呪われたフィルム(1)
ミステリー研の部室に行くと、文化系クラブ棟の「長老」の一人、笹田さんがいた。
この人は映像文化研究会の会長で、いつもヒッピー世代がタイムスリップして来たような格好をしている。京大にいる学生なら名前は知らなくともその存在を認知していない人はいないであろう有名人だ。
「で、その失われた世代の謎を解きたい、と言うのですね」
アマリ会長もいつになく言葉遣いが丁寧だ。
「ええ。映研なんて世代の断絶が絶対に起きない部活でしょう。これがなんとも不思議でねえ」
ポリポリと頭を掻いている。フケがやばそうだ。あとで掃除しなくては。
「分裂騒ぎがあったとか?」
「それもなかったみたいです。それに、映像作品自体は残ってるんです。そこにクレジットされた人たちが、全て消息を絶っている。怪奇現象としか言いようがないのです」
古いNF(十一月祭)のパンフレットの束を手にした笹田氏は淡々と語る。
「あー、ちょうどそういう事件の解決に詳しい部員が来たところです。メリーくん、話を聞いてもらえるかな?」
会長が、私について来たメリーさんを手招きする。
「はいな!」
メリーさんが元気よく前に出た。
笹田氏の説明によるとこうだ。映研の直近の三十年史の編纂をしようということになり、古い資料やフィルムを見直すことになった。そこで発掘されたのが『正義戦隊カッコマン』の八ミリフィルムだ。カッコマンは映研で何本か作られたおバカ特撮のシリーズで、しばらくは毎年のようにNFで上映されていた。ずっと八ミリフィルムにこだわって撮ってきたが、さすがにデジタル時代になってフィルムの調達が難しくなり、その最後の作品が『正義戦隊カッコマン/髑髏伯爵の逆襲』だという。
監督・脚本、宝田譲司。主演、織田研吾、花房万坊。ヒロイン、福本スミレ。スタント・技斗、嵐缶鳥居。NFのパンフレットにはそう出ている。背景は二条城(多分)、その手前にカッコマンらしい決めポーズのヒーローと、髑髏伯爵らしい怪人がわかりやすい対決構図で配置されていた。
沈黙がミステリー研を覆う。これだけの情報では推理も何もあったものじゃない。そして、その後のNFパンフにはしばらく映研の新作広告が載っていない。
沈黙に耐えきれなくなった私は発言した。
「ここに名前のある方たちとは、もう連絡が取れないんですか」
「そうなんだ。宝田監督以外の卒業記録もない。もっとも、彼らが本当に京大生だったかどうかは確証がないが」
大学のサークル活動アルアルだ。
「ひょっとして、内ゲバ事件でも起こした?」とメリーさん。言うことが穏やかでない。
「よしてくれ。映研は創部以来ノンポリが金科玉条、今で言うところの映画オタクのオアシスだった、はずだ」
「その割には物議をかもしそうな上映会をいくつも企画しているようですがね」とアマリ氏。指さしたページには、猥褻裁判で最高裁まで行ったことで有名な映画の上映会企画が載っていた。どうも映研はアバンギャルドなお騒がせ集団だったらしい。
「これってペンネームですよね。そこから探るのは無理があるのでは?」と私。
「少なくとも宝田譲司は本名だ。理学部を卒業した後に映画会社に就職してすぐに亡くなっている」
「はあ……」
「とりあえずその『髑髏伯爵の逆襲』を見てみたいでーす!」
メリーさんがまっとうな提案をした。
いやもう、本当にバカ映画でした。
主人公の鷹司幸太郎がしたう出町柳のおはぎ屋の娘、スミレ。が、彼女は頓知社大学のイケメン、織田作太郎に誘拐・監禁される。それは、世界支配を狙う悪の組織シュバルツクロイツが、カッコマンである幸太郎を精神的に追い詰めて再起不能に追い込むための作戦だった!
正直な感想は「うっわー、ひっでー!」だった。
意味もなく新京極を荒らし回るシュバルツクロイツ配下の多羅尾忍群(なぜ忍者!)。それに対抗するカッコマンと京帥防衛隊(都合よく現れることの説明は一切ない)。たぶんゲリラ撮影されたであろう御所や東寺での戦闘シーン。そして、髑髏伯爵の頭から発射される合成丸わかりの光線。
「ごめんなさい、先輩たちがバカで本当にごめんなさい」
笹田氏は平謝りだ。耳まで真っ赤になっている。
「でも、これはこれで味かあると思うの」とメリーさん。「最後にスミレが変身して女神パワーを発揮するあたり、時代精神を感じるのー」
……お前、適当に言ってるだろう。あれは絶対、監督がおっぱい見たかっただけだよ!
