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20.嘘と真

 足元の空間を「石化」で時間停止させ、魔力を乗せた脚力でそれを破壊。直後に起こる修正力の反動を利用してキャロルが加速する。


 爆発が起きた現場まで到着すると、逃げ惑う人波とは逆方向に位置する建物から煙とともに大量の黒い泥が噴き上がっているのが見えた。


 変幻自在に蠢くアメーバ状の体に無数の眼球がぎょろぎょろと周囲の獲物を探るように動いている。

 ロイドが従えていたサドゴワラの眷属に似ているが別物だ。

 邪神大戦時にも確認されていなかった、初めて見る魔物……。その気配が目の前にいる個体のほかにも十数体。いたるところに居る。

 迷宮が生まれていないということはすべて顕現型の魔物である。


「同じ系統の魔物が複数……。邪神教の特定派閥が遺物を持ち込んだ……ってことなのかな?」


 ぺたぺたと裸足のまま、キャロルはひとまず前方に見える個体へと歩いて行った。

 挑発するようにキャロルが解き放っていた大量の魔力に反応し、魔物はその泥状の体から無数の触手を伸ばして彼女を捉えようとする。


 時間を停止させる「石化」は極めて強力な魔術だが、邪神ゾアとはちがいキャロルの肉体が耐えられる魔力の瞬間出力の量はまだそう多くない。

 温存のため一瞬だけ自身の周辺空間を止め、攻撃のタイミングをずらすのみに留める。

 前方向から迫る刺突の壁。一秒にも満たない時間だが、停止させた瞬間を狙ってその隙間を軽々とくぐり抜けながら、キャロルは片足で地面を蹴った。


「ほっ」


 その場で跳ねた勢いのまま宙を回り、もう片方の脚を踊るように振るう。

 キャロルの脚から放たれた魔力の砲弾が魔物のど真ん中を射抜く。

 円形の穴を作り爆散した魔物の体内には————遺物らしきものがなかった。


「あれ?」


 ぴくりとも動かなくなった泥の肉片を見渡しつつ、キャロルは足元に飛び散っていたその一部に触れてみる。

 徐々に塵と化していく肉片のどこにも、核となる遺物の気配がない。

 これが意味することはロイドが従えていた魔物のように本体が別に存在するということだが……。


(分身にしては、気配が本物っぽすぎないかなあ)


 キャロルが首を傾げていると、その背後から這い寄ってきた別の個体が触手を伸ばしてくるのを背中で察知した。

 顔色ひとつ変えないままキャロルは体をひねり、裏拳の風圧とともに魔力の波動を拡散させる。

 先ほどの個体と同様に容易く爆散する魔物。耐久力はそれほどでもないらしい。

 普通の魔術師や聖騎士相手なら攻撃を受け流すアメーバ状の体は厄介なのだろうが、まとめて吹き飛ばす火力があるキャロルの前では無意味だ。


「わっ————うえっ⁉︎ ぺっ、ぺっ……! にがい……!」


 眼前で炸裂した魔物の泥がキャロルの顔まで届く。

 不意に口内へ飛んできたそれらを吐き出すキャロルの周囲には、すでに次の攻撃が用意されていた。

 逃げ場を完全に無くした全方向から槍のような触手が押し寄せてくるのがわかる。

 すべてを回避することは不可能。避けきれないものだけを「石化」で停止させ、強引に捌き切る。

 ロイドの「臨界絶技」を体験したことのあるキャロルにとっては、これもあくびが出るような攻撃だった。


(そろそろ避難を終えた頃かな)


