当日
この小説は、フィクションです。
実際の個人、団体、事件等とは一切関係がありません。
これらは全て、作者の想像によるものです。
その日、三西永治は終日家から一歩も出ずに、自宅パソコンでの創作行為に没頭していた。
机の上に置かれた、古びたノートパソコンの周りには、空になった缶コーヒーが4つ。BGM代わりに付けっぱなしにしているテレビでは、今猛威を振るっているインフルエンザの特集をやっていてた。しかし先月の年越し前に発症し、既に完治していた永治には無縁の情報で、この番組がやっていると言うことは今は二十二時か、と思うのみである。
彼が下宿をしているアパートは、築三年で比較的新しいはずだが、機械の誤作動なのか、それとも酔った住民の誰かが押したのか、先ほどから鳴り響いている警報のベルに呼応するように、窓がかたかたと震えていた。
その不快な音に顔をしかめつつも、彼は純白のワード画面を、10.5の明朝体で汚していく。珍しく、自身が慣れ親しんだ掌編以外を書こうと思い立ったのだが、どうも上手く文が進まない。フラグメントの管理や、登場人物の心の動き、そう言ったものを考えるのは不得意なのだ。結果、自分が読み込んだ冒険小説とは似ても似つかない、ギクシャクとした文章に自身の文才のなさを改めて感じた永治である。
自分が部長を務めている文芸部の誰かに教授を仰ごうかとも思うが、どうにも最近の奴らはライトノベルばかりを好む傾向があって、素直に教えを斯う気にはなれない。太宰も芥川も貶すような人間に、良い文章が書けるわけがない、それが永治の持論である。
――そう言えば一人、居た。
永治は自分の一つ下の後輩、ライトノベルも読むが、一番好きな作品は斜陽であると言っていた男を思い出した。まだ、自分たちの作った機関誌に作品を寄稿したことはないものの、何時だったかの折りに読んだ奴の長編作品は素晴らしかった。教育学部に籍を置く、杉谷という男だ。
杉谷は文学青年という割には、がたいの良い身体をしていて、聞いてみると高校までは柔道をしていたらしい。将来の夢は教員であるらしいが、なるほどと永治はそれに納得している。杉谷は文武両道の好青年である上に、中々に人とのつきあい方を熟知していて、誰とでも親しくなれる人間だった。実際、奇人変人の集まりであるサークルの中で、その全員と親交を結んでいるのは彼ぐらいのものだ。永治自身も、杉谷のことは可愛い後輩として快く思っていた。
永治は、自身のスライド式携帯を取り出すと、杉谷のアドレスを開いてメールを送る。
『長編小説書こうと思うんだけど、なんか上手くいかないんだよね。
今度コツ教えてくれんかな?(・w・|』
そう言う文面を杉谷の携帯に送ると、永治は執筆を中断することにした。
筆が乗らない時に書き進めても仕方がない。そう思ったからだ。
彼はワード文章を保存すると、テレビとパソコン両方の電源を落とし、自身も寝床の中に潜り込んだ。
一日中画面とにらみ合っていたせいか、目が重い。不快なベルの音はまだ聞こえるが、直ぐに寝入ることが出来そうだ。
実際、彼は目を閉じてから数分で寝息を立てることになる。
アパートの非常ベルは、結局夜も更けた深夜の三時頃まで鳴りやむことはなかった。
赤ちゃんダストがラノベなので、文学ぽいのを一つ。
別種の作品を同時進行すると、相互効果でどちらの執筆速度も上がらないかなぁという浅はかな試みです。
どうかお付き合い下さいませ。
それではご意見ご感想等よろしくお願いいたします。