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4.“A,B,C,D,E”

怒涛の1日も過ぎて遂に登校日を迎えた。

幾つも衝撃的な事があったせいなのか睡眠が浅い。

かなり眠いが、ここで起きないといけないのが

中学生の辛いところだ。

……じゃあなベッド。 辛いけどお前とはここまでみたいだ。

俺は心の中でベッドと別れを告げる。


未練がましくも布団を掴む手をゆっくりと離して

重たい上体を何とか起こした。

ふと、何か目端に四角いものがあることに気付いた。


こたつだ。………いや何でこたつ?


季節感の合わない光景に若干困惑しつつも

ポカポカとしたこたつの周りをよく見ると

雪の結晶のようなものが朝の日差しを反射しながら

チラチラと舞っている。

そう言えばこの部屋、昨晩と比べると

少し肌寒く感じるような……あれ、これ覚えがあるな?


「いや待て待て、そんな馬鹿な事……」


そして、俺の中で嫌な考えが過ぎった。

……1人だけこれの犯人に心当たりがある。

だが、絶対に犯人とは思いたくないような相手だ。


俺は恐る恐るこたつがモゾモゾと動いている方へと

回り込んだ。


「……何やってんだよお前」


そこに居たのは……フユだった。

俺は自分が考えていた通りの光景が広がっていた事に

強い拒絶反応を示した。

……両手で目を覆ってその場にしゃがみ込んだ。


フユの変貌ぶりは凄まじく

初めて会ったあの時の少女とは最早別人だ。

現実世界ではまずお目にかかれない

クールな僕っ娘は何処へやら……

俺の中でのフユの初印象は最早溶けた雪だるまを

思わせるように跡形も無く崩れ去った。


フユはこたつから顔と手だけを出して

片手でスマホをいじくり回しながら

もう片方の手でスナック菓子を口に放り込んでいる。

それはまるでミノムシのような

……いやこれはもうただの怠惰の塊だ。


俺はあまりにも強烈な光景を前に言葉を完全に失っていた。

そんな俺の様子にフユはようやく気づいた。

フユはこちらを数秒じっと見つめるとスマホを置いた。


「ん……おはよお兄ちゃん。入る?」


フユは少しニコリと笑って見せると

こたつをゆっくりと捲り上げ、

自分の横にあるクッションをポンポンと叩いて見せた。

時期外れの冷気を掻き消す熱気が優しく顔を包み込む。


「いや入らないけど……」


「ん……分かった……ふぁあ……」


フユは少し寂しそうにしながら大きな欠伸をすると

再びスマホをいじり始めた。


「いやあの、人の家って言うか俺の部屋で何してんの?」


「マリブル」


「……ソシャゲのタイトルは聞いてないからね?」


「もうすぐ闇の聖戦イベントだから、

それに合わせて武器周回とオリハルコン掘りをしt」


「ソシャゲの周回内容も聞いてないよ??」


フユは不思議そうな顔でこちらを見つめると、

再びスマホの方へ向き直った。

マリンブルーファンファーレ 略して マリブル

年末になると某有名キャラクターと手を組んで

よくガチャを大量にばら撒いてるCMを出してる

“大人気王道スマホRPG” だ。

ただ、SNS上での評価は賛否が分かれているようで

物凄い周回量を要求される事から

ユーザーはブチギレながらやっているなんて皮肉を

耳にした事がある。


って、こんなよく知らないソシャゲの情報なんて

どうでも良いんだ。

俺が知りたいのはそんな事じゃない。


「いや……あの、何でここにいるのか聞いても……?」


「……ん!」


「え?! ダメだったかな?」


フユは何かに驚いた様子で空中に

氷の結晶でビックリマークを作ると、

嬉しそうにスマホの画面をこちらに見せてきた。


「オリハルコン・インゴット落ちた」


「ちょっとはこっちの話を聞いてもらえると

助かるんだけどねぇ?!」


俺とフユはこれに似たやり取りを3回繰り返して

ようやく本題に入った。



「俺の護衛?」


「……僕の近くは安全」


