ヤタガラスの裁き(5)
檍原家の葬礼には、『古事記』に記されたような殯屋の風習がある。三爧神社の奥に広がる神苑に建てられた祖霊殿が殯屋に当てられた。木造の高床式の古い建物である。そこが燃えたのだ。
祖霊殿に檍原信胤氏の黒焦げの遺体が安置され、檍原三家の長子がそこに詰めた。占いのトップ、恒一氏、教えのトップ、共一氏、事務方のトップ、晴一氏。ミツミタマの会の三本柱だ。
この火災により、ミツミタマの会は全くの機能不全に陥った。仮のトップに立ったのは檍原家の家令にして祭祀の実務者の一人、両屋仙太郎氏だ。
可哀想に、仙太郎氏はテレビのインタビューに悲痛な面持ちで答えていた。
ネットで見たテレビ番組では、片淵教授が三爧神社の専門家として引っ張りだこになっていた。
「殯の風習があるとのことですが、食事はどうしていたのでしょう」
「日に二度、午前十時と午後四時に巫女さんが運びます。調理は祖霊殿からかなり離れた忌火屋で行われます」
「どんな物を食べるんです」
「伊勢神宮の神饌とほぼ同じです。円柱形に盛った強飯、塩、水、生節、季節の野菜や果物、昆布、魚介類、豆腐などです。伊勢神宮との違いというと、スズメやウズラの焼き物とゆで卵がついていることでしょう。これは江戸時代に書かれた『檍原家料理秘伝抄』に載っているのですが、ヤタガラスのお好み物として必須となっています」
ヘリコプターから撮影した神苑の姿が繰り返し放送される。ゴルフ場のように開けた丘の頂に炭と化した祖霊殿がくすぶり、警察と消防が検証を続けていた。
「電気の配線はなかったのでしょうか」
「祖霊殿には電気は通っていないはずです。警報装置の類もないと聞いています」
「ミツミタマの会には、祈祷料でぼったくられたという被害者の声も少なくないですが、そのあたりはどうなんでしょう」
「さあ。私もそこまでは内情を存じておりませんので、いかんともコメントしがたいです」
「教主の檍原信胤氏の死亡時の状況に関して、極めて特異な状況であったという噂も流れています。その点はいかがです」
「え、ええ。かなり特異な状況であったとは漏れ聞いております。が、捜査の妨げとなるといれませんので、言及はさし控えさせていただきたいと思います」
教授も困っている。何せ、人体発火の目撃者の一人なのだ。うかつなことは口にできない。
「翻訳の最終チェックがおわったの」
メリーさんは、コピー用紙の束をトントンとそろえると声をかけてきた。
「午後には納品に行くの。ヘルパーさん、よろしくね」
にっこり。
「かがみさんの特殊メイクは?」
「予約済み。変装は一時間もあればできるから、それまで勉強、頑張ってね」
……先生みたいなことを言う。いや、実際に大学の講師なんだけど。
というわけで、今日もまたユニバーサルデザインタクシーに乗って予測科学研究所へと向かった。どう見ても宗教団体の一施設とは思えないただのオシャレなビルだ。会社のマークも、勾玉を巴型に並べたようなあたりさわりのないデザインになっている。
今日は入り口に警察官が立っていた。防弾ベストに「京都府警察」の文字と紋章が入っている。
「どちらへ」
「第一編集部にまいりますの。予約はしてありますわ」とメリーさん、もといマリー・マクリス夫人。
「どうぞ」
テロでも警戒しているのだろうか。
受付でゲストの名札をもらい、エレベーターホールへと向かう。
後から乗ってきた人が二階のボタンを押した。凄い威圧感のある、恰幅のいい人だった。と思ったら、雑司刑事だった。互いに目が合ってはっとなる。
私から声をかける。
「雑司刑事、ですよね」
「えっと、確か……」
「京都タワーの目撃情報の聞き込みに来られた時にお会いしています」
「ああ、そうだった。お仕事中ですか」
「はい。ヘルパーをやっているんです」
マリー・マクリス夫人は、興味深そうにきょろきょろしている。
「刑事さんなのね。事件かしら」
「ええ、まあ」
「ミチュミタマ神社の火災の件かしら」
ちょっと噛んでいる。
「そういったところです」
話し好きのお婆ちゃんにつかまったとばかり苦笑している。