 地面や周辺の建造物に魔力を走らせて半径百メルーの範囲内に人間の気配が存在しないことを確認したキャロルは、その空間が丸ごと収まるように「石化」魔術を展開した。

 刹那、瞬きの間に上空へと跳躍したキャロルが踵落としの動作で固定された空間へ魔力をぶつける。


 瞬時に引き起こされる空間の破壊と修復。そしてその反動による莫大な衝撃波。

 目視できない周囲に潜んでいた魔物も含め、キャロルに向けられていた害意のすべてがこの束の間に消し飛んでいった。


 巨大なクレーターの中心に着地したキャロルの銀髪が気流で揺らめく。

 数分前まで人々の悲鳴と逃げる足音で騒がしかった街はすっかり静まり返っており、キャロルは妙な虚しさを覚えた。


「この街ではよくヒトが死ぬ」と語っていたニャンタレスの言葉を思い出す。今回の騒ぎがそれに相当するのか?

 街中に突然魔物が現れる事態は、ほとんどの場合邪神教徒によるテロ行為が原因で起こる。

 幻夢街と呼ばれるこの場所がラブーマンの管理下にあるのなら、街中で突如出現した魔物たちもラブーマンの差し金である可能性が高いが……やはり彼も邪神教に連なる者なのだろうか。

 しかし仮にそうだとしても、ここに囚われている人間がそれを意識することはないだろう。ニャンタレスの情報から推測するに、外部からさらわれてきたここの住人はこの幻夢街を回すためだけに一般人を()()()()()()()()()


 街の存在が五十年以上も噂されていたことを考慮すると、時代を渡るごとに駒となる人間が新たに誘拐・補充され続けていたにちがいない。


(なかなか悪どいことをするなぁ……ヒトの子とは思えない。一等星にもなると、やっぱりどこかトんじゃうものなのかな)


 ぼんやりと記憶に残っている、邪神大戦時に見かけた人間たちのことをふと思い出す。

 当時は興味が薄かったため他の生物と比較した浅い所感しかなかったが、思い返せばいつの時代も極端に力のある者は大抵どこか破綻しているものだ。


 もしかすると一等星級魔術師のなかで、周囲の人間から好意を抱かれがちな自分はかなり「ヒト」をやれているのではないだろうか……とキャロルは思う。

 兄はもちろんクラウディアもデビルーナも、みんなキャロルの容姿を褒めてくれるし。おねだりすると高確率でみんなパフェとかケーキを奢ってくれるし。


 それとも単に自分が「かわいい」から?

 だとしたら罪深くもみんなをメロメロにしてしまう美少女に産んでくれた母さまに感謝である。

 ありがとう母さま。顔も知らないけれど。


「——ん」


 ぼうっと取るに足りない思考を巡らせていた途中、二十メルーほど離れた後方から吹き矢のように小さく速い魔力の塊が飛来してくるのをキャロルは感知した。

 先ほど殲滅した魔物の肉片のなかにかろうじて余力があるものが残っていたのだろう。最後の一撃と言わんばかりに肉体を弾丸と化してこちらへ突っ込んできた。


 だがなんの問題にもならない。この程度の威力・強度であれば躱す必要すらない。魔力による防御で事足りる。

 振り返り、目の前までやってきた黒い魔力を視認したキャロルは冷たい表情のままそれを受け入れようとする。


「あっ————ぶねぇッ‼︎」


 が、しかし、キャロルは思いがけず横から疾駆してきた少年によって立っていた場所から強引に離脱させられた。

()()()()()()に背中を押されたその少年——サバトに抱えられたキャロルは、意図していなかった展開にきょとんとしながらも、されるがままに彼の腕の中で縮こまる。


