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精霊の王(3)

 その日、私とメリーさんは北白川にある針谷邸へとお邪魔した。

 古くて立派なお屋敷が建ち並ぶ一角で、京大の教授も多く住んでいる地域だという。

 有志には男子学生も多かった。引き倒された本棚を元に戻すといった力仕事は彼らにまかせて、私たちは壊された骨董品の整理と廃棄にとりかかった。

「なんてひどい事を……」

 私は、壊された陶磁器類をゴミ袋に入れながら、何度目かのため息をついた。

 何の怨みがあったのだろう。泥棒というよりは打ち壊しか()()()()()()の後のようだ。

「あああ、もったいない。金継ぎにしたらいいのに……」

 ポニーテールに迷彩服姿のメリーさんは、金襴手の清水焼の器の破片を見て嘆いている。

「この際ですから、全部捨てて下さい。今時こんなもん、誰も欲しがりませんよって」

 針谷夫人は疲れ切っていた。蒼白な顔で、椅子につくねんと腰掛けている。

 気持はわかる。

 夫と、家族の大切な思い出の品々を一気に失ったのだ。魂の抜け殻になるのも仕方がない。

 そして、夫人は陶磁器類には冷たかった。どんなに貴重な品も、あふれかえると価値をなくす――経済学の授業でもそう言っていた。

 一通りガラクタの類がなくなると、私たちは雑巾がけにかかった。

 まずは棚の上の方からだ。

 脚立を借りて、何かを飾っていたであろう棚の掃除にかかる。黒檀か紫檀でできていて、豪華な彫刻がついた棚だ。

 そこは、上の二列だけきれいに物がなくなっていた。見ると、何かの丸い底の痕が残っている。

「ここの物って、ひょっとしてこの間盗まれたのでしょうか」

 私の問いに、夫人は首を横に振った。

「それはリカさんの所に行った物のあとです。去年の春に移したので泥棒とは関係ないです」

 夫人は問わず語りに続ける。

「リカさんいうんは、夫の先妻の連れ子さんで、今は京大にいてはります」

「ひょっとして泥棒はそれを知らずに探しまくったのかも。何が置いてあったんです?」

「クリスタルスカルです」

「えっ!?」

 私とメリーさんがハモった。

「言うても、そんな大した物とちゃいます。まあ、ただの飾りやね。デ、デ、デなんとか言う硝子製の器で……」

「デキャンター?」とメリーさん。

「そう、それ。頭蓋骨の形してて気持ち悪かったんで、引き取ってもらいました」

 前夫人が交通事故で亡くなり現夫人が教授と再婚したしばらく後まで、リカさんは家の一室に引き籠もっていたらしい。新婚夫婦としては、さすがに先妻の連れ子が同居していると何かと気まずい。そこで、離れた場所に家を借りて荷物とともに出て行ってもらったのだそうだ。

「あの、クリスタルスカルってそれ以外に家の中にあったりします?」

「いえ。髑髏とか黒魔術に関する物は、全てあの子が持っていきました」

「黒魔術!?」

「はい。リカ…… 今は母方の旧姓の酒匂(さこう)リカですが、一応、文化人類学科のポスドクです」

 つまり、就職先を探している博士号取得者だ。誰もがメリーさんのように就職先がすぐに見つかるわけではないのだ。

 そして、去年の授業で針谷教授が見せてくれたクリスタルスカルもおそらくこの家にはない。リカさんから借りたのだろう。

 教授は偽者のクリスタルスカルを示すことで、中南米の民族的アイデンティティーの象徴がヨーロッパで作られた物だった、という話をした。そのあと北米のプエブロ系先住民ホピ族の神話についての話があり「作られた伝統」という概念を教えた。研究者と情報研究者(インフォーマント)の関係性と近代の情報化がもたらした研究の難しさについての講義だった。

 私はまた、針谷先生の生前の情熱的な講義を思い出して涙を流した。

「サツキ、休んでいて。ここは私が引き受ける」

 メリーさんが雑巾がけを引き継いでくれた。


 学生のパワーは凄かった。あれだけ荒れ果てていた屋敷の中が、二日の日程でみごとに綺麗になったのだ。

 夫人は研究資料一式を全て手越准教授に譲り渡した。置いておかれても自分には何の価値もない、と言うのだ。手越先生は恐縮しつつも可哀想だった。ありがた迷惑の典型だ。とりあえず、譲り渡しは四十九日をすぎてから、ということで何とか難を逃れた。

 形見分け、ということで、学生もそれぞれお土産をもらった。教授の部屋の無傷だった物品だ。私は小さなフクロウの置物をもらった。鴟梟尊(しきょうそん)という、古代中国の青銅器のレプリカだ。中国の博物館のおみやげらしい。メリーさんは小さな銅鏡のレプリカをもらっていた。古銭のコレクションや立体の護符、専門書をもらって帰る人もいた。帰り道はさながら学生による百鬼夜行になっていた。


