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真夜中の散歩者(3)

 帰りはあえてヒキコモリ古墳公園を経由することにした。いわばここがソソギ地区の要だからだ。南側からの道を行く。

 アマリ会長がたずねた。

「遺跡というからには、出土品はあったのでしょうか」

「ああ。多少の埴輪と、錆びついた銅剣なんかはあったそうだ。名張の民俗博物館に寄贈されて、今はここにはない」

「土質を見る限り、天然の岩山のように見えますね」と大饗氏。

「ああ。元々の岩山に土を盛って墳丘にしたらしい。頂上には、むき出しになった石棺もあるよ」

 木に模したコンクリートの土留でできた階段を登っていく。葦名先生は、年のせいか歩くのがつらそうだ。

「景色がとってもいいのー」

 メリーさんがふりかえって遠くを指さす。かなたにつらなる緑の山並みが目に鮮やかだ。視線を下に向けると、川に沿うゆるやかな道が見える。ソソギ地区のメイン道路の一本だ。その先をたと゜ると大きな岩石群がある。風水の案山にあたる場所だ。その向こうに橋がかある。バスから見たが、かなり老朽化した橋だ。その先は、こちらに向かってゆるやかに下るまっすぐな道が続いていた。

「あっ、くねくね!」

 楢川の河川敷を、白い何かがふらふらとはためいていた。

 会長が語気を荒げた。

「見てはいけない!」

「あのー、もう見ちゃったんですけど」と私。

「くねくねは、ちょっと見たくらいでは害はないが、その正体をつきとめようとじっくり見ると不幸を招くと言われているんだ」

 メリーさんは、会長の言葉には構わず、手をひさしにしてじっと眺めている。

「たぶんシーツなのー。ほら、昔の天皇の歌にあった洗濯物の歌……」

「春過ぎて夏来にけらし白妙(しろたえ)の、衣ほすてふ天の香具山(かぐやま)」と私。

「そうそう。その歌みたいー」

 考えてみれば、河原の木にひっかかった布がくねくねしているのを見ても恐れることなど何もないのだ。

「ちょっと待て。あれは首つり死体だ!」

 大饗(おおあえ)氏がスマホのカメラで拡大した画像を見せてくれた。

 確かに、布の上から長い髪の毛がはためいている。その上には太い荒縄も見えた。

「見間違いということはないかね」

 葦名先生は、メガネをはずしてスマホをのぞき込む。

 私も、滅多に使わないメガネを取り出して装着した。確かにそれは人だった。それも、ウェディングドレス姿の!

