ヤタガラスの裁き(4)
「ヘルパーさん、遅いですよ!」
メリーさん、もとい、マリー・マクリス婦人はご機嫌ななめだった。
「ごめんなさい。ちょっと寄り道していて」
紙袋をテーブルに置いて壁の掛け時計を確認する。
「ご不浄タイムですね」
「そうですよ! もう、下手したらここの床が水浸しになっちゃうわ!」
大げさに騒ぐマクリス婦人。……ノリノリである。
車椅子を押して小走りで廊下を進む。
障害者用トイレへと駆け込む。
「はい、こちらにおっちんして下さいね」
便座に坐ったメリーさんは、すぐに声をひそめた。
「何か見つけたようね」
私も声をひそめる。
「大量に持ち去られたリチウムイオン電池の形跡」
メリーさんは腕組みをする。
「リチウムイオン電池、ねえ。それが人体発火の原因だと?」
「可能性はあるよね」
「まず、リチウムイオン電池は常温では発火しないの。高温で電池が歪んで正極と負極の絶縁膜が破れた場合は発火するけど、それも京都府警の鑑識が見落とすとは思えないの」
「はあ……」
私の自信があっさりと打ち砕かれる。
「でも、『ドローンを作ってみよう』の付録がたくさんなくなっていたのは気になるの。その本誌の方が読みたいわね」
「じゃあ、もう一度三階に行って……」
「それはダメ。バックナンバーなら図書館にもあるだろうし、そっち優先で」
「う、うん。でも、図書館でとってるかなあ。最近の図書館は雑誌のバックナンバーを廃棄していたりするし、それに貸し出し不可かもしれないよ」
「わかった。じゃあ、応接室の本を見ることにする。資材庫には行かない。OK?」
「OK!」
トイレを使用した、という偽装工作を終えて小会議室に戻る。
真田さんが待ち構えていた。
「進捗はいかがでしょう」
様子を見に来たのだ。紙袋の位置がずれているところを見ると、中身を確認したらしい。
「ずいぶんとはかが行きましたわ。この調子だと、今月中にはお仕事がおわりそうです」
マリー・マクリス婦人、にっこりする。
「原書を持ち帰ってもいいのならもっと早くに仕上げられますけど、いかがかしら」
「はい。元よりそのつもりです」
真田さんは、ぺこりと頭を下げるのだった。
三階でエレベーターを降りた私たちは、第三編集部の応接室に入った。過去の成果を誇る雑誌が虚しく棚に並んでいる。
「これが『ドローンを作ってみよう』なのね。スペックは、クアッドコプター? 位相コヒーレントなフェーズドアレイ? 電池はアラミドコーティング? はあ……」
さすがのメリーさんも頭を抱えている。
「おや、珍しい。見学ですか」
頭の禿げ上がった男性が声をかけてきた。水色のパーカーを羽織っている。
「こんにちは。つい面白くて見せていただいておりましたの」
マクリス夫人、にっこりする。
「ドローンに興味がおありなんですか」
「ええ。何だか面白そうだし。最近は、お坊さんが仏像を載せて飛ばしたりとか、面白いことをなさっているでしょ」
「はっはっはっ、そういうお寺もありますね。……失礼、両屋仙太郎と申します。この階の管理をまかされている者です」
名刺を差し出す。そこには「第三編集部 編集長」の肩書きが記されていた。
「私はマリー・マクリス。第一編集部の新人アルバイトなの。そして、こちらはヘルパーさん」
「霧島と申します。マクリス夫人のヘルパーです」
警戒心のかけらもないのんびりとした会話が続く。
「フタツヤさんは、ここの編集長をなさっているのですね」
「ええ、今年度の末までは、ですけどね。もう、ここの解散は決まっているのです。寂しいけど、時代の流れですよ」
「あら、お寂しいこと」
「普段は裏のミツミタマ神社でご奉仕しています。ご奉仕終りにここに寄って、ちょっとした残務整理をしているばかりです」
なんとも寂しそうだ。
「そうそう。この『ドローンを作ってみよう』なんですけど、もう手に入らないのかしら。従弟の孫がこういうのに興味を持っていて」
「いやー、それがもう市販していないのですよ。スペックとしては現行機と変らない、いやむしろそれ以上の優秀な機械なんですけどね。ほら、ドローンって水平のまま動くイメージでしょ。ところがこれは、六十度までは傾けても大丈夫、上下反転もできるので、自由度はかなり高いんです。それに、電池も優秀です。釘でも打たない限り発火しません。積載重量も七百グラム。ビデオカメラが載せられます」
