1. 引き立て役
心の底から好きだとか、愛してるだとかは言えない。学生時代の初恋とは程遠い。この人のためなら死ねるだなんて絶対に思わない。
それでもプロポーズに二つ返事をしたのは、彼が桜子を褒めたことがないからだ。
親友の桜子とは、よく似ていると言われる。
でもよく見ると、桜子の方が目が大きくて、桜子の方が顔が小さくて、桜子の方が肌が綺麗で、桜子の方が手脚が長くて、桜子の方が髪がさらさらだ。
似ているのに、あたしの方が劣っている。似ているけど、桜子の方がいい。
彼女にとってあたし以上の引き立て役はいないだろう。
誰かに直接言われたことはないけど、あたし自身がそう思わずにはいられなかった。
夫の陽人と出会ったときも、あたしは最高の引き立て役として桜子の隣にいた。
彼とは四年前の夏、ナイトプールで出会った。
何人もの男達にナンパされた。
べつに出会いを求めていたわけではない。ただちやほやされたい、そんな歳頃だった。
そろそろ帰ろうかと言っていた頃に声を掛けてきたのは、いかにもチャラそうな色黒の細マッチョだった。
ホワイトニングを何十回もしてそうな白い歯が胡散臭そうだと思った。
「ねぇ君達めっちゃ可愛くない!?喋ろうよー!」
軽々しい喋り方をする彼の隣で、申し訳なさそうな苦笑いを浮かべていたのが陽人だった。
大人が入るには浅すぎる、キラキラとしたネオンが輝く訝しげな夜のプールの中で、あたし達は出会った。
「何歳?」「どこに住んでるの?」「趣味は?」
手当たり次第に質問をしてくるチャラ男が、あたしよりも桜子に釘付けになっていることは一目瞭然だった。
二人に話しかけていながらも、視線はずっと桜子の方に向いている。
けれどあたしは傷付いたりしない。ずっと前からこうだから、慣れっこなのだ。
いつものことだ、とため息すらも吐かずにいたのだけど、いつもと違う点が一つあった。
チャラ男の横の苦笑い男と、やたらと目が合うのだ。
全然喋らないくせに、視線を感じる。だからこっちが見ると、ぱっとそらされる。チャラ男と違って肌が黒いわけではなく、短い黒髪にすらっとした体型の、ただの好青年といった印象の彼は、なぜかやたらとあたしを見てくる。
それからもチャラ男の勢いは止まらず、あたし達は適当に返していたのだけど、いつの間にかチャラ男と桜子がLINEを交換していて、またこの四人でどこか出掛けようという話になっていた。
「こいつ、陽人っていうんだけど、俺のマブダチ!あんまり喋らないけどすげぇいい奴だから!」
チャラ男の名は雄太というらしく、一言も喋っていない陽人の肩に馴れ馴れしく腕を回し、にかっと笑った。
「どうも」
つられて愛想笑いした陽人はやっぱりどこか気まずそうだった。
この二人がどうして仲が良いのか謎だった。明らかに雄太に無理矢理ナイトプールに連れてこられたらしい陽人を気の毒に思いながらも、わたしはなんとなく愛着みたいなものを感じていた。
四人の予定が上手く合ったのは夏もそろそろ終わりに近い頃で、車で二時間かかるところにあるこの夏最後の花火大会へ行くことになった。
全員同い年で大学生、就職先も決まっているということで、話はトントン拍子に進んだ。
雄太が気前よく車を出してくれて、運転する雄太の隣に桜子、後部座席にあたしと陽人が座る形に自然になった。
四人で来ているものの、ほとんどダブルデートのような状態だった。
雄太は明らかに桜子を狙っているらしくずっと話しかけていたし、桜子も桜子でまんざらではなさそうだった。
仕方なくあたしは隣の陽人と喋るしかなかった。
「休みの日は何をしてるの?」
「えっ……と、友達とカフェ行ったり、かな?家で映画観たりもするよ」
「へぇ、そうなんだ」
「……」
質問はしてくるのに、答えたところで全く広げようとしない陽人に、あたしは苛立っていた。
前の席の二人は楽しそうに歌なんか歌ったりしてはしゃいでいるのに。
