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アイビーの過去

アイビーは男一人、女三人の子を持つフジュー男爵家の三女としてこの世に生を受けた。

 アイビーが三女として生まれた時から本人の運命は決まっていた。

 男子はフジュー家の跡取りになり、女子は他の貴族に嫁いで家との関係を強固なものにする。

 三女になると良い縁談などあるはずも無く、侍女として王族や貴族に仕える、もしくは貴族の愛人になる、そんな選択肢しか残されていなかった。

 アイビーの父は出世欲の塊であり、育てた子を侍女にするなど考えておらず、必ず何処かの貴族に嫁がせようとしていた。なんなら愛人でも構わなかった。

 そんな父の考えを反発する様にアイビーは子供の頃から騎士物語を好んでおり、どうせ知りもしない男の愛人になるなら騎士団に入り民のために尽くそうと考えていた。

 当然の如く家族から反対された。親不孝者と父に貶され、馬鹿な娘だと母に無視され、兄と姉からはみっともないと馬鹿にされた。

 そうやって両親に兄に姉達に罵倒されながらもアイビーは屋敷の庭で一人黙々と剣を振り続けた。

 当然そんな無力な子供の反抗は身を結ぶ事はなかった。騎士団に入る事は許させれず、かと言って恥ずかしいからとパーティーの出席もさせてもらえない。アイビーは何も成せず何者にも成れず、ただイタズラに時間だけが過ぎていった。

 十八歳になったある日、父から縁談を持ち込まれた。

「ヘツラウェル商会の息子だ。コイツと婚姻しろ。出来なければ出て行け」

 この縁談の魂胆は見え透いていた。父はヘツラウェル商会とのパイプが欲しく、ヘツラウェル商会は貴族とのパイプが欲しい。

 フジュー家の三女を平民の家に嫁がせるなんて父としては痛くも痒くも無い。逆に今まで役に立たなかった三女に使い道ができいい事尽くしであった。

 アイビーに決断の時が迫った。

 そしてアイビーは覚悟を決めた。この見合いを破談にし家を出る覚悟を。

 相手には悪いので一応見合いの席には出る事にした。それでも大した化粧もせず、着飾らず、シンプルなドレスで見合いに臨んだ。

 どうせ断るから見た目などどうでも良かった。そんな気持ちで臨んだ見合いなので相手方から渡された見合い相手の肖像画を見ないでいた。

 見合いはヘツラウェル商会が運営するレストランで行われた。

 アイビーの馬車がレストランの前で止まると馬車の扉が開かれた。

 一人の男が立っており手を差し出した。アイビーはこの時この男は店の店員だと思った。

 なぜならやたらと腰が低く、相手の顔を色を伺う様なイケすかない表情であったからだ。

「どうぞアイビー様、足元にお気を付け下さい」

「ありがとうございます」

 アイビーは一瞬手を出すのを躊躇ったが出された手を無視する訳にもいかず相手の手を取った。

 アイビーは店員らしき人物に手を引かれて馬車から降りた。家族から冷遇されてきたアイビーは久しぶりに貴族の令嬢らしい対応をされた。

「アイビー・フジューです。コービン・ヘツラウェルさんはどちらに?」

 アイビーが店員に質問すると店員は一瞬驚いた顔をしたがすぐに返答した。

「あ、申し遅れました!私がコービン・ヘツラウェルと申します」

 アイビーはしまったと思った。いくら断る前提の見合いとはいえこれはあまりにも相手に失礼だからだ。

「申し訳ありません。まさかコービンさんだとは気付かず」

「いえいえ、あの肖像画は美形に描き過ぎていたんです。これでは別人だと言ったんですが……恥ずかしながら本当の顔はこんなものなんですよ」

 コービンはアイビーに恥をかかせないように自虐した。アイビーは恥ずかしさのあまり肖像画を見ていなかった事を言い出せなかった。アイビーは心の中で卑怯者と自分を罵った。

