11.未解決依頼と策略
「すみません、一発でドカンと稼げる迷宮案件ってないですか?」
クラウディアの部屋に泊めてもらった翌日。
キャロルは朝一番で魔術連合の役所へ足を運ぶと、手軽に高額な報酬金がもらえる依頼を求めてカウンター前にやってきていた。
瞠目した受付嬢が困り笑顔で対応してくる。
「ええと……お嬢さん等級は?」
「五等星級で登録していますが、難易度は気にしなくても大丈夫です。一度で簡単に、ドカンと大金を稼げるものを紹介して欲しいです」
「は、はあ……。少々お待ちを」
どこか不審な人物を観察するような目をキャロルに向けた後、受付嬢はカウンターの奥へと消えていった。
よく見たらキャロルがライセンスを取得したときに対応してくれたのと同じヒトである。
数日も経たないうちに「難易度は気にせず大金が狙える依頼をくれ」なんて言われれば訝しまれてもしかたないが。
「ねえキャロルさん、やっぱりやめたほうがいいですわ……」
背後に控えていたクラウディアが不安げに声を振るわせながらキャロルの肩をつつく。
「クーちゃん、仕事はどうしたの?」
「今日はお腹が痛いのでお休みにしましたわ」
「えっ? 体調、悪そうには見えないけど……」
「ええ、仮病ですので」
「………………」
「——だっ、だって! キャロルさんがひとりで迷宮へ潜るなんて言い出すものですから、わたくしとっても心配で……!」
身も蓋もない返答に言葉を失ったキャロルに対し、誰に言い訳しているつもりなのかクラウディアは慌てた様子でそう言い直した。
民間人、公人問わず魔術師へ依頼された仕事は一度魔術連合に集まり、魔術師は連合を仲介としてそれらを受注することができる。
名の知れた魔術師は個人の事務所を構えたりもするが、これは相当な実績を上げなければ国の認可を得ることは難しい。
魔術連合は基本的に政府には属さない独立した組織だが、報酬金の財源だけは国から供給されており、依頼をこなした魔術師はその難易度ごとあらかじめ提示されていた金額を受け取ることができる仕組みだ。
「クーちゃんって……もしかして案外不真面目?」
「そ、そんなことはありませんわ……。ただ今は、キャロルさんを支えることが何より優先されるべきことですので」
「まあ止めはしないけど」
「——お待たせしました。現在高額な報酬金が設定されているのはこちらになります」
前へ向き直り、キャロルは奥から帰ってきた受付嬢がカウンターに並べた書類の束を手に取って眺めた。
魔術師の仕事は多岐にわたるが、最も多く最も危険とされるのが迷宮関連の依頼である。
必然的に魔物と交戦することになる迷宮を聖騎士だけで攻略することはかなり難しく、基本的には騎士団の人間は魔術連合を仲介して外部から魔術師を雇って攻略隊を編成する。
そしてそれは、連合が認めさえすれば魔術師が単独でこなすことも可能だ。
「——この依頼、受けたいです」
おもむろに書類をめくっていたキャロルはふと一枚の受注書を抜き取ると、それを受付嬢に見えるようにカウンターへ滑らせた。
その内容は「未解決迷宮の攻略」。一年ほど前から発生が確認されていながら、今日に至るまで攻略されていない迷宮の依頼だった。
選んだ理由はいちばん金額が高かったから。
「……過去この依頼は複数の聖騎士と三等星級の魔術師が派遣されましたが、いずれも失敗に終わっています」
「そうですか」
「生還した者はひとりもいません」
「そうなんですね」
警告を伝えた受付嬢の表情が疑念に歪む。
魔術連合で働いている以上彼女も魔術師か、あるいはその関係者なのだろう。風変わりなうえに話を聞かないのが魔術師という生き物であることは把握している。
キャロルもその手合いであることを察した受付嬢は、目を伏せながら「承知しました」とだけ返すと、受注完了の印となる判子を書類に押した。
「キャロルさん、今からでもやめたほうがいいですわ。しばらくはわたくしの部屋をお貸ししますし、お金が必要ならわたくしが……」
「気持ちは嬉しいけど必要ないよ。どんなものであれ、迷宮の攻略程度にわたしが手こずるわけないんだから」
魔術連合で依頼を受注したキャロルとクラウディアは王都を離れると、攻略対象である迷宮があるというゴーストタウンを目指して馬車に揺られていた。
魔物には以前キャロルが倒したような「迷宮型」と、迷宮を発生させずに現実世界に直接姿を現す「顕現型」が確認されている。
