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12.兄と妹・再編

 どうやら自分は腫れ物扱いされているらしい。

 クラウディアがそのことに気がついたのは物心ついてすぐの頃だった。


 自分の世話係や使用人たちは最低限の会話しか交わそうとはしない。

 胸のなかが寂しい気持ちで溢れかえって、たまらず甘えたくなったときも、彼らは駆け寄ってくるクラウディアに対して「お仕事の最中ですので」とだけ言って構ってはくれなかった。

 たまにしか屋敷に帰ってこない父も同様で、親らしい振る舞いを見せてくれたことはなかったと記憶している。


 家のなかで唯一クラウディアに関心を向けてくれていたのは、兄であるロイドだけだった。

 とは言っても、ロイドのほうから何か接触してくるわけではなく、幼いクラウディアが発するたわいない会話の種に対して短い相槌を打ったり、端的な回答を用意したり、基本的にはそっけない態度で返すばかりであったが。

 しかしそれでも、父や使用人のようにクラウディアのことを無下に扱うようなことはなかった。


 笑顔を見せることも愛情らしい素振りを向けることもなかった兄だが、クラウディアにとってはクルトルフ家のなかで自分を対等だと認識し接してくれるただひとりの人間だったのだ。


 邪神と魔術が台頭する混沌の時代を生き抜き「純粋な人間」として人々を守ってきた生粋の聖騎士・クルトルフ。

 その家に生まれてしまった、魔力という不純を抱えたクラウディア。


 異端扱いされろくに家族に甘えることもできずに過ごした人格形成期だったが、そのなかでクラウディア自身が敢えて「聖騎士になる」という目標を掲げられたのは、兄の背中を追いかけていたことも大きく影響していると言える。