俺は昨日、ハルたちと話した事を思い出す。

ハルが言うには、俺とハルが出会ったのは10年前

つまり俺が4歳だった頃だ。


全く身に覚えが無いけど、俺はかつてこの村にいたらしい。

何がきっかけでこの村まで来たのかすら分からないが

その時に迷子になった俺は偶然出会ったハルと仲良くなって

そのままうっかり神契りをしてしまったと言う事だ。


神契りは “借用現象” であり、努力さえすれば

必ず約束を叶える効力がある代わりとして

契った人間の1部は契りに“千切られ” てしまい、

神に貸し出す事になってしまう。


そして、俺が貸してしまっているものと言うのが

俺自身の心臓と寿命である事が判明した。


先程も言った通り、神契りは約束事を叶える効力がある。

しかしそれは叶える為の努力が前提となる。

つまり、当然ではあるが

こちらが何もしなければ約束は果たされず、

神に借りられてしまったものは二度と帰って来ない。


つまり、このままだと俺はあと3年で寿命を迎えて

死んでしまうと言うのだ。


こんな状況で落ち着いていると思われるかも知れないが、

要は努力すれば俺の命は確実に助かる訳で

……まぁ言い方はあれだけど、

でっかい宿題が1つ目の前に現れただけだと

この頃は楽観視していた。



「って言っても、何から俺を守るってんだ?」


「………タチの悪い勧誘……とか?」


「何で疑問系?」


俺は大きくため息を漏らした。


「……ひょっとして、これも俺に教えられない?」


フユは俺の問いに首を縦に振った。


「ん……教えられないから仕方ない。

僕が出来るのは最低限の護衛と

……こうしてゴロゴロする事だけ。

……そして」


フユは指をくいくいと動かした。

まるで俺にもう少し近くに来い

……とでも言いたげなハンドサインを受け

少し不安になりつつもフユに近づいた。

フユは俺の手を取ると自分の頬に這わせた。

ふんわりと柔らかい感触の中に

もっちりとした吸い付きがあって冷たい。


人の感触では無いけど極上の触り心地だ。


「こうやって、お兄ちゃんを癒してあげることくらい」


「それはやらんで良い……あと出来れば

あんまりゴロゴロしないで欲しいんだけど」


「それは…………ちょっと難しい。

僕は冬の神であると同時に眠りを司る神でもあるから、

僕が眠らない事で多くの問題が発生する。

僕が眠るのはお仕事」


フユは俺の手を頬から離すと俺の手を広げて何かを置いた。

フユの手から離れて俺の手に乗せられた物体は

不思議な冷気を発しており

ひんやりとしていて涼しい気分になった。


「ん……お守りあげる。

学校までは守れない」


お守りと言うか正三角錐の形をした青い透明な物体だ。

表面が謎の冷気に覆われていて

ものすごく小さな雪の結晶が

現れたり弾けたりを繰り返している。

正三角錐の内側には濃い青色の正八面体が入っている。

そんな不思議物体には穴も空いていないのに

どう言う原理なのか紐が通っていて

首からかけられるようになっていた。


「……これ何?」


「ソシャゲアイテム風に言うと……

“雪憶のダイアグラム” ってところ?

ん……略名は雪憶で行こう」


「何それ」


「今勝手に名付けた。

装備者を魔の手から不思議なバリアで守るアイテム。

正式な名前はあるけどかったるい……

気持ち悪い漢字が40文字くらい続く」


「今名付けたんかい……」


「中学生なんだし、こう言うの嫌いじゃ無いでしょ?」


「………………んまぁ、嫌いじゃないけどさ」


俺は頬を赤く染めながら “お守り” を首にかけた。

身体が少し涼しくなったような感じがする。


「翔! 朝ごはん出来てるから早く来なさい!」


「?! 分かった!」


扉の向こうから母さんが呼ぶ声が小さく聞こえた。

多分リビングから俺を呼んでいるから声が遠いんだろう。

俺はソシャゲに夢中のフユを残して

リビングへと向かおうとした。


「あ、そうそう……翔!

