ヤタガラスの裁き(2)
「まさかそんな! 京都府警はそんなにまぬけじゃないよ。アリバイ、アリアリのアリなのに」
「でも、刑事さんたちが連れていったの。大学から」
「それは…… 任意同行じゃないかな。事情聴取ってヤツ。すぐに戻ってくるから」
そんな話をしていると「ピンポーン」とチャイムの音が鳴った。この音は、マンションの一階受付からだ。
「はーい」
意味もなく返事をしながら、モニターのボタンを押す。
「京都府警刑事課の雑司と言います」
「同じく、塩見と言います」
「先日、京都タワーに行かれた時の状況を聞かせていただきたいのですが、お宅におうかがいしてもよろしいでしょうか」
顔の横で警察手帳を提示している。肩書きは警部補と巡査だ。ここのモニターは録画機能がついているので、あとで確認することも出来る。
「は、はい」
とりあえず、マンションの玄関を解錠する。
メリーさんは、ベッドに腰掛けたまま待機だ。
「ピンポーン」
微妙に音程が違う。こちらは廊下側のチャイムだ。
「はい、ただ今」
扉を開くと、そこには二人の私服刑事が立っていた。律儀にまた警察手帳を示している。
「こんばんは。霧島彩月さん、ですね」と雑司警部補。
「はい」
「そちらはひょっとして、お隣りのメリー・ジェーン・ウィンチェスターさん?」
「そうなのー」
思いっ切り不審そうな声で答えるメリーさん。
「お二人は三日前、京都タワーの展望室に行かれたと思うのですが、その時のことを聞かせていただけますか。まずは霧島さんから」
「はい。七瀬教授の『京都学』の講義で見学に行きました」
……何のことはない、ただの裏取り調査だった。私は、見聞きしたことを素直に話す。ほんの一分くらいで話はおわった。
メリーさんがたずねた。
「七瀬先生は、逮捕されたの?」
「いえ、すぐにお帰りいただきましたよ」
苦笑する警部補。
「事件を目撃した方で、身元がはっきりわかっている方に話を聞いて回っているのです」
「よかった。ナナセ教授のアリバイは私たちが証言するのー」
メリーさん、きらきらお目々で純真さをアピールだ。まだ若い塩見巡査は、笑いをこらえるのに必死だ。
「えっと、ウィンチェスターさんは、当日は通訳をされていたそうですが、その内容について詳しくお願いします。それと、気づいたことがあれば何でも」
メリーさんとの会話はちょっと長めだった。七瀬教授が警察署で話したことの確認をしているらしい。が、それも十分そこそこでおわった。
「ご協力、感謝します」
二人の警察官は帰っていった。
「ほらね。冤罪事件じゃなかったでしょ」
「そうなのー。でも、私服警官が二人、制服の警官が二人来たから、あの時はタマゲたのー」
……え? 四人!?
メリーさんが「お縄になった」と言ったのも、あながち間違いではなさそうだ。警察としては、それだけ警戒していたことになる。
「事件はまだニュースになってないよね」
「うん、まだどこにも出ていない。人体発火事件なんて騒ぎになるから、きっと隠しているの」
「だよねー。司法解剖とかもあるだろうし。……本当に、何があったんだろうね」
「わからないのー。ドラマでは、ロケット燃料を使ったトリックとかがあるのだけど、そんな特殊な物は入手ルートからすぐに捜査が進むの-。でね」
メリーさんは、一呼吸置いて続けた。
「動機ははっきりしているのー」
……動機? こやつ、何を言っているのだ!?