 月曜日。

 私とメリーさんは文化系クラブ棟に来ていた。酒匂梨花さんを探すためだ。

 私には、彼女の名前に見覚えがあった。文化系クラブ棟の「防火責任者」として。所属はオカルト研究会。屋上の追加棟だ。

 二人でミステリー研究会の廊下の反対側の扉から外階段をのぼる。一年以上通っている建物だが、屋上に来たのは初めてだった。

 おそらく違法建築であろうレンガ積みの小屋があった。軽量のレンガパネルかもしれない。

 木製のドアの上部にかけられた山羊の頭蓋骨が、オカルト研究会らしさを演出している。

 周りに置かれた巨大植木鉢には、バラのつぼみがいっぱいあった。

「どう見ても魔女の館って感じよね」

 私の言葉にメリーさんも重々しくうなずく。

「禍々しい気配を感じます!」

 チャイムを鳴らす。

 キンコーン……

「はーい」

 ドアが開く。不健康そうな肌の女性が扉を開けた。オカルト研究会らしく全身黒ずくめの装いだ。

「えっと、どなた?」

 私たちは自己紹介をして、酒匂梨花さんに会いに来た旨を伝える。

「会長は今は服喪中でして、こちらに来る予定はないのですが。……ひょっとしてお約束でも?」

「いえ。ひょっとしておられるかな、と思って来てみたんです」

「それはご足労をかけました。すぐに呼び出しますので、しばらくお待ちください」

 めちゃくちゃ丁寧な言葉遣いだ。

 中は意外にも普通のクラブハウスのような明るい感じの内装だ。真ん中は展示室兼台所のようだ。左の部屋では女子たちがテーブルトークゲームをしている。右の部屋ではタロットカードの講習会のようだ。

……禍々しい気配も何もあった物じゃない。

「そ、それは、イ・イピロス・トゥ・アネム・ケ・オ・エクドティス!」

 メリーさんがカードゲームを指さして謎の言葉を発した。

「何、それ?」

「もはや絶版となった名作ゲームでーす! 廃墟と化した出版社の中を怪奇現象と戦いながら作家と編集者が原稿料の足しになる物を求めてさまようホラーゲーム!」

「あなた、エクドティスを知っているの!?」

「これ、テイスリバー社版なんですよ!」

 左の部屋の全員が一斉にメリーさんを見つめる。

「アメリカの原作版をプレイしたことがありまーす!」

「どうしても解けない謎があるのよ。いつもここでひっかかるの! ちょっとこっち来て!」

「え? あ、あ……」

 メリーさんは拉致されてしまった。

 取り残された私は、真ん中の部屋をぼーっと見回す。

……あっ、これだ!

 そこにある食器棚には、確かに十二個のクリスタルスカルが飾られていたのだった。


 私もゲームに強制参加させられて一時間ほどたったころ、チャイムが鳴った。

「会長!」

 皆が立ってお辞儀をする。

 酒匂梨花さんその人だった。

 無理して出てきたのだろう、顔に表れたやつれは化粧でも隠しきれていない。

「私と話したいという方はあなた方ね。どうぞ、こちらへ」

 挨拶もそこそこに、私とメリーさんは別室へと移動した。ゲームでもリタイアした所だったので丁度よかった。

 タロット教室(今は風水教室にかわっていた)を抜けて、さらに奥の「面談室」へと向かう。教室の皆も、立ち上がって梨花さんにお辞儀をする。酒匂会長は、尊敬の念を集める重厚なオーラを放っていた。……ミステリー研のアマリ会長とは大違いだ。

 中に入ると、そこは私たちがイメージする占いの館そのものものだった。黒いカーテンに紫のテーブルクロス。水晶玉とタロットカードと筮竹が置いてある。お香の残り香もする。そして、おそらくここは防音室だ。音の響きが違う。

「このたびは針谷教授のこと、まことにご愁傷様でした」

 まずはお悔やみを言う。

「I'm so sorry for your loss.」

 メリーさんはなぜか英語だ。

 私は教授宅の片付けに行ったこと、泥棒たちが何かを探していたらしい事について話した。

「犯人たちはクリスタルスカルを探していたんじゃないかと思ったんです。ここにあるとは知らずに家の中を荒らしまくった」

「そうね。たぶんそうだと思うわ」

 梨花さんはあっさりと認めた。

「あのクリスタルスカルって何なんです。ただのデキャンターじゃないんですか」

「ええ、ただのデキャンターよ」

 梨花さんの目が面白がっている。

 メリーさんが口を開いた。

「レガリア、ですね」

「レガリア?」

 耳慣れない言葉だった。

「王権の象徴のこと。それを持つことで正統な王であると認めさせる品のことでーす」

「え? あれって、ラオスから持ってきた物なのですか?」

「いいえ。私がネット通販で買った物よ。そんなに高い物じゃないわ」

 梨花さんの言葉は、さらに私を混乱させた。 

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