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3.お持ち帰りですか?

 

 旧都庁舎(タカマガハラ)の頂上、高度250メートルを超えるそこにある神社の本殿に彼女はいた。


 名をサクラ、ルルイエ事変以降、この世界において珍しくもなかった“ごく普通の孤児”であったものの、程なくして、とある因果から“天照大神(アマテラスオオミカミ)”の寵愛を獲て、神子となった者。

 そしてアマテラスの神託を唯一聞ける者であり、現在この国で最も“力”ある者だ。


 神の子とも言える彼女は、常にそこにいる。


 この国において最も“力”が集まる“場所”であるというソコに。


「……して、ルルイエの“旧支配者”については?」


 持っていた扇子で手の平を叩き、眼を鋭くして背を伸ばし正座するアキサメを見やる。

 パンッと音が響くが、アキサメは眉一つ動かすことなく、視線をサクラへと向けているが、彼女の隣にいた隊員はビクッと震えた。

 そもそも、サクラとこうして顔を合わせられる隊員など幾人もいない……緊張でカチコチになっていても誰が責められようか。


「離島に変化はないようです。本島の方も“遠目”ですが何かが変わったようには見受けられませんでした。第二機動隊の通信越しでしたが“精神汚染”の影響も“発狂”の恐れもないように見えましたし……やはりなにを“考えている”のだか大凡の見当もつきませんね」

「我等の上位の存在をもってしても理解できぬのだ。根本から異なる理外の存在……それが“外なる神”だ。内にいる我々になにがわかろうか」


 息を吐くサクラが扇子を広げて口元を隠す。


「いやいや、案外わかるもんだと思うよ」

「ッ!?」


 突如、本殿内に響いた声にさすがのアキサメも目を見開き動揺を見せる。


「まぁ“理解”云々はともかく、行動原理はわりとわかりやすいと思うよ。お前らからすれば」


 黒い肌の少女が、アキサメたちの後ろから歩いてきた。

 足首まで伸びる白銀の髪をそのままに、膝ほどまでの黒い布を纏った少女はさも当然のように歩き、サクラへと近づこうとするが……少女の後頭部へとゴリっと鉄が押し当てられる。

 黒光りする鉄の塊、拳銃。握っているのはもちろんアキサメであり、そこに躊躇や迷いは見られない。


 隊員が『速っ』と零すが、誰も聞いていない。


「お~ホモサピエンスにしてはやるねぇ」

「映像と合致する。ナイアーラトテップだな」

「正解~でも、おっかしぃなぁ、比較的優しく接してやってたつもりなんだけどなぁ……ていうか邪神に開幕攻撃的になんない方が良いよ。機嫌悪いと跡形もなくしちゃうゾ☆」


 ケラケラと笑いながら、ラトはそのまま話を続けようとサクラへと視線を向けた。


「別に全部が全部わかるわけじゃぁないんだけどね。こんな“器”一個で、断絶された“宇宙・次元(バース)”に放り出されちゃってるわけだから……でも、あそこにいる“蕃神”ぐらいのことはわかるよ。大した力もない木端邪神」

「だが、そんな木端相手になにもできていないところを見ると、お前はそれ以下なのだろう。ナイアーラトテップ」

「……ちょっとムカつくなぁ。まぁ“この私にとっちゃぁ”、事実そうなんだけどさぁ?」


 一瞬ばかり空気が淀むが、すぐにラトはハッと鼻で笑う。


「外の宇宙にいるだろう“本体(私)”も“器(私)”ぐらい棄てて問題ないって判断してるからアイツのこと無視してるんだろうし……でも“この私”はあんなヤツに喰われるのまっぴらごめんなんだよね。しかもこんな惑星と心中するのも」


 だからこそ、というわけだろう。

 サクラが、左手に持っていた扇子を閉じ、それで右手の平を叩けば───パンッ、と音が響き、僅かに空気が変わった。

 サクラは変わらず表情を変えぬまま、ラトを見やる。


「してナイアーラトテップ、貴様は我らの邪魔をするつもりもなく素直に協力、という殊勝なことを言うタイプにも見えないが……?」

「まぁそだね。君らに全面的に協力してやるってのは純粋に“おもしろくない”し……まぁそれ以上におもしろいもの見つけたから、まずはそっち優先……で、そっちが目論見通り進めば結果的に私の脱出も叶うわけで、つまりそれはこの宇宙から“旧支配者(アイツ)”を追いだすことに繋がって……つまり最終的には君らの利にはなるわけだ」

