失敗したから知ったこと
「失敗した……」
卒業後に就職して営業先へと先輩と一緒に赴いた。
今僕は会社の営業部内にいる。
そこで僕はやらかしたことを思い出す。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「先輩のおかげでアポ取れました。ありがとう――」
「アポとってからだからね。営業は」
先輩の力添えもあり僕は先客と会う時間が取れた。
アポはアポイント、つまりは面接。
(そうだよな。契約を結ぶことこそがゴールなんだ)
僕は有頂天になっていた気を引き締める。
そして先輩と先客の会社へ足を踏み入れていく。
☆ ☆ ☆ ☆ ★
「では今回は貴社にお願いするということで」
「ありがとうございます」
先輩のセールストークによって目的を果たす。
僕はいるだけだった。
(相手の対応、先輩の話術、学ぶことは多いなあ)
学校を卒業しても学びは続くとつくづく思う。
「この時期は――」
先方が契約書にサインを終えると雑談が始まった。
「暑かったり寒かったり花粉飛んだり大変ですな」
「じきに夏が来て暑くなりますね」
「そうなると電気代がかかりますな」
セールスチャンスのにおいがする。
(疑問点を明確にできればチャンスありそう)
僕は身を乗り出して先方の話を聞くことにした。
「そうですね。暑いと冷たいの食べたくなりますね」
先輩も相手の話に乗っている。
「どんなのがおすすめかな?」
「うーん……夏野菜ならキュウリやトマトですね」
「キュウリか。あれはほぼ水だろう?」
先方が僕の話に乗ってきた。
「そうですね。だから冷やせば涼が取れるかと」
「冷たくねえ……」
「河童もキュウリで涼をとってるかもですよ」
★ ☆ ☆ ☆ ★
「河童が逆鱗にふれたのかな」
先方が学生時代から河童だったと仮定してみる。
(河童かあ……そんなに似てたかな?)
先方の容貌を思い起こす。
(ってそれは済んだこと!問題はこれから!)
悪い考えが僕の頭によぎる。
(契約破棄されたらどうしよう。会社の損失だよな)
せっかくとれたのにと僕は途方に暮れていく。
(僕の責任重いよな。会社を辞めてお詫びを……)
入社してすぐにやらかしたことに僕自身も戸惑う。
「おーい」
(それだけで済むかな?やはり死んでお詫びを――)
「おーいってば。聞こえてる?」
「あ先輩。おかえりなさい。いつからそこに?」
「ただいま。百面相やりだしたあたりかな」
「契約はどうなりました?ひょっとして流れたとか」
「大丈夫よ。ほら」
先輩は先方のサイン入りの契約書を僕に見せた。
「よかった……」
「どうしたこの世の終わりみたいな顔して」
「主任!お疲れ様です」
ホッとするのもつかの間、主任が来て席と立つ。
「おう。なんかやらかしたと聞いて飛んできたぜ」
先輩の言葉が僕の胸に刺さる。
「この度はお手数かけて――」
「いいってことよ。あと菓子買ってきた。食うか?」
「これって一日限定数個のお菓子!?」
人気商品で幻のお菓子を目の当たりにした。
「ひょっとしてお詫びとして買ったりとか……」
「はっはっは。ならどうしてここにあると思う?」
「あっそうか。考えすぎか」
限定生産で幻のお菓子なら先方は受け取るはず。
ここにあるのは主任の好意なのだろう。
「まあ今回に限ってはどっちもどっちよね」
「ああ。それで先方も理解してくれたよ」
先輩と主任が上手に立ち回ってくれたと僕は悟る。
僕はもう一度深々と頭を下げてお礼を言う。
「ありがとうございます」
「だからいいって。連帯責任なんだから」
「こういうのって自己責任では?」
主任の言葉に僕は疑問を投げかけた。
★ ☆ ☆ ★ ★
「昔はな。『責任は全員で』が我々のモットーだ」
主任の励ましの気持ちが胸に響く。
