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8.幼馴染と誘惑

 幼馴染のクラウディアとは年を重ねるごとに会う機会が減り、お互いに十三歳を迎える頃には顔を合わせることがとんとなくなっていた。


 理由はクラウディアが幼年学校に入学し、本格的に彼女が聖騎士になるための教育が始まったからである。

 本来はキャロルも通わされる予定だったが、露骨に嫌そうな態度をアピールし続けた結果アーサーがそれとなく父・キャベロンに伝え入学を遅らせてくれたのである。


 まあ、結局は家出することになったのだが。





「久しぶりですわね、キャロルさん!」

「うん。最後に会ってから……一年くらい経つっけ?」

「二年三ヶ月と五日ですわ」

「よく覚えてるね」


 キャロルは宿で突如発生した邪神教徒によるテロ事件……そしてアトラの迷宮内で起こった出来事を駆けつけた聖騎士たちに話した。

 取調室から出て騎士団事務所の出入り口へと繋がる廊下を移動していたキャロルは、隣を歩くクラウディアと思い出話に花を咲かせていた。


「まさか本当に魔術師になっていたとはびっくりですわ。昔から魔術に興味をお持ちになっていましたものね」

「うん、まあね」

「キャベロン様も、よくお許しになりましたわね」

「ああ……それなんだけどね、お父さまには……結局理解は得られなかったよ。兄さまにも止められちゃった」

「え? ではなぜ……」

「家出してきたの。……ああ、もちろん許可はとってね?」


 さらりとそう口にしたキャロルに、クラウディアは呆けた顔で言葉を呑んだ。

 単純に驚きもあるだろうが、友達から複雑そうな話を聞かされた動揺と気まずさが大半だろうとも思った。


「そうなのですね……。あっ……では、どこかに事務所を構えてらっしゃるの?」

「あー……そういえば、魔術師として生きるならそれも考えなくちゃだね」

「考えていなかったんですわね……」

「家を出たのもついこの間だからね。なりたてほやほやの魔術師。王都にも、ライセンスを取るために来たんだ」

「そう、でしたの……」


 顎に手を添えてなにかを考えるように静かになるクラウディア。

 こうして横顔を見ていると童顔で、幼少期の面影がよく残っていた。


「ところでクーちゃんは、どうして王都に?」


 大きくなったなあ、などと親戚目線の感傷に浸りながら、キャロルは幼馴染に対して視線とともにそう投げかけた。

 クラウディアが王都の騎士団の事務所に在勤していることはわかったが、まさか現役の聖騎士として働いているわけでもあるまい。さすがに若すぎる。

 となると……。


「キャビンテッド王国政府直属の騎士団……“アコルド”に特別育成学徒として働かせていただいていますの。いわゆる、職業体験ですわね」


 特別育成学徒——通称「アマー」とも呼ばれるこの制度は、候補生のスキルアップを目的とした聖騎士の取り組みである。

 魔物だけでなく魔術師絡みの犯罪にも対処しなければならない聖騎士たちは人手不足が常。故に優秀な聖騎士候補生を危険な仕事に駆り出すこともあるのだが、「アマー」はそのさらに前段階といったところか。