 あるいは————クラウディアにとって、それ以外の生き方を学ぶ機会がなかっただけなのかもしれない。





「………………ん」


 意識が戻ったクラウディアが最初に感じたのは、頬に当たる冷たい石の感触だった。


 寝ぼけ眼をこすりながら体を起こして周囲を見てみると、蝋燭に照らされた薄暗い部屋の光景が視界に入る。

 じめじめとした空気。そこは廃材や廃棄された薬品らしき瓶が隅に転がっている、広々とした地下空間だった。

 どうやら気を失っていたらしい。


「や〜っと起きた」


 目を凝らし、徐々にクリアになっていく景色を流していくと、鎖でぐるぐる巻きに拘束された黒髪の少女が目に飛び込んでくる。


「なんでアンタは縛られてないわけ?」


 胡座をかいて細めた目で睨んでくる彼女の顔に、クラウディアは見覚えがあった。


「…………悪態魔術師」

「デビルーナ=ナイトゴーン! つぎ変な名前で呼んだら引っ叩くかんね!」

「どうしてあなたがわたくしの目の前で……その、特殊な趣味を披露していらっしゃるの?」

「捕まってるだけだっつの。泣かすぞ」

「捕まって……?」


 付近を確認するもキャロルの姿が見えない。

 状況が呑み込めないまま、クラウディアは視覚を強化しようと意識を集中させる。


「くれぐれも魔力は使わないようにね。使ったら死ぬよ」

「え?」


 デビルーナに言われ、思わずクラウディアは起こそうとしていた魔力を消した。

 理由を尋ねる前にデビルーナが顎で示した先へ意識をやる。


「ひっ……⁉︎」

「聖騎士の卵がなにビビってんの」


 なにやら黒い————不定形の泥のような物体が部屋の中心で蠢いているのが見えた。

 おそらくは気絶する前に街中でキャロルが戦っていた巨人と同質のもの。魔力の総量で言えばそれよりも上位の存在だ。

 うんざりした表情で体に巻きついた鎖を揺らし、デビルーナは肩をすくめる。


「あの魔物、魔力に反応して襲ってくるんだって。肉体の強化はできないし、下手に動かないほうがいい。おかげであたしもずっとこんな状態」

「わ、悪い夢でも、見ているのかしら……」

「あっ、こらしっかりしろ! 気ぃ失うならせめてこの鎖解いてからに————」


 ふらついたクラウディアが尻餅をついたその時、魔物の向こう側にある地下室の出入り口が開く音が響いた。

 そのまま階段を降り、当然のように魔物の横を通り過ぎながらこちらへ近づいてくる人間の気配。


「誘拐犯が戻ってきたみたい」


 警戒心を研いだまま皮肉まじりに吐き捨てるデビルーナの横で、近づいてくる人影を見たクラウディアは何かに気づくように吐息のような小さな声をこぼす。


 ローブで顔を隠した男。デビルーナの言葉を信じるなら彼が自分たちを「誘拐」した人物らしいが……。

 見覚えのある背格好と寡黙な雰囲気。

 何より困惑したのは、ローブの隙間から見えた長剣が()()()()()()()()()()()()だったことだ。


「……予定より早いが、まあいいだろう。いずれはやらねばならないことだ」


 クラウディアが言葉に詰まっている間に男がひとりごち、胸元のローブ生地に手をかける。

 姿を隠すものが取り払われた後、その場に佇む人物を見てクラウディアの脳内はさらに混乱を極めた。


「——ロイドお兄さま……⁉︎」

「は? 『お兄さま』?」


 驚愕の声を上げたクラウディアと、聖騎士の制服に身を包んだ目の前の男——ロイドへ交互に視線を向けたデビルーナの顔が戸惑いの色に染まる。


「どういうこと? アンタらグルだったの?」

「なんのことですの? ——それよりお兄さま、どうしてこんなところに? お仕事はどうしたんですの?」

「腹痛につき休養をとる……と報告している。俗に言う、仮病だな」

「えっ、なんでお兄さまも……。ま、まあそんなことはどうだっていいですわ! わたくしたちを助けに来てくれたんですのね!」


 信頼のおける相手を前にして笑顔を咲かせるクラウディアだったが、その横で依然渋い表情をしていたデビルーナが苛立ちを露わにするように唇を尖らせた。


「なに呑気なこと言ってんの。コイツなんだよ、あたしたちを襲ってこんなカビ臭い部屋に押し込んだ犯人!」

「デタラメを言わないでくださる⁉ ロイドお兄さまがそんなことするわけ……!」

「その魔術師が言っていることは本当だ」

「……へ…………?」


 抑揚のない、淡々とした調子でロイドが言い放った言葉に対し、クラウディアは間の抜けた表情で応答した。

 ロイドの顔は蝋人形のように固定されたまま。

 硬直する妹を一瞥しつつ、彼はデビルーナのほうへ体を向けた。


「先に確認しておこう。三等星級魔術師の……デビルーナ=ナイトゴーン、で間違いないな?」

「人違いで〜す」

「言動には気をつけることだ。魔術師がひとりこの場で消えたところで、この世界は毛ほども揺らぎはしない」


 一切の躊躇いがない挙動で腰の長剣を引き抜くロイド。

 感情の読めない淡白な面持ちは間違いなくクラウディアの知る彼のもの。だからこそ、罪人でもない人間に聖騎士の剣を突きつけるその行動を現実だと捉えることができなかった。


「説明してください……お兄さま!」

「構わないが、なにが知りたい? お前たちをここに連れてきた理由か? それとも顕現型の魔物を迷宮型と偽って依頼を出した理由か?」

「な……」


 予想もしていなかった話がロイドの口から飛び出し、クラウディアは再び言葉を失った。


 兄は……ロイドは生真面目で聖騎士の職務に忠実な人だ。

 どんな理由があろうと罪のない者に剣を向けることはあり得ない。

 幼い頃にクラウディアと向き合ってくれた彼は、不器用ではあるがそれ以上に理性にあふれた人間だと思っていたのに。


「どういう……ことですの?」

「お前と友人が受注した依頼は俺が出したものだ。……ああ、依頼人の名前は偽装していたから、気づかないのも当然か」

「なんのためにそんなことを……」


 ロイドが言っていることが事実なら、彼が情報を偽ったことで事前に想定していた以上に手強い魔物が出現し、そのせいで依頼へ臨んだ多くの聖騎士と魔術師が命を落としたことになる。

 ……どうして、そんなことを?