「うごえっ⁉︎」


 勢いよく転がったサバトがキャロルを守りながら体でブレーキをかける。その最中に思い切り顔面を強打していた。

 キャロルが怪訝な顔で立ち上がると、妙に必死な様子でサバトが言った。


「——大丈夫か⁉︎」

「わたしの台詞だと思う。……出てる、鼻血」

「あ……?」


 指摘されてすぐ豪快に鼻まわりを拭ったサバトも肩で息をしながら立ち上がる。


「お前、油断してただろ。最後のアレ、当たるとこだったぞ?」

「あの程度の攻撃は体に魔力を通しておくだけで防げる。サバトくん、わたしが一等星の魔術師だって忘れてるでしょ」

「なっ……か、関係あるかよ。咄嗟に動いちまったんだ。お前がどれだけ強いとか……どうだっていいだろ、そんなの」


 いまいち締まらないところを見せてしまったことが恥ずかしいのか、サバトは視線を泳がせながらそう返した。

 結果的にサバトが余計にケガをしただけなのだが、気にかけてくれたのは悪い気はしない。

 最近自覚したことなのだが甘やかされるのがけっこう好きなので、自分のために動いてくれるヒトはキャロルのなかでも好感度は高い。


「ふふ、キャロルポイント十点あげる」

「なんだそれは。貯まるとなんかもらえるのか?」

「んー…………キスとか、してあげようか? 百点くらいで」

「聞いた俺がバカだったよ」

「ほっぺたにだけど」

「ほっぺたでもいらん」


 話題から逃げるように背を向けたサバトが腰元の剣に触れつつ、更地になった周囲へ視線を這わせた。

 まだ生き残りの魔物がいないか確認しているのだろう。キャロルの魔術を喰らって生存している個体がいるとは思えないが、用心深いことだ。


「クーちゃんはすごく喜んでたのにな……」

「お前……あまり人の好意を利用するようなマネはやめとけよ。痴話喧嘩の仲裁で駆り出されるのだって聖騎士なんだからな」

「大変なんだね聖騎士って。……ん、待って。わたしべつに誰かを誑かそうとしたことはない。その時々で喜んでくれることをしてあげてるだけ」

「よほど恐ろしいわ」


 付近に魔物がいないことを確認し終えたサバトが安堵するように脱力したのが肩の動きでわかった。


 キャロルはじっと目を凝らし、注意深く彼から漏れている魔力を読み取る。

 薄すぎて今まで気づかなかったが、サバトの魔力には魔術師特有の邪神の自我が混ざっているように見えた。

 加えて先ほどキャロルを助けるために使用したのは「風」を操る魔術。

 彼の背中を押し、加速させた金色の追い風は……かつて存在した「邪神ハストーラ」の用いた力と同じものだ。


 邪神の遺物を取り込み、魔術を扱えるようになった聖騎士。

 珍しいが、それ自体は禁じられているわけではないため騎士団によっては同じような聖騎士を稀に見かけることがある。異端であるかどうかなど、面倒なしがらみを気にしなければ単純に戦力増強にはなるからだ。


