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ワールドダンジョン 〜神とクソは紙一重〜

作者: くれは

ちょっとコメディ寄りの新作短編です。

少しでも楽しんで読んで頂けたら嬉しいです。

 壁一面にデカデカと貼られた話題のVRゲームの横に、今にも飛ばされそうな剥がれた小さなポスターが、突風によって空に舞い上がる。


 欠伸をかみ殺し、眠くて薄くなる目を擦り、その道を通り過ぎようとした俺の顔面に風に飛ばされたポスターが貼り付いた。


「うごっ!? 息が出来な……だろ! あー……ひと月で廃れた元神ゲー(・・・)、セカダンかぁ」


 タイトル名『ワールドダンジョン』

 大層な名前がついていて、話題性抜群だった元神ゲーは、流行りを取り入れすぎた結果。

 調子に乗って、良し悪しが分かれる配信(・・)を自動でシステムに組み込んだのが初期プレイヤー、もとい廃人サマに見つかってクソゲー(・・・)と化す。



 今では珍しくないVRゲームだから、クソゲーの烙印(らくいん)を押されたゲームは直ぐに忘れられていくのが悲しい性だ。



 ある理由で剥がしたポスターを捨てられない俺は、右手に持ったまま自宅に帰る。

 大学生で、夏休みが始まったばかりの俺は悠々自適な生活を送っていた。


 両親は海外出張で夏休みの間いない。

 つまり、好きなことをやりたい放題しても誰にも文句を言われないという……。


「最高の大学一年生だわぁ」


 直ぐに自室に戻った俺は、ポスターを床に投げ捨てて、あるゲームを起動させた。


 『ワールドダンジョン』


 そう。実をいうと、俺はコイツをプレイしていた。


 トイレなど下準備を終わらせた俺は、室内用のミニ冷蔵庫から水のペットボトルを取り出してサイドテーブルに置く。

 ベッドに転がってリラックスしてから、ヘッドマウントディスプレイを装着した。


「よしっ。いざ、クソゲーの世界へ!」


 まぁ、配信以外は神ゲーなんだけど。



 セカダンに接続して直ぐにダンジョン前に転送される。

 このゲームは、名前にある通りダンジョンゲームだ。


 町などは初期地点にしかない。

 その代わりとして、ダンジョン内に簡易的な施設がある。

 俺達は、休憩スポットと呼んでいた。


 だけど、今日俺が向かうダンジョンは三階層という初心者向け。

 セカダンを始めて、今日で三日目だからな!


「さぁてと。今日も一階層で、魔法のレベル上げに(いそ)しみますかー」


 初期ジョブとしては、中難度といわれる魔法使いを選んだ俺は、一面ブロックのような壁に覆われたダンジョン内に入る。


 中は薄暗いが、手の届かない高い壁に転々として灯りがついていて、優しさがあった。


「ここは、雑魚敵しか出ないからなぁ。魔法職にとっては、最高の狩り場!」


 まだ初期装備の俺は、黒いローブにフードを下ろして、初期の木の棒にしか見えない杖を手にしている。

 当然見た目も自由自在に変えられるんだが、面倒くさがりの俺はカメラ機能で自分の顔を撮ってキャラクターに反映させた。



 あのポスターで分かる通り、クソゲーに成り下がったセカダンに人はいない。

 それなのに配信はされているし、見ているユーザーもいる。


「えーっと。今の接続人数は……俺を含めて3人(・・)ね。学生が多くを占めるVRゲームで、これは致命的」


 まぁ、10人いけば結構いるなと思える人数だ。

 接続人数はもちろん、配信数も画面で確認出来る。


 ちなみに、流行りを網羅(もうら)しているセカダンは、自動配信を観ているユーザーと会話もできるシステムだ。



 ――ハロハロさんが接続しました


@ハロハロ

よっし、一番GETー!