「仕事を任せたという任命責任もあれば」
「指導や教育の責任を問われることもあるわ」
「責任の裏側は権利だから」
「義務だと思ってました」
僕は素直な気持ちを口にした。
「学生時分はそれでいい。社会に出たら少し変わる」
初めて知ることばかりで聞きながらメモを取る。
(先方はきゅうりが大好きすぎて河童だったのか)
主任の話の中でいろいろ知っていく。
「あれはあまめはぎにしとくのが妥当だったかな」
「もしくは一本だたらですね」
妖怪から優しさを感じ僕は癒やされる。
「思うことをそのまま口にすると痛い目を見ますね」
「うんそうね。わかってくれた?」
「はい。骨身にしみて」
話していると出入り口から気配がした。
「盛り上がってるな」
「なんの話かね」
課長と係長が姿を見せる。
「妖怪の話ですよ」
「課長と係長はなにが好きですか?」
先輩と主任が簡潔に状況を説明した。
「私は塵塚怪王だね」
「そうだな……毛羽毛現かな」
課長と係長がそれぞれ口を開く。
「渋いっすね。牛蒡種とか言われると思ってました」
「お。いける口かね」
主任と係長と課長の妖怪トークが始まった。
「引き出し多いと対応の幅が広がるからね」
ぽかんとしている僕に先輩が話しかける。
「これも営業のテクニックですか?」
「そうよ。まずは相手からの信頼を勝ち取ろうね」
「そういうものですか?」
「主任は簿記の資格持ってるからね」
「相手に合わせるため、ですか?」
僕のいる会社は総合商社でいろいろ売っている。
「そ。相手の土俵で相手にわかる言葉で話すの」
「専門的知識がいる先方に備えるんですね」
「うん。常在戦場、備えよ常にってね」
先輩を話をしてると主任側の話も落ち着いていく。
(紙魚……確か和歌山の妖怪だったかな)
いろんな妖怪の話で盛り上がっていた。
★ ★ ☆ ★ ★
「そうだ。限定の菓子あったんで買ってきました」
「このお菓子好きなんだよね。ありがとう」
課長がお礼を言って席に向かう。
僕はお茶を入れに給湯室に行った。
「なにかあったのかね?」
係長の訝しげな小声が聞こえる。
「地元の限定品の味、教えておこうと思いまして」
主任が上手に切り返す。
「契約が取れた祝いかな?」
「それもありますね」
「ああ。私もISOに入ってた頃に頂きました」
係長が納得した声を出す。
「9001と14001と25001でしたね」
「そう。結局コストがかかるでとりやめたと聞く」
「営業としては剣であり盾だったのに」
「まあまあ。上の決めたことだ」
「ISOと我々のやり方を混ぜようになったから」
先輩を納得させようと主任と係長の声を聞く。
「なにかあったらこれまで通りで頼むよ」
課長の声で空気が引き締まったのを感じる。
「あ!お茶入れてくれた?ありがとね」
たたらを踏んでると先輩が気づいてくれた。
先輩にお盆渡すと先輩は配り始めていく。
★ ★ ★ ★ ★
「えーっと……」
どうしたらいいか状況の理解を試みる。
「なにかあったらまず先輩に聞くといい」
課長の声が僕の耳に届く。
「先輩には荷が重かったら?」
「そんときゃ俺の出番だな」
僕の質問に主任が答える。
「主任には荷が勝る案件なら?」
「その時は私が対応しよう」
係長が胸を張って僕に言う。
「先輩の顔を立てて動いてくれると我々も助かる」
「はい。かしこまりました」
課長がまとめた言葉に僕は言葉を返した
「よし。ならいただくとしようか」
僕たちは机の前のお菓子とお茶に手を合わせる。
(なんか給食を思い出すな)
ボクは卒業した学校生活に思いを馳せる。
「いただきます」
全員の声がお茶と慰労の始まりの時間を告げる。
お菓子は先方から突き返されたパターンもあります。
もしくは主任が2個買ってきたとかですね。
一人称は裏側を想像できて楽しくなれます。