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29.時とまどろみ

「結局今回の一件はどの国の政府も騎士団も関わってなかった」


 黄昏時の空の下。

 よく整備された並木道を歩きながら、騎士団カルロッソで入手した情報のメモを見つめたデビルーナはつぶやいた。

 次にキャロルがまとめたメチャクチャな報告書に目を通しながら渋い顔をする。


「邪神大戦時より生き残っていた邪神ケイオスによる長期間におよぶ誘拐事件とその解決……。首謀者の特定と対処、拘束……ねえ、これマジで言ってるわけ? だとしたら大事件なんだけど……」

「わたしのがんばりをウソ呼ばわりするの?」

「キャロルさんはウソなんかつきませんわ」

「ややこしくなるからクラ子黙って」


 疲れ切った顔で息をついたデビルーナが続ける。


「世間に公表したらとんでもない騒ぎになるわよ。邪神教だって黙ってないだろうし……」

「そうだろうね。だから今回のことはわたしたちだけの秘密にしておいたほうがいいと思う」


 邪神ケイオスが健在だったというだけで眉唾ものだというのに、それを新米魔術師が打倒したとなればどこか陰謀論じみた臭いまで漂わせてしまう。

 キャロル自身がケイオスと繋がっていたなんて話に発展して邪神教徒や聖騎士たちに目をつけられる可能性も避けなければならない。

 現時点で多くの人には知られていない以上、このまま隠し通したほうが利はある。


「ま、無理して面倒ごとに関わることもないか。……そんでその……ケイオスだけどさ、上手いこと生け捕りにしたんだっけ?」

「うん」

「そっかそっかぁ。……ねえキャロ坊、ものは相談なんだけど」

「だめ」

「まだなにも言ってないじゃん」


 わかりやすく媚びるような甘い声を発したデビルーナを一蹴するキャロル。

 彼女の宿している遺物を考えれば次になにを言うかは容易に想像できた。


「ケイオスの体を研究に使わせてくれないかって言うんでしょう? 危ないから、だめ」

「邪神の遺物を丸ごと持ってるようなもんでしょ! それを取り込めばあたしは魔術師としてもっと高みに行ける! ねぇお願い! お願いお願いおねがぁ〜い!」

「無事な保証もない、でしょ? アイツは邪神のなかでいちばんタチが悪い。わたしのお友達を危険にさらすわけにはいかないもの」

「邪神のなかでいちばんって……なんであんたがそんなこと知ってるわけ?」

「あ、おふたりとも」


 デビルーナの問いかけを打ち消すように、不意に先頭を歩いていたクラウディアが立ち止まった。


「キャロルさんが調べるようおっしゃっていたのは、ここのようですわね」


 木漏れ日が差す長い道を抜けた先にそれはあった。

 キャビンテッド王国の王都に隣接した森林区域。徒歩で行けるほどの距離にあるその場所は、政府が管理している大規模な霊園が広がっていた。


 静かで綺麗な場所だった。

 聞くところによるとここでは聖騎士、魔術師問わず魔物や邪神教絡みの事件に関わったことのある人間を中心に弔われているらしい。なかにはとある騎士団員たちが共に埋葬されている墓もあるようだった。