 ――シモネタさんが接続しました


@シモネタ

いやはや、セカダンで一番を取るなど容易(たやす)いこと。おはよう。生き残りの貴重な人材である、イケメン魔法使い君。



 俺がログインするタイミングで、大体観に来る常連2人。

 自動配信は、公式のユーチューブチャンネルから流されている。


 この2人も学生なのかな? シモネタは、変態的な目で俺を見ている気がしてならないけど……。


「おはよーさん。今日も暇だなぁ? 2人も、セカダンしたら良いのに」



@ハロハロ

私は、貧乏学生だから無理ー。来年親に誕プレ頼んでるけど!

@シモネタ

わたくしは、所持していますが……観る専なのでね。装備の投資をするので、是非例のアレを着て頂きたい!



 シモネタが言う例のアレとは、魔法使い装備で課金アイテムとして購入可能の、なぜか布地が少なめなのに魔法職最強と謳われる一式だ。


 ローブの丈が短いのはいいけど、半袖短パンに加えて胸元が少し空いてるし、背中なんてほぼない。

 それが男性装備であって、女性装備なんてきわどい水着だった。 


 相変わらずの変態さに呆れて溜息が漏れる。アバターは自由自在で、顔も本人とは分からないはずなのに……。


 そんな2人と会話をしながら一階層に出るスライムをファイアーで殺していく。


「悪しき魂を解放し、この者を焼き払え――ファイアーアロー!」



@シモネタ

出ましたな。イケメン魔法使い君の、厨二病詠唱!

@ハロハロ

魔法は詠唱いらないもんねー。それと、レンって呼んであげなよー。



 俺が、魔法職を選んだ理由は……。そう! 誰がなんと言おうが関係ない。厨二病と馬鹿にされてもいい……詠唱魔法がカッコイイからだ!


 ちなみにレンというのは俺のキャラクター名。本名も冴島煉(さえじまれん)だから、そのままだ。


 この変態……もとい、シモネタはイケメンと呼びたいらしい。

 いや、変態もシモネタも同義か?


 まだレベルが5の俺は、ファイアーと、ファイアーアローしか使えない。

 俺は自分の名前が気に入っているから、初期魔法が火なのは運命的に感じていた。



 そんな最中、前方から誰かが戦っている音が聞こえてくる。

 この音は、前衛職か?


 少し進んでいくと、スライムではなく、キノコのようなモンスターと戦っている1人の眩しい男と目が合う。

 眩しい理由は、金の短髪に青い瞳。それに加えて課金アイテムである白金(プラチナ)の鎧を身にまとっていたからだ。


「うわっ……。クソゲーに課金する奴なんていたんだ……」

「えっ……? あっ! ごめんなさい! 邪魔でした?」

「あっ……。そんなことはー……戦ってる音が聞こえたんで」



@ハロハロ

今のクソゲーって聞こえてたんじゃない?

@シモネタ

またなんと!王道イケメンタンク君ではないですか。こんな逸材がいたなんて、わたくしとしたことが……。



 やっぱりシモネタはイケメンなら誰でも良いらしい。少しだけ安心した……。



@シモネタ

でも、やはり。黒髪黒目の日本人特有である、イケメン魔法使い君が最推しです!



「いや……。そんな宣言されても嬉しくないから」

「ま、まさか! 自動配信を閲覧されている方がいるんですか!?」

「えっ……まぁ。2人だけですけど」


 何やら自動配信に興味を持っている金髪イケメンタンクは、感動して両手を合わせている。

 他人の配信数は見られないけど……。まぁ、クソゲーの烙印(らくいん)を押されたセカダンで、2人いるだけでも奇跡か。


 そのプレイヤーである俺と、この人も……。

 接続人数は変わらず3人。つまり、その1人か……。


「はっ! 申し遅れました。わ……僕は、ライセット。宜しくお願いします!」

「あっ、俺はレン。見ての通り、魔法使いだ。宜しく」



@シモネタ

皆さん、聞きましたか!? 僕男(ぼくだん)イケメンタンク君ですよー!

