口裂け女の怪
ミステリー研の部室に顔を出すと、今日は部長だけがデスクの向こうに陣取っていた。
「こんにちは」
「やあ、さつき君、こんにちは」
かるく挨拶を交わす。
会長が暇そうにしていたので、今までずっと聞いてみたかったことをたずねてみた。
「会長は怪異に会ったことってあるんですか。もちろん、メリーさん以外で」
「そうだなあ。ああ、一度、中学生の時に会ったな、口裂け女に」
「あの、アニメ化しようとしたら謎の団体から苦情が来てお蔵入りになったっていう……」
「ああ、あれだ」
会長はこめかみに手を当てるとぼそりぼそりと語り始めた。
それは、アマリ太郎氏が十四歳、中二の秋のことだった。
塾の帰りに川べりの土手道を歩いていると、向こうから鍔広の帽子をかぶった女性がやって来た。ベージュ色のトレンチコートを着ていて、両手をポケットに入れている。
アマリ氏は、その女を見た瞬間からいやな予感がした。というのは、大きなマスクをしていて、ちょっと覗いた手首には薄汚れた包帯が巻かれていたからだ。
といって、逃げられるような横道はない。
そこで腹をくくって先に進むことにした。
すると、案の定、女がたずねてきた。
「ねえ、私……きれい?」
そこでアマリ氏は答えた。
「きれいかどうかはその人の感性の問題なので、一概には答えられませんね」
女はこの答えに一瞬たじろいだ。アマリ氏は言葉を継いだ。
「ほら、あばたもえくぼって言うじゃないですか。それに、人には好みのタイプというものがあります。これは、本能にもとづく直感的な要因が大きいので、きれいかどうかをいきなり問いかけられても困ります」
口裂け女は粘った。
「……じゃあ、直感で答えて。私……きれい?」
「うーん、きれいだとは言ってあげたいのではやまやまなのですが、マスクが顔の大部分を覆っている状態ではなんとも答えづらいんですよね」
「じゃ、これで……」
女がマスクを取ろうとする刹那、アマリ氏は口裂け女が逃げ出すという呪文を唱えた。
「ポマード、ポマード、ボマード!」
女は逃げ出さなかった。
「なんだ、知ってるんじゃない。でも、それ、もう古いから」
女は鼻で笑った。そう、口裂け女の伝説では、整形手術に失敗して怪異になったが、手術をした医者がべったりとポマードをつけていて、それがトラウマになっていると言われていたのだ。
女は、楽しそうに包帯だらけの手でマスクをはずした。
すると、耳までパックリと裂けた大きな口が姿を現した。あまりにも大きな口だ。
――食べられる!
と思ったのも束の間、アマリ氏は女の喉にぶら下がった口蓋垂――いわゆるのどちんこ――に目が行った。そこで、やおら口蓋垂をつかむと引っ張り出そうとした。
「あぐっあぐっあわっ」
口裂け女は思わぬ反撃に何もできない。
「このまま手ぇ突っ込んで奥歯ガタガきタ言わしたろかーい!」
すると、捕まえていた口蓋垂が手からヌルリとはなれて元の位置に戻り、口裂け女は悲鳴とも嗚咽ともつかない声を上げながら走り去ったのだった。
「いやー、今思うとあの時は間一髪だったな」
遠い目をする会長である。
「よくとっさにそんなこと出来ましたね」
「ああ。実は昔、犬に噛まれかけたことがあってね。その時、拳を口の中に突っ込んだらびっくりして逃げていったんだ。その経験が生きたのさ」
会長は傑物なんじゃないか、と思った私でした。




