人形の館(1)
部室に顔を出すと、会長と澪さんが長机の上の荷物を前に真剣な顔でうなっていた。荷物というのは明るいタータンチェック柄の硬質カートだ。
「こんにちは。忘れ物ですか?」
「ああ、拾得物だ」
「なら警察に……」
「届けてから三ヶ月がたったので引き取ってきた。X線検査ではとくに怪しい物は見つからなかったそうだ。ただ、中身が人形だったというので、どう取り扱おうか悩んでいる」
澪さんも困り顔だ。
「人形は霊が宿るって言うし、私は持って帰らない方がいいって言ったんです。アナベルちゃん人形みたいな話もありますからね」
「ただ、僕としては中身を調べてから考えても遅くはないと思うんだ。で、メリー君を呼んだんだ。専門家に判断をあおごうと思ってね」
もっともな意見だ。
「はあ…… 鍵はかかってるんですか」
「ああ。試行錯誤の末、なんとか開くところまでは行った。あとは開けるだけだ」
その時、廊下からのんきな鼻歌が聞えてきた。
「シモシモメカヨ、メカンサヨー、イカセノチウニ、エマオドホ~♪」
メリーさんだ! 今日は「モシモシカメヨ」のサカシマ歌かーい!
「天気晴朗なれど波高し! ただ今参上しましたー!」
今日は真紅のゴスロリだった。下手したらカートの中から出てきそうな人形っぷりだ。
「これが例のブツですか。……会長、開封をお願いします」
会長は、留め金をはずすとさくっと開ける。
そこには女性向けの衣類と共に、五十センチほどのビスクドールが鎮座していた。
「銀河を二つにわけて戦われた百年戦争末期、毒ガスちゃんと呼ばれる燃えるアホ毛の女神が棺桶に入れられて運ばれていたのだったー!」
メリーさんのオタクジョークには誰もついていけなかった。
「……ぐすん。マジメに鑑定します」
メリーさんは天眼鏡を取り出すと、人形の頭からつま先までをざっとスキャンする。
「これは、今世紀に入ってからの造形ですね。六頭身ぐらい。シリコンボディーに人類似関節、まぶたの開閉機能あり。ハイテクと伝統技術が融合した逸品です」
続いて人形の服を無造作にめくった。足の裏とお尻の刻印を調べ、メモ帳に書き写す。
「製造番号から購入者が割れそうです。おや、こんな所にUSB端子が。どうやら充電式のようですね」
周りに収められた衣類も取り出してチェックする。いわゆる地雷系の服だ。下着や生理用品も入っている。
「身長一五五センチ程度、中肉中背の女子、といったところですね。DNA鑑定に使えそうな毛髪を発見。密封できるビニール袋があれば貸して下さい」
部長が、チャック付きポリ袋を渡す。メリーさんは「探偵七つ道具」からピンセットを取り出してうやうやしく採取する。
硬質カートの内側をさぐっていたメリーんは、小さく「あっ」と言った。
「何、何!?」
内張りのポケットから取り出したのは、何かの書類袋だった。中身は何かの登録証だ。
「これは、人形の保証書兼登録証ですね。嘉月堂、という京都の会社のものです。どうやらこの子は、持ち主に登録してもらう前に遺失物になってしまったようです。可哀想な子です」
メリーさんは、ふう、と溜息をつく。
会長は首をかしげる。
「高価そうな人形なのに落とし主が名乗り出なかった――なんとも奇妙な話だ」
「外国人観光客で、帰国の都合があるので届け出をしなかったのかも」と澪さん。
「多分、違います。衣服と下着は全て日本製です」とメリーさん。
「あるいは呪いの人形だと思って、急に怖くなった、とか」と私。
「この人形にはまだ魂が宿っていません。祟ったりしませんよ~」
「ということは、売っても問題ないということ?」と私。
「そうでーす。ネットオークションで売りますか?」
会長が身振りで制止する。
「いや、それはちょっと。もし本来の持ち主が見つけてもめたらと思うと、それは避けたい」
現実的な判断だ。
「とりあえず、だ。誰かもらってくれないか。こんな物を持って帰ったら、家族からどんな目で見られるかわかったものじゃない」
「会長、妹さん、いましたよね?」と澪さん。
「……人形はあいつの趣味じゃないし、服のサイズも合わない」
「そういう澪さんはどうなんです?」
「ごめんなさい。置く場所がないので」
「じゃあ、メリーさんは?」
「うちは雅がいるので、たぶん喧嘩すると思うのー」
……魂が宿ってなくても!?
脳裏に、包丁を持った市松人形がこの人形に襲いかかっている光景が浮かんだ。あまりにも可哀想だ。
「じゃあ、私が引き取ります。丁度、スーツケースの替えがほしかったところなんです。
「収まるところに収まってよかったよ」
にっこりする会長だった。
その夜、私はメリーさんの部屋に行って相談した。
「人形って、登録した方がいいのかな」
「そうね。保証書には何て書いてあったの?」
「破損だけでなく、盗難保険もついているって。それも無料で。でも、手続きには嘉月堂まで行かなくちゃならないらしいの。何か買わされたらいやだな」
「意志が強ければ大丈夫っしょ。それよりも、お店に行ったら本来の持ち主が探しているかもしれないね」
「だよねー。さすがに高価な物だし、いくら手続き的には間違ってなくても、自分の物にしてしまうのは気が引けるよね」
そう、嘉月堂の人形――保証書の記述ではマリオネット――は、けっこう値が張る物だった。ここの家賃のゆうに十倍はするのだ。
「ついでに、あの地雷服を着てみたら? お店の人が何か思い出すかもしれないよ」
「あはは。それこそ趣味じゃないって……」
てなことを話していると、本棚の上の方で何やらカタカタと音がし始めた。
「雅、静かにしてなさい」とメリーさん。
「キュクルクルクル……」
何か話しているようだ。メリーさんも首をかしげる。
「さつき、取ってもらえる?」
ガラスケースに入った市松人形をおろす。
「カカカカ……」
「何か言ってるみたいね」
「こういう時のウィジャボードなのでーす」
メリーさんが、コックリさんの元となったと言われる西洋の降霊術のボードを引っ張り出してくる。
ガラスケーから取り出した雅ちゃんは、首をぶんぶんと横に振る。
「なんか怒ってるみたい……。あっ!」
雅ちゃんは、突然パソコンの前に飛び乗るとキーボードを叩き始めた。
「あっ、わかった。ローマ字はわからないから日本語にしたいんだ!」
メモ帳アプリを起動して、日本語入力に切り替える。
「はい、これで会話出来るよ」
「クーックックックッ……」
悪そうな声が出ている。これは、喜んでいる、のか?
ひらがなを探してはぽちぽちと打つ。ぬふ配列のついたキーボードでよかったと思う。
「かけつとうなつかしい」
「かけつとう? あ、嘉月堂のことか。雅ちゃんは嘉月堂で作られたの?」
こくこく、とうなずく。
「あしのうらにこくいんあり」
「足の裏に刻印があるのね!」
「いきたい」
「一緒に行きたいのね。いいよね、メリーさん」
「う、うん」
というわけで話は決まった。
週末、私はジャストサイズの地雷服を着せられて嘉月堂へと向かった。
私は譲り受けた人形をカートに入れ、メリーさんは雅ちゃんを手に抱えて。