「迷宮型」の場合迷宮を構成すること自体に多くの魔力が回されるが、「顕現型」ではそれらのリソースが本体にすべて集中している分、後者のほうが個体としては強力に生まれることが多い。
派遣先である街もかつて「顕現型」の出現によって壊滅したとされている。
だが今回の依頼はそれとは無関係。あくまで一年前に発生した迷宮の攻略がキャロルの仕事だ。
警戒する要素はなにひとつない。
「それにしても妙ですわね。一年間も未解決の迷宮なんて、アコルドに攻略任務が舞い込んできてもおかしくありませんけれど……」
「べつに不思議ではないんじゃないかな。魔物と戦う人材は常に人手不足って聞くし、発生した場所も……もうヒトが住んでいない地域だし。後回しにされ続けるのも頷けるよ」
迷宮は遺物があった場所を中心として構築される異空間。
一度展開されれば移動することはないし、内部に入る以外で外部から干渉する手段もない。
それゆえに人間の生活圏外に発生した迷宮は、明確に犠牲者の存在が確認されなかった場合放置される傾向にある。
そういった迷宮は報酬も微々たるものであるケースが多いのだが、今回の依頼に関しては攻略に向かった人間が立て続けに行方不明になるにつれて報酬金も底上げされていったようだ。
よく魔術師が向かう依頼の平均報酬と比較して、大雑把にみて三倍の額はある。
「この依頼をこなせば、しばらく食べるに困らないだろうし……もっと田舎のほうでなら、家だって買えちゃうかもね」
「なんだか、楽しそうですわね……キャロルさん」
「それはそうだよ。わたし、今すごく自由って感じがするから」
ベルスーズ家に留まることを選択していたら確実に訪れなかったであろう、魔術師としての日々。
聖騎士であることを強要される未来よりも、先の見えない波乱の日々に身を置くことができている現在の環境は、キャロルにとってこの上なく楽しいものだった。
「自由……」
にんまりとした笑みを浮かべるキャロルの横で、クラウディアは溶けてしまうように心許ない声音をこぼした。
馬車を降りてさらに徒歩でしばらく移動すると、目的地の廃墟が見えてきた。
距離にして二十キルーほど。王都からそう離れてはいなかった。
「人の住んでいない地域なのに、建物がたくさんあるのは……なんだか不思議な感じですわね」
「おかしい」
「え?」
辺りを見渡しながら歩いていたクラウディアは、不意にキャロルが漏らした疑念の声に立ち止まった。
半壊した建造物が並んでいる街のなかには、当然ヒトの気配はない。
それだけなら気にすることはなかったが……キャロルの目には、また別の異常が見えていた。
「……迷宮なんて、どこにもない」
なにかを疑うように半目になったキャロルの横顔を見て、クラウディアにもつられて不安のモヤがかかった。
「えっと……どういうことですの?」
「迷宮って、大きな空間が丸ごと違うものに置き換わっちゃうものなんだけど……それくらいの変化が起きれば、その周囲に大量の魔力が漂うことになるの。それこそ、魔力の流れだけで位置が特定できちゃうくらい」
「でも」と区切ったキャロルが、目を泳がせた後、改めて口をひらく。
「この街にはそれほど大きな魔力の流れが感じられない。……少なくとも、迷宮が開いてるなんてことは……ないと思う」
「では依頼内容に不備が……?」
「これまで帰還した人がいないんだったら、それもあり得るかも」
魔力の探知は続けながらキャロルは歩き出す。
未解決と聞いて思い浮かべていたのは単純に強力な魔物に聖騎士や魔術師が返り討ちにあっているというイメージだったが、想定よりも複雑な裏があるのかもしれない。
ともあれ失踪者が出ている以上、人間を襲う存在が潜伏している可能性は高いのだ。
それが魔物であれ魔術師であれ、最終的にキャロルへ牙を剥いてくるというのなら、その瞬間を狙って仕留めればいい話だ。
慌てて後ろをついてくるクラウディアの足音が鈍く反響している。
かつては噴水広場だったと思われる場所に足を踏み入れたキャロルは、途端に魔力を起こして全身へとそれを伝播させた。
「————小賢しい真似をするな」
「へ?」
瞬間、ふたりが立っていた足元に巨大な亀裂が走る。
地盤を貫き飛び出してきたのは黒い巨人の腕だった。