 文字通りこれまで命をかけて人類に尽くしてきた人間が眠る場所。


 ほんのりと緊張感が漂い、三人は無言のまま無数に並べられた墓のなかから目的の墓標を探す。


「あった」


 手分けしながら確認していくなか、ひとつの墓の前で立ち止まったキャロルが独りごつように他の二人へ知らせた。


『サバト=ネフシアス』


 そう記された墓石の前に佇み、キャロルはしばらくその名を見つめていた。


「事前に調べはついていたけど、本当に死んだ人間だったとはね」


 歩きながらデビルーナがそうこぼす。


 デビルーナとクラウディアは合流前にサバトがすでに引退している聖騎士であることは調査済みだったほか、キャロルからの報告で故人だということも把握していた。

 ケイオスに取り込まれていることを考えると、この墓の下に遺体は存在しないだろう。

 一連の話をつなぎ合わせていくうちに気の毒だとは思ったが、デビルーナはもちろんクラウディアもそれ以上に心が動くことはなかった。


 人間が、それも聖騎士が死亡することはこの世界において日常茶飯事。

 多く言葉を交わしたことがあるわけでもない彼に対する感情には限界がある。


「この方が……わたくしたちの事務所に来たという……?」

「わざわざ墓を訪ねるなんて、この聖騎士になにか言われたの?」


 遅れてキャロルの背後に集まったふたりが何気ない感想を口にする。

 いつになく神妙な雰囲気で黙り込んでいたキャロルに、クラウディアとデビルーナは揃って首を傾げた。

 そうしているうちに、ふとキャロルが振り向く。


「クーちゃん、来て」

「え、はい……?」


 手招きしてきたキャロルに言われるがまま、クラウディアはきょとんとした顔で墓の前までやってくる。

 隣の彼女がしゃがんだのを見てクラウディアも膝を折ると、不意にキャロルが口をひらいた。


「この子がクーちゃんだよ、サバトくん」

「えっ? えっ? どうも……クーちゃんですわ……?」

「なんなんこれ?」

「ちゃんと紹介してなかったなと思って。……って、こっちのサバトくんに言ってもわからないかな?」


 そう言ってまた静かになってしまったキャロルの横で立ち上がると、クラウディアは後ろで怪訝な眼差しを注ぐデビルーナへおろおろと助けを求めるように視線を送った。


「キャロル?」

「昔ね、わたしの世界はひとつだけだったの」


 墓と向かい合ったまま、キャロルはいつか少年に伝えたものと同じ言葉をふたりへ投げかけた。


「わたしの世界にはわたしだけが居ればそれでよかった。わたし以外のすべてが邪魔で、生きていくうえでは他になにもいらなかった」


 デビルーナとクラウディアと、ここにはいない誰か。

 語りかけているようにも、自問自答しているようにも聞こえる。


「でも、人間の世界はちがった。意識するかどうかにかかわらず、ヒトの世界には必ず他人が入り込んでくる。知らないうちに他人の世界が自分の世界になって、そして手のおよばないところで知らぬ間に消えていくこともある。そもそも最初からなかった、なんてことも。……それはもう、わたしの意思でどうにかできるものじゃない」


 わかっていたはずだ。ヒトになるということは不自由を知ること。

 力では解決できない、どうしようもない悲劇に見舞われたとしても、それに耐えることを覚えなければならない。

 自分の力では避けられない理不尽がヒトの世界に存在することを理解した気になっていても、実際にそれが降りかかったときにはやはり不快な感情が押し寄せてくる。


 これがヒト。これもヒト。

 自分以外の誰かに心を揺さぶられてばかりいる、他人任せで欠陥だらけな生き物。


 でも不思議なことに、その生き方をやめたいとは思わないのだ。

 なんでも思い通りにできた邪神ゾアよりも、キャロルのほうが満たされている。失った分だけ別のもので満たされていく。


「……なんの話、ですの?」

「さあ?」

「ううん、なんでもない」


 おもむろに立ち上がったキャロルが俯いたままデビルーナとクラウディアへ歩み寄ったかと思えば、前触れもなくふたりの腰を抱き寄せて顔を埋める。


「き、きゃ、キャキャキャキャキャロルさん⁉︎ どうかしましたの⁉︎」

「急になに——って、力つよ……⁉︎」


 ケイオスと同じように、このままふたりを巻き込んでともに異空間へと飛ぶこともできる。

 止まった時間のなかで一緒に過ごすことができる。永遠に。

 そうなればふたりを失うことはない。


 だがそうしたいとは思わなかった。

 いつかは失う運命であると知ったいまでも、彼女たちとは動き出したこの時間のなかで一緒に生きたい。

 それがヒトの在り方だと思ったから。


「デビルーナ」

「なによ……?」

「クーちゃん」

「はっ、はいっ、なんですの……?」


 ふたりからは見えないところで、キャロルは柔らかな笑みを浮かべていた。


「できるだけ、一緒にいてね」


 顔を上げて穏やかな表情を浮かべるキャロルに対し、ふたりは目をぱちくりとさせるだけだった。


「わたし、今夜は三人で眠りたいな」

「いつもそうしてんじゃん」

「一緒のベッドでってこと」

「はぁ? なんでよ」

「三人でひとつのベッドを……ということは、よりキャロルさんとくっつける……? 素晴らしいお考えですわ!」


 盛り上がるクラウディアの横でデビルーナが嫌そうに口をへの字に曲げた。

 そのままキャロルが離れて出口へと歩き出したのを見て、ふたりも後ろに付いて霊園を後にする。


「えぇ〜……? あたしは遠慮するわよ、狭いし」

「もちろん、わたしが真ん中ね」

「いや聞けし」

「そうと決まればパーティーですわ! わたくし、パジャマパーティーなるものを一度やってみたかったんですの!」


 駆け寄ってきた友人をそれぞれ一瞥し、キャロルは微笑む。


 これからも時を止めてしまいたくなるような幸福を覚える瞬間は何度も訪れるのだろう。

 だがその度に思うはずだ、その続きが見てみたいと。


 そのためならキャロルはなんだってする。

 自分の世界と、隣り合う世界の未来を見るために、何度だって時を止めて世界を破壊し続ける。

 その矛盾を抱えることが、何より自分をヒトであると証明してくれるから。

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