精霊の王(4)
「さすがにミステリー研のお二人にもこの謎は解けないようね」
……はっ!
ミステリー研、と言い当てられたことにどきりとする。
が、考えてみればあたりまえのことだ。
私はともかく、いつもゴスロリを着てトンチキな歌を歌いつつ登場するメリーさんがこの一年で誰かに目撃されていないはずがないのだ。
「簡単な話よ。私と父は、ニャルプン族のレガリア――さらに言えば神話を作り出したの」
梨花さんは、楽しそうな笑みを浮かべる。こういうシーンでは語るにまかせるべきだ。
私への質問が来る。
「日本の皇室の三種の神器は知っているでしょ?」
「はい。鏡と剣と勾玉です」
「そう。八咫鏡、草薙剣、八尺瓊勾玉。では、タイ王室のレガリアは?」
口頭試問を受けている気分だ。緊張して細長くなった私のかわりにメリーさんが答える。
「王冠、剣、王笏、扇、スリッパ!」
「スリッパ!?」と私。
「正解。全て十八世紀にチャクリー朝のラーマ一世が作らせた物よ」
「は、はあ」
「カンボジアも同じ。旧ラオス王国、ブルネイ王国、等では扇が白い傘にかわる。ニャルプン族は、それに代わる独自のレガリアを創造しようとしたの。民族の権威を高めるために」
なんとなく分かる気がした。文字は独自、民族はブータン系、と周囲とは浮いている。独自性を好む民族なのだ。
「そこで父が提案したのが、摩尼宝珠、斧、鏡の三種の神器。元々、豊穣を意味する摩尼宝珠、戦いに使う斧、といった概念はあったのだけど、それをクローズアップしたのが父。そして、父は鏡か石臼かの対決の矢面に立たされたの」
「石臼!?」
「そう。摩尼宝珠とかぶるので父が採用を避けたのが『豊穣の石臼』。というか、ラオス北部のジャール平原とかぶるのでレガリアとしては避けたい、というニャルプン族側の意向も強かったみたい。けど、三種の神器がいかにも日本風の構成なので避けるべし、という反論もあって……」
「はあ」
ジャール平原にあるのは、石臼のような不思議な遺物群だ。一般的には石壺型の石棺とされている。千個以上の巨大石壺がころがっている風景は壮観で、世界遺産に指定されている。
「で、最終的に沢山の髑髏を持っている家の方が格が高いからそれで決着をつけようということになったの」
「はぁぁぁ!?」
思わず変な声が出てしまった。
「私に髑髏を集めてくれ、て父がメールで泣きついてきて、苦肉の策があのデキャンタよ」
「つまり、水晶髑髏を並べて家格の違いを見せつけたわけね!」とメリーさん。
「うん。まあ、友達に頼んでサレコウベに見えるように塗ってもらったんだけどね」
「は、はあ……」
「それを庭のお稲荷さんの周りに並べて、注ぎ口は鳥の羽とかで隠して撮影したわけ。……確か写真がここに」
梨花さんがスマホで見せてくれたのは、数年前の写真だった。それは、祠の周りに本当に古びた頭蓋骨が並んでいる写真に見えた。これを見せられたニャルプン族はさぞ驚いたことだろう。日本から来た学者が、古くから続く武士の家柄だったということに。
「で、父は王家に迎えられた。そして、先王の死後、来訪した王として正式にニャルプン族の王になったのよ」
「つまり、嘘写真で王様になってしまったと?」
なんとも無茶な話だった。バレたらそれこそ首を刎ねられそうな詐欺だ。
「たまたま他の部族との戦争で父の提案した作戦で圧勝したこともあり、先の王が亡くなると次の王にふさわしいということになった」
……そんな、軍事顧問みたいな事までしていたんだ。おそるべし、民族学者!