「それを編集部で開発なさったの?」
「いえ、まあ、メーカーとの共同開発なんですけどね。……今は開発チームの人間はみな他の部に移っています。先端技術研究所とかライトノベル編集部で働いていますよ。最後の企画が『3Dプリンターを作ってみよう』だったんですけど、その企画はメーカーが手を引いてついに実現しませんでした」
思い出話はつきないゆうだ。
「ところで、つかぬことをうかがいますけど、社主のご葬儀はそちらの神社でなさいますの?」
「ええ。四日後に神葬祭を行います」
特に隠すことでもないと思ったのだろう、両屋さんは、あっさりと答えてくれた。
その夜、自宅に帰った私たちは夕食兼検討会を開いた。ちなみに、メリーさんはいつものゴスロリ姿に戻っている。
「人体発火の方法はわかったの。おそらくはドローンを使っている」
「というと?」
「ドローンの上に鏡を貼りつけて、アルキメデス砲を作ったの」
「何、それ」
「世界最古の光線兵器。シラクサがローマに攻められたとき、アルキメデスが作ったと伝説で言われている。ピカピカの盾を集めて兵士に持たせ、ローマ艦隊に太陽光を当てさせたの。これで船が焼けてローマ軍は敗走した。ローマ艦隊はカモフラージュのために帆を黒く染めていたって言うから、あながち嘘とも言えないの」
「黒い布は焼けやすかったってこと? 確かに、黒いものは熱を蓄えやすいって言うけど……」
そこでメリーさんはテセウスの逸話を話し始めた。
古代アテナイの王子テセウスは、ミノタウロスへの生贄の一人としてクレタ島に送られることになった。その時、父のアイゲウス王からこう言われた。「ミノタウロスを無事に倒したら、帰るときには白い帆に変えて帰ってきてくれ」と。でも、テセウスはその事を忘れていて、黒い帆のまま帰国した。アイゲウス王は、息子が死んだと思いこんで崖から海に身を投げて自殺した。これがエーゲ海――アイガイオン・ペラゴスの由来だ。
「つまり、少なくともギリシャでは黒い帆は一般的だったの」
「ギリシャ…… そういえばオリンピックの聖火は太陽光でつけるよね。中華鍋みたいな鏡で」
「そう、スカフィアっていう放物線の鏡。火は数秒でつくの」
「つまり、ドローンをスカフィアの形にして太陽光を集め、被害者を焼き殺したと?」
「そう。コンピューター制御のドローンは空中できれいなスカフィアを作り出せる。鏡は百均で買ってきたものでいいの。ドローンの上部に張っておけば、太陽光を焦点に集められる。人体はすぐには焼けないけど、数百度の太陽光線に包まれたらまず呼吸が出来なくなる。これが人体発火のトリックよ」
「う、うん。でもそれって証明できないよね」
「そうなのー。それと、犯人が誰か、もわからないの。動機も、宗教的なものじゃないかもしれない」
しゅんとするメリーさんだ。
私は自室に戻ると、今日のリモート授業の視聴を始めた。けど、思いはどうしても檍原社主殺しへと向かう。
「えい、もう。すっきりしない!」
予測科学研究所のサイトを見てみる。どう見ても啓蒙系の出版社だ。ただ、『ヤタガラスが教える幸せの生活』や『フトマニ秘法』といった書籍がラインナップにあるのはその母体を思わせる。『天地人秘伝符法』とか『太玄占の研究』なんてやたらと高い本もある。残念ながら、ドローン関連の書籍は出していない。
次に先端技術研究所を調べてみる。色んなニュースサイトに寄稿をしているようだ。ドローンと組み合わせて検索してみると……
あった! 「ドローンを使った災害時の簡易長距離通信システム」、「ドローンを使った高指向性アンテナ」、「ドローンを使ったジャミング戦術」、「サイクロイダルローターを使ったドローンタクシー」あっ、これは別物か。
色んな記事からわかったのは、スカフィアにこだわらなくてもパラボラの展開具合で焦点距離を変えることができるということだった。とんでもない暗殺兵器だ。
檍原信胤氏の訃報も調べてみた。一週間後に三爧神社で神葬祭が行われるとある。
……ミツミタマってこう書くんだ!
そして翌日。
またしても事件が起きた。