ちゃんと冬神様も連れて来なさい!」


「………………なんて???」


「あら、聞こえなかった?

冬神様いるわよね?

一緒に朝ごはん食べるから連れて来て!」


「……………………はぁ????」


俺はコタツと一体化している生き物を凝視した。

フユは自分の事を話している事を

ちゃんと理解しているようで

俺がフユの方へ振り向いた瞬間目が合った。


「ふふ……仕方ない」


フユは何故かコタツの中に潜ってしまうと

そのまま俺がいる方向からニョキっと生え出てきた。

そして俺の方をじっと見ながら

両手を俺の方へと伸ばしてきた。

その表情は何故か自信に満ちており

眠そうな顔をしながら綺麗なドヤ顔を決めてきた。


「だこちて」


「……………………」


この村に来て最初に出会った頃のフユを返して欲しい。

俺の切実な願いは届くはずもなく

俺は大きなため息と共にフユをコタツから引っ張り出した。



フユを持ち上げて改めて実感した事がある。

フユは人間とは思えない程に軽かった。

体温らしい体温は感じられずひんやりしており

柔らかい筈なのに手の中で崩れてしまいそうな

不安感とかは全く無い。


歩く気が無さそうな神様を小脇に抱えて

リビングまで歩いて行くと

母さんが面食らった様子で俺を見た。


「うわっ……ちょっと何その連行手段」


「いや別に……本人楽しそうだし良くないか?」


フユは無表情のまま誇らしげにダブルピースをしている。

表情が少しだけ硬いので読み取りづらいが

楽しそうなのは確かだ。


「はぁ……まぁ冬神様がそれで良いのなら……」


何故かは知らないけど両親はフユの正体を知っていて

フユを敬うように接し始めた。

小脇に抱えて持って来たのが良くなかったらしいが

フユ自身が割と気にしていない様子だったし

何か悪い事をした自覚も無かった。


さっさと朝ごはんを食べて外に出た。

フユは何故か俺の方を見て口を大きく開いたまま

何かを待っていた気がするが普通に無視してやったら

無言の父がフユの口元へ食べ物を運び始めた。

父は考え事が捗るとしばらく何も喋らなくなる。

しかも今回は意識的に行動しているように見えない。

多分自分が幼女神にあーんしてる事にすら気付いて無い。

これは……かなり長引きそうだ。



「いってきます」


「あらもう行くの? 気をつけて行ってらっしゃい」


玄関のドアを開けて周囲を確認した。

昨日までとは違ってちゃんと人が活動している。

人は少ないが、かなり早い時間だからだろう……

俺はそんなごく普通を体感して安心した。


「…………行くか」


知らない環境、新しい場所。

知らない事が多すぎて緊張してきた……

転校するって言うのに俺はまだ

桜校に行った事すら無かった。

少し早めに出て職員室へ寄るように母さんから言われたので

まだ数人しかいない道をゆっくりと確認するように進んだ。



「あ」


「あ」


昨日通った不自然に自販機の並ぶ場所で

ナツと再会した。

ナツはまたブラシャキを昨日の犬に奪われそうになっており

やりにくそうな表情を浮かべながら

犬が咥えているブラシャキを掴んでいた。


「……何よ、何か言いたそうな顔してるじゃないの」


言ってみたい事は山程あった。

犬にエナドリを奪われそうになっている神様なんて

世界広しとは言えコイツくらいのものだろう。


「神って凄い力持ってるんだよな?

何でその力で奪い返さないんだ?」


ナツは少し困ったような顔を浮かべたがすぐに答えた。


「神ってのはね、この世界よりも遥かに

高次元の世界に住まう住人なのよ

高次元になればなるほど住人の情報量

……つまり力も強くなる。

ワタシたちは様々な制約をかけてこの世界にいるの!

