13.聖騎士と魔術師
「来てくれましたのね! ……でもどうやってここが……?」
「クーちゃんの綺麗な魔力を辿ってたら、地下に魔物の強い魔力を感じたんだ。無事みたいで何より」
「まあ、わたくしの気配を感じて? 相思相愛ですわ〜……!」
「なんでデビルーナまでいるの?」
「あたしが聞きたいんだけど」
三人で輪を作って緩い雰囲気を漂わせた後ろで、未だ害意を抜剣したままのロイドが眉をひそめる。
「キャロル=ベルスーズか」
「話しかけるな」
顔はクラウディアたちのほうへ向けたまま、キャロルは風を切るような速度で右脚を後方へと突き出す。
バレエのアラベスクを思わせる精密な動きとともに放たれたのは砲撃と化した魔力の塊。
神々しい輝きを放つ破壊の波は周囲の石畳を抉り飛ばしながらロイドへと殺到した。
「ッ!」
ロイドが瞬時に振り抜いた刃がその一撃を両断し、左右へ断たれた魔力の波動が後方の壁に着弾する衝撃が轟く。
想定以上の反応を見せたロイドに感心しつつも、キャロルは部屋にわいた害虫でも見るような細めた眼で彼へ振り返った。
「いまクーちゃんたちと話してるって、わからないかな」
「君の力はわかった。家を飛び出したと聞いたときはどんな愚鈍な娘なのかと思ったが……なるほど、この状況で落ち着いていられるのも含め、腑に落ちる」
「話の通じない人」
肩をすくめたキャロルが薄い笑みを作る。
「ぜんぶ聞かせてもらいましたよ。面白い話をしていましたね、この世から魔力を消すとか……なんとか」
「それがどうした」
「地に足がついてないな、と。風変わりな力を持っているというだけで、すこし思い上がりすぎでは。神にでもなるつもりなんですか?」
「…………そこまで気づいているとはな」
キャロルの黄金色の瞳がロイドの心中を見通すように仄かな光を宿す。
「……なんの話をしているんですの?」
「クーちゃんとデビルーナはさがってて。ふたりがいじめられた分、きっちりわたしが返してあげるから。というか……そうしないと、わたしの気が晴れない」
キャロルがそう言い残した直後、次に瞬きから目を開いたときには彼女の姿はロイドと一緒に地下室から消失していた。
天井をぶち抜いて吹き抜けの空間を作りながら。
「……アンタの幼馴染どうなってんの?」
「わたくしもなにがなんだか……」
息をするように規格外の力を見せるキャロルに唖然としながら、クラウディアとデビルーナは穴の向こうの黄昏を見上げた。
————なんだコイツ、とキャロルは思った。
「石化」による時間停止中にロイドの体を放り投げ、ともにゴーストタウン上空へと飛び出してきたキャロルだったが……硬い石材に頭部から打ち付けられて血のひとつどころか痛がる素振りも見せないロイドに屈強な猛獣と対峙しているかのような感覚になる。
着地までの十数秒間、空中で剣の構えを維持しながら次々と剣技を繰り出してくるロイドに対し、キャロルは近距離で邪神アトラの「糸」を使いそれらの連撃を弾いていく。
————なんだコイツ、とロイドは訝しんだ。
キャロルという目の前の少女が用いる魔術のタネは割れている。
どういうわけか知らないが、彼女はまだ遺物が未発見であるはずの邪神ゾアの「石化」魔術を行使し、時間停止による空間固定を応用した衝撃波を放ってきた。
それだけならまだしも、魔力の総量が尋常ではない。
斬撃の直撃を与えようが体を傷つけられるイメージがわかない。広大な大地に向かって剣を振っているようだ。
ロイドが直線状に下ろした刃をキャロルが魔力の糸で受け止め、ふたり同時に地表へと落下する。
「何者だ、君」
せめぎ合いの体勢を保ちながら、ロイドは眼前の少女に純粋な疑問を投げた。
「五等星級魔術師、クーちゃんの幼馴染、ベルスーズ家長女…………どれもあなたの知りたい答えにはならないかな?」
「俺は無駄な会話を好まない。……その化けの皮、今ここで剥いでやる」