 そもそもロイドがそのような愚行を犯す動機が、クラウディアにはわからなかった。


 たじろぐクラウディアを横目に、ロイドは傍らで蠢く黒い泥を見やる。


「邪神サドゴワラの持つ『吸収』の魔術……この魔物はそれと同じ力を秘めている。一年前、俺は別任務でこの街を訪れたときにコイツを発見した。魔術師の協力者に依頼し、俺の指示には従うよう調教してある」


 サドゴワラの遺物から生まれた顕現型の魔物。

 その不定形な肉体はクラウディアとキャロルが地上で遭遇したものと酷似している。おそらくはあの個体の大本になった本体。


「この魔物は生物、無生物、魔術による攻撃……あらゆるものの魔力を取り込む術を備えている。コイツの力があれば、俺たちクルトルフの理想を実現することも夢ではない」

「クルトルフの理想……?」

()()()()()()()()()()()()という、大業だ」


 ロイドの口から語られたことに耳を傾けていたデビルーナが、嘲笑まじりの顔で「ハッ」と割り込んだ。


「どんなお笑い種が出てくるかと思ったら、アンタ正気? いや正気なわけないか。これまで会った聖騎士のなかでとびっきりぶっ飛んでるよ」

「貴様がどう思おうが俺のやることは変わらない。すべて、どうでもいい」


 相変わらず冷たい表情のまま、ロイドはなにも言えずにいるクラウディアへ視線を流す。


「魔物、迷宮、魔力、魔術……邪神を根源とするものは全てこの世にあってはならない存在だ。人の世界を揺るがし、脅かすものだ。魔力を持たない人間として、数少ない選ばれた民として、クルトルフの者にはこれらを駆逐する使命がある。————その理想のために、俺はこの魔物に()を与え続け力を増幅させた」

「そんな理屈……! 勝手すぎますわ!」


 声を震わせながら、クラウディアは兄へと踏み出す。


「そんなことで大勢の人たちを見殺しにしたと言うんですの⁉︎ お仲間である聖騎士の方まで!」

「……そんなこと、だと?」


 怒りを露わにするようにロイドの眉がわずかに歪む。

 彼が初めて見せた感情の揺らぎだった。


「魔力なんてものがなければ————俺たちの母さんが死ぬこともなかったんだぞ」


 発せられたその声音にも、明確な憤りが宿っていた。

 思いがけない言葉にクラウディアは当惑した。


「母さんは優しく聡明な人だった。邪神なんてものを信仰するクズどものせいで、迷宮に巻き込まれて……。あんな死に方をするべき人じゃなかった。母さんはあんなことで死んでいい人間じゃなかったんだ」

「それは、でも……でも、お兄さま……!」

「邪神と……その遺物に宿った魔力から生まれる魔物、そして迷宮。すべて消し去ってしまえば、同じ悲劇はもう起こらない。皆が魔力から解放されるなら、それが一番いいはずだ。人間同士の確執だって無くなるかもしれない」

「盛り上がってるとこ申し訳ないけどさ、そりゃ無理だよ騎士サマ」


 うんざりした様子でそう言ったデビルーナは、また緊張感なく足を組みながら続けた。


「邪神の遺物から生まれる眷属——まあ魔物ね、アイツらに備わってる魔術は完璧じゃない。あくまでオリジナルである邪神の力の一端を引き出しているに過ぎない。そこのドロドロしたやつもね、魔力を吸収することはできるだろうけど……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「魔力を扱える」というのはすなわち「魔力を蓄える体質である」ことを意味する。

 血液のように、消費されれば新たに作られる魔力というエネルギーはいわば身体機能のひとつだ。

 使えばその分同じ総量の魔力が体内で生成され、蓄えられる。この世に存在する九割の人間は、皆そのようにできている。

 そう、魔力とは消費されれば新たに補填されるものなのだ。


「一時的にその人間の魔力を吸収しても、時間が経てばまた魔力は体内で作られる。アンタが言ってるバカな空論……ププッ、ああごめん『理想』だっけ。それを実現したいなら、魔力を蓄える機能を人間から消し去るような、人体構造そのものを作り変える力が必要になる。そこんとこ、わかってんの?」

「本来吸収魔術は形あるもの、概念的なもの問わずあらゆるものを取り込む力だ。魔物に人間を食わせ成長させれば、身体機能ですら取り込む怪物が生まれる可能性は十分にある」