「で、日本に帰る時に妊娠していたカルニャップさんを連れて来たんだけど、残念ながら死産。まあ、でも、マンションの一室を借りて生活費の面倒もずっと見ていたみたい」
「カルニャップさんって、お葬式で騒いだ女の人ね」とメリーさん。
「そう。彼女も妻の一人だから、ニャルプン式の王の祀り方をしたかったのはわからないではないわ。大樹の下で樹脂で固めて神像にするのが伝統だから」
ふとひっかかった。
「というと、ひょっとしてあなたも妻の一人だった?」
「ええ」
梨花さんはあっさりと認めた。
「世間的には親子だけど、血のつながりはないんだしいいじゃない」
……まあ、それはそうだろうけど。
「針谷家を襲った犯人に心当たりはありますか」とメリーさん。
「おそらく、日本に来ているニャルプン族コミュニティーの一派じゃないかしら。レガリアを奪うことで誰かを次の王に擁立したかったのかも。摩尼宝珠、斧、鏡の三つも日本に持ち込まれているはずよ。それを探したんじゃないかな」
「それはおかしいですねぇ」
メリーさんが自信に満ちた声で言った。
「レガリアを探すためなら、あんな破壊行為はしないはずなのでーす。下手をしたら隠し場所ごとレガリアを破損してしまうのです!」
確かに、陶磁器を割ったりはしないはずだ。そこには、誰かに対する憎しみの強い意志が感じられた。
「まず、基本的なところから事件を整理していきましょう。カルニャップさんは、死体損壊罪を犯す寸前で止められました。死体損壊罪は三年以下の拘禁、日本に数年もいたカルニャップさんは、そのことを多分、知っています。だから、首を切ると騒いだだけで本気で切りつけることはしなかった。目的は、ラオス大使館に連絡が行って、ラオスの国費で強制送還されることでした。その理由は針谷教授からの生活費がもらえなくなること、そして、おそらく彼女は妊娠しています」
「えっ?」
私と梨花さんの声がハモった。
「妊娠していても安定期なら飛行機に乗っても問題はありません。彼女は、王の正式の後継者をみごもったまま故郷に大手を振って帰れます」
「ということは、レガリアがなくても王の母になれる、と……」
「そうです。ですから、彼女には針谷夫人に迷惑をかける動機がありません」
「でも、次期王の母に忠誠心を示そうという一派はいるんじゃないかしら」と梨花さん。
「可能性は否定出来ません。ただ、日本にはニャルプン族はほとんどいません。コミュニティーというよりは、ただの家族づきあいです。……と、ある専門家が言っていました」
メリーさん、最後の方は少し弱気だ。おそらくはカルニャップさん本人からの情報だ。
「さて、次の問題は誰が針谷邸を襲撃したかです。ところで、サコウ・リカさん。あなたは針谷教授と養子縁組をしていますか?」
「は? そんなことしなくても、私はずっとあの家で成長し、暮していたわ」
「ということは、戸籍には入っていませんね。結構。あなたは法定相続人ではありません。次に、今の針谷夫人と亡くなった教授の間に子供はいますか?」
「いいえ」
「針谷教授に弟や妹は?」
「聞いたことがないです」
「ということは、針谷教授の遺産は、全て夫人が相続することになりますね。そこで発生するのが相続税の問題です」
「はあ?」
またしても私と梨花さんの声がハモる。
「針谷教授の家には、先祖代々の陶磁器類がたくさんありました。売れば数億にはなると思います。それに加えて数々の一般向け出版物の印税があります。これらもまた莫大な額です。しかし、財産が盗まれたり、破損して価値がなくなった場合は、相続税の対象とはなりません。おそらく夫人は、相続税の支払いを考えた時、陶磁器類を破損し廃棄した方が得策だと考えたのです。そして、お葬式の当日、誰もが証言してくれるアリバイのある時刻に、自分の家を襲わせたのです。以上が私の推理です」
私は素朴な疑問を口にした。
「でも、東南アジア系の強盗団とどうやって知り合ったのかなあ」
「さあ。でも、身近にそういう人たちとコネを持っている人がいたんじゃないですか?」
あくまでもなげやりな返事だ。さすがの魔界探偵もそこまでは推理出来ないのだろう。
「それを伝えるために今日はこちらに……」と梨花さん。
「ええ。多分、あなたにあらぬ疑いがかけられて苦しむことになるかもしれませんから」
「はい。ありがとうございます」
梨花さんは、弱々しく微笑むのだった。
「ねえ、メリーさん。何か他に隠してない?」
「ふんす」
またしても謎の擬音語だ。今回は何の示唆もない。
「カルニャップさん、無事に帰国出来るかなあ」
「大丈夫だと思うの。最近は、国際人権団体の監視も厳しいし、何よりラオスは日本と仲良くしたいから悪いようにはしないと思うの」
「あんた、何か裏から手を回したでしょ」
「さあ。あたしはただの通訳だから……」
その時、メリーさんのスマホが鳴った。
「はい、あたし、メリー・ウィンチェスター。どうぞ?」
私は極力聞かないことにする。が聞えてくるものは仕方がない。
「は? ケチュア語かアイマラ語の通訳が必要!? なぜあたしに…… そりゃ、話せるには話せるけど、スペイン語なら誰か…… 民族の言葉でしか話さないって!?」
また通訳の仕事が舞い込んだらしい。
通話を終えたメリーさんは、大きくため息をついた。
「ごめん、今から警察署に行くのー。ふんす!」
いつになく鼻息の荒いメリーさんだった。