「僕は小道具に気合いが入っていることに感心しました。髑髏伯爵のかぶり物は本当によく出来ています。多羅尾忍群の武器も本物のようでした」
……会長、褒めるところを探すのに苦労しましたね。
私も、流れに乗って褒めそやすことにした。相談者をやりこめるのはミステリー研の流儀ではない。
「アクションシーンはすごかったと思います。多分、トランポリンを使ったアクションだと思うのですけど、空中でのキックはすごく決まっていました」
まるで落語の『牛ほめ』だ。笹田氏がいなくなった瞬間、映画への批判が怒濤のように始まる予感しかしない。
「そう言っていただけると、先輩たちも浮かばれます」
立ち直った笹田氏は、パソコンから取り出したDVDをケースにしまった。
そう、すでに『髑髏伯爵の逆襲』はデジタル化が済ませてあった。あとは世に出するのを待つだけ…… えっ?
「ひょっとして、笹田先輩、この映画を世間に広めようとか考えてませんか? 関係者捜しっていうのは、その許可をとるためでは?」
笹田氏の顔が一瞬引きつった。図星を突いたようだ。
「それはまずいでしょう。映画の著作権は監督の宝田氏にある。その人が亡くなっていたら、権利は遺族に相続される。たとえ出演者の許可が取れたとしても、それだけではダメです。それに出演者が一人でもDVD化や配信を拒んだらどうするんです?」
アマリ会長が言ったことは正論だ。下手したら名誉毀損だと訴えられかねない。まして「営利目的公衆送信」などは刑事事件の案件だ。
借りてきた猫状態になる笹田氏。
「脚本に手を入れてリメイクしたらいいと思うのー。今の技術なら、CGはもっとかっこよくできるのー」メリーさん、適当なことを言う。
「とりあえず、宝田さんの遺族に話を聞いてみませんか」
私は現実的な提案をした。
私たちは古い映研の名簿を手掛かりに、ネットでの調査から入った。
宝田氏がいた古い下宿屋はすでに痕跡もなし。電話番号もすでに別の人の物になっていた。
次にロケ場所の考察に入った。おはぎ屋は今も続いているらしく、おそらくここだろうという場所はみつかった。社長の名は英茉莉花。調べてみると、読み方はハナブサ・マリカ、らしい。地方紙に掲載された品のいいお婆ちゃんの写真がヒットした。
「ハナブサ…… 花房万坊!」と私。
「その可能性は高いな。役者や物書きは、街中で呼び止められた時に同音の姓にしておく人も多い」と会長。
「和菓子、楽しみなのです」とメリーさん。
ちなみに、笹田氏は途中で無理矢理理髪店に放り込んできた。あの見た目ではうまく行く交渉ごともこじれてしまうだろう。
おはぎ屋――というか和菓子屋はまだ存在していた。
店舗こそ鉄筋コンクリートにかわっていたが、中のしつらえは昔のままだ。表に木枠のガラスケースがあり、おはぎや串団子が並んでいる。
「ウグイスモチ?」と小首をかしげるメリーさん。
「鳥は入っていないよ!」
「なーるほどー。鯛焼きと一緒なのでーす」
深くうなずいている。
私たちは、それぞれポケッットマネーで和菓子を買う。
店番をしていたのは、英茉莉花さん本人だった。
「学生さんどすか」
年齢も見た目もバラバラの私たちを見て、お婆ちゃんは不思議そうにたずねる。
「はいな! 映画研究会のご一行なのでーす」とメリーさん。
お婆ちゃんの動きが一瞬止まる。
「はあ。それは楽しおすなあ」
伏し目がちになる。その言葉の裏に剣呑な何かを感じたのは私だけではなかったはずだ。
お菓子の入った袋を受け取った時点で、会長がたずねた。
「ちょっとおたずねしますが、花房万坊という名に心当たりはありませんか」
「マンボウさんねえ」
茉莉花さんはすっとぼけている。
「では、宝田譲司さんは。たぶん、ご存じだと思うのですが」
「は、はあ。うちの娘の旦那さんどす。……ひょっとして、ご縁のあるお方どすか?」
「映画会社に勤めておられた宝田さんのことでおたずねしたいことが……」
長話になりそうだったので、私は口を挟んだ。
「お線香を供えさせていただけないでしょうか!」