「両屋さんを逮捕するの?」
「いえ、別件です」
「というと、社主のアワラギハラさん殺しの件ね。私の推理では、」
そそくさと二階で降りようとする雑司刑事。
「どちらもドローンを使った火災トリックだと思うの」
刑事の動きが止った。私は車椅子を刑事さんにぶつけそうになる。……ついて行ってしまったのだ。面白そうだから。
「話してみて下さい」
刑事が鋭い目つきで振り返る。
「あら、簡単な話よ。犯人はここの会社のドローンを使ってアルキメデス砲を作ったの。社主も殯屋も、太陽光で燃やした。けど、わからないのは動機と手段。犯人は絶対に内部の人間。けど、社主は恨まれるような人柄とは思えない。そして、ドローン群の隠し場所も謎なの。たくさんのドローンを保管して充電するには、とても広い設備がいると思うの。ここに来て見つけてしまったの、その隠し場所を」
メリーさんは衝撃的発言をした。
雑司刑事は、塩見刑事に声をかけると小会議室に私たちを通した。京都市街とは反対側にある、奥の会議室だ。窓からは、濃い緑の山並みが見えていた。
「ドローンの隠し場所なんですが、詳しく話していただけませんか」
「ほら、見えてるじゃない」
メリーさんは楽しそうに窓の外を指さす。
「山の中、ですか」
「とも言えるわね。でも、もっと具体的に」
「森の中?」
「もっと視線を上にして」
「?」
「ほら、電線と鉄柱が見えるでしょ」
「はあ」
「何かとまっていると思わない?」
「!」
「電線に、カラスが百羽止まってさ、それを猟師が鉄砲で撃ってさ、って昔の歌でも言うじゃない。殺人ドローンたちは、誘導電流で充電をしているのよ。そして、命令があればいつでも目標を丸焼きにしようと飛び立つ。ただし、雨天や曇天はダメ。太陽が一番力を持つ、夏の日射しの時だけ」
「ということは、高圧電線を調べれば今もドローンは待機している、と? 塩見、すぐに調べるんだ!」
「はいっ」
若い刑事は会議室からとびだしていった。
そこで、雑司刑事は苦虫を噛みつぶしたような顔になった。
「ところで、その犯人なんですが…… 実は今朝、自殺してしまったんですよ。遺書を残して」
雑司刑事の話を要約するとこうだ。
遺書を残して亡くなったのはラノベ作家の飛鳥たつき氏。もちろんペンネームだ。『アタックオブキラーカンガルー』や『パイナップルドラゴンの優雅な日常』という著作があり、マンガ化もされている。近所に住んでいて、予測科学研究所にはよく遊びに来ていた。ドローンに関しては知識も経験もない。今日もアサイチの約束でプロットを見てもらいに来ていたという。まあ、出版社のアサイチというと十一時すぎだ。
担当編集者からダメ出しを受けてしょんぼりとなったたつき氏は(主に既存作品とのネタかぶりが指摘された)、気晴らしに二階のバーチャルリアリティーゲーム機へと向かった。普段からこのゲーム機で遊んでいた飛鳥氏は、とくに誰からもとがめられることなく遊んでいた。「やったー! ミッションクリアだ!」という奇声を放っていたことはフロア中の誰もが知っている。
たつき氏の様子がおかしくなったのはそのしばらく後のことだ。午後のワイドショーを、殯屋が焼けて三人が焼死した、というニュースがにぎわせていた頃。予測科学研究所の上空にも、取材のヘリコプターがとびかっていた時だ。
たつき氏が「鬱だ死のう、鬱だ死のう」「もうおしまいだ、もうおしまいだ」とつぶやきながら廊下をうろついているところを何人もの人が目撃している。
さすがにうっとうしいので第四編集部からラノベ編集部に苦情が入る。担当編集者ともう一人がたつき氏をつかまえて近くの喫茶店に引っ張って行き食事をとらせた。そこの名物はキーマカレーで三人でそれを食べたのだという(刑事の裏取りは早い!)。もちろん、編集部のおごりである。その時、たつき氏は殯屋を焼いたのは自分だと告白している。編集者は妄想だと思い、たつき氏に「いつもの薬」を服用することをすすめた。たつき氏はそれに従っている。たつき氏は統合失調症を患っていたのだ。
たつき氏が落ち着いたので、そこで別れることにして二人は編集部に戻った。
