如月飯店(3)
「この写真には、あるべき物が写っていないのでーす!」
ふんす、と鼻息の荒いメリーさんだ。
「わかります?」
周囲を見回す。
「え、えーっと、電線とか電信柱!?」
「はい、寧々さん正解! 京都市では電線の地下埋設はあまり進んでいないのでーす。特にこのような古い町家の近辺では、電線が空中を横切っていて当り前なのです。でも、この写真にはいっさい写っていない。……というとこは?」
「まさか、映画村!?」と私。
「そう。これは映画の屋外セットなのでーす。当然、制作中の映画で使うセットの写真を撮ることは許されません。それが『この写真は許可を得ていませんよね』と『これは約束に反していますよ』の理由だったのです。おそらくは、エキストラがこっそり撮影したのでしょう」
「では、八千代さんが中華料理を食べた『如月飯店』も、映画村のセットやったってこと?」と寧々さん。
「そこがちょっと違うのです。当時は映画全盛時代。映画村の中だけではセットが足りなかったのです。そこで、市内でいい感じのところを借りてセットにして、撮影に使っていたというわけです」
「町中でロケをしたというわけか。だから、看板を架け替えて撮影をした、その場所でパーティーシーンを撮影し実際にパーティーもした、ということか」と会長。
「ザッツライト。八千代さんが会った紳士は、おそらくは映画会社の人、職人風の人は裏方さん、そして、出演者やエキストラもいた。年齢も服装もバラバラだったのはそれが原因だったのです」
「あるいは全員、衣装だったのかもしれませんよ」と大饗氏。「それだけバラバラの服装をした人間がパーティーに集まるシーンがあったとしたら、映画マニアならすぐにピンと来るのではないでしょうか。映研になら詳しい人がいるかも……」
「よし、笹田君に聞いてみよう」
会長が電話をかける。
しばらくやりとりが続いて、電話を切る。
「ちょうどいい人材がいるそうだ。昭和映画大好きの二回生、京都文化博物館のヘビーユーザー、青野君だ」
京都文化博物館のフィルムシアターでは、毎週古い映画を上映している。そこに入りびたっているらしい。
数分後、青野氏が現れた。青なりびょうたんを絵に描いたようなひょろがり学生だ。
「えっと、笹田さんからここに来るように言われたのですが」
ミステリー研のメンツを見てびくついている。
会長が手招きする。
「ああ、ありがとう。入ってくれ。君の知恵を借りたいんだ」
「はい?」
「実は、昭和四十年頃の邦画なんだが……」
青野氏は、モニターの看板の画像をじっと見ている。
私たちは、色んな階層の人々が一堂に会して、当時はまだ珍しかった本格中華を楽しむ、というシーンのことを説明する。
「おそらくそれは『さらば望郷の日々』のことだと思います。最近、リメイクするという噂が流れていて。けど、題をどうするかでもめているそうです。監督は『偽りの租界』にしたいけど、プロデューサーは『最後の暗号 一九三七』にしたいって……」
「それだ!」
皆がうなずいた。
……確かに『さらば望郷の日々』よりは受けがよさそうだけど、でも、どういう映画なの!?
青野氏は、「それは見てのお楽しみです」とかたくなにネタバレは拒否した。映画マニアの矜持というやつだろう。
澪さんが質問した。
「中華料理屋を借りてロケをする程度ならわかるのですけど、街中の家を借りて撮影するなんて効率が悪くないですか」
「当時は映画全盛期で、予算は潤沢にあったんです。祇園の街も、毎晩のように映画関係者が通っていたそうですし、『祇園は西陣と映画と坊主でもつ』って言われていたほどなんですよ」
青野君、辛辣である。てか、「坊主」が入っているところに笑った。
「つまり、映画の撮影のために中華料理屋を丸ごと一軒、作り上げたと?」
「その可能性はあります。が、配達させる方が現実的でしょうね。京都には古い中華料理屋もたくさんありますし、食材さえそろえば料理はしてくれると思います。女中役の人は裏から運ぶだけ。ご飯を出せと言われたら混乱するでしょう」
南氏の説明で全ての謎は解けた。
「でも、一つ謎が残ったの。オオサンショウウオってどこから持って来たの?」とメリーさん、純真ななまざしだ。
みんなが乾いた笑い声をたてた。オオサンショウウオは、大雨の後にたまに鴨川の河原で見かけることがある。ただ、京都市に知らせると「保護」されてしまうので、みんな川に帰っていくのを暖かく見守っているのだ。
青野氏は、その謎も解き明かした。
「密漁ですね。戦後すぐに国の天然記念物に指定されているので当時も食べることは違法です。でも、映画関係者というのは反骨精神の塊ですからね」
かくして如月飯店の謎は解決したのだった。




