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呪われたフィルム(2)

 これはお婆ちゃん直伝の叙述トリックだった。

 私は「誰に」線香を供えたいとは言っていない。

 けど、人はそう言われると勝手に脳の中で補完する。そして、古い家では「お線香を供えさせていただけないでしょうか」と言って拒まれることはまずない。

 次に「どのご位牌が……」から話に入る。少なくとも映研の後輩たちが線香を供えたいと言ってきたら、それは宝田氏か茉莉花さんの娘さんに決まっている。そして、これは勘だが、茉莉花さんの娘さんはすでに亡くなっている。

 茉莉花さんは、小上がりを降りてつっかけを履いた。

「どうぞ、奥に入っとくれやす」

 のれんをくぐる。

 京都の鰻の寝床構造は、この和菓子屋でも継承されていた。

 職人が和菓子を作っている作業場の脇を通り抜けて、長く薄暗い廊下を進む。坪庭を通り、裏手の明治時代に建てられたであろう木造家屋の通り庭へと入る。

「こちらが仏間どす」

 家の構造は「ほんまもんの京都生活」で経験した町家と同じだった。ただし今回は裏から入った形だ。

「失礼します」

 会長が先に立って中に入る。仏壇に深々と一礼してから正座し、ロウソクに火をともしてお線香をつける。おリンを二回鳴らして『般若心経』にとりかかる。堂に入ったものだ。私たちも後ろに正座して合掌する。

 読経がおわって振り返ると、茉莉花さんは涙ぐんでいた。

「ほんまによう来てくれはった。後輩の皆さんが来てくれて、婿さんもうちの娘も、あの世でおおきに喜んでると思います」


 宝田氏と、茉莉花さんの娘サキさんは、映研で知り合った。おそらくは『髑髏伯爵の逆襲』がきっかけだ。

 卒業後すぐに結婚、順風満帆に見えた新婚夫婦だったが、撮影所の事故で宝田氏は死亡、サキさんも後を追うように交通事故で亡くなった。花房万坊というのは京都市内の私大生で、サキさんの遠縁で高校時代の元恋人、サークルの飲み会のあとにプラットホームから落ちて電車に轢かれて亡くなっている。

「本当に、呪われたフィルムなの」

 メリーさんが耳元でささやく。

「織田研吾さんの行方はご存じないですか」と会長。

「あの方は、今はソウオウ寺の住職をなさってます。娘の祥月命日には、毎年お参りに来てもろてます」

「ソウオウ寺?」

「身分相応のソウオウ。嵯峨野のお寺さんどす」

 茉莉花さんは、仏壇の引き出しから名刺を取り出す。会長はそれを写真にとらせてもらう。

「あのー。嵐缶鳥居という方は……」

「はあ。あの方もとっくに亡くなってはります。確か、研究中に何かの毒にあたって亡くならはったとか」

 発酵学の研究中に自分で作ったフナ寿司だかフグの粕漬けだかを食べて亡くなったらしい。

 その時、お店の人が来て女将さんに声をかけた。

「京大の映研の方がおみえになりました。仲間に遅れて来たと言うてはります」

「へえ。通しとくれやす」

 最初、顔を見た時は誰だかわからなかった。どう見ても七三分けの好青年だ。整髪料の香りもする。ただ、服装はヒッピースタイルのままだった。

「笹田と申します。失礼します」

 女将さんに礼儀正しく挨拶する。腰の角度は四十五度くらいだ。……面接か!?

 アマリ会長が声をかける。

「笹田さん、大体の話は終りました。これから出演者のご存命の方の所に行こうと思うのですが、いかがでしょう」

「は、はい?」

 キツネにつままれたような顔の笹田氏だった。


 嵯峨野行きの電車の中で、私たちは調査の報告をした。

「僕も直接、その話を聞きたかったなあ」と笹田氏。

 アマリ会長がけわしい顔つきになった。

「笹田さん、あなたなら女将にDVDを渡しかねない。人には思い出したくない記憶もあるのです」

「はあ……」

「ミステリー研は、トラブル引受人ではありません。道筋は作りました。『髑髏伯爵の逆襲』を世に出すための交渉なら、後日改めて映研のメンバーでお願いに行ってください」

「はあ」

 あまりピンときていない様子だ。娘の裸を世にさらされると知ったら、茉莉花さんも今日のように穏やかではいられないだろう。いや、芸術として、生前の記録として認めてくれるだろうか。私にはそこまではわからない。