驚愕で意識が飛びかけているクラウディアを抱えながら後退しつつ、キャロルは地面を突き破って姿を現した標的を見上げる。
「無形の怪物…………サドゴワラの眷属か」
黒い泥のような液状の体で構成された四肢に、両生類や爬虫類に近しい顔。
邪神大戦時にゾアが手ずから葬った一柱——邪神サドゴワラの遺物によって生まれた魔物だった。
「……クーちゃん、クーちゃん、大丈夫?」
「あっ、すみませ、わたくし、腰が抜けてしまって……」
「……クーちゃん、優秀だからアコルドで職業体験してるんだよね?」
「じっ、実際に魔物と戦ったことは、まだ一度も——ああっ、きますわキャロルさん!」
血の気が引いた顔で固まっているクラウディアを抱えながら、振り下ろされた巨腕を回避する。
追撃されるよりも先に、空中で身を翻したキャロルは魔力を集中させた右脚を振るって豪速の魔力刃を疾駆させた。
だがしかし、飛ばした刃は巨人の体に到達してすぐに取り込まれるように消失してしまう。底なし沼に落としたナイフのようにキャロルの攻撃が無効化された。
(飲み込まれたか)
依然しがみついてくるクラウディアを抱きかかえながら、キャロルは続く追撃を避けつつ攻略の糸口を探した。
サドゴワラは魔力を「吸収」する魔術を持っていた。その眷属である魔物もまた同じ魔術を行使できるだろう。
魔術はもちろん、魔力で強化された物理攻撃もヤツにとっては普通の人間の非力な抵抗に成り下がる。魔力が絡むあらゆる攻撃がヤツには通用しない。
「迷宮もなしに、ということは通常より危険な……!顕現型の魔物ですの〜⁉︎」
「そうみたいだね。……でもそれだけで、ひとりも残さずに聖騎士と魔術師の討伐隊を返り討ちにすることなんかできるのかな」
「いいっ……⁉︎ キャロルさん後ろ————!」
クラウディアを地面に下ろした隙を狙って、巨人が鉄槌を叩きつけるようにして拳を下ろしてきた。
無防備なキャロルの背に暴力を体現した特大の打撃が迫る。
だが次の瞬間、瞳を煌めかせたキャロルは風を切るような速度で雷のごとき鋭い回転蹴りを解き放った。
「■■■■——————‼︎」
空間が破裂する爆音とともに威圧感を漂わせていたはずの巨人の腕がゼリーのようにあっけなく吹き飛ばされ、周囲に黒い泥を撒き散らす。
この魔物には魔力による攻撃が通用しない————だがキャロルの持つ「石化」の魔術を応用すれば突破は可能だった。
停止させた空間の破壊はともかく、その直後に引き起こされる修正力による反動はあくまで世界法則による自然現象。
魔力が絡まない攻撃である以上、その揺り戻しによる衝撃波は「吸収」の魔術では防ぐことはできない。
「——————」
怯んだ隙を逃さず、キャロルは巨人の頭部から胴体にかけての空間を「石化」させ、先ほどと同様虚空を蹴りそこへ飛翔する刃と化した魔力の塊を連続で衝突させていく。
流星群の墜落を思わせる爆音と衝撃が炸裂した。
これ以上反撃する暇は与えない。
有無を言わさず叩き込まれる空間爆砕の波に対し、黒い巨人はなすすべなく全身を破壊されていった。
「…………あれ」
巨人の体が完膚なきまでに消滅するまで念入りに砕いた後、キャロルはひとつの違和感に気づいた。
ヤツの肉体が霧散していくなか、その中心で核となっていたはずの邪神の遺物が見当たらない。
巨体が粉砕された跡へと一歩踏み出したキャロルがクレーターを覗き込んでみるも、やはりそれらしき気配も感じ取れなかった。
「クーちゃ〜ん、大丈夫?」
不可解な点はあるがひとまず標的を仕留めたことを確認したキャロルは、クラウディアを下ろしたところまで小走りで戻る。
巨人が奇襲をかけてきた際に気を失ったのか、目を回しながら完全に伸びているクラウディアを指先でつつきながらキャロルは思考を巡らせた。
倒した巨人からは遺物は回収できなかった。だが遺物なしで魔物が出現することは絶対にあり得ない。
おそらく先ほどの個体は魔物から派生して生まれた分身のようなもの。
どこかに本体となる存在がいるはず。
(確かに強力な魔物だったけど…………過去この依頼が達成されなかった原因はたぶん別にある)
本体の魔物がいるとして、迷宮が発生していない今の状況から考えられるのはやはり「顕現型」だが……街の外に出ずに外部からやってきた魔術師や聖騎士を葬るだけに留まっていることも気になる。
————街に留まるよう指令を下した第三者が存在する?
