真夜中の散歩者(5)
その夜、私とメリーさんは近づいたり遠のいたりを繰り返す雷鳴のもとで検討会を開いた。
「何かつかめた?」
「大収穫があったの。おそらく暴走族を退治したのはアシナ先生なの」
「というと、レーザー光線か何かで?」
何気ない冗談が、メリーさんの言葉を加速させた。
「そう、それ。レーザー光線って意外に歴史が古いの。一九六〇年、アメリカのセオドア・H・メイマンが、最初のレーザー光線を成功させた。合成ルビーを使ったの。その二年後には月まで届くほどの出力になり、七〇年代初頭にはディスコで使われはじめた。七三年にはロサンゼルスのグリフィス天文台で、レーザーショー『レーザリアム』がはじまる。七五年には、京都市にレーザリアムの常設館が出来て、日本でも音楽に合わせてレーザー光線を飛ばすエンターテイメントショーが開幕した。おそらく、アシナ先生が小学生の頃ね」
「まさか、その装置を自作した、と?」
「そう。さっき先生の本棚で確認したんだけど、六〇年代に書かれた古典的な競馬ミステリーの本があった」
いきなり話が飛ぶ。
「馬にレーザーを照射して転倒させ、大穴を取るって話。たぶん、先生は憧れの女性が汚された現場を目撃している。それが暴走族の犯行だとも知っていて、三年後の夏休みに完成させたレーザーで彼らを一網打尽にした。最初の受験で失敗したのも、彼らの騒音が原因だったと思うの」
「その殺人の記憶も、祠の神に祈ることで封じ込めた、と? でも、祠が燃えたのはなぜ?」
「放火は、暴走族の生き残りがやったのだと思う。謎の光を見た、て証言があったでしょ。それを、祠の神の怒りと解釈して復讐のために放火した」
「確かに筋は通っているね。けど……」
私は疑問をぶつけた。
「じゃあ、最近の自殺事件は何が原因?」
「ふうっ」
メリーさんは、肩をすくめて両掌を上にし、ため息をついた。
「それはまだわからないのー。ただ、ひょっとしたらクネクネに関係しているかもしれない」
会話が止まる。
「あのね。一つ気づいたことがあるんだけど」
「?」
「離れにあった楽器ケース、サックス用にしては大きすぎるんよ」
「はあ……」
「あれって絶対、ユーフォニアム用だよ」
「あっ! まさかあれにレーザー銃が入っている?」
私はうなずく。
「それと床に置いてあった発電装置。あれ、多分灯油が使えるタイプのディーゼルエンジンだよ」
「そうか。それで説明はつくね。今もあのケースには自作のレーザ銃が入っている。そして、発電機も古墳の上まで運べない重さではない。燃料も手に入れやすい。二日に分けて運べば、組み立てることも可能。……でもね、最大の難関があるの」
「というと?」
「状況証拠しかないってこと。そして、もし、あたしたちが時効をすぎた事件の真相を暴いたとして、何の意味があるかってことなの」
正論だ。
当時亡くなった暴走族の内、何人が犯罪に関わっていたのかはわからない。もう捜査もできないだろう。藪をつついて蛇を出したところで、それが社会正義にかなうかどうかには悩むところだ。
「それよりも、悪霊クネクネの問題をなんとかしたいの。怪異は今、現に犯行を続けているのだから」
メリーさんは拳を固める。
「そうだよね。……シッキム・クッで亡くなった人の霊は鎮められたのかなぁ」
「うん、多分。でも、先生には別の怪異がとりついていると思うの。おそらくだけど、大陸系の吊死鬼。日本で言う縊鬼。自殺や発狂を誘発する怪異なの。これはやっかいなヤツで、とりついた宿主が死なない限り消えることはない」
「先生が京都にいた間は活動していなかったんだよね」
「吊死鬼は、神社仏閣が多い京都では霊的に封じ込められていた。ソソギ地区が持つ絶望と陰の気が吊死鬼を復活させた」
「ここから引っ越してもらうしかないか」
「そうね。それが一番かな」
対策は出た。けど、実現する方策がない。
メリーさんが第二案を出した。
「あるいはオオヒルメムチの祠を復興するか。オオヒルメムチってアマテラスオオミカミの別名なの。新聞記事で神名がわかったから不可能ではないと思うのだけど……」
そういえば、アマテラスオオミカミはアマノイワトに引き籠もった、元祖引きこもりの神様だ。
「公園の管理者が受け入れるかどうか、だよね。昔と違って政教分離がうるさいし…… ねえ、柳本家が衰退して中山家が続いている理由って何だと思う?」
「さあ。元々運が強いのかな」
私は、スマホでソソギ地区の地図を出して眺めた。航空写真版も見てみる。
「……中山さんチは、人が住んでないんじゃないかな。ほら、雑草が生い茂っているし ……まさか、陰宅!?」
陰宅――それはお墓を意味する風水用語だ。住宅地の中に墓地を新設することはほぼ不可能だ。だが、風水の考え方だと、祖先の骨を風水のよい場所に収めることが重要なのだ。中山さんは、勝手に骨を埋めて邸宅を陰宅にしたのかもしれない。
「そう。あたしも調べてみたの。明堂にはお墓を置くのが正しい。人が住んでいると、かえって不幸になるのかもしれない」
私の脳裏に閃くものがあった。
「中山さんに劉備玄徳の廟を建ててもらうってのはどうかな」
「それなら関帝廟になるのー。劉備、関羽、張飛の三人はセットで祀られるものなのー」
「吊死鬼は絶対に勝てない!」
私たちの処方箋は決まった。
中山さんを動かして吊死鬼を封じてもらおう!