「優先順位としては三つ目か……」

「まぁ二つ目と三つ目の間にはでっかい壁があるけどね、一つ目と二つ目も同じで……つまりまぁ、私自身、一つ目の目的を達成するためなら私が死ぬぐらいは構わないかなぁって気分だったりするわけ」


 心底信用していい相手ではないということは、今の一言でサクラもアキサメも理解した。

 もちろん隊員も理解したようで片手を上げながら恐る恐ると言った様子で口を開く。


「え、ということは、その最優先の目的を私たちが邪魔することになったら……?」

「もちろん排除するけど、思考力が低いなぁ」

「ひっ、す、すみませんっ」


 大した胆力だな、と少しばかり関心するアキサメであったが、とりあえず問題はそこではない。


「その第一目標……“おもしろいもの”とやらについて知らないことには、我々も気づかぬ間に邪魔をしかねんが、そこについては?」

「ん~まぁ、“今まで通り”にやってくれてりゃいいってぇことだね。それに私を怒らせないように~ってハラハラやってる知的生命体を見るってのも嫌いじゃないしぃ、そこは私の楽しみのために頑張って! でも邪魔したら殺すからね!」


 子供の姿で、子供の声音で、愉快そうに笑うソレに、強い殺意がぶつけられる。


「……あのさぁ、私の話聞いてなかったわけぇ? 機嫌を損ねようってわけ? 私の?」


 顔を横に向け、視線を後ろのアキサメへと向けるナイアーラトテップに、アキサメは変わらぬ表情で十を突きつけるのみだ。

 少女は笑っているが、笑っていない。

 文字通り機嫌を損ねる。と言ったところだが、アキサメは構わずその頭部に向けた拳銃の引き鉄に指を少し沈めた。


「運命の賽に目的の成否を委ねるんだ。貴様は絶対者でないのだろう……?」


 アキサメの言葉に、ナイアーラトテップは黒い表情から、パァッと心底楽しいという笑顔を浮かべる。


「まったくもう、身の程知らずなんだからぁ……でも、おかげで愉しみが一個増えたよぉ♪」

「……なにを考えている?」

「別にぃ、自分の意思で自分の愉しみを享受したいなってだけさ。君ら風に言うなら“自由”にやってるだけ……ってことで、とりあえず最初の疑問『旧支配者はどういった行動原理で動いているか』だね」


 話が最初に戻ったことと、素直にそこは教える気があることから、アキサメは握っていた拳銃を降ろしてホルスターに差し込む。


「あの蕃神がかつて“この地球”に落ちてきた理由なんかはともかく、今やってることはなんてことない領地の拡大ってことだね。生息範囲の拡大って言っても良い……この惑星(ほし)の生物となんら代わりないことだよ。自分が住みやすい・行動しやすい環境に変えて、邪魔な“害虫”を駆除」


 淡々と話を続けるナイアーラトテップに、アキサメは眉をピクリを跳ねさせる。


「ただ、それだけ……か」

「そういうこと、なんでもない。特に難しいことは考えてないそれだけのことだよ。ただそこにいた“生物”の抵抗が激しいって以外、なんでもない。弱肉強食って言葉がここにはあるだろう? そういうことだよ。それともなに?」


