トイレの花子さん(その2)
「と、トイレの花子さんねえ。さあ」
明らかに挙動不審になる関口さん。
「違いまーす。おトイレの花子さんでーす!」
メリーさん、なぜか「お」を強調する。
不穏な空気に反応したダックスフントが吠え始めた。
「こいつを家に帰さなきゃいけないんで、私はこれで」
関口さんは、そそくさと塀の横の道を奥へと去っていった。
「仕方ない、花子さん本人を捕まえて尋問しますか」
「ちょっと待って。何、そのおトイレの花子さんっての?」
「サツキは知らない? スタジオの花子さん。元々は、昭和の頃のラジオスタジオでの隠語、というかシャレ言葉だったの」
アマリ会長も、メリーさんに賛同する。
「僕も、聴いたことがある。それって、いわゆる『お花を摘みに行く』ってヤツだろ」
「そう。昔は女優さんが『トイレに行く』と言うのははばかられたので、言い換えていたの。その一つよ」
「あ、『はばかり』ってそういうことか」と違うところに感心する私。
「で、ラジオのスタジオで誰かがシャレで『ちょっと録音に』とか言い出したわけ。『音を入れる』から『おトイレ』。高齢の声優さんは、今でもたまに使うそうよ」
「で、『トイレの花子さん』が『オトイレの花子さん』に転化した、というわけか」と会長。
「そう。だから、古いスタジオには『オトイレの花子さん』がとりついていたりするの」
私たちは、ぶらぶらと編集室のある奥の建物へと向かう。そこは、モルタル二階建ての古びた建物だった。
一階の外廊下に自販機が並び、赤いキュロットを履いた女の子がコーヒー缶を片手に立っていた。頭にはよく目立つ大きな白いリボンをしている。
「あなたが、おトイレの花子さんね」
「よく分かったわね。ようやくメッセージが伝わったようね」
メリーさん、ポケットから骨董品のピストルを取り出して構える。
「どうしてドラマの邪魔をしたの?『山猫団』に恨みでもあったの? それとも怪異としての義務感にとらわれて?」
「まさか。感謝してほしいほどだわ。特に意地悪をした覚えはないのだけど」
ピストルを見てもしれっとした顔だ。
……話が噛み合っていない。
私は、二人の間に割って入った。
「ちょっと待ったー! メリーさん、まずは花子さんの話を聞こうよ。その物騒な代物をしまって。その、何とかいうピストル!」
「ボルカニック・リピーティング・ピストル!」
「立ち話も何だし、休憩室に行きましょう」
花子さんが、私たちを先導した。
休憩室とは名ばかりの、ただのコインランドリーだった。ただ、パイプ椅子とテーブルはあるので、休憩室としては使えそうだ。
「そこの本棚にある『紺碧の勲章』をとってもらえるかしら」
花子さんの求めに応じて、古びたソフトカバーの一冊を取る。
「そこに、『思い出の校舎』って短編があるでしょう」
「はい」
「読んでみて」
花子さんがうながす。
「えっと、朗読しましょうか」
「うん、それがいいわね」
花子さんは、落ち着いてパイプ椅子で足を組んでいる。こうして見るとなかなかのスタイルだ。トイレの花子さんのイメージとはかけ離れている。
私は、朗読を始めた。
「あれは、夏休みも近いある放課後のことだった……」
話は、小学生が夏休みにどこに行こうかと話し合うシーンから始まる。
そして、話は学校の七不思議にうつり……
「盗作なんてしてないです! オリジナルのシナリオなんです!」
あまねさんが真っ青になった。その短編は、聴かせてもらった音声ドラマとほとんど同じストーリーだったのだ。
「それはわってるわ。私も、このスタジオであなた方が苦労しながらストーリーを練り上げたのを知っている。それに、誰もこの本を読んでいないことも。でもね、世間の人はそうは受け取ってくれないの。手近にあった本のストーリーをぱくった、そう思われてしまうのよ」
あまねさんは泣きだした。
「そんな、そんなことって」
「間が悪かったのね。創作者は、いつもそういうリスクを背負っている。必至で作り上げたストーリーが、十年以上も昔に作られた作品と同じ展開だった、というリスクを」
私は、目の前の怪異に確認した。
「だから、あなたはこの作品を世に出さないように介入した。肝心の所で脚本にないセリフを付け足すことで」
「ええ。『山猫団』の頑張りは知っているから、つまらないことでキズをつけたくなかったの。けど、あなた方は私の警告に気がつかなかった。私の力は限られている。強い異能の力を借りないと現実に姿を現わすことすら出来ない」
「でも、関口さんはあなたの事を知っていたみたいですよ」
「ええ。何度もスタジオの危機を救ったことがあるから。まあ、そのことはあの人と私だけの秘密ということにしておきましょう」
誇らしげな花子さんである。
「ごめんなさい。あたし、勘違いしていました」とメリーさん。深々と頭を下げる
……この子が謝るのは珍しい。
かがみさんが口を開いた。
「でも、もったいないですよね、ここまで完成度高いのに」
「仕方ないわ。今まで著作権問題でお蔵入りした脚本なんとごまんとあるもの。たまには徒労だってあるわ」
花子さんは冷徹だ。
私は『紺碧の勲章』をペラペラっとめくって、ある事に気づいた。
「ちょっと待って。起死回生の策があるかもしれない。作者に許可をもらえばいいのよ」
「と言うと?」とあまねさん。
「この人、京都ネタが多いんよ。出版社に手紙出して、反応がなかったら仕方ないけどお蔵入り。けど、許可が出たらこちらの物。脚本書いた人には申し訳ないけど、差し障りのある部分を変えててもらう。そしたらやったことが無駄にならないよ!」
「それだ!」
みんながうなずく。
会長もアドバイスをする。
「それならまず、この作者の作品を全部そろえて読み込むべきだな。そして、熱烈なファンが音声ドラマ化を希望しています、という体で手紙を書くんだ。もちろん、切手を貼った返信用封筒を同封してね」
「そうなのでーす。ただ面白い原作を見つけたから利用したい、じゃない方がいいと思うの!」
「は、はい」
皆の勢いに圧倒されるあまねさん。
「ね、やってみる価値はあると思うよ!」とかがみさん。
ふと気がつくと、花子さんは忽然とその場から姿を消していた。
結果として『山猫団』の新作は、一ヶ月遅れでリリースを果たした。
最後のキャスティングでは、原作者名が付け加えられるとともにとともに「協力 スタジオの花子さん、京都大学ミステリー研究会」の言文言が入っていた。さらにつけ加えると、スタジオの花子さんの「はーい」はおまけのNG集に収録されたのでした。