その直後、たつき氏は第一編集部の応接室で目撃されている。とろんとした目とのろのろした動きで何かを書いていた。それが遺書だとは誰も思っていなかった。遺書の横には『ヤタガラスが教える幸せの生活』が添えられていた。
そして、たつき氏は喫煙所となっているバルコニーからダイブした。ヤタガラスが導く死後の平安な世界へと。
「これがその遺書です」
雑司刑事は、厚手のジッパー付きビニール袋に入った手描きの紙を見せてくれた。メリーさんは、レースの手袋をはめた手でビニール袋に触れる。まるで何かを読み取るかのように。そこには、三人を殺したのは自分だ、死んで罪をつぐなう、という内容がボールペンで書かれていた。
「可哀想に。その人は殺人の道具として使われたのね」とメリーさん。
「え?」と刑事。
「バーチャルリアリティーの道具の所に行きましょう。全て解き明かすわ」
雑司刑事はうなずいた。
フロアの隅にある球形の機械の所に行く。
「ヘルパーさん、そこに入ってみて」
刑事さんが止めないので、私は指示に従う。
「ここで見える画面って、他のモニターでも見られるかしら」
「はい」
外で何か操作している。
「ゲーム中に外からの声は聞えるかしら」
スタッフがメリーさんにインカムを渡す。
「さ、準備が整ったわ。扉を閉めましょう。あ、ゲーム中は攻撃ボタンは絶対に押さないで。絶対よ!」
ガコンという音とともに分厚い扉が閉まる。今、見えているのは戦闘機の基地だ。
ゲームのプロローグが始まる。
英語なのでチンプンカンプンだ。
スキップ、スキップ。
どう見てもただの体感ゲームだった。ワイバーンと呼ばれる戦闘機に乗ってファンタジー風の世界で戦う。体感される加速度はリアルだ。といっても、本物の戦闘機に乗ったことはないけど。
基地を飛び立つ。
地上からは巨大投石機が放つ火の玉が、空からは巨大なドラゴンが攻めてくる。本当はこれを迎撃しなくてはならないのだが……
回避だけだとすぐにゲームエンドになった。爆発音がしてシートが激しく揺れる。
インカム越しに声が聞こえる。
「あんた、ゲーム下手だねえ」
マリー・マクリス夫人、言うことがむちゃくちゃである。
「私がかわりますわ。あっ、その前にご不浄に行かせてちょうだい」
障害者用トイレで作戦会議だ。
「何であんなことやらせるのよ。意味ないじゃん」
「ごめんごめんって。……どこかに隠しステージへの入り口があるはずなんだけど、それがわからないのよね。まあ、手はなくはないのだけど」
「ハッキング?」
「じゃなくて、機械精霊を呼び出して言うことをきかせるの」
メリーさん、頬をはたく動作をしてみせる。
「機械精霊?」
「そう。あの子に宿る精霊よ」
機械に精霊が宿る、ということは、パソコンやワープロが普及しだした頃から常に言われてきた。新しい機械を買ったら急に前の機械の調子が悪くなる、だから向かい合わせにして使ってはならない、新機種の話をしてもならない。都市伝説の一種だ。けど、お札やお守りで謎のバグが消えた、なんて話もある。台湾ではコンピューターには「乖乖(よい子)」という緑色のスナック菓子の袋をお供えたりする。
「だから、水と御神酒と塩で何とかするの」
「は?」
「言うこと聞かないとぶっかけるぞっ、ておどすのよ」
……メリーさん、おそろしい子。
というわけで、三宝に盛り塩とコップの水と日本酒の小瓶を載せたお供えが用意された。さすがは神道系の宗教団体と関連があるだけのことはある。こういうお道具はすぐに出てくるのだ。
「さて、私が挑戦しますよ。なむからとんのとらにゃーにゃー」
謎の呪文を唱えながら、メリーさんは運転席に這い上がる。介助している私としてはひやひやものだ。いろんな意味で。
「さあ、行きますよ。……諸神万霊、我に力をあたえたまえ。ここにすまうくすしき御霊よ、願わくばわがみはかしとなりて隠されし扉を切り開きたまえ。もしなすあたわざれば、ここに用意せし供物をもって汝をことほぎほろぼさんと思う」
そして、扉を閉める。
壁のモニターを注視する。
……あ、何か違うのが出た!
