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真夜中の散歩者(1)

 授業おわりに部室に顔を出すと、会長が電話をしている真っ最中だった。

「はい、わかりました。すぐに(うかが)います」

 スマホに向かってお辞儀までしている。よほど頭の上がらない人物が相手らしい。

 通話を終えると私に言った。

「サツキくん、ちょうどいい所に来た。今から人と会ってくる。……今日はメリー君は来ないのかな」

「さあ。京都文化大学の講義とかがあるので、どうなんでしょうね」

 会長は頭を掻く。

「彼女の力が必要かもしれない。呼んでくれないか。集合場所は楽友会館の喫茶室だ」

「ラクユウカイカン、ですか?」

 初めて耳にする場所だった。

「広域大生は知らないか。東一条と近衛通の角にある古い建物だ。西側が喫茶室兼レストランになっている。そこに直接来てほしいんだ。……そうだ、彩月(さつき)君も来てみないか。せっかくだし一度見ておくのもいいと思う。もちろん僕のおごりだ」

「は、はい」

 こうして、私はアマリ部長にともなわれて外に出た。


 道すがら受けた説明はこうだ。

 電話の相手は葦名(あしな)名誉教授。アマリ会長の大学での恩師だそうだ。その方から怪異がらみの相談事で呼び出されたのだとか。さすがに高齢の元教授が文化系クラブ棟をうろついていたら目立つし知り合いにも会う。そこで楽友会館を面会場所に指定したらしい。

 文化系クラブ棟から徒歩十分のところにあるレトロな建物が楽友会館だった。

 Y字型の柱に支えられたファザード。なだらかな円形に整えられた入り口の庇。入り口の左右を飾る「大正十四年」「京都帝國大學」の文字。

 玄関に入ると、球形のシャンデリアのような照明がお出迎えだ。レトロな焦げ茶色の腰壁と真紅の絨毯に足がすくむ。

「ここ、本当に入っていいんですか? 私、こんな格好なんですけど」

 Tシャツに春物のジャケット、下はすり切れたジーンズ、という自分の服装に気後れがする。

「大丈夫だ。ここは誰でも入れる。ドレスコードはなかった、はずだ」

 会長は、そう言いつつ、自身もおどおどしながら中へと歩みを進める。

 喫茶室に入ると、クラシックな制服のウェイトレスさんが奥の席へと案内してくれた。葦名先生はまだ来ていない様子だ。

 コーヒーを頼む。

 レトロモダンなカップに注がれたコーヒーが出てくる。

「ここは元々、京大の教職員用の施設だったんだ。学生紛争の頃に学生にも開放しろって運動が起きて、今では誰が入ってもいいことになっている」

……と、言われても、他のお客さんはみんな「しゅっとした」高齢の紳士淑女ばかりなんですけど。

 そこに、蝶ネクタイを締めた髭の老紳士が現れた。会長が機械仕掛けの人形のようように立ち上がり、お辞儀をする。

「葦名先生だ」

 そっとささやく。

 私も立ち上がってお辞儀をする。

「わざわざありがとう」

 先生も軽く会釈してから席に着く。

「ご無沙汰しております」

「やあ、そうだねえ。卒業式以来だったか。……彼女ができたのかな」

 私を見ている。

「いえ、この子はミステリー研の部員です」

「そうか。うん、早く恋愛をして早く結婚したまえ。それが人生における一番の幸福だよ」

 名誉教授は、かっかっかっと声を出して笑う。

 その時、入り口近くで真っ赤な何かが動くのが見えた。メリーさんだ。

「もう一人、部員が来ました」

 私たちを見つけたメリーさんは、早歩きでこちらに来る。レトロな店内にマッチしていて違和感がない。

「遅れたのー。……初めまして、メリー・ウィンチェスターと申します」

 メリーさん、葦名先生にスカートの中ほどをつまんで少し腰をかがめて挨拶する。西洋の貴婦人の所作だ。

「おおっ、これは美しい。アマリ君の本命かな?」

「先生、この子もただの部員ですよ」

 迷惑そうな会長だった。


 葦名先生は、ウェイトレスが去ると小声で話し始めた。

「相談事というのは、私が住んでいる地域にかかわる問題なんだ」

 名張市内の住まいからは、京大まで二時間半かかるのだとか。

 定年退官を機に、長年放置してきた実家に引っ越した。そこはソソギという地区だそうだ。

 ナプキンに「酹」という今まで見たことのない字を書いて見せる。

「このソソギ、一時は廃村になりかけていたのだが、昭和四十年代に住宅地として再開発された。大阪に行くには名張駅から特急で一時間、意外と通勤の便はいい。が、冬は寒く夏は暑いという難点がある。高齢化にともになって空き家も増えてきた」