「ああ、そのための生贄か。気が遠くなる話だねそりゃ」

「無論、懸念点があることは否定しない。だが『吸収』魔術はサブプラン。俺のメインプランは、貴様が持つ魔術のほうだ」

「ハァ? …………あっ」


 大袈裟に首を曲げていたデビルーナの瞳孔が開く。

 ロイドのもうひとつの狙いを察するのに時間はかからなかった。


「街で起きた迷宮騒ぎの一件で、貴様のライセンス情報は確認済みだ。ケイオス——生物の姿形を変える力を秘めたその邪神の遺物は、世界的に見ても発見された記録が少ない。貴様の持つその『変身』魔術は、極めて稀少なものだ」


 抜き身の剣を手に下げながら、ロイドはゆっくりとデビルーナとの距離を詰めていく。


「貴様の言うとおり、この魔物が邪神サドゴワラと同じく身体機能までをも『吸収』できるようになるまでには途方もない時間が必要になるだろう。だが貴様の持つ『変身』魔術であれば、手っ取り早く人を『魔力のない体』に作り変えることはできるはずだ」


 デビルーナの目の前までやってきたロイドは、威圧するような眼差しを彼女へ注ぎながら言い放った。


「手を貸してもらうぞ、デビルーナ=ナイトゴーン。お前の魔術は、クルトルフの理想を実現するために必要な部品(パーツ)だ」

「……期待を裏切るようで申し訳ないけど、そんなのあたしだって無理だよ。魔術はイメージしたことしか実現できないし、あたしは人の体を改造するなんて悪趣味なことをした経験もない。そしてあたしは『魔力のない世界』なんてものは望んじゃいない」


 からかうように笑うデビルーナだったが、その声にはいつも口にしている軽口とはかけ離れた感情が宿っていた。


「人間は魔力を持った生き物だ。もうとっくに世界はそうやって回ってるんだよ。アンタは叶いもしない子どもじみた夢物語のために無駄な時間を費やして無駄に人を死なせたクソマヌケ野郎だ。そんなヤツに付き従ってやる義理なんか、微塵もないね。あとアンタの顔タイプじゃないし」

「そうか」


 剣を握る手に力が込められる。


「では頷く気になるまで躾けてやろう」


 命を裂く刃がデビルーナに向けられる。

 その緊迫に待ったをかけたのは、先ほどまで狼狽え縮こまっていた少女だった。


「いい加減にしてくださいッ!」


 大股で歩いたクラウディアが、デビルーナを庇うようにしてロイドの前に立つ。


「どけ、クラウディア」

「お兄さまは一体どうしてしまったんですの⁉︎ 魔力を消し去るって…………どんなに立派で、大層な理由があったって……大勢の人を巻き込んで、あまつさえその命を奪うようなことがあっていいはずがないと、お兄さまならお分かりのはずでしょう⁉︎」

「必要な犠牲だと言っている。……お前こそわかっているはずだ。魔力はこの世の異物。人を傷つけることしかできない力など、世界からなくなったほうがいいと」

「ですがこの場で人を殺めたことがあるのは、お兄さまただひとりです」


 素性を知らないデビルーナがいる場でこうもキッパリとそう口走れるのは、クラウディア自身、そうであることが当たり前だと信じているからなのか。

 突きつけられている切っ先へ向かうように、クラウディアが踏み出す。


「確かに魔力がなければ、お母さまは死なずに済んだかもしれませんわ。だけどそれは……遺物を使って迷宮を解放した、首謀者の邪神教徒がいけないというだけの話でしょう⁉︎」