それはイースターエッグと書かれた謎ミッションだった。
ワイバーンが飛び立つ。
メリーさんが横を向いたらしく、視界にはちらりと僚機が入る。僚機というよりは仲間の飛竜――ワイバーンだ。
「あっ!」
窓の外を見ていた雑司刑事が声を上げた。
遠くの高圧電線からあまたのドローンが飛び立ちこちらに向かってくる。もしここでメリーさんが攻撃ボタンを押したらどうなるのか、という不安が脳裏に浮かぶ。しかし、ドローンたちは予測科学研究所の上空を通って市街へと向かった。
「次のミッションは…… ケフトの塔の攻略!? 魔王軍が支配する塔から魔王を駆逐せよ?」
画面には、目標を示す赤い下向きの三角マークが出ている。その下には、禍々しい形をしたケフトの塔が見える。
塔にたどり着くまでには様々な建物や森、渓谷などがあった。
ドラゴンや空飛ぶ怪物、鳥人間たちが攻めかかってくる。地上からは焼けた砲弾を吐く植物がワイバーンを狙い撃つ。これらは全て仮想の世界の出来事だ。けど、現実には……
「メリーさん、ドローン軍団が京都タワーに向かっている!」
画面が、了解したと言いたげに上下に振られる。
操縦桿を動かしたのだろう、ドローン軍団の方向が目標をずれる。
巨大城塞が見える。バンバン砲撃してくる。自分なら反射的に攻撃ボタンを押したかもしれない。
「京都駅!」
インドっぽい石造寺院に近づく。
「それは東寺!」
大きな川にさしかかる。
「桂川だ!」
その先に教練をしているオーガやオークの群れが見える。
何だろう。学校だろうか。
雑司刑事が慌てる。
「あちゃー、桂駐屯地だ!」
「進路を変えて。どこかに着陸させられないかな」
メリーさんが操縦するワイバーンは、巧みに攻撃をかわしつつ桂川上空を南下する。川の上なら墜落しても問題はないだろう。
このあと、画面に燃料切れアラートが出て謎ミッションは終了したのだった。
「つまり、このゲームにはドローンが撮影したリアルな風景をRPGの世界に変換して戦場にするシステム組み込まれていたのです。これは、隠しミッションの時だけ起動します。たつき氏は、自分が現実の殺人を引き起こしたことを知って絶望し、自殺という道を選びました。けど、最初の殺人はおそらく、被害者本人を狙ったものです。真犯人は、たつき氏の性格と行動を知っています。プログラムの知識を持ち、この装置に細工ができた人物――先端科学研究所の誰かです。でも、それを調べるのはあなた方警察の仕事なのです」
車椅子に戻ったメリーさんは、話を締めくくった。
「しかしまた、よく複雑なプログラムを開発したものですね」
「それは、実際の兵士に使わせるために開発されたのです。多くの兵士はPTSD―心的外傷後ストレス障害に苦しみます。でも、相手がゴブリンやオーガなら、楽しく殺戮できるでしょ。そのプログラムをどこかから入手して適用したのね」
「そこまでわかるとは…… あなたは一体……」
「マリー・マクリス、ただの翻訳家ですよ。さあ、第一編集部に原稿を渡しに行きましょう。そのあとは、キーマカレーね!」
「はい!」
私は元気よく返事をした。




