決心
時はコービンが騎士団長にアイビーを推薦した頃に戻る。
アイビーは黙って考えていた。本当にこの話を受けていいのかを。考えている表情はどこか苦しそうであった。
「アイビーさん?どうしました?」
心配そうにコービンが話しかけてきてアイビーは決断した。
「やはり私には受ける資格はありません」
「理由を聞いても?」
「コービンさんは私を娶り、フジュー家から私を切り離し、騎士団にも入らせてくれました。それなのに私は騎士団を辞めてしまいました」
アイビーの顔は険しかった。それは自分自身が許せない、自らに憤った表情である。
「それは騎士団が腐敗していたからであって。その事なら何度も謝られました」
「それでもです。こんなに貴方に甘えている私が情け無いのです。私は貴方に何のお返しも出来ていない」
アイビーの瞳に涙が溜まった。だがそれを堪えている。ここで泣いてしまうと本当に自分が情けなくなってしまう。
それを見たコービンはアイビーの手を取り優しく握った。
「私は騎士団を辞めてから見せるアイビーさんの悲しそうな顔を見るのが辛いんです。それに冒険者になる道を閉ざしてしまったのは紛れもなく私です」
アイビーはコービンを見て必死に反論した。
「そんな事ありません!コービンさんは私を助けてくれました!それに私はもう剣を振っていません!そんな人間は民を守る事は出来ません!私は騎士になれません」
興奮するアイビーにコービンは優しく諭す様に語りかけた。
「何を言っているんですか?今もアイビーさんの手はこんなにも美しいじゃありませんか?」
コービンは握ったアイビーの手を広げて手の平を見せた。そこには昔と同じ豆が潰れ傷だらけでボロボロの手の平があった。
アイビーは騎士団を辞めてからも未練がましくコービンに内緒で剣を振り続けていた。内緒にしていたのはもし剣を振っているのがコービンに知られたらまた気を遣わせてしまうからだ。
「コービンさん……あの日の事……覚えていたんですか?」
「当たり前ですよ。こんなに美しい手、忘れる訳ないじゃないですか」
アイビーの瞳に溜まった涙が溢れ出した。コービンはアイビーをそっと抱き寄せた。
「私にお返しが出来ていないと言うなら騎士団長になり私を助けて下さい。城に一人でも私の味方が欲しいのです。誰よりも信頼できて心を許せる人が。それが出来るのはアイビーさん、貴方だけです」
「それはずるいですよ……コービンさん」
コービンはアイビーの涙が枯れるまでアイビーを抱きしめ続けた。
後日、王城では騎士団の結成式が執り行われた。アレクサンドラの前には髪を短く切り、鎧を着たアイビーが跪いていた。
「アレクサンドラ様に忠誠を誓い、この国の剣となり敵を滅ぼし、この国の盾となり民を守り、この命をアレクサンドライト王国に捧げます」
「うむ、心して励むように」
アレクサンドラはアイビーの宣誓に適当な返答をした。
アイビーはそれでも構わない。今度こそ民を守る騎士となり、本当に成りたかった自分になれたからだ。
アイビーはアレクサンドラの側に立つコービンをチラッと見た。
コービンも嬉しいのか優しく微笑んでいた。
アイビーは夫であるコービンの為に働ける事に喜びを感じていた。そして今度こそ国の為、夫であるコービンの為に剣を振る決意をした。