「警察に連絡します!」

 メリーさんに腕をつかまれた。

「それはやめて。あと十秒だけ待って!」

 通報しようとしていた私は、そのまま固まる。

「視線を別の所に向けて深呼吸をして。十、九、八、七……」

 私と会長はその指示に従って視線を地面に向けた。怪異関係はプロに任せた方がいいのだ。

 葦名先生と大饗先輩は、わけがわからずおろおろしている。

「三、二、一、はい!」

 視線を元に戻した私は、河原の木にはためいていた何かがきれいさっぱりと消えたのを確認した。

「何だったんだ、あれは!」と大饗氏。

「くねくね。最近の都市伝説で広まった怪異なのー」

「見ない方がいい、と言われているのはこういう意味だったのか。あのまま見続けていたらどうなったんだろうな」と会長。

「頭がおかしくなるとか、事故で死ぬと言われてるのー」

「まさか、あれが多発する自殺者の原因!?」と私。

「かもしれないのー。でも、断言は出来ないのー」

 さすがの魔界探偵も、頭を掻いている。

 横では、葦名先生が脚をガクガクさせながら、地面にしゃがみ込んでいた。顔が真っ青だ。

 会長も、どう対応していいのかわからず、おろおろしている。

 私は、駆け寄ると先生の背中をさすった。

「魔除けの呪文を唱えます。いいですね」

 先生はうなずく。

「きよめたまえはらいたまえ、いつのみたまもてさきわいたまえ」

 背中をさすりつつ何度か唱える。

 震えがおさまってきたので、呪文を変える。

「天清浄(しょうじょう)地清浄、内外(ないげ)清浄、六根清浄」

 婆ちゃん直伝の呪文だ。

「ばんぶつせいどう、じょんじんじょんじん」

 このあたりにくるともはや謎の呪文だ。ただ、一切の物事の根源は同じなので恐るるに足らず、という意味らしいというの聞いている。

「さあ、もう大丈夫ですよ。立ち上がってください」

 葦名先生は、弱々しく立ち上がった。

「さあ、家に帰りましょう」

「あ、ああ」

 先生は、ふらふらと古墳の頂上を目指す。歩みがたどたどしく、何十歳も年をとった感じた。

 大饗氏は……

 会長が般若心経の真言――ギャーテーギャーテーハーラーギャーテーを唱えていた。何かの印も結んでいる。まるで荒行を見ているみたいだ。

「僕もじょんじんの方がよかったよ」

 大饗氏が情けない顔でつぶやいた。


 古墳の頂上は小さな窪地になっていた。その周りを囲むようにコンクリート製のベンチが設置してある。木々は細く少ない。石棺は、窪地の底で枯れ葉とゴミに埋もれていた。

 私はメリーさんにたずねた。

「何か、感じる?」

「ううん、何にも」

 肩をすくめる。彼女が言うのならそうなのだろう。

「ここが竜穴か……」

 アマリ会長は感慨深そうだ。が、何があるかわからない窪地には、さすがに降りようとしない。

 私は葦名先生にたずねた。

「ここって、神社とかはなかったんですか」

「ああ。昔は小さな(ほこら)があったんだが、いつの間にか撤去されてしまった。私が大学に入って京都に下宿していた間に撤去されたんだろう。……そう、何となく思い出してきたよ。高校生の頃は受験勉強の気分転換に、よく夜中に犬を散歩させにここに来たんだ。ボゾンという名前のボーダーコリーでね。ちなみにうちにいた猫はヒッグス」

 私以外の全員が笑った。

「よくここでボゾンを放して遊ばしていた。頭のいい子で、他の犬と会っても絶対に喧嘩をしなかった」

 葦名教授は微笑む。

「そう、ここで部屋の中で首を吊った女性を目撃したんだ。この先に見える家の二階に」

 確かに、あたりの見晴らしはよく、二階の窓を開けっぱなしにしていたら一直線に見通せそうな位置だった。

「受験を控えていた私は、トラブルがいやで通報しなかった。その頃は携帯電話もなかったし、おそらく家に帰ってから電話しても彼女は助からなかっただろう。ただ、ウェディングドレスを着て首に縄をかけた彼女と最後に目が合ったのは覚えている。……訂正する。今、思い出したんだ。いつも同じバスに乗っていた年上の女性だ。名前は知らなかったが、ずっと美人だなあと眺めてんだ」

 先生はベンチに腰をおろし、声を忍ばせて泣き始めた。

「ここの祠の神に祈ったよ。この記憶を封じ込めてくれってね。全身全霊を込めて祈った。そして、その場でしばらく気を失った」

 私たちは、言葉を失って立ち尽くした。

「気絶していたのはどのくらいだったろうか。私はボゾンに舐められて気がつき、家に帰った。そして、さっきまでその時の記憶をすっかり忘れていた。……人の精神の力というものはおそろしいな。自分の記憶すら封じ込めることができるのだから」

