コービンと言う男
ノイガー王国で緊急会議が開かれる一週間前。フーハイシティル王国の一室。
「竜の巣から財宝を持って来い」
オーシ宰相は命令した。貧弱そうな体つきの上に宰相の制服を着こなし、立派な口髭を携えてた口からそう命令された。
目の前には宰相秘書官としてオーシ宰相の下で働くコービン・ヘツラウェルがいる。
コービンは白髪混じりのキッチリセットされた黒髪ショートで秘書官の制服を着ており、その顔に日々の苦労が滲み出ている三十二歳だ。顔はまるで印象に残らなそうなありきたりな普通の顔である。
「え?それは赤竜の洞窟にある財宝ですか?」
コービンは気まずそうに質問した。
「それ以外に竜の財宝があると思うか!」
「そうですよね!まさかそんな重要案件を私目に任せるとは思ってもいなかったので」
オーシ宰相の叱責にコービンはヘコヘコしながら謝った。
「それで財宝とは何をどれくらい?」
「あるだけ持ってこい。お前もこの国の財政状況を知っているだろう?度重なる戦争で国の金庫の中は底を尽きかけている。そこで竜の財宝を使ってその危機を乗り越えようという訳だ」
オーシ宰相は偉そうに説明しているがこの案は全くもって不可能なのだ。それはコービンもオーシ宰相さえも分かっている事である。
何故こんな馬鹿げた命令をオーシ宰相がしているのか、それはこの国の国王フーハイシティル十三世の思い付きである。
オーシ宰相がフーハイシティル国王に財政状況を説明したところ、
「ならば竜の財宝を取ってくればよいだろ。そもそもあの財宝は竜が住むまで我が国の宝物殿であったのだぞ?」
元々宝物殿としてあった場所に勝手に竜が住み着いたのだ。世間的には古の国王が竜に命令し門番として住まわしている事になっているが真実はそうではない。
竜が怖くて財宝を取りに行けません、なんてこれ以上無い屈辱的な話だからだ。
そんな理由から竜の財宝は何百年の間手付かずの状態であった。
勿論歴代の国王が出兵を命じたり、命知らずの冒険家も財宝を手に入れようと果敢にも竜の巣に飛び込んだのだが、誰一人財宝を抱えて帰還した者はいなかった。
そんな事を知っておきながらフーハイシティル国王はオーシ宰相に竜の財宝を取って来いと命令したのだ。
いつの時代も国の上に立つ者は自らの手で問題を解決しないものである。そんな自分勝手な命令を部下であるオーシ宰相にして、オーシ宰相は部下であるコービンに丸投げしたのだ。
オーシ宰相もコービンが財宝を取って帰る事はできないと当然の様に思っている。
だが必要なのはやったかどうかだ。
やらないで無理と言うのと、やって犠牲者を出して無理だと言うのは相手に与える印象は雲泥の差である。
オーシ宰相はとりあえずコービンに丸投げして、少ししたら犠牲になったコービンの骨を見せながら無理だったと国王に報告するのだ。
そう、これにより国王は竜の財宝を諦め、オーシ宰相は命令を忠実に遂行しようとしてお咎めなしの完璧な作戦であった。
肝心の財政問題とコービンの死について目を瞑ればの話だが。
宰相秘書官はコービンを入れて六人いる。何故ヨーク宰相はコービンに死ぬリスクのある命令を下したのか、それはコービンだけが平民の出であるからだ。
コービンは商人の子である。貴族ばかり通う学園に父が多額の入学金を払い入学しこの王城での仕事にありついた。
平民の出、三十二歳という若さで宰相秘書官なのは極めて異例である。しかしコービンは極めて優秀でもなく、コネで要職に就けるほどの人脈も無い。
コービンはとにかくゴマを擦るのが上手かった。
上司や先輩のご機嫌をとり、ヨイショし、ゴマを擦った。同期から疎まれ、笑われて、馬鹿にされようともコービンはありとあらゆる人をヨイショした。
自分の事を立てる部下というのは大変可愛いものであり、上司が栄転し部署移動する度に一緒に連れて行かれた。
そうやって新しい場所でもまたゴマを擦り、栄転に着いて行きゴマを擦った。
気が付けばコービンは平民が到達出来る最終地点まで出世したのだ。これ以上の役職は貴族が独占しておりコービンにはもう出世の目はない。
コービンの宰相秘書官としての仕事はヨーク宰相を煽てて気分良くする事が殆どである。
ヨーク宰相に気に入られる為にコービンはどんな雑務も引き受け毎日王城を走り回っている。
今日コービンが下された命令はコービンではどうする事も出来ないものであった。
なら答えは当然、
「承りました。このコービン、全身全霊で事に励む所存です」
コービンは冷や汗をかきながらヨーク宰相の命令に従った。
勿論、策など無い。だが断れる筈もない。なら受け入れる事を即応した方が心象はかなり良い。
悩みの種をコービンに丸投げ出来たヨーク宰相の顔は明るくなり、肩の荷が降りた事に安堵した。
「では財政状況は危険な状態だ。速やかに竜の財宝を持ってこい」
ヨーク宰相は金も装備も与えずさっさと部屋からコービンを追い出した。準備は自分で用意しろとの事だ。
コービンは曲がり気味の背が更に曲がり廊下をトボトボと歩いた。
すれ違う人は「ああまた、無理難題を押し付けられたんだな」とコービンを哀れんだ。