 ケラケラと笑っていたナイアーラトテップの表情に、明らかな嘲笑が混じる。


「自分たちに害あるものには必ず悪意があるって? そんなわけないよね“創作物”じゃぁあるまいし……あるのはただの生存本能、だからこれは……」


 ナイアーラトテップの金色の瞳が、サクラの金色の瞳へと向けられた。


「───生存競争だ」



◇



 その頃、渦中に在るべきはずのもう一柱の邪神ことシュブ=ニグラスは……柱の陰でしゃがんでいた。

 そして柱の影から顔を出すシュニスの上に、ヒョコッともう一人が顔を出す。もちろん同行していたアオイ・アリツキ。

 一本の柱に重なるようにして隠れる二人の視線の先には───オシャレな雰囲気漂う一件の店。


「くっ、タマキがあんなところに連れ込まれるのを見てるしかできないなんてっ……!」

「普通のスイーツ店だ。いかがわしい店みたいな言い方するな」


 そう、そこはなんの変哲もないスイーツ店である。


「あの店について情報ないの……!?」

「スイーツ店の、情報……?」

「JKのくせしてなんでそこまで知らないって顔ができるの……友達から話聞いてたりしないわけ?」

「トモ、ダチ?」

「悲しきモンスター……」


 手に持った紙パックのコーヒー牛乳をストローで飲みながら、シュニスは呟いた。

 意外なところでアオイの闇が見えたのでそこについても深掘りしたいとこではあるが、長くなりそうなので此度は一旦諦めることとする。

 これでタマキを見失ってしまっては本末転倒だ。


「でも、店に入ってからもう30分は経つわ……そろそろ出てきても」

「どうだろうな、デートなら長話もするだろう」

「まぁ確かに、って貴女なにしてるの」


 視線を上に動かせばアオイがなにかを食しているのに気づく。


「張り込みといえばアンパンだろう」

「あなたホントに女子高生……? ってパンくずが落ちるっ、人の頭の上でパン食べるんじゃないわよっ」


 あまりに真っ当なことを言う邪神の言葉を気にするでもなく、アオイはアンパンをかじりながら視線の先に、二人を見た。

 下の自分へ抗議の声を上げるシュニスに見えるように指をそちらに向ければ、シュニスはハッとしたような表情でそちらを食い入るように見る。

 店から出てきたタマキと例の女は、当初よりもずいぶんと仲良くなっているようで、すっかり遠慮なさ気に笑い合っていた。

 それを見て、シュニスがつい最近まで開くことの無かったその瞳をクワッと見開き歯ぎしりをする。


「くっ、楽しそうな雰囲気出しちゃって……私のタマキにぃっ……!」

「誰がお前のだ」


 アンパンをかじりながらそう言うが、シュニスの耳には届かない。

 なのでふと、出来心が芽生えた。


「……私のじゃないか?」

「んなわけないでしょ!?」

「聞いてたのか」



◇



 タカマガハラ最上階の本殿にて、一人残されたサクラが大きく息をついた。

 まさか自身の居城たるココに“邪神”が一度ならず二度までもやってくることになるなどと思いもしなかった故に、凄まじい気苦労に今日も胃を痛める。

 ナイアーラトテップが出現した時、彼女は別に表情一つ変えなかったが、それは驚かなかったからだとかでは断じてない。

 ただ、その余裕すらもなかっただけだ。


 唖然として動けなかった。


 どうにか威厳ありそうな言葉を絞りだしたが、いまいち記憶に薄い。


「ふぅ~っ……し、死ぬ……」


 顔をしかめ胃を押さえるサクラ。


「もういっそ全部解決してくださいませアマテラスさまぁ……っ」


 絞り出すように言いながら、体を横に倒す。

 アキサメすらも見たことの無いような堕落した姿だが、致し方あるまい。彼女はただの少女だ。

 故に……。


「うおぉ、誰か助けてくんないかなぁっ……できればイケメン!」


 俗っぽいのである。



◇



 一方シュニスは……デパート地下一階、“食品売場(スーパー)”にいた。

 なぜか、など語る必要もあるまい。ただタマキと憎っくき例の女がそこへと赴いた故に、タマキの安否を確認するためにストーキング(尾行)しているというだけのこと。

 先ほどとまるで状況は変わっていない。


 しかし、彼女の同好の士とも言えるアオイの姿は、そこにはない。


「むぅ……」


 食品棚から顔を覗かせ、数メートル離れた場所にいるタマキたちをしっかりと視界に捉える。