桜子は可愛いのに明るく元気で、かといってテンションが高すぎてうざいということはなく、本当にちょうどいい性格で、モテないわけがなかった。
べつにあたしだってモテないわけじゃないど桜子ほどではないし、一緒にいる限り完全に負けている。
「映画って、なに観るの?」
数十秒の時差の後、また聞かれた。
彼は表情にあまり変化がなく、何を考えているのかよくわからない。
どうして雄太なんかと仲が良いのか不思議すぎる。
「うーん、人気なやつとりあえず観る、かな?」
「へぇ、いいね」
親指を立てて頷かれる。
一見雄太の方が変わり者に見えるけど、本当に変わっているのは陽人の方だとあたしは確信した。
それからも陽人は、趣味や学校の話などを変な間で聞いてきては反応した。
最初はなんだこの人と戸惑ったものの、いつの間にかあたしは陽人のことを面白いと思い始めていた。
屋台で食べ物を買って、花火を観た。
人混みの中ではぐれてしまうのはあっという間で、会場に着いてから最後まで、桜子は雄太と、あたしは陽人と、ほとんど二人きりだった。
なんやかんや楽しかったのだけれど、あたしはずっと陽人のことを不憫に思っていた。
本当はあたしじゃなくて桜子がいいんだろうな、と。
雄太が明らかに桜子を狙っているから、仕方なくあたしと二人になっているんだろうな。
可哀想だな、申し訳ないな。
桜子のことは大好きだし一緒にいてとても楽しくて大切な親友であることは変わらないのに、あたしはたまにこうしてものすごく虚しくなるときがある。
その日はあくまで健全に、それぞれ家まで送ってもらって解散した。
部屋に入ると、興奮気味の桜子から電話が掛かってきた。
『ねぇ、花火観てるときに告られたんだけど!!』
「え、マジ?まだ会うの二回目だよね」
『そうなの!おかしいよね。俺はもう一目見た時から絶対に付き合いたいと思ってたとかしつこく言われてさ、とりあえず適当に流してたんだけど。今度二人で遊ぶことになっちゃった』
「へぇー、やばいね!」
瞬時に“疲れた”と思ってしまった。
テンションを合わすことに。あたしよりモテてまんざらでもなさそうに、でもちょっと嫌そうに話す彼女に。とてつもなく劣等感を感じてしまっている自分自身に。
あぁ、またか。やっぱり桜子がモテて、あたしは引き立て役だ。
桜子はあたしよりずっと可愛いから。
仰向けのままベッドにダイブし、手の甲をおでこにのせて目を閉じる。
声だけはなんとか元気に出して、桜子に応じる。
全然大丈夫なはずなのに。あたしの方が可愛くない、それだけの話なのに。こんなの慣れっこのはずなのに……。
それからもしばらく、今日一日雄太にどれだけアピールされたかの話をされ、結局あんたは嬉しいのか嬉しくないのかどっちなんだよとつっこみたくなるのを抑え、三十分ほど経った頃ようやく電話は終わった。
今までだってずっとこんな感じだったのに。
我慢の限界がきたのだろうか。なんだか今日ばかりはすごく疲れた。
ため息を吐きながら、そんな自分に嫌気が差しながら、耳から離したスマホに目をやると、今日LINEを交換したばかりの陽人からメッセージが送られてきていた。
『未久ちゃん、今日はありがとう!楽しかった!よかったら今度二人で一緒に遊びに行かない?』
深い意味なんてないとわかっていた。
雄太が桜子狙いだから、自分も一応誘っておこう、みたいな感じだろう。
と頭ではわかっていても、あたしはそのLINEに救われた。
君は君で魅力があるよ、桜子に負けていないよ。そう言われているように、勘違いしてしまう。
雄太ほど熱くはないものの、陽人も少なからずあたしに興味を持ってくれている。本当は桜子がいいのだろうけど、仕方なくだろうけど。
それでも今あたしは、彼のメッセージに自分を肯定された、大げさだけどそんな気がした。
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