「さて、次行く場所は相応寺です。禅宗の寺です。ここの住職の織田研吾さんが唯一の生き残りなわけですが……」

 会長は一呼吸置いた。

「ひょっとしたらこの人が連続殺人の犯人かもしれない。気を引き締めてかかりましょう」

 そこに素っ頓狂な声を出したのがメリーさんだ。

「ちょっと待った! 連続殺人ではないと思うのでーす。これはドミノ倒し殺人なのでーす!」

「と言うと?」と会長。

「最初の宝田さん殺しは、サキさんを奪われたマンボウさんが犯人、そのマンボウさんを殺したのはアラシさんか織田さんです。サキさんが亡くなったのは失意からくる注意散漫が原因の事故でしょう。でも、犯人はその原因を作ったマンボウさんを許せなかった。彼も又、サキさんを愛していたのです」

「嵐缶鳥居の死は?」と私。

「単なる衛生管理の不備による事故でーす」

「その証拠は?」

「ありません。ただ、主演の二人に敵意があったのは映画から感じ取れたのでーす!」

……そ、そうなのか!?

 私には感じ取れなかった。ただ、アクションは激しいな、とは思ったけど。

「でも、主演は織田と万坊だよね。その間の殺意と事件は関係ないのでは?」と私。

「髑髏伯爵はスーツアクターが演じているのでーす。つまり、アラシ氏とオダ氏の間に殺意の火花が散っていたのでーす!」

「は?」

 ますますかわらなくなった。

「では、嵐氏が織田氏と対立していた、と?」

「ちょっと待ってくれ」

 静止したのは笹田氏だった。

「織田作太郎を演じたのが花房万坊なんじゃないのか?」

「いえ、これで正しいはずです。織田研吾氏が演じたのがカッコマンこと鷹司幸太郎、花房万坊が演じたのが織田作太郎。……ですよね?」

 会長も首をひねっている。

「なんでそんなややこしいことを。何のメリットもないのに」

「ジョークなんじゃないですか?」

 メリーさんが締めくくった。


 嵐山駅を降りて渡月橋を北に渡ると、観光地のエキスを煮詰めたような通りがある。そこを西にはずれてしばらく行くと、相応寺はあった。大きな寺の門前通りに面した小さなお寺だ。訪問はあらかじめ茉莉花さんから伝えてもらっている。

「ここか……」

 門が開いているのでそのまま奥に進む。

 広い玄関に銅鑼が吊ってある。

「これ、叩いてもいい?」とメリーさん。

「た、たぶん……」

 ゴーン!

……盛大に叩きやがりました。

「はい!」

 奥の障子が開き、墨染めの衣を着たお坊さんが出てきた。中にはパソコンデスクに載ったパソコンが見えていて、どうやら事務室らしい。

 お坊さんは、ぱっと見、年齢がわからない。髪の毛を剃っていることもあるが、肌つやがよくて若く見えるのだ。煩悩がなくなると年の取り方が遅くなるのかもしれない。そして、映画で見たとおりのイケメンの面影がある。

「映画研究会の現会長です」

 笹田氏が代表して挨拶する。

「ようこそおいなはった。まあ、中にお入りなさい。こちらへどうぞ」

 隣りの応接室に通される。どちらも外縁に面した障子の向こうにあるので、玄関からはどこが事務室でどこが応接間なのかがわからない。

 私たちは和尚さんがすすめるままにソファーに坐る。

「映研かぁ。なつかしいなあ。私も大学生の頃は映研やったんよ。で、宝田君のことを調べてるんやって?」

「はい」

 笹田氏が、映研三十年史の編纂を始めたこと、その中で謎の断絶が見つかり調査していること、などを話す。

「三十年史かぁ。そういや、私らの先輩がそんなん作っとったなあ」

 和尚さんは目を細める。

「で、ついに新たなる三十年史の製作にとりかかったと。そりゃまあ、大変なことだわ」

「聞き取り調査ですので、録音させていただいても大丈夫でしょうか」

 アマリ会長がICレコーダーを取り出した。

「うん、ええよ」と和尚さん。

「宝田監督のもとで『正義戦隊カッコマン/髑髏伯爵の逆襲』が撮られたあと、しばらく映研の活動が停滞しているのですが、その話をうかがえたらと思うのです」

 笹田氏、単刀直入に切り出す。

「ああ、あの呪われたフィルムのことか」

 織田和尚は、あっさりと言い切った。


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