その制約の1つで下界の生き物に

怪我なんてさせられないのよっ!

あーもうしつこいわねこの駄犬!!

バカ!! バカバカ!!」


「…………蟻を踏み潰さないように踏むみたいな事か?」


「いや何よそのヘンテコなひょうげ………あぁ!!

待ちなさいコラ!!! 待てやぁぁあ!!」


ナツは俺の言葉に反応してつい手を離してしまったらしく

犬が信じられないくらいの速度で爆速して行った。

流石はナツから何度も何度もエナドリを盗っている

実績を持つ犬と言うべきか

2秒足らずで視界から消えてしまっていた。

いやいやあれ犬の速さじゃないでしょ……何あれ怖っ。


「ぐすっ……ぐすっ……ワタシのブラシャキ……」


もうそこにはいたたまれない様子の

幼女がいるばかりであった。

この光景なんか昨日も見たなぁ……と思いつつも

俺はナツに声をかける。


「だ……大丈夫?」


「…………あのバカ犬、

あんたんとこのバカ姉貴に飼われてるんだけど

何とかならない?」


「飼い犬かよあれ……しかもよりにもよってアイツのか」


「……あの犬おかしいのよ。

気配が全く掴めないし、いきなり現れる。

4柱の中じゃワタシはダントツで感知能力が高いのに

全く手に負えないのよ

…… “母上” 絡みの神獣だったりしないわよね?」


「……さっきから何を言ってるのか分からないけど

あのカスが飼ってる犬なら多分俺にも手が出せないぞ」


「……それはまぁ、そうよね。

無茶振りしようとして悪かったわね」


俺は身振り手振りで手に負えない相手だと伝えた。

ナツは何となく分かっていた様子で大きなため息をついた。

それはそれとして無茶振り扱いされたのは少しムッとした。

……まぁ無茶なんだけど。


……それにしてもこんな朝早くから

犬ほったらかして何やってんだあのバカ。



都会ではまずお目にかかれない珍妙なイベントに

遭遇しつつも俺は再び通学路を歩き出した。

ここは神様がいる村なんだ

……多分大抵の事には慣れないといけない。


「それで、何でついてくるんだよ」


「………………別に良いじゃないの。

ワタシたちはこの村の中ならどこでも行けるし」


「学校までついてくるって意味に聞こえるんだが」


「……どうせ職員室の場所、分からないでしょ?