@ハロハロ

はいはい。良かったねー。せっかくだし、2人でパーティー組んじゃえば?

@シモネタ

それは大いに有りデスな!わたくしにとって、役得でしかない!



 ――ただ自動配信を卑猥(ひわい)な目で観てるだけだろう……。

 でも、正直セカダンを始めてから今日で三日目。初めて出会ったプレイヤーだ。


 しかも、魔法使いである後衛職の俺と、前衛職でタンクの()はジョブの相性がいい。

 レベルが上がるのは遅くなるのか? パーティー補正とか入るといいけど……。


「あのさ、ここで会ったのも何かの縁だし。もし良かったら――」

「是非! お願いします!!」

「いや、まだ何も言ってないけど……」


 視聴組によって興奮したままオッケーされた。

 正式にパーティーを組もうと言われていない彼は、恥ずかしそうにモジモジしている。

 意外とシャイなのか……? その見た目を選んだのに。



 パーティーを組んだことで、名前の横にレベルが表示された。

 俺はさっき上がったから、6だ。ライセットは……15!? 高くないか!?


 いや、発売開始からしていたらもっといってるだろうから普通なのかもしれない……。

 でも、ここの推奨レベルは10だから。もう次に行けるのでは?




 俺たちは、パーティーを組んだことで二階層を目指して歩いている。


「レベル高くて驚いたよ。なんでまだここに?」

「えっ!? あっ……他のダンジョンも行ってみたんですけど……その、虫が多くて……」

「あー……。推奨レベル10〜15のダンジョンは虫系だったな。まぁ、今の若者なら()でも、虫嫌いはいるか」


 なぜか焦る素振りをみせるライセットに首を傾げるが、気にせずに進んだ。



@シモネタ

そろそろ二階層の階段が見えてくるのでは?

@ハロハロ

うんうんー。初心者向けっていうか、初期ダンだけあってボス部屋までマップ公開されてるしね!



 推奨レベルが10であり、すでにボスを討伐経験があるらしく、ライセットの案内で実はボス部屋に向かっていたりする。

 もうレベルが15になると、ボスくらいしか経験値を貰えないとかで、パーティーを組んではいるが俺のレベルなら10になると言われ誘われた。


 パーティーなら、推奨レベル20〜25のダンジョンなら行けなくはない。

 ライセットは、虫ダンジョンを飛ばして次のダンジョンに行きたいようだ。


 つまり、パーティーは継続……?


「あっ、二階層の階段につきましたよ! 二階層から三階層……というか、最下層であるボス部屋は直ぐなので!」

「へぇ……さすが、初期ダン。ここまでも、ライセットのおかげでサクサク来たしなぁ」

「い、いえ! わっ……僕は別に。仕事をしただけですからっ!」


 ライセットはとても謙虚だ。


 階段を下りて行った矢先。急に、ライセットに押し込まれるようにして、段差に尻もちをつく。


 ライセットは片腕を前に出した瞬間、それが盾に変化して何か(・・)を弾き飛ばした。


 キーーン!!



@ハロハロ

なになに!?レンの配信観てるから、ライセット君の前方見えないよー!

@シモネタ

イケメン魔法使い君を、身を挺して守る!イケメンタンク君、イケメンの(かがみ)ー!!