「ではどうぞお入り下さい。ご案内します」

 コービンは照れ笑いをしながらアイビーをレストランの中に案内した。

 レストランは外観もそうだが内装も凝っており、高級な店である事は容易に想像がついた。

 アイビーは貴族と言えど所詮は貧乏男爵家の三女。この様な店に入ったことがなかった。

 コービンはアイビーの為に個室を用意していた。

 個室に入るとコービンはそそくさと席に行き、アイビーの為に席を引いた。

 アイビーは流されるまま席に座るとコービンは向かいの席に座った。

 アイビーの消化試合である見合いが始まった。

「今日は私の様な平民にアイビーさんの様な麗しい女性がお見合いをしてくれると聞いてずっと緊張していたんです」

 コービンは席に着くと見合いの話を切り出した。

「そ、そうですか」

 アイビーはこの様に男性と一対一で話す機会が今まで無かった為ぎこちない喋りになっていた。

「肖像画でお顔を拝見した時から美しいお方だと思っていましたが目の前で見るとより魅力的です」

「コービンさんはお世辞が上手ですね」

 アイビーは上手く笑えなかった。見合いなど初めての経験の上、やたらとこちらを持ち上げてくる相手に内心嫌気がさしていた。

「お世辞なんてとんでもない。本心を言ったまでです」

 これ以上コービンに気を遣わせるのは悪いと思ったアイビーは早々にこの見合いを破談する方向に話し始めた、

「あの」

「何でしょう?」

「ご存知かもしれませんが私は男爵家の三女で、殆ど貴族の繋がりになりません。婚姻を結んでもヘツラウェル商会にはなんの得になりません」

 見合い相手に自身を下げる発言をするなど考えられないが、これも破談にする為なのでアイビーは全く構わない。

「ああ、それでしたら私も謝らないといけない事があります」

「なんですか?」

「私はヘツラウェル商会の会長の息子ですが、父は商会を別の人間に継がせるつもりです。ですのでフジュー男爵家にとってもこの婚姻はあまり意味が無いのです」

「そうでしたか……」

 あまりにあっさり破談になりそうでアイビーは拍子抜けした。

「申し訳ありません。お見合いのお話を頂いた時に話せば良かったのですが、アイビーさんとお話ししたくて言い出せずにいました」

「そんなに私に気を使わなくてもいいのですよ?本当は貴族相手のお見合いを断れなかったのではないですか?」

「そんな事はないです、どうしてそんな事を?やはり平民とは身分が釣り合いませんか??」

「そんな事はありません!」

「ではどうしてそんな美しいお顔を曇らせているのですか?」

 アイビーは少し黙った後、口を開いた。

「……私を見た時驚いたでしょう?細く硬い身体つきに短い髪……父は私の事を隠してこの見合いを決めた筈です。私が貴族の娘らしくない、騎士に憧れる野蛮な女だと言うことを」

 コービンは何かを察した。

「何か事情があるのですね?差し支えなければ少しお話して頂けませんか?」

 アイビーは自身の身の上を淡々と語った。何故初対面の人間にこんな事を話すのかはアイビーにも分からなかった。もしかしたらずっと誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。

 そんなつまらない身の上話をコービンは真剣に聞いていた。

「なのでこのお見合いも最初から断るつもりでした」

「それでは家を出るのですか?」

「はい、家を出て剣の道に進もうと思います。おそらく数年で野垂れ死ぬでしょうが父の言いなりになり愛せない男の下で愛人になるよりずっとマシです」

 アイビーは言い切った。これでこの見合いは破談になる筈だと思っていた。

 しかしコービンから出た言葉はアイビーにとって意外なものであった。

「立派なお方だ」

「ただの世間知らずのワガママです」

「そんな事ないですよ!幼い頃からどんな仕打ちにも耐えて信じてた道を進むなんて簡単に出来る事ではありません。私なんてアイビーさんと同じ歳には父に言われるがまま学校に入り、そして流される形で王城で勤める事になりました。私の様な他人に身を任せている人間と比べてアイビーさんは本当に立派です。身も心も本当に美しい女性です」

 コービンの力説にアイビーは思わず口が緩んでしまった。

「ふふっ、ありがとうございます。心は分かりませんが少なくとも身は美しくはありません。剣を振り続け私の手の平は傷と豆だらけです」

 貴族の娘にとって手が綺麗である事は裕福の象徴である。手を汚す仕事は全て使用人に任せる事が貴族としての何よりのステータスだからである。

「私はこんなに美しい手を見た事ありません」

「この手が美しい?ご冗談を……」

「それはアイビーさんのこれまでの努力の証です。傷だらけになりながらも自身の心に従い剣を振り続けたアイビーさんだけの手です。アイビーさんの真摯な美しい心がその手に現れているのです」

 アイビーの瞳から涙が溢れた。泣くつもりなど全くなかった。それでもアイビーの瞳から流れる涙は止まらない。

「大丈夫ですか!アイビーさん!申し訳ありません!えっと何かお気に触る事でも!」

「いいえ、違うんです……初めてこんな私を褒めてくれて……お世辞でも……本当に嬉しくて……」

「ですからお世辞ではないですって!」

 コービンはアイビーが落ち着くまでアワアワと狼狽えていた。

 しばらくしてアイビーが泣き止むとその顔は晴れやかなものになっていた。

「決心がつきました」

 アイビーはコービンを真っ直ぐ見て語った。

「決心とは?」

「やはり家を出て剣を道を歩みます。冒険者となり民の為に剣を振ろうと思います」

 アイビーの決意は堅かった。まさか見合いの席でこんな事になるとは思いもよらなかった。

 これも全て目の前に座るやたらと腰の低い男のおかげであった。

「その事なんですが」

 しかしアイビーの決心に水を差すようにコービンが口を開いた。

「なんでしょう?」

「もしアイビーさんがヘツラウェル家に嫁げばアイビーさんは平民になるので騎士団に入れるのでは?」

 アイビーは一瞬コービンが何を言っているのか分からなくなった。それでも頭を何とか回転させて言葉を紡ぎ出した。

「え?いや、私が騎士団に入ればヘツラウェル家の世継ぎは産めなくなりますよ?」

「えっと先程もお話しした通り私はヘツラウェル商会を継承しないので父から世継ぎも期待されていません。ですので……」

「何でしょうか?」

「お付き合いから始めてみるのは如何でしょうか?」

 コービンは恥ずかしかったのか初めてアイビーから目を逸らしている。

 アイビーは唖然としたが既にコービンに惹かれていた。見合いの話を貰った時、また初めて会った時との心境とは全く別に物になっていた。

 なのでアイビーの答えは……

「こ、こちらこそよろしくお願いします」

 アイビーは恥ずかしそうにそう答えた。

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