折角転校して来たのに

誰かが案内してあげないと困るじゃないの」


「ナツ……お前」


ナツとの会話はまだ多いとは言えない。

だからこそ誤解していた。

この子はてっきり……俗に言う

“ツンデレ” タイプなのかと思っていた。

しかし実際にはそれとは違うように見える。


ちょっとした認識のズレではあるけど

知り合いの新しい一面が見られるのは嫌いじゃない。


「ほら、行くよ?」


ナツは特に恥ずかしがる様子も見せず

俺と手を繋いで歩き出した。

……この場合、小説とかだと恥ずかしがるのは

ナツの方だと思うんだけど

赤面していたのは俺の方だった。



「やっぱかなりデカいよなこの学校……」


かなり早い時間だからか

人目の少ない通学路をなぞる事が出来た。

……転校初日に神様とは言え幼女と

手を繋いで登校すると言うのは

あまり大っぴらに見せたい光景ではない。


複数の学校機関が融合した施設である為

大きいのは言うまでも無いが

見渡す限りを高い山で囲い、

広い範囲を田園風景で彩る古風な田舎村において

住宅街にある山を背に建つ巨大な建造物と言うだけで

非常に目を引く。


「ほら、立ち止まっていないで職員室に行くわよ」


ナツは俺に浸る暇も与えずに手を引いて来た。


「おい待て待て、お前どこまで来る気だ???」


「クラスに案内する所までに決まってるでしょ?」


「は?? ……まさかクラスメイトとか言うオチ無いよな?」


「……残念ながらここは現実なのよ。

そんな小説みたいな事が起きる訳無いでしょ?」


「小説上のキャラクターをそのまま模ったような存在に

そんな事言われても何の説得力も無いだろ?!」


かなり大きな声で会話していたからか

何処からか小さく笑い声が聞こえた。

その笑い声が俺たちに向けられたものでは無い事を祈り

俺はナツの背を押して職員室へと向かった。


ナツの足取りに迷いは見られなかった。

慣れた道を行くかのようにスイスイ進んでいく。


「ここよ」


ナツは特にノックをするでも無く無作法に扉を開け放った。

そんなデタラメな事をしたせいで

驚いた教員たちと目が合った。

しかし、その次の瞬間には教員たちの表情が

警戒や怒りを含んだものから一気に反転した。


「な、夏神様?!

何故貴方様がこのような時簡帯にここへ?!!」


少しだけ頭皮に問題を抱えていそうな小太りの男性が

開口一番に声を上げた

教員たちの表情は一気に青ざめ、

彼らの心音が空気を伝ってここまで聞こえて来そうな程に

強い緊張が場を支配した。


「この村の中だとやっぱ偉いのかお前……」


「当たり前でしょ? そう見えないかも知れないけど、

ワタシ達は神様よ」


“お客様は神様だ” と言う聞き慣れたフレーズが

記憶を通り過ぎる。

まぁしかし、そんなアホの詭弁とは比べるまでも無く

事実を言っているパターンである事から

否定材料がない訳だけど。


「き、君?! 夏神様になんて口を!!」


「あぁ良いのよコイツは。

ワタシ達が対等に接する事を許してるの」


「は、はい! 夏神様がそう仰られるのでしたら

何も問題はありませんね!」


大人が子供相手にここまで

ヘコヘコしている姿を見るのは初めてだ。

……流石に笑いそうになった。


しかし、実際に村と関わる人たちが

ナツを見た時の態度には少し引っかかるところがある。


ここまでの道中でも村の人たちは同様の態度を見せていた。

当然の話ではあるが、神と接する村など

見たことも聞いた事も無い。

それ故に、神を前にした人が

どんな態度を取るのかなんて知らない。


ただ、幾ら相手が神とは言え反応がかなり過剰な気がする。

純粋な崇拝や畏敬とは何か違うような……違和感がある。


「それで、このようなお時間にどのような要件で

ここまでいらして頂いたのでしょうか?

不都合が無ければお聞かせ頂けると幸いでございます」


(……あれ? あのおじさんだけ妙に落ち着いてるな)


硬直する教員たちの背後からおじさんが1人近づいてきた。

身なりがしっかりと整えられていて気品を感じさせる。

身に纏う雰囲気はさながら

貴族に仕えるエリート執事のようであり

男目にもかなり格好良く思えた。


「コイツ、今日からここへ編入するから案内してたのよ。

校長なんだしそのくらい知ってるわよね?

