表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/8

第3章

 心身ともに、とっくの昔に限界を突破していた。

 完璧主義の生徒会長に一日の全てを管理され、異常に馴々しい転校生に集団での食事を強要され、存在しない記憶を持つ自称幼馴染に腕を破壊されかける。


 なんなんだ、このクソゲーは。

 俺が望んだ理想のハーレムは、もっとこう……プレイヤーに優しくて、心温まる選択肢に満ち溢れたやつだったはずだ!


 よろよろとゾンビのような足取りで校門までたどり着くと、そこにはまたしても、俺を待ち受ける人影が。

 夕闇に縁取られた、美しい金髪の縦ロール。

 まるで中世の貴婦人のように、豪華なドレス然とした制服を着こなしている。


 大財閥の令嬢、白石凛しらいしりんが、感情の読めない無表情で俺を待っていた。


「お待ちしておりました、影山拓海様」

「え、また俺? もう勘弁してくれよ……」

「あなたを待つ時間に、苦痛などございません。それよりも、本日のあなたの活動費用です。どうぞ、お受け取りください」


 そう言って、凛は一枚の紙を、まるで執事が手紙を渡すかのように、スッと差し出してきた。

 それは、ニュースやドラマでしか見たことのない、『小切手』という名の魔法の紙だった。

 書かれているゼロの数を、俺は思わず二度見、三度見した。


「は? なにこれ? いち、じゅう、ひゃく、せん、まん……いっせんまんえん!?」

「はい。何か計算が合いませんでしたか?」

「合う合わないの問題じゃない! 不足っていうか、過剰供給にも程があるだろ! なんで俺なんかに一千万もくれるんだよ!?」

「あなたの貴重な時間を、私が購入したのです。これであなたは、他の不純で非生産的な存在に煩わされることなく、私との有意義な時間を過ごすことが可能になります。これは正当な契約です。当然の対価をお支払いしたに過ぎません」


 淡々と、しかし有無を言わせぬ絶対的な口調。

 彼女の辞書に、「遠慮」や「常識」という言葉は存在しないらしい。

 このままだと俺の人生そのものに値札が貼られ、オークションにかけられてしまいそうだ。


「いや、気持ちだけ受け取っておく!」


 俺は人生で一番の丁重さで(つまりは全力でビビりながら)その申し出を断り、脱兎のごとくその場を後にした。


 運営から割り当てられたらしい、無駄に広い自室に転がり込み、鍵をかけ、ベッドに倒れ込む。

 もう疲れた。今日は色々ありすぎたんだ。


 ふと、窓の外に、誰かの視線を感じて顔を上げる。

 向かいの校舎の、明かりの消えた窓際に、一人の少女が立っていた。


 闇に溶け込むような黒髪ロングに、知的な印象を与える眼鏡。

 物静かな文学少女、月島詩音つきしましおんだ。


 彼女はただ、じっとこちらを見つめている。

 その手には、分厚いノートとペン。何かを猛烈な勢いで書き留めているようだ。


 俺の視線に気づくと、詩音は小さく、しかし丁寧すぎるほど深く会釈して、すっと闇の中に消えていった。


 なんだ……? 今の……。


 不審に思い、恐る恐る窓際に近づくと、窓枠の隙間に、綺麗に折り畳まれた小さなメモが挟まっていた。

 開いてみると、そこには美しい、しかし機械的な文字が並んでいた。


『17:32 影山拓海、窓辺に立つ。呼吸数、平常時より1分間に12回増加。心拍数の上昇を推測』

『17:33 私の存在に気づく。瞳孔が3ミリ開く。驚愕と恐怖の感情を読み取る』

『17:34 困惑の表情。約4.5秒間、硬直。彼の一挙手一投足、全てが愛おしい』


「ひっ……!」


 声にならない悲鳴が喉から漏れた。

 背筋が凍るなんてレベルじゃない。

 全身の血液が、一瞬で氷に変わったかと思った。


 いつの間に? どうやって? この部屋に盗聴器でも仕掛けてあるのか?


 完璧な管理。異常な親愛。物理的な束縛。経済的な支配。

 そして、病的なまでの監視。


 役者は、最悪の形で揃ってしまった。

 聖エリーゼ学園が誇る五人のヒロイン全員による、俺、影山拓海を巡る、巨大な包囲網が、今まさに完成したのだ。


「……まあ、でも……見方を変えれば……これってつまり、俺がめちゃくちゃモテてるってこと、だよな?」


 ガタガタと震える声で、俺は必死に自分に言い聞かせる。


 そうだ、きっとそうだ。これは俺の長年の願いが叶った結果なんだ。

 ちょっとみんな、愛情表現が過激で、ユニークなだけなんだ。

 そう。きっと、たぶん、おそらく。

 

 そうでも思わなければ、この狂ってしまった理想の世界で、明日からの正気を保てそうになかった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