 突然、生暖かい風が吹き始めた。風に含まれる湿気が濃厚だ。風もきつくなってきた。これではさすがのくねくねもどこかに吹き飛ばされてしまうだろう。

「雨が来そうだな。急いで家に帰ろう。ちょっと遅くなったが、お昼のご飯をごちそうしよう。そのあと名張まで車で送っていく」

 先生は立ち上がった。

 川を見るとかなり波だっていた。西の空も曇っている。私たちはヒキコモリ公園の北側の階段を降りると、急いで葦名邸へと戻ったのだった。


 夕方と間違えるような曇天の中、センター商店街の寿司屋から出前がとどいた。昨日のうちに予約していたのだそうだ。そうしないと店を開けないことも多いのだとか。

 寿司屋のライトバンが去ってすぐに土砂降りが始まった。

 奥の座敷に大きな寿司桶が並ぶ。お茶は先生が入れてくれた。

 腹ぺこの私たちは、ありがたくごちそうになった。

「天気予報、大はずれたなあ」

 会長がスマホを見つつぶちつく。

 雨は長引いた。というか、暴風雨になった。町内放送で警報の発令が告げられる。「危険なので外出は控えて下さい」と言っている。

 統計処理は、AI頼みですぐにすんだ。地図上の有意な偏頗(へんぱ)、なし。季節変動、わずかにあり。全体的傾向としてはここ数年、とみに自殺者が増えている。

 そして謎なのは、葦名先生が見たと言う自殺者のことが、その時期の訃報回覧にはなかったということ。

「ひょっとして、外から遊びに来た人だったってことのかなあ」

「それはおかしいの。先生はずっとバスで一緒だったって言っていたし」

「じゃあ、何かの理由で回覧がされなかったとか? 親戚の家に仮住まいしていたとか?」

「それはデータからはわからないのー」

 メリーさんの言うことはもっともだ。

 ぶちっ……

 ついに停電した。

「インターネットが使えないー!」

 メリーさんがパニクっている。無線LANの弱点はルーターの電源なのだ。

「確か離れに発電機があったはずだ。灯油もある。多分いけると思う」

 葦名先生は、アマリ氏と大饗氏をうながしてスマホのライトで先を照らしつつ奥に向かう。私とメリーさんもついて行った。

 そこは屋根付きの渡り廊下でつながれた倉庫のような建物だった。元は農機具倉庫だったという感じだ。今は全くの趣味部屋だ。色んな望遠鏡があったり、作りかけの機械が放置されている。犬と猫の古い写真おそらくはボゾンとヒッグスが飾られていて、その横の棚には、表紙が変色したたくさんの文庫本や雑誌、トランペットか何かの楽器のケースがあった。

「私も、中高校生の頃は色んな発明に取り組んだものだ。レンズを自分で磨いて望遠鏡を作ったりしてね」

「すごい!」私は思わず叫んだ。

 ライトのおぼつかない光に照らし出された中には、何に使うのかわからないコイルだらけの装置や、加工に使う大きな機械もあった。

 先生が棚の奥で示したのは、自動車メーカーのロゴがついた発電機だった。そして首を横に振った。

「まずった。こいつはガソリン駆動だ。灯油は使えない。ごめん、撤収だ」

 先生は自嘲気味に笑った。

「そうだ、ロウソクにしよう。あれならライトのかわりになる」

「電源にはならないのー」とメリーさん。

 ぞろぞろと引き返す私たち。

 先生は仏間に寄ると、ロウソクに火をつけて居間に戻った。ロウソクをわけてもらい、小皿にのせて灯す。ぱっと見、何かの宗教儀礼をしている感じだ。

 そこで雑談が続く。

 先生が浪人して京都の親戚の家で下宿しながら予備校に通った話とか、夏が暑すぎてソソギに帰ってきたら暑さはほぼ同じだったとか。


 三時間後、電気は復活した。

 地域の放送が橋の水没を告げる。

 物理的に陸の孤島に閉じ込められたのだ。

 私たちは、二階のゲストルームで休んだ。

 メリーさんは、先生から借りたラップトップパソコンで引き続きネット調査だ。この子の集中力は凄い。時々、メールを確認している。私はその横で休ませてもらう。

 夕方。

 澪さんから届いたメールが、真相解明に大きな進展をもたらした。

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