わざわざ周囲を気遣って変な質問しなくても良いのよ」


「え? 校長……先生?!」


想像すらしていなかった。

校長が学校の中で誰かを敬うように行動している姿を

見る事になるなんて……


「えぇ、あまり威厳など無い老取ではございますが

この学校を仕切らせて頂いております。

夏神様、宜しければ以降の事は

私が引き継がせて頂きたいのですが

よろしいでしょうか?」


「……うーん、最後までついて行こうかと

思っていたんだけど」


「お言葉ではございますが、夏神様が突然ご訪問されては

子供たちが萎縮してしまうかも知れません。

ここはおひとつ、彼の学校生活を守ると思って

我々にお預け願えないでしょうか?」


「……確かに、あまり畏れられても居心地は良くないわね。

分かったわよ……ワタシは帰るから後は任せたわ」


「お心遣い、深く感謝致します」


ナツは何度か俺の方を振り返りながら

不安定な足取りで去って行った。

ナツに対して抱いていたイメージが

大きく変わったように感じる。


「さて、では校長室までついて来て下さい」


「は、はい」


見知らぬ大人と会話するのは少し緊張する。

特に相手が気品ある紳士的なおじさんともなれば

勝手に背筋が伸びてしまう。


校長は杖も無しに安定した足取りで校長室へと向かう。

俺はその3歩後ろを歩きながら周りを見渡した。

見慣れない光景ばかりで目に映る全てが新鮮だ。


学校なんて何処も一緒だ……なんて思っていたが

案外最初に新しい校舎へと足を踏み入れた時の

感情と言うのは忘れてしまうものなのだろう

……緊張もするけど目新しくてワクワクする。


「どうぞ、お入りください」


校長はナツに接したままの態度で俺にも接していた。


「あの、そんなに畏まらないでください。

俺は確かにアイツらと良い仲は

構築出来ていると思っていますが

だからって神様と同じくらい偉い訳じゃ無いです」


「あぁいえ、これは癖みたいなものでして。

誰に対してもこのように接してしまうのです。

……ご不快に思われたのでしたら深く謝罪致します」


「いえいえ! そんな不快に感じるような

事じゃないですから気にしないでください」


校長の敬語は頭が低く感じられず自然で

温かみと余裕を感じさせるものだった。


校長室に入ると校長直々に教材や体操服、

上履きなどの必須アイテムを手渡された。

転校とかしたのは初めての経験だけど

どの学校でもこんな感じなのだろうか?

少し対応が手厚いような気がしてならない。


「貴殿の転入を心より祝福いたします。

本校を通して新たな交友を持ち

健やかな学校生活を送る事を

四つ柱の神にお祈り申し上げます」


一通り必要な物を渡された後

少し変わった言葉と共に紙袋を手渡された。

明らかに教材の類とは違うそれは

菓子折りなどにしては重みがあって、

張り詰めた空気を漂わせていた。


「あの……これは?」


「もう何百年も前の代から我が家で伝わるものです。

重苦しい物とは承知しておりますが

10年ほど前に春神様から “神の友へ送るように”

とお声を頂いたので

それに従わせていただきました」


色々と引っかかる事が多いけど

俺に渡す為にわざわざ持って来たって事?

それにしてはタイミングが良過ぎないか?

神との仲を最初から知っていた?


「……そうですか。

ありがとうございます」


キリが無い程に疑問は湧いて出たが

はぐらかされる自信があったので

今は混乱を避ける事だけを考えて正直に受け取る事にした。


それに、これはハルが俺の為に様々な神のルールとやらを

グレーゾーンギリギリで掻い潜って渡してくれた

バトンでは無かろうか?

つまり、今回の神契りと何か浅からず

関係がある物品という事では?


「これ、やけに重いですけど一体何なんですか?」


下手をすれば教材一式より重い。

俺はこの物体の正体が気になって

つい校長に聞いてしまった。


「それが……分からないのです。

紙袋の中身である箱は

春神様が認めた方でなければ開けられず

中身も春神様から口止めされていたらしく

先祖からお聞きする事は叶わなかったと

祖父からは聞いておりました」


「……そうですか」


気になる言葉があったが、何だか村の秘密を解き明かす

SF系探索型RPGゲームみたいで少し楽しくなって来た。

無理もない……神様なんて言う超常的な存在が

野良猫様ぐらいの自由度で歩き回る村。

そんな神様と幼い頃に “忘れてしまう約束” を交わし、

約束を果たす為に村の歴史を調べる事になった俺。


ゲームの主人公にでもなった気分だ。

何よりもこの “何が起きても不思議じゃない”

感じが最高に俺を高揚させる。


「……しかし正直驚きました。

夏神様とここまで仲睦まじく接されている方を

今まで見た事がありません」


「そうなんですか?