「ハッ! 急だったので、ごめんなさい!! だ、大丈夫ですか?」

「えっ……と。大丈夫。守ってくれて、有り難う……」


 一瞬で脅威は去ったのか、片手を差し出してくるライセットに身体を起こして前方に視線を向ける。

 すると、こちらに駆け寄ってくる銀髪ツインテールの、美少女(・・・)がいた。


 いや、アバターは自由自在だけど……。

 こんなクソゲーをプレイしている女子(・・)がいるはずがない。


 ――絶対、野郎(・・)だろう。


「ごめんねぇ! 敵だと勘違いして、攻撃しちゃったぁ!」

「いえ、こちらは大丈夫です……。まさか、別の方もいたなんて」

「ははっ……。接続人数3人で、全員が揃うとか奇跡じゃね?」


 しかも俺以外、完全にアバターをこだわって作っている自称イケメンと美少女。

 それに、なんだかライセットの様子が――。


「も、もしかして! 貴方は、Vチューバーのネオンさんですか!?」

「えっ? アタシのこと、知ってるのぉ? みんなぁ! クソゲーで、ファンの子に会っちゃったぁ。これって運命かなぁ?」

「おい……。サクッとクソゲーって言ったぞ。その顔で……」


 しかも誰かと話をしていることから、俺のように配信を観ている人間がいるらしい。

 Vチューバーって言ったら有名人なのか……?


 急なことで、しっかり見ていなかったが、彼女(・・)はアタッカーの前衛職装備をしている。

 しかも、使っているのはダガー。それを飛ばしてきたわけか……。


 女子の前衛職は少しだけエロい……。

 彼女も、水着のように腹部は露出しているし、足も短パンだ。


 それなのに、シモネタは無反応。コイツ……イケメンにしか興味ないのか。


「そうだぁ。貴方たちも、ここに来たってことはぁ、ボス部屋に行くのよねぇ? 良かったら、アタシとパーティー組みましょうよ!」


 急な誘いに困惑してライセットに視線を向けるが、俺と会ったときよりも感動して両手を合わせている。

 まぁ、いいか……。これも何かの縁?


 さっそくパーティーを組むと、彼女のレベルが判明する。


「えっ……!? レベル20……いや、なんでここにいるんだよ」

「わっ……僕より高い! さすが、ネオンさん!」

「ふふん。アタシくらいになるとねぇ……。課金アイテムよぉ。クソゲーに課金するのもどうかと思ったけどぉ、みんながプレゼントしてくれたから」


 あー……。ファンの貢ぎ物で課金したわけね。

 ――羨ましいぞ!!


 いや、クソゲーに払う金は一銭もないけどな……。初期投資のゲーム購入だけ。



 二階層は爬虫類系の雑魚敵で難なく相手をしていき、最下層であるボス部屋まで軽くたどり着いた。


「本当にサクサク来たな……」

「アタシなんて、ずっとボス戦してるから余裕だけどねぇ」

「わ……僕は、まだ5回くらいだけど」


 コイツら、どれだけやってるんだよ……。



@ハロハロ

配信を見守ってきて三日目にして、まさかのボス部屋ー

@シモネタ

しかも、金髪イケメンタンクが増えて、オマケの美少女もいい!!

ボス戦もサクッと終わる予感しかないですねぇ



 コイツらも調子の良いことしか言っていない……。



 良くある巨大な扉の前に一歩踏み出すと、自動で扉が開く。

 今までやってきたVRゲームの中でボス戦に挑むのに、まったくドキドキしないのは初めてだ……。


「レッツゴー!」

「なんか、いいですね! パーティーでとか、ドキドキします」

「あー……。そうだな。俺は、初めてのボス戦だけど……ドキドキは、どっか行ったわ」


 中に入って直ぐに扉は閉まる。

 ボス部屋といえば、出てくる際の演出をこだわっているはずだ。

 唯一の楽しみをそこにシフトして、霧のような白い(もや)が立ち込めてきて少しだけ緊張する。


 BGMも派手なボス戦を思わせるロック音楽で、霧が晴れたように部屋があらわになったのに、俺たちは別の意味で戦慄(せんりつ)した。



 真っ白に輝く派手な部屋の造りに、散りばめられた宝石類はいいとして……。

 中央にそびえる? いや、ぷるぷるしていて青くて透明なアレは――。


「――スライム?」

「へぁ!? す、スライムですか!?」

「ちょっ! いつものボスはどこいったァ!!」


 うん。ネオン……素が出てるぞ。

 やっぱり、コイツは野郎だったか。まぁ、美少女はいないとしても、女性ユーザー(・・・・・・)も神ゲーにしかいないだろう。


 ぷるぷるっ


 敵だけは名前の横にレベルが表示されている。コイツは、正真正銘のスライムだ……。


 しかも、レベル1!