切り別れ、距離をとったロイドが腰を低く構え直した。
この構えをキャロルが見るのは三度目だ。
背負うようにして剣を後ろへやり、意識のすべてを次の一撃へ込めると言わんばかりの凄まじい集中。
「臨界絶技」
今度こそ、とキャロルは先刻よりも広範囲————確実にロイドを術の範囲内に収まるよう調整し「石化」を発動させた。
世界から色が失われ、停止した時のなかで動けるのはキャロルのみ。
間違いなくロイドの時間は止まっている。
間合いを無視して斬撃を繰り出せる技術があろうと、動けなければ凍りついた世界のなかでは関係ない。
キャロルだけが安全圏から無防備な彼を攻撃できる。
————そのはずだった。
「チッ」
全身を駆け巡る悪寒に反応して、キャロルは即座に全身を魔力で固める。
直後に彼女の脇腹に炸裂したのは、前と同様不可視の斬撃だった。
重い。キャロルの宿す分厚い魔力層がなければ対処できなかったであろう無慈悲な一閃が彼女の体を通り越し、後ろの建造物と地面を切断する。
まさに絶技。人間離れした御業だ。
「————《森羅開闢》」
残心するロイドへ細めた視線を注ぎながら、おもむろにキャロルは口を開いた。
「クーちゃんのお兄さま……ロイドさん、といいましたっけ。確かにあなたの体には魔力がないように見える。だけどヒトは普通魔力の強化なしで岩盤に頭から叩きつけられれば死ぬし、魔力の強化なしでこんな広範囲に斬撃を飛ばすなんて芸当はできない」
「それはどうだろうな。事実、俺はこうしてそれらを実現している」
「そうですね。だからやっぱりあなたは、魔力とは別の力で体を強化していると考えるのが妥当です」
地下室でのやり取りでキャロルが答えに辿り着いていることはロイドもわかっていた。
ロイドは構えを解くと、不意に握りしめていた剣をなにもない左横の空間めがけて振り下ろす。
人間とは思えない膂力から発揮された風圧が射線上にあった建物を振るわせ、その壁に大きな亀裂を走らせた。
「俺を含め、クルトルフのように魔力を一切持たない者のなかには、ごく稀にその体質に適応・進化し身体能力を飛躍的に向上させる作用のある力を血中に宿すことがある。邪神の力を……魔力を必要としない新世界の兆しを象徴する、次世代の人間だ。それを知る者たちの間ではこの力を————人真力、と呼んでいる」
それはキャロル自身もこれまで人間社会で生きてきて聞いたことのない情報だった。
おそらくは兄や父……ベルスーズ家の人間も知らない。ロイドのように魔力を持たない者たちのなかで流れている言説なのだろう。
しかし口ぶりから察するに、歴史はそう長くはないはずだ。
魔力以外の、ヒトを強くする新たな力。
なるほど、どうりで彼が攻撃するときに魔力の軌道が見えないわけだ。そもそも魔力を使っていないのだから。
「そうですか」
小さく微笑んだままキャロルが指先を曲げる。
放出した魔力の糸をあやとりのように組み、檻状にしたそれをロイドへと覆い被せた。
予想はしていたがすぐに切り裂かれてしまう。
一直線に突貫してきたロイドの剣を再び糸でいなしながら、キャロルは音に迫る速度で廃墟の街を駆け回り始めた。
「でも……それだけだと納得できません」
当然のように追いつき肉薄してくるロイドの剣を弾きながら、キャロルは冷静に投げかける。
「あなたの言う“力”はあくまで肉体を強化するもの。止まった時間のなかでわたしに攻撃が届いた理由にはならないと……思う」
「それは、そうだろう」
互いに跳躍し、滞空。
糸を弾き飛ばし、その勢いを利用して強引に距離をつくったロイドは上下反転した体勢で再度剣を後ろへやる構えをとった。
「臨界絶技」
次にくるであろう一撃を予感するキャロル。
魔術で止めることができないのなら、今度は単純な肉体強化に魔力を全振りして耐えしのぐ。
「——《森羅開闢》!」
解き放たれたのはキャロルの予想を超えた、不可避の連撃だった。