最初からあんな感じでしたけど」


「ならば尚の事珍しいですよ。

何しろ夏神様は四神の中でも

1番警戒心の強いお方なのですから。

あのお方は初対面であれば子供相手でも警戒なされます」


「……何というか、イメージできませんね」


校長の口から語られた “夏神様” は

俺が見てきたナツの印象からかなりズレていた。

仮に校長の言っている事が真実であれば

もしかして俺はナツとの間にも

何か解き明かさないといけない謎を

抱えているんじゃなかろうか。


「それだけ信用されていると言う事なのでしょう。

……とても羨ましいですが、

我々にはその関係は些か眩し過ぎます」


「結構気さくな連中なので話せば

割と誰でも仲良く出来ると思いますけど……」


「いえ……そうではないのです。

そもそも我々にその権利はございません」


俺はこの時、ずっと引っかかっていた事を思い返した。


「それって、この村の人たちがナツを怖がるのと

何か関係しているんですか?」


「…………それは…………違うんです。

我々は恐怖しているのではありません。

ただ……顔向け出来ないのです」


校長は少しだけ言い淀むと

慎重に言葉を選んで返答して来た。


「それってどう言う……」


「………………申し訳ありません」


これ以上は聞き出せそうに無かった。

流石は非日常に染まる村

……過去をペラペラと語って貰える程

村に関わる秘密は安くないらしい。



「神の友として、

どうか彼女たちの救いになってあげてください」


あの後、しばらく校長先生と会話をしたが

村の歴史に迫る重要情報については

何ひとつ掴み取る事ができなかった。


校長に見送られて俺は自分のクラスへと足を進めていった。

その中で “ウチのクラスに転校生が2人来る”

などと聞こえたがもしかして片方は俺の事だろうか?


(ってかあの校長……俺の他にも転校生がいるなんて

言ってなかったんだが?)


湖鯛こだい 校長は、

校長であると同時にこの村の有力者みたいで

あまり良くは知らないがこの村における四名家の1つ

湖鯛家の現当主でもあるらしい。


どうもこの村にはローカルルールが多そうだ……

慎重に行動しないとすぐに浮きそうで怖い。

一応今回のやりとりで把握したのが

この村における権限序列についてだ。


まず4人の神、次に四名家、そしてお役所や警察

……と言った具合に村で行使できる権限に差がある。

とは言え、現代日本離れした貴族制のようなものとは違い

生活する上で身分の上下格差はほぼ無いように見える。

……ただ、神に対する話だけは別らしく

妙な溝があるように思える。


つまり……俺は村の重要人物と対話するチャンスで

何も手に入れる事が出来なかったのだ。


「はぁ…………」


大きなため息が口から漏れた頃

“C-2” の小看板がついたクラスが見えて来た。


C-2教室は2つからなる校舎のうち

外側のL字型校舎の3階にある。

校長室はグラウンドが隣接する

内側の長方形をした校舎の一階だったので

そこそこ距離があった。

連絡橋を渡り、長い通路の中央にある階段を

登ってすぐ右側がC-2だ。


1学年に1クラスしかないからC

……中等教育の2学年目って事だ。

少し慣れない表記を見ていたので背後を駆け抜けて

階段のある曲がり角に隠れた人影には気付かなかった。


「あれ? 君もう来てたのか」


朝のホームルーム開始まであと1分くらいになった頃

背後から爽やかなイケメンボイスが話しかけてきたので

担任かと思い振り返ってみると

そこには白衣を着た小柄な女性が立っていた。


腰くらいまで伸びており綺麗に切り揃えられた

サラサラな黒髪、大きくて度が強そうな丸眼鏡。

俺の語彙量が少ないから何とも説明し難いが

スーツの羽織だけ脱いで大きめの白衣を着たような

アンバランスな服装。

神様にも劣らないくらい白くてきめ細かな肌。

少し灰色っぽく見えるジト目に薄い唇。


神様とか言うインチキビジュアル集団を見ていなければ

卒倒していたかもしれないレベルの美少女が立っていた。

……ん? 美少女???


