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17.出発と終点

「見つけましたわ〜!」


 満面の笑みで白毛のネコを脇に抱えたクラウディアが勢いよく事務所の扉を開ける。

 茂みにでも頭を突っ込んだのか、よく見るとその長髪のいたるところに雑草や枯れ葉がひっついていた。

 砂埃を散らしながら事務所へ入ってきた彼女を一目見て、書類から顔を上げたデビルーナが渋い表情をする。


「げっ……クラ子なんで泥んこ? 買い出し行ってたんじゃ……」

「途中でミルクちゃんを見つけて、追いかけていたらいつの間にか……。でもほら、ちゃんと捕まえられましたわ!」

「お〜やったじゃん」


 嬉しそうに無邪気な笑顔を咲かせるクラウディアが掲げた白ネコは確かに捜索依頼を受けていた「ミルク」だった。

 肝心の買い物袋を持っていない状態で帰ってきたことは後で問い詰めよう、とデビルーナはため息をつきながら事前に用意していたペット用のカゴを机の下から引っ張り出す。


 クラウディアは抱えていたネコを床に下ろしつつ、視線をきょろきょろさせて幼馴染の姿を探した。


「キャロルさんはどちらに?」

「べつの依頼に行ったよ。たぶん数日かかるんじゃないかな」

「えっ……おひとりで、ですの?」

「いや? 依頼主の男とふたりで」

「ハ⁉︎」


 突拍子もなく取り乱した声を上げたクラウディアの足元から白ネコが逃げていく。


「おふたりでって……ふたりきりで? 男性の方とふたりきりで⁉︎」

「うん、聖騎士のね」

「どうして引き留めてくれなかったんですの!」

「いや仕事だし……」

「ずるい、ずっこい、こすいですわ……! ふたりきりで、それも泊まりがけだなんて……わたくしだって行きたかった! キャロルさんと旅行!」

「仕事だっつってんでしょ」


 キャロルに拾われるかたちでクラウディアとも共同生活を送ることになってから三ヶ月ほど経つが、キャロルの話になると情緒がおかしくなるのは未だに慣れない。

 以前過保護すぎないかと伝えたところ「幼馴染ならこれくらい当然ですわ」と返ってきたが、改めて考えてもそんなことはないと思う。


「その依頼って、どんな内容なんですの?」

「一等星級魔術師の身辺調査……みたいな? 怪しい行方不明事件が多発してるから、なんか噛んでないかって探るんだって」

「一等星って……それ、本当にキャロルさんだけで向かって大丈夫なんですの?」

「あたしらが普通に付いてっても役に立てることは少ないと思うよ。こっちでやることもあるしね」

「やること? ああ、でもミルクちゃんなら先ほど……」

「ネコのことじゃないって」


 おもむろに席を立ったデビルーナは何やら直前まで読んでいた書類を握ったまま、机に脱ぎ捨てていた上着を拾い上げながらクラウディアへ言った。


「そのネコ飼い主のところに届けに行くよ。はよ準備して。それが終わったらすぐ聖騎士の事務所に向かうから」

「え? 聖騎士の?」

「……なんかきな臭いのよ」


 再び手のなかに握られていた書類に目を落とす。

 そこにはカルロッソ————数刻前に訪ねてきたサバトという聖騎士が所属しているらしい騎士団事務所の住所がデビルーナの字で走り書きされていた。





 キャビンテッド王国主要都市には国内外をつなぐための鉄道が通っている。

 大陸各地より多くの商人や観光客が行き来する商業都市ドリスには王国最大規模の駅が設けられており、発車する汽車の本数も他の区域とは桁違いである。


「わたし、鉄道って初めて」

「俺も乗った記憶はないな。任務は基本的に管轄区域にしか駆り出されないし……だいたいは馬を使う」


 スーツケースだったり、ヒトくらいの高さのあるリュックだったり、とにかく大荷物を持った人々があちこちを行き交う駅のホーム。

 そのなかでお互いに大した荷物も持たないまま、キャロルとサバトは乗車する汽車を待って兄妹のように並んでいた。


「着替えくらいは持ったほうがよかったかな」

「よそ者だとバレれば警戒されるだろ。すべて現地調達で済ませる」

「そんなに目がきくヒトなの? ラブーマンっていう魔術師は」

「さあな。でも、一等星を相手にするならとことん用心したほうがいい」

「その割には、わたしに対してなんだか友好的すぎると思うけど」

「そうか……? べつに普通だろう、このくらい」


 魔術師に対して懐疑的な人間が多くいる聖騎士のなかで、こうさらりと返答できるサバトは珍しい。

 とはいえ自分もターゲットと同じ一等星級魔術師なのだからもう少し警戒してくれてもいいのではないかともキャロルは思う。

 キャロルがラブーマンと繋がっているという可能性は考えないのだろうか。

 ……もしかして見た目のせいで舐められてる?