 引っ越した葦名先生は、いきなり自治会長に推挙されたのだという。

「親の代からの住民、ということもあって、恩返しにと自治会長を引き受けた。そこで初めて知ったのだが、ソソギではやたらと自殺率が高いということだ」

「年齢的な要因とかはありませんか」と会長。

「ああ、それは真っ先に考えた。ソソギの場合、年齢にかかわりなくまんべんなく自死者が出ているのだ。それも男性ばかり。まるでランダムに間引きされているような気分だ」

「まさか、連続殺人?」とメリーさん。

「いや、それはないと思う。ソソギの人間は用心深くて、よそ者が入ってきたらすぐに情報が伝わる。住人同士も顔見知りで、連続殺人鬼がいるとしたらすぐにあぶり出されるだろう」

 葦名先生は、細かな住宅地図を取り出す。

「これがソソギの町内だ。自殺した人の家と日付を書いておいた」

 私たちは首を伸ばしてのぞき込む。地図には赤ペンで細かな書き込みがあった。

「確かに、ランダムですね」と会長。

「日付にも規則性はないみたいなの」とメリーさん。

 ソソギ地区は、南北に長い楕円形、というかチューリップの球根のような形をしていた。その中心線の北寄りには大きな空白があって「挽木守古墳公園」と書かれている。

「これは何と読むんです」と私。

「ヒキコモリ古墳だ。円墳だが被葬者は不明、今は誰でも入れる公園になっている」

 地区の東と西を流れる川。それが出口で合流して小さなため池に入っている。川には橋が架かっていて、他所者(よそもの)をこばむような地形だ。

 私は、その地図に既視感を覚えた。

 どこかで見たことがある。そうあれだ……

「風水!」

 ミステリー研の三人の声がかぶった。

「古墳がある所が竜穴ですね」

「簡易郵便局があるのが案山か」

「といことは、池があるのが朱雀!」

 その地図は、世間で一番有名な風水図――女性器をかたどったとされる図形に合致していた。

 私はたずねてみた。

「ひょっとしてソソギは窪地になっているんじゃないですか」

「ああ、そうだ」

「北が高くて南が低い」

「そうなっている」

「なら瑞相の地ですね。どうして不吉なことが起きるようになったのかなあ」

 首をひねるしかない。

 メリーさんがたずねた。

「どこかで大きな工事でもしたとか?」

「あ、ああ。数年前に自治会館の建て直しをしたとは聞いている。が、大きな建物はそれくらいだ」

 先生は東西二ヶ所の公園を指さす。西は空き地で、東の方には「(ソソギ)集会所」と記されている。

「この川は?」

(なら)川だ。こちらは(しょう)川。(ソソギ)の字を左右に分けてつけられた名前らしい」

 確かに、地図の端の方に小さく川の名が記されている。

「一番上のここは?」

 私は、矢印のついた「至・凪辻」の文字を指さす。

「ナギツジ、という山の中にある集落の名だ。今は寺が一軒あるだけで、そこも盆と正月に兼務の住職が派遣されて来るだけだ」

 メリーさんはスマホの地図を拡大して寺の位置を確認している。

「シュクオウケジ。……ここは奈良県なのー」

 漢字を確認すると宿王華寺と書いてある。

「風水で言うと祖宗山にあたる場所ですね」と私。

「ナギツシ、といえば、京都市の難読地名にありますね。よく蜘蛛と間違えられる椥辻」と会長。

「ああ。こちらのナギは崖を意味するらしい。京都の椥辻は、ナギという木から来ているので関係はないと思う」と葦名先生。

「地図だけではいまいち分からないですね。現地調査をしなくては」と会長。

「そうしてもらえると助かる」

 葦名名誉教授は深々と頭を下げるのだった。

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