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真夜中の散歩者(4)

 メリーさんは、澪さんのメールに添付された動画をダウンロードした。

「うーん、さすが澪っち、いい仕事をしてますねえ!」

 横から見ている限りは、大量の新聞の画像にしか見えない。

「これは?」

「府立図書館の新聞の縮刷版なのでーす」

「え? そんなものデータベースで調べられないの?」

「それがね。公開されたデータベースだと見出しだけで記事の細かい内容は見られないの。でも、縮刷版は当時の社会状況や一見無関係な事件も同時に見られる」

……わかる。

 今は社会に出ている人たちも、昔の罪がクリック一つであばかれるのはイヤだろう。だから、今の社会ではなるべくネットには情報を流さないようにしているのだ。

「そして、これをウィンチェスター財団のサーバーに転送して……」

 メリーさん、メールのデータリンクをコピーしてOCRの所に添付する。

「一時間ほど待つのー」

 魔界探偵、「ぽちっとな」と言いつつクリックをすませた。

……こいつ、AIに丸投げする気だ! まったく今時の探偵ときたら!

 メリーさんは、次のメールを開く。

「これはちょっと毛色の違う資料ね。『東亜同胞新聞』。今は廃刊された在日コリアンの新聞。そして『伊勢スポーツ新聞』。ローカルのタブロイド紙とはねえ」

「あっ!」

 なんとなく狙いが見えてきた。

 自治会に加入することがなく、自殺者が出ても訃報回覧に載らない家。それを、当時の容赦ない新聞記事からあぶり出そうというのだ。

「そして、ソソギ地区の『住宅詳細地図』。図書館に残っていてよかった~」

 本当に何でも蓄えている場所だ。

 地図を見る。各家の姓が書かれている。バス道に沿ったあたりから家が建てられていったようだ。

 挽木守古墳、という文字が真ん中にある。こうして見るとやはり大きい。地図の周囲にはお店の広告がたくさん載っていた。添えられたバス停の時刻表も、一時間に三本はある。住宅地として開発され、まだソソギ地区が生き生きとしてころの地図だ。

 メリーさんが、別の地図を開く。もはや空き地はなく、ほとんどの区画に住人の姓が記されていた。

「これは?」

「先生が大学を受験した頃のデータなの。おそらく古墳から肉眼で見える家は数軒先まで。でも、望遠鏡で覗いていたら、かなり遠くまで見えると思うのー」

「えっ!? 先生はのぞき魔だった説!?」

「おそらくは。そして自殺者が出たのは川向こうの土地が高くなったこのあたりの家のはず」

 メリーさんは、別ウィンドウに縮小表示した自治会地図の端っこを指さす。

「で、あの縮刷版は?」

「アシナ先生が大学を受験した年からあと、昭和の末までの事件を追ってみるの。女性がウェディングドレスを着て首を吊るとしたら、それは貞操を無理矢理汚されたから。それも婚約者以外の人に。彼女の自殺は、韓国語ではビジョンサンサ、漢字にすると『非日常死』になる。とくにオグルハン・ジュグムやウォナン・ジュグムと呼ばれる怨霊となる死に方なの」

 何やら聞いたことのない専門用語が出てくる。

「その最後を見たのが葦名先生だということ?」

「そう。だから、先生がこの家に戻ってきて悪霊も甦った。統計からは、そう読み取れる」

「で。その悪霊を祓う方法ってあるの?」

「ちょっと待って」

 メリーさんが勢い込む私を「どうどう」と言いながら制止した。

「これは首を吊った人が在日コリアンだったらの話。これが華僑系だとまた別の方向で検討しなくちゃならないのだけど……」

「AIに地図を喰わせるのね」

 メモリースティックの今の自治会地図と昭和の詳細地図をサーバーにアップロードする。ウィンチェスター財団のAIが色んな物を喰わされて怨霊化しないか心配になるくらいの使い方だ。