 基本的に相当優秀な人材でなければ指名されることも、申し出を受け入れられることもない。十四歳という若さで「アマー」に選ばれるのは前代未聞だろう。


 クラウディアもまた、少し見ないうちにかなり実力を伸ばしたのだと見てとれる。


「そっか。頑張ってるんだね、クーちゃんも。……背もすごく伸びたし」

「ふふふ。キャロルさんくらいだったら、軽く抱えられますわよ」


 外はすっかり暗くなっていた。

 事務所の出口をくぐったところで立ち止まったキャロルは、何気なくクラウディアと自分の背丈の差について思いを馳せる。


 キャロルよりも頭ひとつ分くらい高い。

 今まで意識したことはなかったが、対等だと思っていた友達に見下ろされる感覚はこう、言葉にできないもどかしさがある。苛立ちまではいかない、妙な無力感というか。

 これもまた邪神だった頃では考えられない概念である。


「それで、その……キャロルさん」

「うん?」


 なにやらもじもじした様子で目を泳がせたクラウディアが言った。


「王都には……いつまで滞在する予定ですの?」

「しばらくはいると思うよ。魔術師としては自分の事務所を持ちたいところだけど……お金も実績もないし、まずは適当な依頼を受けて日銭を稼ぐことになると思う」

「じゃ、じゃあっ、寝泊まりする場所とかも……?」

「それも決めてないかな。居候できそうだった宿は……ついさっき潰れちゃったし」


 ……そういえばデビルーナの姿が見えない。

 キャロルは横にクラウディアが付いてくれていたので簡単な取り調べで済んだが、魔術師とは基本的に疑われやすいもの。

 おまけに振る舞いが胡散臭いデビルーナであれば、事件に関係ない隅々まで聖騎士に調べられているに違いない。


 見捨てるのも悪い気がするので、あまり長いようであれば中へ戻って助け舟を出してやろうか——などと、キャロルは空をゆったりと泳いでいる飛行船を眺めながら思った。


「あの、もしよろしければ……なのですが……わっ、わたくしのおうちに」

「はあ〜〜〜〜! あのクソ騎士どもマジ信じらんない……!」


 クラウディアがなにかを言い終わる前に背後から聞こえてきた品のない悪態に反応し、キャロルは後ろへ意識を向けた。

 ぐしゃぐしゃと頭をかき乱した黒髪の魔術師。

 いかにもイラついています、といった具合のデビルーナが大股で迫ってくるのを見て、キャロルは小さく手を挙げる。


「ライセンス見せたんだからさっさと解放しろっつの……! 魔術師ってだけで舐めた態度とりやがってぁあ〜ムカつくムカつくムカつく……っ」

「おつかれさま、デビルーナ」

「あ……キャロルいた。よかった」


 不機嫌な表情のまま馴れ馴れしくキャロルの頭に手を置いたデビルーナを見て、クラウディアがギョッと瞳孔を開く。


「そういやアンタ、早く魔術連にライセンス更新行かないと後々面倒なことになるよ」

「え? なんで?」

「アトラの遺物を取り込んだでしょうが。あたしからも聞きたいことは山ほどあるけど……魔術が使えるんなら少なくとも四等星級で申請しないと、バレたときやばいよ」

「大袈裟じゃない?」

「バカ、虚偽申請がバレたときの聖騎士の容赦のなさ知らないの? アイツらのめんどくささ舐めてたら今に痛い目——」

「あの……」


 キャロルに詰め寄っていたデビルーナの視線が声のしたほうへ移る。

 困惑するような上目遣いをしたクラウディアが、おそるおそる尋ねた。


「あなたは……?」

「……なにこの子」


 聖騎士の制服を身にまとい腰に剣を下げたクラウディアに対し、デビルーナは見るからに警戒心を尖らせた顔になる。


「紹介するね。わたしの幼馴染の……クーちゃん。クーちゃん、こっちは魔術師のデビルーナ」

「クラウディア=クリシス=クルトルフ……と申しますわ」

「ふーん、まあどうでもいいけど」


 露骨に壁を張ってきたデビルーナにかちんときたのか、クラウディアの表情も徐々に強張っていくのがわかった。


「デビルーナさんは……キャロルさんとどういうご関係なんですの?」

「え〜キミに言う必要なくない? 聖騎士お得意の簡易尋問? その歳から板についてるとかコワッ。ろくな大人にならないよ?」

「立ち振る舞いには気をつけていただけます? あなただけならともかく、同じ魔術師のキャロルさんの品格まで疑われる事態になってはいけませんから」

「ふたりとも初対面なのによく話すね」


 前触れもなく火花を散らし始めたふたりにキャロルは首を傾けた。


「ほら、さっさと行くよキャロル。またパフェ奢ってあげるから」

「パフェ! ——あ、じゃあまたねクーちゃん」

「あっ……」


 デビルーナが口にした一単語に尻尾を振りながら遠ざかる幼馴染に手を伸ばすクラウディアだったが、それ以上深追いすることはできなかった。





「——で、話を戻すんだけどさ」


 迷宮に巻き込まれる前にも訪れた喫茶店。

 同様にパフェをスプーンで口に運んでいくキャロルを向かいの席で見つめていたデビルーナは、アイスハーブティーをひとくち喫した後、どこか浮ついた調子で話し始めた。


「キャロルってさぁ、実際魔術師としてはかな〜り優秀な部類に入るよね?」

「宿で言いかけたことと関係がある話?」

「おっ、察しがいいね〜キャロルちゃん。賢いっ! そんなキャロキャロにお姉さんからちょ〜っとお願いっていうかぁ、お誘いっていうかぁ、あるんだけどぉ〜」


 悪寒が走るような猫撫で声を発するデビルーナに思わずキャロルは椅子を引いた。

 わずかに葛藤を挟んだ後、キャロルはクリームをつつきながら上目遣いで返す。


「とりあえず聞くよ。デビルーナは……パフェを食べさせてくれるいいヒトだから」

「あはっ、そうこなくちゃ。——まあ率直に言うと、一緒に邪神教に入信しない?」

「意味がわからない」


 笑顔で手を合わせたデビルーナが言い放った提案に、キャロルは表情を変えることなく切り返す。

「一緒に」という言葉を考えると、デビルーナ自身はまだ邪神教徒ではないが、これから教団に入ろうとしていると捉えられるが……。


「邪神教について詳しいわけじゃないけど、まともな人間が集まる場所ではないよね。昼間の迷宮でも……あなたはそれを身をもって痛感しているはずでしょ、デビルーナ」

「まあね」


 昼に遭遇した男は恋人に邪神教徒であることを否定され、その末に迷宮を解放し、その恋人が魔物に殺されるよう仕向けた。同じ場所にいた宿の主人と、キャロルたちを巻き添えにして。