「いや、せめてレベル10とかだろう……」

「えっ……見てください! レベルの数字が――」


 俺の言葉に反応したように、スライムのレベルが10に変化する。

 スライムじゃない!?


「えっと……。俺は、今回初なんだが……本来のボスは、どんな奴なんだ?」

「本来のボスはねぇ。ミノタウロスよ! アタシは、いつも角を壊してから倒してるんだぁ」

「わっ……僕も、ミノタウロスでしたよ。突進してきたところを、さっきの盾で受け止めて斧で串刺しにしてました」


 いや、ライセットの倒し方は意外とエグいだろう……。

 まぁ、本来は違うモンスターってことはバグ……ではないよな?


 神ゲーって言われてたくらいだし……。

 今までバグは聞いたことがなかったぞ?


 とはいえ、一週間でクソゲーの烙印(らくいん)を押されたわけだが……。


「まさか、レアボスモンスターとか……?」



@ハロハロ

まさかの隠しボス的なー!?それ、熱いんですけど!

@シモネタ

滾りますねぇ!でも、レベルが変わったということは、スライムじゃない彼は一体……。



 入って直ぐのところに留まっている俺たちが話をしていても、一向にスライムもどきは襲ってこない。

 レベルを変化させたということは、変質能力を持つモンスター?


「まさか……ミミック!?」

「えっ……。スライムよりは強いですけど! それでもボスには見合わない」


 ボンッ!!


 その瞬間、正体がバレたからなのか爆発音と再び白い煙に包まれたスライムは、黄金に輝く宝箱に変身した。


「ぷはっ! ウケるんですけどぉ。みんな、見てみてぇ! 今日のボスモンスター。ミミックだってぇ」

「でも、ここぞとばかりに黄金に光ってるぞ……」

「ま、まぁ……一応ボスですし? レア敵だと分かりやすく演出しているのかも……」



 ミミック レベル???



 オイオイ……。それでも強さは変わらないだろ……。


 今度は近づいてもいないのに、勝手に宝箱の蓋が開く。

 すると、中から触手のような黒くて細長い突起が出てきた。


 先ほどまで馬鹿にしていた俺たちは即座に臨戦態勢をとる。

 普通のミミックとは明らかに違い、高速で伸びてきた触手がローブに触れたかと思ったら、ジュワーという音がして溶けていた。


「ハッ……嘘だろ?」

「レンさんは、もっと下がって! 僕が、前に出ます!」

「アタシは、レンの前で攻撃するわ!」


 ローブの触手を斧で粉砕したライセットが走り出す。特殊なミミックは、ライセットの挑発によってターゲットを変えたように、無数の触手を伸ばしてきた。


 それを難なく避ける身体能力に同性(・・)の俺でもドキッとする。

 これは、見た目がイケメンのせいだ……!


 ライセットの動きに合わせるようにネオンも無数のダガーを本体であるミミックに向けて飛ばす。

 だが、すべて命中したにも関わらず、カンカンと軽い音をさせて一切ダメージがない。


「本体硬すぎぃ! このダガーも、課金アイテムなのにぃ。仕方ないなぁ」

「俺も……――ファイアーアロー!」


 さすがに厨二病の真似事をする余裕はなかった。

 倒れても少し経験値が減るだけで問題はないが、ボス部屋に戻っては来られない。


 俺の魔法が直撃しても一瞬燃える演出があっただけで、一切変化はなかった。


「魔法も物理も駄目って……。最強かよ!?」

「ライセットくん、アタシが直接叩くから援護宜しくぅ」

「は、はい! 頑張りますっ!!」


 スキルを使ったのか先ほどより速い動きで走り出したネオンは一直線にミミックへ向かっていく。

 それに気が付いたミミックの触手が伸ばされるが、ライセットの斧によって粉砕された。


「せぇえの!!」


 いつの間にか双剣を手にしていたネオンは、全身を丸くして体重をかけるようにミミックを切り裂く。


 ガキィィイン!!