「きたぞ」


 そんなやりとりを交わしているうちにやってきた汽車に乗り込み、ふたりは適当な座席へ腰を下ろした。

「外の景色を見たいわ」と言うキャロルに窓際の席を譲り、汽車が動き出す頃にサバトは今一度目的地についての説明を始める。


「『幻夢街(ドリームシティ)』はラブーマンが管理している、別名魔術街(まじゅつがい)とも呼ばれる巨大な工房だ。その名のとおり街全体がラブーマンの所有物で、ヤツが保有する魔術実験場になっているって話だ」

「街そのものが事務所みたいなものか。胡散臭さの極みね。政府はどうして放置しているの?」

「位置が明確になったのが最近だったことと……ラブーマンがすでに国家に匹敵する勢力を築いていると予測できるからだ」


 徐々に輪郭がぼやけ速度を増していく外の風景に目を向けながら、キャロルはサバトから流れてくる情報に耳を傾けた。


「幻夢街」について判明していることは政府でもそう多くはない。

 だがそこにいる住民すべてが魔術師だとか、国家転覆を狙って武力を蓄えているとか、聞こえてくる噂は不穏なものがほとんどだ。

 これまで幾度となく調査を試みてきたが、存在が知られてから五十年はその場所すらも判然としないままだったらしい。


「当初はラブーマンの姿を見たヤツはいないし、幻夢街の場所を知ってるヤツもいない、半分都市伝説みたいな扱いだったんだ。そもそも政府の認可なしに工房を作ること自体違法だからな。だが数年前、国は奇跡的に幻夢街を行き来できる協力者を見つけることができたんだ」

「幻夢街を行き来って……つまり魔術師?」

「ああ、詳しい位置がわかったのもそいつのおかげだ。俺たちも現地でその魔術師と合流することになる」


 魔術を恐れる者たちにとって、魔術師が徒党を組むほど恐ろしいものはない。

 魔術師だけで構成された街————たとえ都市伝説じみた話であっても、すこしでも実在する可能性があるのなら徹底的に調べ上げる。この世界で国を運営していくためには、そのような用心深さが必要なのだろう。


 だが魔術師の協力者というのも……決してあり得ない話ではない。

 強力な迷宮には聖騎士と魔術師が組んで攻略にあたることが常識だし、そうなった場合は聖騎士が気に入らないとか魔術は認めないとかそんなことを言っている暇はなくなる。なにせ互いに命と生活がかかっているのだから。

 若い世代のなかにはそんな偏見の一切を取り払った者たちもいることだろう。サバトの話に出てきた協力者というのもその類かもしれない。


「……それだけ怪しいヒトなら、失踪事件なんかと絡ませないで一度きちんと立ち入った捜査をすればいいのに。聖騎士はそういうこと、よくやるんでしょ?」

「それは俺もわからん。予想でしかないが……お国の人たちはそれだけ一等星の魔術師ってのを恐れてるんじゃないか? できるだけ波風は立てたくないと思うほどに」

「もし捜査の手が入ったとバレても『あくまで別件でお邪魔してます』っていう予防線を張っているんだね。ふふ、とてもヒトらしい、回りくどい手法。もし黒だとわかったら、結局やり合うしかなくなるのに」

「同感だ」


 サバトもキャロルと同じことを考えていたのか、急に肩の力を抜くように息をつきながら席の背もたれへ体重をかけた。

 なんとなく苦労人の匂いがする。

 きっと上司に顎で使われることに慣れてしまっていたり、率直な意見を言っただけでデリカシーがないと怒られたりする。そんな残念で、素直で、お人好しな雰囲気をキャロルは感じ取っていた。