翌朝のソソギの空は、抜けるような青空だった。
私とメリーさんは、先生が朝食を作るのを手伝いつつ、昨日の晩に出した結論を話した。
「関帝廟、か」
複雑な表情だ。
「もちろん、非公開でいいんです。宗教活動は個人の自由ですし、これでクネクネ退治ができたら問題は解決です」
「しかしなあ。あのお家はもう自治会にも参加していないし、どう話を持って行くか……」
「そこを何とか。連絡をつけてもらえないでしょうか」
私は先生の前で手を合わせた。
コンロの前ではメリーさんが鼻歌を歌いながらパンケーキを焼いていた。
「メカパンケイクス、メカメカパンケイクス、テカビッグアップゥプッインパンケイクス♪」
なんかはじけた歌だ。
「そうだな、自治会の役員にも相談して……」
「それじゃダメなんです。自治会と無関係に、個人的に解決しないと話がこじれると思います。こと宗教がらみですから」
「う、うーん」
葦名先生は悩んでいる。
「はい、主食が出来上がりましたー」
メリーさんは、山盛りになった「パンケイクス」をテーブルの真ん中に置く。どう見ても昔ながらのホットケーキだ。お店で出るふわふわのヤツではない。
……ま、仕方ないか。この家にはふくらし粉とかなさそうだし。
「あとは、ペッパーサーモンとベーコンとスクランブルエッグなのー」
完璧にアメリカンブレックファーストだった。
「おはようございます」
「おはようございます」
寝起きの先輩たちが現れた。
「やあ、君たち。よく眠れたかね」と先生。
「はい」
「よく眠れました」
エプロン姿の先生を前にして恐縮している。
「さあ、召し上がれ。……あっ、手は洗ったかね」
すごすごと引き返す会長と大饗氏だった。
朝食の後、私たちは先生の車を借りてナギツジの廃村と寺を観光に行き、現代の過疎化について考察を深めた。ソソギに下りてくるとバスが見えたので、会長と大饗氏をバス停で降ろしてから葦名邸へ帰った。会長たちには悪いが、風水がらみとなると私の方がまだ理解している。
帰りの運転はメリーさんがした。鼻歌混じりでハンドルを握っている。ジャッキー・チェン主演のハリウッド映画の曲だ。
そのあと葦名先生を説得して、目の前で中山さんに電話をかけてもらった。中山さんは、用件を聞くと開店前に『桃園』で会おうと約束してくれた。時刻は十一時。今度の運転は葦名先生だ。
時間に余裕があったので、ソソギを出る前に中山氏の邸宅にも寄ってみた。塀の外から中の様子はうかがえなかったが、草ボウボウなのは塀からのぞいた雑草でわかった。向かいにあった柳本邸の跡地も見てみたが、住んでいる人はコリアン系ではなさそうだった。
将川にかかった橋は、すでに通行止めを解かれていた。当然だ。バスが走っているのだから。
「ここを封じられると外に出られないのはなんとかしてほしいところだな。まあ、凪辻を越えて大回りをすれば名張に行けなくはないが、あちらはあちらで土砂崩れや何やらの危険がある」
「そうなのー。今日もお寺に行く途中の道が濁流になっていて大変だったのー」
メリーさんがのほほんとした口調で言う。
車は順調に市内へと入った。
「さあ、ここが『桃園』だ。駐車場に止めさせてもらおう」
牌楼が目立つ露天の駐車場に車を入れる。
「何、これ。昔のお店の看板!?」とメリーさん。
「違うよ。邪気を防ぎ、よい気を集めるための風水的な門。地域を守る意味もあるらしいよ」
「すごーい! 竜がコテ絵になっている。屋根の上にもいる! 狛犬までいるよ!」
パシャパシャと写真を撮っている。
「狛犬、というか、獅子だよね。ほら、お店の入り口にもあるでしょ。沖縄で言うシーサーみたいなものだよ」
メリーさんは別のモニュメントに目をつけた。
「トーテムポールもあるのー!」
「これは華表。風水的な何かというよりは、権威の象徴。翼に見えるのは雲板といって雲をかたどったものだよ。それとともに、みんなの言葉を聞き入れる、て意味あいもあるの」
「本当だ、左右非対称なのー」
「上に乗っているのは蹲獣。ここのは竜だけど、獅子とかの場合もあるよ」