「マジかよ……。やっぱり、宝箱じゃなくて中身の黒い奴か……?」


 金属音を鳴らして弾かれたが、直ぐに体勢を立て直すネオンもさすがだった。

 俺も何か……さっきレベルも上がったのに。



@シモネタ

魔法使いは、最終的に賢者になれるから、レベル6で覚えた魔法があるはず!



 シモネタの言葉で魔法一覧を確認したら二つも増えていた。

 しかも一つはパーティー用! もう一つも前衛職に使えるぞ。


「――オール・シールド! 加えて、ネオンに……――ウエポン・エンチャント!」

「わぁ! 中々やるじゃなぁい! 次は、ダガーをアイツに食わせるわ」

「了解です! 援護します。でもって、支援有り難うございます!」


 魔力はまだ余裕がある。この支援魔法は、一定時間で効果が切れるから、掛け直すタイミングを計って……。



 このときの俺は、元神ゲー(・・・)の恐ろしさに気がついていなかった――。


「待って! レン、後ろッ!!」

「えっ……?」

「レンさん!!」


 いつの間にか地面を()って背後に忍び寄っていた触手に気が付かず、胴体に巻き付かれる。


 最近のVRゲームには、アレ(・・)があったのを忘れてた!


「うぐっ……! 痛みは当然ないけど、溶ける!?」

「レンさんの援護に向かいます!」

「アタシがヘイトを集めるわぁ!」


 ジュワジュワと溶けていくローブに顔が強張る。

 (つる)のような触手によって杖は地面に落とされた。


 ――後衛職の支援魔法によるヘイト値は、前衛職の2倍!


「ちょっ……ローブが溶けたら、これも初期装備の上下黒いただの服だぞ!?」


 防御力0で、俺のHPは……150!

 えっ……どれだけダメージ受けるんだ?

 まさか、瞬殺はないと信じてるぞ!



 ドロっと少しだけ卑猥(ひわい)に聞こえなくもない音が耳に聞こえてきて、部分的に溶けている。

 ただの変態になるのもマズい!

 パーティーに女子(・・)がいなくて助かったけど、ハロハロは女子(・・)っぽいぞ……。



@シモネタ

ぶはっ!!まさかの、イケメンをVRゲーム配信で観てきて10年。こんなにキワドい演出も可能なのは初めてで興奮するー!良いぞ、もっとやれー!

@ハロハロ

キャー!まさかの、お色気シーン!?イケメンなら、許せる!変態はうるさーい!