腕を組みながらうんうんと唸るキャロル。
もう少しでなにかが思いつきそうだというところで、彼女の上空から「答え」となるものが飛来した。
「……!」
落下してきたのは体を丸め、剣の切っ先を地面へ構えた人影。体格からして男である。
対するキャロルは以前アトラの遺物を取り込んだ影響で行使できるようになった魔力の糸を両手の五指から放ち、網目状の盾とすることで剣による刺突を受け止めた。
「————あなたが首謀者かな」
火花が吹き散るなか、ローブで全身を覆った男を捉えてキャロルは些事を尋ねるように問いかける。
当然だが元から言葉を交わすつもりはなかったのか、男は自らその場を離脱して距離をとると、長剣を背負うようにして腰を低く構え即座に臨戦態勢となった。
「臨界絶技」
男が発した呪文のような言葉を耳にしたキャロルは異様な空気の変化を肌で感じ取り、考えるよりも先に「石化」による時間停止を、半径五十メルーほどの空間にしぼって発動させる。
タイミングは……ぎりぎり間に合う。男の動きは空間とともに停止した。
彼がなにをしようとしたのかはわからなかったが、確実にキャロルが——そして邪神ゾアも知らない何かを繰り出そうとしていることだけは理解できた。
キャロルが時間を止めた領域内に着地していた男は剣を背負うようにして腰を低く構えながら凍りついている。
こちらの把握していない攻撃手段を持っていようとも、それを放つ前に時間を止めてしまえばどうということはない。
構えを解いたキャロルが止まっている男へと歩み出すと、
「あれっ?」
刹那、どこからともなく飛んできた斬撃がキャロルの脇腹で炸裂した。
いや、正確には飛んできたのではなく、次の瞬間にはキャロルの体に斬撃が発生していた。
反射的に魔力で全身を固めていたので数メルー後退させられる程度で済んだが、わずかでも防御のタイミングが遅れていれば腰のあたりで体が両断されていただろう。
魔力をまったく感じなかった。魔力を用いた攻撃ではない。
目の前にいる男は、何らかの手段を用いて魔力を使うことなく「飛ぶ斬撃」を作り出したのだ。
そんなまさか——という固定観念は一旦頭の隅に置いておき、起きた事実だけを受け入れたキャロルはすぐに奇怪な剣技を見せた男のほうへ向き直る。
(魔力の有無もそうだけど、それ以上に信じられないのは……)
空間ごと動きを止められていたはずの男が、なぜか予備動作なしで斬撃を放つことができた。その事実のほうがよっぽどキャロルの興味を引いた。
「あっ……」
キャロルの意識が逸れた一瞬の隙を突き、ローブの男は倒れていたクラウディアを脇に抱えると、信じられない脚力を発揮してほとんど飛翔するような勢いで空へと跳躍した。
止めようにも高速移動していることで「石化」の照準が定まらない。
そのまま廃墟の屋根を伝いながら、ヤツは遠方へと姿をくらませてしまった。
遅れて気がついたが、剣技どころか男の体のどこからも魔力が一切感じられなかった。
だがたった今見せた跳躍力は魔力による強化なしでは不可能だ。
「……どうなってんの」
立て続けに起きた意味のわからない現象に首を傾げながら、キャロルは男が逃走した方向へと駆け出した。