八十……いや、百はある。百の斬撃を一息の間に繰り出してきた。それも先ほど放ったものよりも数段力を込めて。
ことさらヒトの動きではない。
振り抜かれた剣が陽炎のように不規則に揺らめいたかと思えば、次の瞬間には複数の斬撃がまったく同時にキャロルの体を捉えていた。
物理法則を完全に無視した剣の振り——————
「……! けほっ————」
さらなる想定を超えてきた波状攻撃を全身へもろに喰らい、キャロルはヒトとして生まれてから初めての痛みらしい痛みを実感していた。
喉元からせり上がってくる鉄の臭い。鮮やかな赤が口と鼻からあふれ出て宙を舞う。
仮に時間を止めていたとしてもこの百連撃は防げなかった。
間違いない。信じ難いがロイドが放つこの「見えない斬撃」はキャロルの石化魔術同様、世界法則に干渉している。
「投降するというのなら聞き入れよう。クラウディアが世話になっているようだからな」
あちこちから血を流しながらも平然と地面に着地し体勢を立て直したキャロルへロイドが言い放つ。
肋骨が一部やられている。腹部辺りの内臓と肩まわりも強く痛めた。
常人ならば卒倒してもおかしくない痛みと衝撃にキャロルは耐えている。
ロイドは追い詰めたつもりでいながらも、人並み外れた精神力を見せるキャロルに畏怖を覚えていた。
「止まった時のなかでも干渉してくる斬撃……。人真力っていうのがあなたにとっての魔力なら、それはヒトが新たに獲得した魔術のかたち……というわけですか」
「ちがうな。魔術のような邪神の搾りかすとは比べることすら烏滸がましい。これは己の願いを実現する技術だ」
会話を挟みながらもロイドは構わず畳み掛けてくる。
「この世界を構成する重要要素——均衡維持機構と呼ばれる世界法則は、極まった意志の力でその天秤を動かすことができる。通常、世界の一部……最小単位の部品でしかない人間という個体のなかで、『世界が無視できないほどの意志』を示すことができた者は、その願いを実現できるのだ」
横薙ぎに振るわれた剣の一撃を「石化」で止めた後、キャロルはロイドの背後へ回る。
しかしロイドはそれを読んでいたかのように回転斬りの挙動へと移行。
そのまま蹴りを突き出してきたキャロルの足先が空間を割り、それによって発生した衝撃波がロイドの剣と衝突した。
同時に後方へと吹き飛んだ両者が同時に地面へブレーキをかけた。
「なにかを壊したい、なにかを救いたい————漠然とした願望を具体的な特定行動へと昇華し、それのみに一点集中させた意志の力で世界法則を狂わせ実現させる御業。それが『臨界絶技』。人真力に目覚めた人間がたどり着く、孤高の境地だ」
「ああ……なるほどね。……うん、だいたい理解できた」
口元の血を拭いながらキャロルは目を伏せる。
目の前の敵を倒したい。立ちはだかる障害のすべてを破壊して理想を叶えたい。
ロイドの場合、そういった願望を叶える方法として「敵を斬る」という行動を設定し強く意識することで一時的に世界法則に干渉。「斬る」という願いを叶える技術として確立させたのだ。
あらゆる事象のバランスをとろうとする世界法則に則り、「敵を必ず斬ることができる」というロイドの思い込みは現実と化し、技を発動させた時点で「キャロルが斬られる」という結果は確定してしまう。
回避行動をとろうが時間を止めようが関係ない。
ロイドがその剣技を使うと意識した時点で、次に繰り出す斬撃が当たることは避けられない。
使用するたびに揺るぎないイメージと精神力を強く保つことを要求されるだろうが、それを差し引いても大抵の相手であれば発動した時点で勝ちが確定する最強の剣技と言ってもいい。
邪神の力に頼らない、ヒトが導き出した進化のかたち……。
確かに、人真力とやらに加えてこんなデタラメ技術まで身につけては、ロイドが「魔力は要らない」という考えに至るのも頷ける。