「……ちがうクラウディア、俺は…………」

「この世に魔力があろうとなかろうと、悪意を持って害をなすのはいつも人の意思ですわ。……そしていま、お兄さまも同じ過ちを犯している」

「過ちなどではない。もちろん悪意などでも。……俺たちが生きるこの世界を正すために必要なことだ。魔を断つ聖騎士のあるべき姿なんだ」

「違いますわ! 違います、違います、違います、違いますわーーーーッ‼︎」


 感情に任せて叫んだクラウディアが闘志ゆらめく眼で兄を貫く。


「わたくしが聖騎士を目指そうと思ったのは、わたくしに宿るこの力を肯定してくれた親友のため。そして……わたくしを気にかけてくれた、兄の背中を追うためですわ!」


 当初クラウディア自身の心には「聖騎士になる」なんて願望は存在しなかった。争い事は嫌いだし、常に命の危機が付きまとう職務に就くなんてまっぴら御免だ。

 それでもクラウディアがそうなりたいと願ったのは、彼女を取り巻く大切な人たちの想いに報いたいと考えたからなのだろう。

 親友の言葉と兄の背中が、ずっと思い出に残っていたからなのだろう。


「聖騎士は人々を守り、人の生きる世界を守るもの! 孤独な者に寄り添い、支えとなってくれるような人を言うのですわ! あの頃わたくしと向き合ってくれたお兄さまのように!」

「…………クラウディア」

「……そうでないと言うのなら、わたくしは————!」


 捲し立てながら自分の腰にある剣を抜いたクラウディアは、もう一方の手で刃の側面を押さえると、


「聖騎士なんて————辞めてやりますわ‼︎‼︎」


 魔力で強化した膝で、それを叩き折った。


「なっ……」

「わたくしの憧れを他でもないお兄さまが否定するのでしたら、わたくしはもう聖騎士なんて目指しませんわ! わたくしはわたくしが誇りを持てる…………新たな指針を見つけてやりますの!」


 そう啖呵をきるクラウディアを見て、「ぷっ」と堪えきれなかった愉快な感情がデビルーナから漏れる。


「ウハハハハハ! い〜い威勢だ。妹ちゃんにフラれたみたいだね〜騎士サマ?」

「……それがお前の決断だと言うのなら、仕方がない」


 奥歯を噛んだロイドが剣を眼前で構え、刀身越しにふたりの少女を見据える。


「どのみちいつかは話さなくてはならないことだった。……未解決依頼はデビルーナ=ナイトゴーンを首謀者とする魔術師集団の仕業だった。この場を制圧した後、そう報告を上げておこう」

「卑怯ですわ!」

「魔術師のツラいところだわ」

「安心しろ。極刑は免れるよう、便宜くらいは図ってやる。が、その前に…………ほどほどに痛めつけておくとしよう」


 姿勢を低くしたロイドが掲げていた長剣を背中へ回す。


「臨界、絶技」


 うわ言のようにロイドが呟いた瞬間、周囲の空気が一層張り詰めていくのがわかった。

 一か八か、デビルーナは最高速度で全身に魔力を走らせて体を拘束している鎖を引きちぎろうとする。

 しかしやはり無形の魔物がデビルーナの魔力が起きるのを感知するほうが早かった。


 鎖を破壊することには成功するが、反撃に出る前に不規則に捻じ曲がった泥の槍がデビルーナの胴を穿とうと迫る。

 間に合わない。瞬きする間もなく刺し貫かれる。


 だがそう確信した矢先、音速に近い速度を帯びていたその一撃は、それをさらに超越した速さで繰り出された爆撃によって一瞬で無へと還った。


「いいっ⁉︎」

「うわっ⁉︎」

「……いまの魔術は」


 炸裂した衝撃波によって爆散したのはその攻撃だけではなかった。

 ロイドの隣で脈打っていた魔物本体もまた、この数秒の間にわずかな液状の肉片を残し消滅しており、あとには遺物らしき黒い固形のものが転がっているのみ。


 誰かが時間を止めている間に凄まじい火力の一撃を叩き込んだ。

 そんな印象を覚える光景だった。


「————クハッ、ハハハッ、アハハハハハハハハハハハハハ‼︎‼︎」


 透き通った笑い声のなかに混ざる異物感。

 いつの間にか出入り口付近に佇んでいた白い人影は、ゆったりとした足運びで三人のもとまで歩み寄ってきた。


「聖騎士辞めるって……クヒッ、フフフッ! 最高だよ、クーちゃん……!」

「————キャロルさん!」


 けたけたと状況に似つかわしくない、腹部を押さえて無邪気な笑い声を響かせながら出てきた少女——キャロル=ベルスーズが黒い肉片を踏み潰しながらクラウディアとデビルーナのそばで立ち止まった。

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