「サバトくん、『魔術剣士』だったんだね」


 何気なく発せられたキャロルの言葉に怯えるように、サバトはぴくりと体を跳ねさせた。

 返事はない。急によそよそしさを醸し出してきた彼を妙に感じ、キャロルは眉をひそめながらその背中へと歩み寄る。


「サバトくん?」

「……まあ、な」


 目を合わせようとしない。

 どうしていいかわからずキャロルも黙っていると、誤魔化すようにサバトが口にした。


「……脚、傷ついてるぞ。痛くないのか?」

「え?」


 言われてはじめてキャロルは自分の足元に視線を落とす。

 先ほどの戦闘で武器のごとく扱った素足にはところどころに擦り傷、最後のトドメに使った踵付近には痣もみられた。

 基本的に肉体は魔力で守っているため、ただの外傷ではない。ほとんどが「石化」の魔術攻撃の際にくる反動によるものだろう。


「まあまあ痛い」

「ったく……そんな格好で飛び出して行くからだぞ。見せてみろ」

「これくらいならすぐに治せるから問題ない」


 心臓から発露した魔力を脚まわりへと送る。

 魔力で自然治癒力を強化しつつ、並行して魔力を血や肉へ変換。軽傷ばかりだったこともあり、時間にして五秒ほどですべての傷が完治した。


「自分のことは自分でできるから、サバトくんは気にしなくてもいいよ」

「……関係ないって言っただろ、そういうの」


 もう少し周辺を調べるぞ、と呟いたサバトの後を追い、キャロルも足を踏み出す。


 到着したときに見た賑わいからは想像もつかない静けさのなかを歩いている。

 普通これほどの騒ぎが起こればどこかしらの騎士団から聖騎士がすっ飛んでくるものだが、この街ではそのような気配がまったくと言っていいほどしなかった。

 なんの騒音だ、なにがあったのだと様子を見にくる者すらいない。


 人々にとって当たり前にあるはずの動向が見られないこの状況は、ヒトとしての経験が浅いキャロルにも異質なものだとすぐに分かった。





 キャロルが聖騎士サバトの依頼で「幻夢街」へと向かったその日のこと。

 商業都市ドリスに残されていたデビルーナとクラウディアだったが、留守番を早々に放棄してとある街行きの鉄道に乗車していた。


「せっかくの鉄道の旅ですのにキャロルさんがいないなんて……」

「キャロ坊はキャロ坊で列車に揺られてるでしょ、あのサバトとかいう聖騎士と」

「ムギギギギ」


 隣の席で悔しげに歯を食いしばっているクラウディアを横目に、デビルーナは手元にあるメモ書きへ目を移す。


「ていうか、旅行感覚やめなさいよね。いい加減なキャロルの代わりに、あたしたちがしっかりしなくちゃなんだから」

「もちろんそのつもりですわ。……それはさておき、わたくしたちが乗っているこの路線、キャロルさんたちが使ったものとは別じゃありませんこと?」

「そりゃ目的地がちがうからね」


 徐々に広々とした緑が増えていく景色を背にデビルーナが言った。

 キャロルから事前に共有されていた移動手段とは異なる列車に乗っているふたりだが、最初に行動を起こそうとしたのはデビルーナのほうだった。


 行き先は「ウェールス」という……田舎というほど田舎でもなく、都会というほど都会でもない、王都やドリスからは少々離れた位置にある小さな街。


「ウェールスという街にはなにかあるんですの?」

「なにかあるってわけじゃないわよ。依頼を持ってきた聖騎士……サバトってやつの所属する騎士団が事務所を構えている街ってだけ」

「……騎士団カルロッソ、とおっしゃっていましたっけ。その騎士団は、その……大きなところなんですの?」

「いんや、ぜんぜん小さい。所属してる聖騎士も……たぶん二十人もいないんじゃないかな」

「…………? その情報、間違いじゃありませんこと?」


 ぱちくりとさせていたクラウディアの瞳が一転して疑念に染まる。

 頭のなかで無意識に一連の情報を連結させた結果、彼女も違和感に気づいたようだった。


「幻夢街の調査……一等星級魔術師との接触ともなれば、政府の部隊である『アコルド』が出てきてもおかしくない案件ですわ。他の騎士団へ情報を流すことも、依頼を渡すこともないはず……」

「まあ、だろうね」

「それがなんで、どうして…………そのような小規模騎士団から派遣された方……それもたったひとりに任せているんですの?」


 よくよく調べてみれば違和感だらけの依頼だった。

 キャロルは聖騎士や騎士団の事情に詳しくないので疑問にも思わなかったようだが、デビルーナはサバトが今回の件を持ちかけてきたときから胸がざわついて仕方がなかった。


「それをこれから確かめに行くのよ」


 やれやれとため息をついたデビルーナが疲れたように体を反らして天井を見た。


 放っておくと服を脱ぎ散らかすわ、事あるごとに甘いものを所望してくるわ、魔術師としての実力とは裏腹に幼稚な部分が目立つキャロルに思いを馳せる。


 そう簡単に彼女が危機に陥ることはないと分かってはいたが、デビルーナのなかで何故か胸騒ぎが止まらなかった。

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