————だがやはり、依然キャロルのなかで引っかかる違和感があった。
「なんか、空っぽ」
「なに?」
妙に空気が冷たく感じる。
眠たそうにぼんやりとした瞳でロイドを見据えたキャロルは、囁くような声で口にした。
「あなた………………すこし嘘ついてるよね」
「——————!」
ロイドの顔が動揺で強張った次の瞬間、キャロルの姿が彼の視界から消えた。
直後に起きたのは半径三十メルーほどの範囲をロイドを中心としてリング状に展開した「石化」による空間爆砕。
ロイドの周りにあった建造物が空間ごとひしゃげ、捩れ、世界の修正力によって塵芥と化す。
広範囲に蔓延した砂埃がロイドの視界を塞いだところで、彼はキャロルの狙いを察した。
「まあ、人並みに頭が回れば思いつくことか」
発動者であるロイドから身を隠すことで、「臨界絶技」を使うのに必要なイメージの具体性を失わせる作戦なのだろう。
ロイドの《森羅開闢》は相手を視界に収めたうえで、それを対象とした「敵を斬る」という願いを実現する技だ。身を隠してしまえば自然と攻撃圏外へ出たことになる。
「よく立ち回っている……が、所詮は子どもか」
ロイドは改めて「人真力」を起こして膂力を強化すると、剣の側面を扇に見立てて渾身の力でそれを振り回した。
竜巻じみた烈風がロイドを中心に巻き起こり、瞬く間にキャロルが作った砂の霧が晴れていく。
「視界を塞いだのなら、それを時間稼ぎに使わず即座に打って出るべきだった。もっとも、どこから来ようと確実にカウンターを仕掛けてやるが…………」
————肌を突き刺す違和感。
言い切る前にロイドの表情が動揺で凍りついた。
暗い、というよりは「闇」そのもの。
一瞬、目を潰されたのかと肝が冷えたが、咄嗟に落とした視線の先に自分の胴が見えたことで安堵する。……が、またすぐに別の絶望がロイドを襲った。
いつの間にかロイドが佇んでいたその場所は一切の光を許さない暗黒に塗りつぶされていた。
黒、黒、黒。なにもない空間にロイドは立たされている。
(なんだ、これは)
怖気が、冷や汗が止まらない。
まとわりつくような魔力が周囲に満ちている。
この感覚をよく知っている。迷宮のなかにいるときと同じ空気を、ロイドは感じているのだ。
「うっ……」
せり上がる嘔吐感に口元を押さえる。
理由はわからないが自分は突然迷宮へ飛ばされた。経験則からそう理解するロイドだったが、濁流となって脳へ押し寄せてきた凄まじい濃度の魔力に意識を失いかける。
これほど強力な魔力は今までにも体験したことはない。
キャロル=ベルスーズ————あの少女がなにかしらの邪神の遺物を隠し持っていたのだろうか。それを土壇場で解放して自分もろともロイドを迷宮へ引きずり込んだのか。
「……小賢しい」
全力の「人真力」を叩き起こし、ロイドは自らを侵食していた魔力の波動を体内から吹き飛ばす。
先ほどまで感じていた吐き気は治ったが、どうにも拭えない不快感がロイドのなかには残っていた。
なにもない、ひたすらに虚無の空間。時間の流れすら判然としない乖離した世界に、ただひとり取り残された気分になる。
もはや魔力は問題ではない。人間には認識できない、人体に害をなす概念がこの場に充満している。
長くいればどうにかなってしまいそうだった。
「顔色がよろしくないみたい」
ふっ、と幻のように囁かれた声音に一拍遅れて反応し、ロイドは思わず握っていた剣でそれを薙いだ。
ロイドの左横。誰もいない虚空を刃が空振りする。
「……ここはどこだ。なにをした⁉︎」
「ああ、そんなに怯えないで。わたしはただ、答え合わせがしたいだけだから」
「なに……?」
依然キャロルの姿は見えない。どこへ体を向けても、どこからでもキャロルの声がする。
まるでこの暗闇の世界そのものがキャロル本人であるかのように。
彼女はただ迷宮を解放しただけではない。