 メリーさんは、キーボードでコマンドを入力する。

「二枚の地図を比較して、昔と変ったところを赤色に着色して……」

 英語のプロンプトを入力しつつ、口頭で解説してくれる。

 あっという間に何ヶ所もの着色が完了した。

「……ここ。柳本家。おそらくここ」

 古墳のすぐ南側の家だった。メイン道路に面していてかなり広い。他の家の六軒分はあるだろうか。

「え? ここ?」

「たぶん。柳本は通名で、元々はユ、またはリュ。この家は、昭和の末に消えた。敷地は何軒かに分割されて新しい家になっている」

 そう。風水にこだわるコリアン系の人なら、風水のよい場所に家を構えるのは予想できたことなのだ。

「この向かいの中山さんちも大きいねよ」

「うん。こちらも調べてみるね」

 キーボードの音がする。私はちょっと一階に飲み物をとりに行く。

 少したってから戻ると、結論は出ていた。

「こちらは多分、中国系。名張(なばり)に『桃園』って中華料理屋と『文昌閣』という骨董品店を経営している。ほぼ確実だよ」

 メリーさんは、詳細地図の端にある広告を指さす。

「電話番号から調べたら、経営者はどちらも中山さんになってた。今でも繁盛しているみたい」

「中山…… ひょっとして孫文中山から来ている?」

 メリーさんは首を横に振る。

「おそらく中山王劉勝にちなんでる。『三国志演義』の劉備玄徳のご先祖様。ここに家を建てた頃にはすでにお金持ちだったろうけど、景気に左右されずに息の長い商売を続けているのでしょうね」

「ということは、柳本家では自殺者が出たので家運が衰えた?」

「その可能性はあるよ」

 メリーさんは、今度は『東亜同胞新聞』の記事を開く。日本語の新聞なので私にも読める。

「生駒のコリアン系のお寺で、柳家主催で毎年一月にムチャデーフェ――無遮大会(むしゃだいえ)を開いている。多分、同時にシッキム・クッをしている」

「シッキム・クッ?」

「歌と踊りで死者の霊をきよめしずめる儀式。ムーダンが行うの」

 ムーダンとは、漢字では巫堂と書く。韓国のシャーマンのことだ。無遮大会とは、貴賤を問わず施しをして功徳を積む仏教儀式のことだ。よほど珍しいことなのだろう、記事の扱いは大きい。

「これを七回も繰り返している。よほどおそれることがあったんでしょうね」

「そんなことしていてたら、破産しそう……」

「柳本家は、家の敷地を切り売りしつつ、その費用を用意した。……まあ、全てはあたしの憶測だけどね」

 そして、メリーさんは最後に『伊勢スポーツ』の記事を拡大した。

「ムチャデーフェが始まってから三年後の八月、ソソギ地区の外で大きな事件が起きているの」

 そこには「暴走族、大規模な事故で死傷者多数」という記事が見て取れた。そして、奇妙な証言が載っていた。

「複数の生存者が、『挽木守(ひきこもり)古墳から目をくらませる光線が放たれた』と語っている。しかし、同地域でこの光を見た者は他にはいない」

 え? 何? 神の怒り?