 不思議と、兄に似ているとも。

 煌びやかな金髪のアーサーとちがってサバトの頭髪は地味な焦茶色だし、顔立ちもアーサーのほうがずっと整っているけれど。


「まあ、その、なんだろう…………お仕事おつかれさま」


 気づけばキャロルは彼の肩を優しく叩いて労いの言葉をかけていた。

 対するサバトは釈然としない表情で応える。


「……なんだこれは。会って間もない人間に気を遣わせるほど、俺は疲れてるように見えるか?」

「まあね。あ……移動中眠たくなったら、寄りかかってもいいよ。膝枕なんかも。馬車に乗ったときとか、よくクーちゃんにしてあげてるの。そういうのをすると、ヒトは疲れがよく取れるんでしょう?」

「遠慮するよ。クーちゃんが誰だか知らないけど、少なくとも俺は子どもに甘やかされて喜ぶ趣味はないんだ」

「子どもって…………サバトくんだって、わたしとそう変わらないでしょう?」

「あのな、その『サバトくん』っての」


 急に不満げな顔つきになったサバトが細めた視線でつついてくる。


「……お前、歳はいくつだ?」

「十四」

「俺は十六、ふたつも上だ。いっちょまえに事務所を構えて依頼をこなす身なら、目上に対する言葉遣いくらい心がけたらどうなんだ?」

「……二年くらい、誤差の範囲じゃないかな。細かいことを気にするヒトだね」

「大事なことだ」


 思いがけない訴えに驚くように目を開いたキャロルは、数秒考えるように静かになった後ふと顔を上げて言った。


「…………じゃあ、サバト兄さま?」

「にっ……」


 腕を組んでムッとしていたサバトの表情が戸惑いに崩れる。

 答えを間違えたと思ったのか、キャロルは首を傾けながら次の候補を考えた。


「サバトお兄ちゃん、とか?」

「いや……すまん、やめようこの話は。ものすごく犯罪の臭いがしてきた」

「お兄ちゃん、わたし甘いものが食べたい」

「やめろマジで」


 よくわからないがサバトが取り乱している様子が面白かったので、キャロルはそのまま流れるように車内販売のスイーツをせがみ続けてみた。

 呼び方を元に戻すことと引き換えに、サバトはいちばん高いマスカットのケーキを買ってくれた。



(————コイツ)


 汽車が発車してから三十分ほど経過しただろうか。

 腕を組んだサバトは身動きがとれない状況に苦悩するように奥歯を噛み締めていた。


 ひと通りおしゃべり——もといだる絡みをしてサバトから巻き上げた金で注文したケーキを平らげたキャロルが静かになったと思いきや、いつの間にかサバトの肩に頭をくっつけて小さな寝息を立てていた。

 さっきまで自分が寄りかかってもいいだの膝枕だの宣っていたくせに。


(……この子どもが一等星級……。魔術師の頂点に立つ存在)


 人畜無害どころか、何かしらの恩恵でも授かれそうなほど美しくあどけない寝顔に目を落としながら、サバトは訝しんだ。


 ————よく観察してみると……似ている。以前自分を救ってくれた魔術師の少女に。

 いつの話だったか具体的に思い出すことはできないが、サバトのなかには過去キャロルとよく似た銀髪の少女に命を救われた記憶があった。


 犬型の——特徴から察するに邪神ミゼアの遺物から生まれた魔物。

 倒しても倒しても異次元から仲間を呼び襲いかかってくる邪神の眷属たちに対して、サバトはなすすべもなかった。


 そのときサバトは誰ひとり救うことができなかった。

 騎士団へ通報した集落の人間は、自力で生き延びて隣町までやってきた者。そのほかの村人はサバトが到着したときには全滅していた。


 遅くて、実力も大したものではない。聖騎士としては中の下、それがサバト=ネフシアスという男。


 それに失敗したのはそれだけじゃない。その後の聖騎士人生においても、サバトは肝心なことをなに一つ成し遂げることができなかった。

 自分には存在する意味も価値もない。

 そう思いながらも聖騎士を続けてきたのは、つまらない意地を張っていたからだろうか。


 助けようとした市民を魔物に殺され、仲間を殺され、己の弱さと不甲斐なさを嘆きながらやがては自分も————


(まったく、なんで俺なんかが…………こんな重要な案件を請け負ってるんだか)


 汽車が揺れ、キャロルの体がより深くサバトへ寄りかかってくる。

 人の質量とは思えない軽さを肩に感じながら、サバトは彼女とよく似た記憶のなかの少女に思いを馳せていた。


 踊るように軽やかに、魅せるように華やかに、なんの苦もなく魔物を捻り潰していった銀色の少女。

 自分にもあれくらいの力があったなら、同じように笑えたのだろうか。

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