迷宮を……この世界を操っている。わけがわからないが、そうとしか思えない現象がロイドの身に起きた。
「力んで、ロイドさん」
「ッ⁉︎」
目の前の景色が崩壊する。
亡霊のように音もなくロイドの眼前に現出したキャロルは、人真力によって強化された彼の動体視力を優に超える速度で蹴りを解き放った。
ソニックブームを起こすほどの神速の打撃がロイドの胴体の寸前まで到達した瞬間、例によって空間の破壊と修復が一息の間に行われる。
苦悶の声を上げる間もなく後方へ飛ばされるロイド。
すぐさま見えない地面へ両足を突き立てて強引に体を止め、体勢を低くした必殺の構えをとった。
「臨界絶技……!」
冷めた表情で自分を見つめているキャロルの姿を前方に捉える。
今度は幻の類ではない。確かな像を結んだ彼女が見える。
「《森羅開闢》!」
またどこかへ隠れられる前に不可視・不可避の斬撃を振り抜く。
——今度は手心を加えない。癖の悪い両脚を切り落として確実に動きを止める。
まだ幼さの残る少女相手にそう決断してしまうほどの恐怖に、ロイドは呑まれていた。
キャロルの足回りへ指向性を伴った世界法則の歪みが生じ、その両脚を切断せんとする。
が、しかし、
「おっと」
キャロルは即座に異変を察知し、ステップを踏むようにして軽やかに不可避の一撃を回避した。
「————⁉︎」
信じられない光景を目の当たりにし、ロイドの瞳が困惑と驚愕に揺れる。
世界法則を利用した攻撃を、空想を実現する最強の一振りを避けた。
ロイドの経験上不可能であるはずの行為をキャロルは行った。
「自分はできる子だって強く世界に訴えて、その法則を誤認させて、一時的に言うことを聞かせる剣技……。すごい技だと思うけど、ちょっと自信がなくなったくらいで使い物にならなくなるようじゃ、切り札としては下の下だと思う」
「自信だと……?」
「この世界に引きずり込まれた時点で、あなたはわたしを仕留められる確信を失くしてしまった。だからあなたの技は見えないだけの、普通の攻撃に成り下がった。必ず当たるというあなたの願いは、わたしという強い自我にかき消されたの」
すらすらと語るキャロルの言葉に、ロイドは頭を抱えたくなった。
臨界絶技に必要な「敵を斬る」という確信————ロイドがキャロルに対して恐怖を抱いたことで、それが失われた?
理屈としては理解できる。いや、だが問題はそこではない。このキャロルという少女はいまあり得ないことを口にしている。
「君が俺をこの世界に引きずり込んだ……君の世界、君の自我、だと?」
「うん」
「なにを言っているんだ……それではまるで、まるで君自身が————」
————この迷宮を生み出したみたいじゃないか。
混乱のあまり言葉を呑んだロイドの意図を読み取るように、キャロルは「正解」と言わんばかりの微笑みで返した。
「魔物たちが作る『迷宮』は、元になった邪神の借り物でしかないの。借り物でしかないから、本来より劣ったものしか作ることができない。そもそも魔物に宿っている自我なんて核になった遺物分しかないから……不完全になるのも当然だけど」
「でも」、と付け加えながら、キャロルはロイドに向かって歩き出した。
「ここは正真正銘、『わたし』が作った世界。他者の存在を許さない完全な自我。わたしを構成している……魔術そのもの」
「バカな……妄言はよせ。君は自分が……君自身が『邪神』だとでも言うのか!」
ロイドの目の前で立ち止まったキャロルは、完全に硬直している彼の顔を覗き込む。
案外、表情に大きな変化はなかった。だが不思議と巨大な恐怖の色だけは確かにキャロルの黄金色の瞳に映っていた。
「ヒトですよ、わたしは」
かつん、とキャロルは右のつま先を振り下ろして黒い地面をつついた。
刹那、真っ黒だった世界が一瞬で白に塗り替えられていく。
伝播する爆縮は次第にその強さを増し、世界の果てまでひび割れるような轟音とともに衝撃の津波を巻き起こした。