 こちらに向かって走ってきたライセットも、どこか目が泳いでいるように見えた。


「こんの!! 変態モンスターがぁぁあ!!」

「うおっ……! こぇえ……」


 目の前で斧によって断ち切られる触手から、身体に残ったまま気持ち悪く動く残骸(ざんがい)を腕力で引き千切る姿に、思わず上擦った声が漏れる。



 その間ライセットの代わりにヘイトを稼いでいたネオンは、辛うじて目で追える速度で飛躍(ひやく)して連続攻撃を繰り出していた。


「うはっ……さすが、レベル20。美少女に守られている……」


 中身野郎だけど……。


「あ、あの! これ、どうぞ! それでは、レンさんを辱めた(しばき倒して)奴、殺す(きます)!」

「えっ……。あっ、有り難う……多分、これは女子がされることだろうな――」


 渡されたのは高級素材で出来た上質な白いローブだった。

 触手といったら、定番は女子のあられもない姿だろう……。


 それなのに、俺で興奮している視聴者の2人はなんなんだ……。


 借りたローブを羽織ってから、戻っていったライセットを確認すると、すでにミミックの宝箱部分に斧を振り落としている。

 その姿はまるで鬼のように映った。


「……なんか、火がついたようで怖いな」

「レェン! 2人でミミックの口を開けるから、全力で魔法を撃って!」

「分かった!」


 無数の触手を()ぎ払うライセットに合わせてネオンが宝箱に双剣を押し込む。

 驚いたミミックの動きが停止したタイミングで、反対側にライセットが斧を突っ込んだ。


「――ファイアーアロー!!」


 触手を伸ばして2人の身体に巻き付いた瞬間、俺は全魔力を注ぎ込み上空からファイアーアローの雨を降らせる。


『グギャァァァア!!?』


 火で出来た無数の矢が、黒い本体に刺さった瞬間、雄叫びのような声が響いた。


「や、やったか!?」

「ちょっと、ファンのみんなぁ? エッチなアタシのこと想像して、ミミックのこと応援してたでしょぉ」

「ハァ……終わりましたね! あっ、レベル上がりました?」


 溶けるように消えていくミミックからステータス画面に視線を移すと、ライセットのいうとおりレベルが――15!?


 やっぱり、あのミミック……。レアボスだったのか。


「あっ! 宝箱ぉ! なんか、金色なんだけどぉ」

「金色は、見たくないですね……。でも、レアモンスターだったなら宝箱の中身は気になるかも」

「ここにきてドキドキしてきたわ……。よし、開けるぞぉ」



@ハロハロ

ワクワクターイム!

@シモネタ

はぁ……残念です。あと少しだったのに



 視聴者が見守る中、俺たちは3人で宝箱を開ける。

 開けた瞬間、部屋中が白く光り輝いて見えなくなった中身は――。



 光が収まって中にあったのは、小さなコインが1枚だけ。

 表面にはミミックの絵が刻まれていた。


「「「なんでだよ!!」」」



 <ミミックのコイン>

 レアアイテム。ただのコインで、なんの効果もなくユーザー間でしか、売り買い出来ない。非売品。






◇◆---------------------------◆◇

<キャラクター紹介>


<主人公>レン/冴島煉(さえじまれん)

夏休みにやろうとして事前に購入していたセカダンがクソゲーと化した、哀れな男子大学1年生。クラスは後衛職の魔法使いで、厨二病。ゲームオタクでイケメン。


<ヒロイン>ライセット

実は、兄の影響で夏休みにVRデビューした女子高1年生。初心者故の廃課金だったが、前衛職に目覚めて1週間で廃人になった天才肌。初めて会ったレンに一目惚れした。クラスは、前衛職のナイト(ゲーム界隈ではタンクと呼ばれる)


<Vチューバー>ネオン

廃人ゲーマーの社会人。シスコンの残念イケメンで、溺愛している高校生の妹が小遣い稼ぎに始めて飽きて辞めたVチューバーを代わりにやらされている。全て妹仕込。給料の半分を妹に注ぎ込んでいる。クラスは、前衛職のシーフ(ゲーム界隈では、総じてアタッカーと呼ばれる)


<視聴者>ハロハロ

実は、レンの同級生。大学で話を聞いて、性別も偽って配信を覗いているゲームオタク仲間。加えてライセットの兄。レンとライセットは初対面で、ハロハロ自身もライセットが妹だということを知らない。


<視聴者>シモネタ

実は、腐女子のキャリアウーマン。10年以上を3次元に費やしてきて、最近はVR配信者をターゲットにイケメン漁りをしている。

仕事をこなしながらスマホで配信を観ている強者。

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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかのボスキャラと名前がかぶるとはw 文章がキレイに整っていて読みやすく面白くテンポ良く読み進められました。 あまり人の作品を読む事がないのですが、視聴者とのやり取りが面白かったです。…
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