんが直々にサインしてくれた物だ。

「ありがとうございます。もし交流館の警備員に何か言われたら、こちらを見せて下さい」

「人形の館」の天工(あまく)初穂さんの名刺をもらった。

「私実は、初美のまたいとこなんですよ」

……てことは、天工一族の同族経営だったんだ!

 京の老舗の底力を感じた瞬間だった。


 交流館のゲートは問題なく通過した。

 問題なのはレストランだった。

 食事時も過ぎようというのに、一向に席が空かないのだ。見れば、食べもしないパンケーキをつつきつつ、食後のティータイムを決め込んでいるお嬢様方がまったりと話し込んでいる。お店側も無理に追い立てようとはしない。

 そして、待合スペースには待機客が列をなしていた。

……ちょっとは気をつかえよなー!

「会員証を拝見します」

 警備員が回ってきた。メリーさんの市松人形を怪しむような目つきで見ている。

 VIPカードを示すと、警備員は困惑のまなざしだ。なんでこいつらが、と言いたそうだ。すかさず初美さんと初穂さんの名刺も見せる。

「これは失礼しました。今すぐ『雲の間』にご案内いたします」

 待合室の横にある、造花のバラで隠された扉へと案内する。カードキーとナンバーキーがついた特別な入り口だ。女子たちの羨望のまなざしを背中に受けつつ、私とメリーさんは奥へと進む。

 バラ園になった中庭をぬけて模造遺跡(フォリー)のエリアに入る。ゆるい斜面を登ると、全面ガラス張りの特別室へとついた。

「こちらが『雲の間』でございます」

 接客が、初老の執事に受け継がれる。

「どこでもお好きな席にどうぞ。お連れ様には、専用椅子を用意してございます」

 人形まで「お連れ様」扱いだ。

 室内では二名のメイドが出迎えてくれた。奥の壁には大きなモニターがあり、二畳ほどのホームバーもある。一通りのリキュールとシェイカーやグラスはそろっているので、注文すればアルコールも飲めそうだ。

「凄いところに通されたね」

「素晴しいおもてなしなのー」

 メイドさんがメニューを差し出した。写真を見る。盛り付けがオシャレなヌーベルキュイジーヌというヤツだ。いや、それだと表現が古くさいか。とにかく、ランチにはおしゃれなフレンチが出るらしい。

 なんかよくわからないので、本日のコースを頼む。

 フォアグラのムースとビーツのジュレ、ピスタチオのクランブル、ホタテのカルパッチョ、柚子とキャビア、フェンネルのスライス、ロブスターのポワレ、トリュフ風味のポタージュ、エディブルフラワー、鹿肉の唐揚げグリーンペッパーソース添え、アスパラ・グリーンピース・ラディッシュの春野菜ラグー、〆はヴァニラのクレームブリュレ。

 一つ一つは少量だけど、いつの間にかお腹がいっぱいになっていた。

 食後のティーかコーヒーをたずねられたので、ティーを頼んだ。

 執事さんが、ごく自然にたずねた。

「午後の試合は、ベットなさいますか」

 ……ベット!? ひえーっ、賭けってことー!?

 メリーさんに視線を向けると、鷹揚にうなずいている。

「レートは、おいくら?」

「一回、十万ポイントからになっております」

「日本円?」

「はい」

「まずは様子見ね」

「かしこまりました」

 執事は深追いすることなく引き下がった。

「賭け、だよね。私たち、何に賭けるの?」

「さあ。競馬か何かじゃないの?」

 のほほんとしている。

……そりゃ、物陰に隠れたらどこにでも消えられるあんたならいいけど、こっちは生身の人間、しかも日本人だ。ヤバいよ~

 そんな私の心の叫びは感知されることもなく、我が相棒は優雅にお茶のお代わりを頼むのだった、


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