「なにが電話よ。タマキとどっちが大切だっていうの……!」


 だが、少しばかり困った様子だったので引き止めなかったのもシュニスなのだが……。


「ぐぬぬっ……あ、あの女ぁ、隙あらばタマキに触ろうとしてるわっ」


 触ろうとしているのは事実だが、女は隣を歩くタマキと“手を繋いでみようと”しているらしく、時たま手を近づけているだけであり、それはもっと微笑ましいものなのだ。

 だが、まぁ事実『触ろうとしている』わけではあるし、完全否定はできないものの、言い方の問題というものである。


「くっ、あまり近寄るわけにはいかないから何を買ったまでかはわからないわ……にしてもお会計、どうやって隠れれば……ハッ!」


 そこでシュニスは、見たことのある人物を見かけた。

 名前までは知らないが、カグヤのビルにて時たま見かける身長180センチは超えているであろう大きな女。腰ほどまで伸びたボサッとした黒髪、陰鬱とした雰囲気と気弱そうな表情に猫背。

 何度か遭遇したことのある妖怪のようなその女は野暮ったい服装でタマキが並んでいる列の二つ後ろに並んだ。


 シュニスがこれは僥倖とその背後へと並べば……もちろんその妖怪女の陰に隠れてタマキからは見えることは無くなる。


「ふぅ、これでなんとかなるわね」


 そう呟きながら、前に立つ女の影からチラリと前を見てみれば、タマキと件の隊員は仲睦まじく言葉を交わしている。

 下唇を噛みながら羨むシュニスのその剣呑とした雰囲気に気づいたのか、前の女はチラリとシュニスの方を向く。

 それに気づいて、少しばかり悩む素振りを見せてから、買い物かごを持っていない方の手をグッと握りしめる。


「あ、え、えっと、しゅ、シュブ───」

「黙って前を向いてなさい」

「ひぇっ……ひゃ、ひゃいっ……」


 シュニスの声に、女はビクッと震えて前を向く。

 ぶつぶつと『慣れないことして話しかけるなんてするんじゃなかった……』とかなんとか言っているが、それを聞く余裕などシュニスにあるわけもない。

 そんなことよりも問題は、前方で明らかに距離の縮まっている二人である。


「私のタマキがぁ」

「あっ……そういう……こと、かぁ……」


 前の女はシュニスの見ている方を向いてそれに気づく。

 そして今がどういう状況かもおそらく理解したらしく、振り向きこそしないがその表情には間違いなく苦々しい笑みが浮かんでいることだろう。

 タマキとシュニスの関係性を知らぬカグヤ所員などいないのだから当然である。


「寝取られよぉ……」

「寝てから……あ、ね、寝てたんだっけ……」



◇



 少しばかり長くなってしまった電話を終えて、アオイは少しばかり急いでいた。

 別にシュニスを待たせているからなどという殊勝な理由では断じてない。

 すっかり最優先事項はタマキである。ちなみに自分自身では『姉心のようなもの』だとかなんとか申し訳程度の理由をつけているが、そんなわけはない。


 ……でなければ“以前”のタマキの発言でよからぬ妄想もしないし鼻血も出ないだろう。


「確か、さっきメッセージに来ていた場所的には……」


 タマキたちが入り、シュニスが尾行を続けたデパートのすぐ近く、メッセージに書かれた場所へと向かっていれば、程なくしてシュニスの後ろ姿が見えた。

 だが、なにやら様子がおかしいことに気づく。

 なにやら上の方を見ながらポケーッとしているので、シュニスの肩を軽く叩いた。


「おい、どうした」

「た、タマキが……」


 まぁ十中八九タマキがなにかあったのだろう。嫌な予感が背筋を奔る。


「……ど、どうした」

「タマキが……」


 アオイはゴクリと、生唾を飲む。


「お、お部屋に……」


 そう言いながらシュニスは少し離れた場所にあるアパートの一室を指差した。

 アオイはガクリと崩れ落ち、地に片膝をつく。

 周囲が何事かとそちらを向くが、構っていられる二人ではない。それほどの一大事である。


「お部屋に、付いて行っちゃったぁ……」


「そうか、これが───寝取りか」


「寝てからいいなさいよぉ……!」



あとがき


しばらく空いてしまいました

諸々と書けずにダラダラと……

次回はもう少し早く更新できればな、と思います


では、次回もお楽しみいただければです

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