「そしてその翌年の記事。『挽木守古墳のオオヒルメムチの祠が謎の火災で焼失。警察は、花火の残り火の不始末が原因と見ている』」

「何、このミステリー。会長や大饗先輩にも見てもらわなくちゃ」

 私は立ち上がった。

 メリーさんは、私の動きを手をつかんで止めた。

「それは、ダメ。ここから先の推理は広めたくない。それに、まだちょっと確認したいことがあるの」

 その時、一階から葦名先生の声が響いた。

「おーい、晩飯だぞー。女子たち、降りてきなさーい」

「はーい」

 私たちは雨音に負けじと声をはりあげたのだった。


 夕食は、冷凍食品のオンパレードだった。

 お好み焼きとピザと餃子とたこ焼き。そう、停電で解凍された食品の総ざらえだ。こういう時は、電子レンジのありがたみを痛感する。

「いやー、助かったよー。君たちがいなければ、冷凍庫の中身を捨てるはめになっていた」

 先生は、電気ケトルで湧かしたお湯を注ぎ、味噌汁を作っている。こちらはフリーズドライだ。

「ガスは引いてないんですか?」と私。

「ああ。風呂だけはガスにしたが、あとはオール電化だ。合理的だと思ったことが裏目に出る。そんなこともあるものさ」

 自嘲気味に話す。

 こうして見ていると、名誉教授というよりはただのお爺さんだ。好々爺、というのはこういう人のことを言うのだろう。

 食卓に酒が出され、その場は宴席と化した。

 私たちは大学での授業の話やクラブ活動の話をして食卓を賑わせた。特に受けたのが「怪盗せきそろ事件」の話だ。

「山科工科大か。懐かしいなぁ。私も創立時にはちょっとかかわっていたよ。みんな、実学の新たな拠点を開くって張り切っていてね。セキュリティーも万全な物にしよう、て設計したんだ。……そうか。そういう破り方があったか」

 なに、宴会で仲良くなったヤマ工生と一緒に突入しただけの話なのだが、先生は楽しそうだった。

「先生は、工学の方も詳しいのですか」

 大饗氏がたずねる。

「ああ、多少はかじっている。けどまあ、専門家に比べたら素人に毛が生えたくらいのものだ」

 京大名誉教授の「素人に毛が生えたくらいのもの」は、世間では剛毛のジャングルレベルだ。

「確かに、離れの機械は凄かったです。旋盤ですか」と大饗氏。

「ああ。ヘッドを交換すればドリルにも研磨機にもなる。ただまあ、半世紀以上も前の物だから、骨董品、というかただの鉄くずなんだけどね」

「あとで見に行っていいですか」とメリーさん。

「いいとも。ただし、見るだけだ。動かしたらダメだぞ。爆発しても知らんぞ。とくに酔っ払いが触ると爆発する可能性が高い」

 お酒が入って上機嫌だ。

 というわけで、私たちは食後、再び離れを見学に行くことになった。


 機械類に触ってはいけない、というわけで、私たちの行動はかなり制限された。メリーさんは、本棚の文庫本の背表紙を眺めている。会長は奥のホワイトボードに化学式を書いてポリマー重合がどうとか炭水化物の重合体がどうとか、先生と難しい話をしている。

 酔っ払いの専門的議論が一息ついたところで、私は気になっていたことをたずねた。

「先生は、楽器は弾かれるんですか」

「ああ。中学時代にはサクソフォン――いわゆるサックスをやっていた。吹奏楽部でね。もう何年も吹いていないが、ちょっとやってみるか」

 私は、棚にある真っ黒で大きなケースの所に行こうとする。

「あっ、待ちたまえ、それは空なんだ。本体は母屋にある。さあ、そろそろ戻るとしようか」

 メリーさんは満足そうにうなずく。

 雨脚はかなり小降りになっていた。が、橋が水没していては今日帰ることは期待出来ない。

 居間に戻った私たちはテレビで天気の様子を確認した。線状降水帯が出来ていて、四国から三重にかけて大雨警報が、名張地域には落雷警報が出ていた。

 葦名先生は、自室からとってきたサックスを吹き始めた。定番曲に始まり、アニソンのジャズアレンジなども交える。時々、ウィスキーの水割りで喉を湿すのがご愛敬だ。

「意外と忘れてないものだな。昔取った杵柄(きねづか)というやつか」

 何曲か吹き終えた先生は、どかっと長椅子に沈み込む。

「さて、だ。私はそろそろ寝床に入ることにする。実を言うとだな、退職後、とみに疲れやすくなってね。生活リズムも崩れてしまった。一日に三度寝るようになったんだ。もうお迎えが近いのかもしれないねえ」

 先生は、グラスに残った中身をぐいと飲み干すと、千鳥足で寝室へと向かったのだった。


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