「サツキ、詳しいのでーす」
メリーさん、感心する。まあ、全て中学生時代に読んだ本の受け売りなのだけど。
「トーテムポール、てインディアン、じゃなくてネイティブアメリカンのお墓なんだっけ?」
「ううん、違うよ。家族や氏族の歴史を記録した柱なの。伝説とか重要な出来事も文字を使うことなく記してある。いわば家系図かな。今の形は意外と新しくて、十八世紀に流行りだしたの。一七八五年に中国人がボルチモアについているから、その影響かもしれないよ!」
「えっ、そうなの?」
「パラス号のこと知らない? アジア人が船員として連れて来られていて、帰りの費用がないので援助してくれって大陸議会に請願したの。漢字の署名があるから、三人いた中国人の名前もわかってる。亜成、亜全、亜官、ただし、亜というのは『阿Q正伝』の阿Qと同じで、○○ちゃん、みたいな意味。船員名簿に合わせたのかもね」
「その人たちは帰国出来たの?」
「それは…… 記録に残っていないの。大陸議会は予算がないって却下したから」
華表がトーテムポールの元になったかもしれない――また新しい都市伝説が生れた、のかもしれない。
「さあ、もうすぐ約束の時間だ」
先生が腕時計を指さしながらうながした。
数段の階段をのぼってお店に入る。「準備中」の掲示は見えていたが、自動ドアはすでに働いていた。
「葦名先生ですね。よくいらっしゃいました」
恰幅のいい、中華服の男性が迎えてくれた。年は先生の一回り下くらいだろうか。頭頂の髪が薄くなっている。そして、言葉になまりはない。
「オーナーの中山です。どうぞこちらへ」
私たちは奥の特別室へと通された。
中山氏の口から出たのは、しごくまっとうな問いだった。
「こちらのお嬢さん方は?」
「京都大学の学生です。お話ししたソソギ地区の自殺頻発について調査をしてくれました」
「ほほう。で、原因はわかりましたか」
中山さんは、身を乗り出す。
「そこは、メリー君の方からお願いします」
……あ、この人、逃げ道を残したな。
まあ、先生自身は風水の専門家ではないので仕方ないのだけど。
「こほん。では、ずばり言います。吊死鬼、という、自死を誘発する怪異が原因なのです」
「怪異、ですか」
中山氏は、目を丸くしている。
「で、私に協力してほしいことというのは……」
「はい。関帝廟を建てて、怪異を追い払ってほしいのです」
メリーさんは、まじめな顔だ。
「ふむ。それは、ソソギ自治会の意向でしょうか」
葦名先生の方に目を向ける。
「いいえ。個人的な提案です」と先生。
私は、吊死鬼退治にぜひ家廟を建ててほしい、とお願いをする。気分はもう、神様仏様中山様だ。
中山氏は、腕を組んで宙を睨んでいる。
しばらく考えてから中山氏は腕組みを解いた。
「実はソソギの家は、親から絶対に売るなと言われていた物なのです。風水が良いから絶対に手放すな、と。だけど絶対に住んではならない、とも言われました。ひどい話でしょう、あれだけの土地を」
私たちはうなずく。
「最近になってこれを買いたいという不動産業者が現れましてね、現在交渉中なのです」
困った事態になった。あそこが使えないとなると、また別の吊死鬼対策を立てなくてはならない。
「私は華僑の三世なので――正確に言うと四世かな。正直、風水は信じていません。ただ……」
中山氏は、くすりと笑った。
「最近、宝くじにあたってしまったんですよ」
「はあ?」
私たちの声がハモる。
「家訓でね、思いがけない大金が入った時は、三分の一は貯金し、三分の一は商売にまわし、三分の一は社会に還元しろ、と言われているのです。不時の大金というものは悪運を招くから、と。で、今、一億円の使い道を決めあぐねていた所なのです。あそこに関帝廟を建てるのもいいかな、という気もしてきました。即答は出来ませんが、前向きに検討したいと思います」
葦名先生と中山氏は、しっかりと握手したのだった。
追記。
先生のおごりで食べた桃園の中華料理はとてもおいしかったです。