「邪神の復活」という目的のためならば手段は選ばないし、犠牲だって厭わない。思想に賛同しない者にも容赦はしない。

 そんな無茶苦茶な連中の集まりだから、邪神教はほとんどの国で信仰することは禁じられているうえ、世間でも邪神教徒を見かけたら「逃げる」か「殺す」が一般的な考え方とされている。


 ストローを回してグラスを鳴らしながらデビルーナが続けた。


「でも邪神教は信仰する邪神ごとに派閥があって一枚岩じゃないし、アイツらのお仲間になるつもりも毛頭ない。あたしがしたいのは……新しい派閥を作って、教団のトップに立つことなの」

「どうして教団のトップに立ちたいの?」

「やり方はどうあれ、『邪神の復活』っていう目的は一致してるからね」


 初耳の情報が聞こえてきたキャロルは反射的にパフェから意識を離してデビルーナのほうを見た。


「あなたが……邪神を蘇らせたいと思ってるって?」

「そう」

「どうして?」


 顔を近づけて、さらに声量を下げたデビルーナが続けた。


「世界の均衡維持機構————“バックバランサー”ってわかる?」


 彼女の問いかけに対し、キャロルは無言で頷いた。

 わかるもなにも、その単語はキャロルが戦闘行為の際に用いる魔術攻撃と密接な関係にあるシステムだった。


 この世界に存在する各種「勢力」は、そのパワーバランスが釣り合い、調和するよう「世界」によってコントロールされている。

 これは激動する時代と文明環境において世界そのものが「ちょうどいい状態」を保つために自動的に機能する自然現象・法則であり、この世に生物が誕生する以前から動いている見えない力だ。


 この星の上では特定の種族ないし同一の思想・本能を持った生物が偏った力を持ち過ぎるということはあり得ない。

 誰かが個体としての存在感を強めれば、それに相反する勢力も必ず同程度の力を付けていく。その存在感とは具体的になにを基準としているかは、現在でも結論は出ていないが……その「機能」は今この瞬間にも確実に稼働しているのだという。


 古き時代、まだ邪神たちが地上を支配していた頃……彼らは相入れることのない互いを敵視することで世界そのもののパワーバランスを維持していた。

 そして邪神が滅び、人間たちが魔力を宿すようになると、その役割は人間たちにも回されるようになった。


 誰かが強くなれば、他の誰かも強くなる。

 その結果、地上の生き物たちには常に争い事が付きまとうことにはなるが、世界から生命体がいなくなるなど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 地上に生きる生命の意思など介入する余地のない、ただそこにあるだけの世界法則、それが均衡維持機構である。


 キャロルが時間停止させた空間を破壊した際に引き起こされる反動——「修正力」もまた、同様に世界が調和を保つために機能させる法則の一部だ。


「あたしは邪神を復活させて、世界の魔術のレベルを引き上げたい。魔術という神秘を……世界にとって、より当たり前のものにしたいの」

「時代を邪神大戦のそれに戻そうってこと」

「有り体に言えば、そうね」


 キャロルが案外するりと相槌を打ってきたことが嬉しかったデビルーナは、ほのかに声のトーンを上げた。

 彼女の言っていることは理解できる。


 邪神という特大の重しを現代に甦らせ、世界の均衡維持機構という天秤を揺るがそうというのだ。そうすれば相対的にヒトの世の神秘が強まると。

 理屈の上では間違っていない。

 確かに一体でも邪神が完全に蘇れば、この星に存在する生命体は何かしらの変化が促されるだろう。邪神の影響力……存在感はそれほど大きなものだ。


 デビルーナが主張したいことの大半は見えてきた。が、キャロルの胸にはまだ引っかかったままの疑問が残されていた。

 しかしその疑問はキャロルが尋ねるまでもなく解消された。


「あたしは既存の邪神の派閥には属さない。新しい信仰対象を据えて、それを人の手で制御することを目標とした新しい一派を築く」


 デビルーナがそう口にする頃、キャロルがスプーンで底をすくっていたグラスは空になっていた。


(……宿で魅惑の魔術をかけてきたのも、その仲間を増やすためか)


 デビルーナの話に意識を向けざるを得なくなったキャロルは、嫌でも彼女が次に言い放つことがわかってしまい、冷めた顔になる。


「それでキャロル…………アンタ、()()()()()()()()()()()()使()()()()()?」


 確信を持ってそう告げたデビルーナから視線を落とし、キャロルはめんどくさそうな顔で気づかれないほど浅いため息をついた。

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