「説明するね。ヤタガラスは古来、三本脚のカラスとして表現されているの。この三本脚のカラスは、古代中国では太陽の化身として知られている。焼け死んだ人は、ビルの屋上で全身黒焦げになって死んだ。火の元は太陽しかない。つまり、被害者は太陽の怒りをかって焼け死んだことになる」
記憶の底から、焼けた人の体が鉄板の上のベーコンのようにのたうつ姿が甦ってきた。私は涙目になりながら、話の続きを聞く。
「ミツミタマの会では、ヤタガラスがとても大切な象徴となっているの。その教主が太陽の怒りをかって死んだとなったら、権威は失墜する。被害者一派の力は失われ、別の一派が権力を握る。たぶん、それが動機」
「はあ。つまり、権力争いのため、わざわざ怪死事件を作りあげた、と」
「そうなの。犯人は、ミツミタマの会の今後の動向を見ていれば、おのずと明らかなの」
自信満々のメリーさんだった。
常勤の大学教授、といっても、毎日講義があるわけではない。が、研究や雑務があるので、教授室にはほぼ毎日いる。翌日、私とメリーさんは空き時間を利用して七瀬教授を訪ねた。
「やあ、よく来たね」
にこやかに出迎えてくれる。数日の間に一気にふけた感じだ。肌の艶が悪く、覇気がない。
教授は、机の引き出しから封筒を取り出してメリーさんに渡した。
「この間の謝礼だよ」
「ありがとうなのー」
ちらりと中身を確認する。
……てか、この間の通訳はアルバイトだったんだ! 講師もつらいのね。
「それはそうと、うちにも警察官が来たのです。怖かったのー」
「ありゃりゃ。どんな感じだったの?」と教授。
「教授と、ミツミタマの会の関係について根掘り葉掘りきかれたのー」
「あちゃー、あいつら君にまでそんなことを…… いやー、迷惑をかけたねえ」
メリーさんは完全に鎌をかけている。が、私は口を挟まずに状況を静観する。
「で。亡くなった人は、本当は誰だったのかしら」
「ん? 私は信胤君だと思っていたのだが、違っていたのかな?」
「それは警察が隠していたのー」
弱い攻め方である。ここは私の出番だ
「教授は、任意同行だったんですよね」
「ああ」
「それにしては警官が四人も来るなんて、ものものしいですね。どうしてなんでしょう」
「ああ。事件を見た私はすぐに檍原君に電話をかけた。それも何度も、だ。私のアリバイが完璧すぎたのと、何度もリダイヤルしたことで無用な疑いを抱かせたんだな。そのあと出版部の部長に電話をかけて、屋上の様子を身に行くように頼んだ。出版部の部長の片淵君は、私の教え子の一人なんだ。実は、予測科学研究所には何人か就職がうまく行かない学生を引き取ってもらっている。そういう意味では、関係は深いと言えるかもしれない」
状況は理解出来た。
屋上の惨事を誰も気づかないうちに下の階にある研究所に伝えた。疑うな、という方が無理というものだ。
「篤胤氏が亡くなって一番得をする人は誰なのかなあ」とメリーさん。
「さあ。ただ、出版部の人間は誰も得をしないのは確かだ。教主の強い力で教団側を抑えてきたんだから。実を言うと、ミツミタマ教団の幹部はヤタガラスのミウラ以外の占いやオカルトを扱うのを嫌っていた。片淵君からはそう聞いている」
「はあ……」
外部からはうかがい知れない闇が感じられた。
そこにメリーさんが明るく切り込んだ。
「次の教主は誰になるのかなあ」
「さあ。檍原家から出るのは確実だけど。長男か長女か、それとも別家の当主が引き継ぐのか。いずれにしても、研究所には逆風が吹くだろうなあ」
困り顔の七瀬教授だった。
「教授は、シロね」
「あたしもそう思うのー。金の卵を産むガチョウを絞め殺すバカはいないのー」
学生課の前の廊下を通る。
アルバイト募集の張り紙が出ていた。大半は飲食店や肉体労働だ。京大でよく見る「家庭教師求む」なんてのは一件もない。
「えっ、何これ!? ギリシャ語の翻訳!? AIの下訳を校正するだけの簡単なお仕事です。リモートワーク可!?」
「予測科学出版のアルバイトなのー。前から気になってたんだけど、基本的なギリシャ語の読み書きができないと応募出来ないし、うちの学生には酷な求人なの」
「……面接だけでも受けに行ってみない?」
「えっ、サツキってギリシャ語できたっけ?
「できるわけない! でも、メリーさんなら完璧!」
「それはそうだけど」
「私は介助役でついていくから、どうかなって。へへへ」
「つまり、私に車椅子探偵になれと!?」
「そう。どうかな、どうかな」
その日の夜、「リサイクルショップもものき」から年代物の車椅子が配達された。ちょっと値がはったが、映画の小道具に使えそうな重厚な造りだった。とくに気に入ったのが肘掛けに組み込まれた謎の物入れ。ここにならICレコーダーからペットボトルまで何でも入れられる。
夜中にメリーさんからのメールが届いた。
「採用された。明日の昼以降、日没までにいつでもいいから来いって」
潜入の準備は整った。