「…………あぁしまった……そう言えば私は初対面相手に

背後から話しかけてしまうと余計にびっくりさせてしまうと

常々マユから叱られているんだった……悪かったね」


「ちょ?! え?! そ、その見た目でその声帯?!!」


低めの梶◯貴みたいなイケボをした

推定身長140センチくらいの女性にいきなり謝罪された。

正直もうパニックだ。


「あぁそうそう……マユってのは私の妻で……っといけない。

こんな事話してる場合じゃなかった。

後で呼ぶからそこで待っててね」


不意に出された新情報が更に混乱を加速させた。

え……? 妻??? あの人男?!?!

って言うか結婚してんの?!?!?!

しかもあれ俺の担任?!?!?!?!


何やら教室の方が少し賑やかになっているが

最早それどころでは無かった。

そんな中、あの無駄に格好良い声が俺を呼んでしまった。


(嘘だろ……自己紹介の言葉とか

何も考える時間無かったぞ?!)


ゆっくりと教室に入った。

14、5人くらい人が座ってるのが見えたが

緊急と混乱でそれどころではない。

しかも一瞬だけ見えたクラスメイト達の顔は

期待や希望に満ちた顔ではなく

何故か俺を警戒するような表情ばかりだった。

黒板の前に立ったが横に立つ先生が気になり過ぎて

前方の情報が入ってこない。


俺は震える手で黒板に自分の名前を書いた。


「……ええっと、あーもう良いや!

朝樗 翔 です! 何か言わなきゃとは思ってたんですが

先生のインパクトが強過ぎて全部吹っ飛びました!!

よろしくお願いします!」


数秒の沈黙が俺を襲う。

もう駄目だ……失敗した……!!

などと思っていた矢先に前方が一気に騒がしくなった。


「あっはははは!」


「そりゃそうだよな!

自己紹介直前で味条みじょうちゃんはハードル高いわ」


「……お前らなぁ……私のこと何だと思ってるんだ?」


途端にクラスの雰囲気が暖かくなった。

その様子はまるで面食らったのは

俺たちの方だと言わんばかりで

場の緊張が急激に解れていくのを感じた。


良かった……とりあえず自己紹介は乗り切ったらしい。

ここで下手やらかしたらトラウマものだ。


「ちょっとそろそろ静かに!

って言うかいつまで笑ってる気だよ?!

流石の私も傷つくよ?!」


先生の言葉を皮切りにクラスが少しだけ静かになった。


「転校生もう1人来るんだっけ?」


そこにさっき同情してくれた気さくそうな坊主頭が

立ち上がって質問した。


「そうだよもう1人いるんだよ。

時間押してるから巻きでやらないといけないの!

ほら分かったら座って座って」


「はぁい……」


「でも次の授業自習でしょぉ?」


坊主頭が大人しく座ったかと思えば

今度はスクールカースト上位にいそうな

茶髪ボブカットに萌え袖の女子生徒が質問を投げた。


「あのねぇ〜! どうせお前らその自習で転入生を質問責めにするつもりでしょ?!

ならここはコマ割り通りにさせて貰っても良いよね?!」


「はいはい分かったよミジョーちゃん」


「はぁ……全く。

待たせたね! もう入って来て良いよ」


「……やれやれ、どうやら私は

賑やかな所に来てしまったようですね」


(……あれ? 今の声)


扉越しに聞いた転入生の小声は

何故かとても耳に覚えのあるものだった。

直後、ゆっくりと扉は開かれ2人目の転入生と目が合った。



「…………え? は?? はぁ?!?!?!?!」


「何よ……人の顔を見て一言目がそれなの?」


「いや……だってお前……何でここにいんの?!」


クラスが少しだけざわつき始めた。

2人目の転入生は意気揚々と黒板へと向かうと

なんの躊躇いもなく俺の名前の右隣に

沿うように名前を書いてみせて

2人の名前の上に大きな三角形を描いた後

2人の名前を分かつ縦棒を引いた。


……確認するまでもなくその形は相合傘だ。


「私は大道だいどう 千羽ちわ

見ての通り……この転入生の恋人よ。 よろしく」


「「…………はぁ?!?!?!?!?!」」


千羽はこれまた躊躇なく俺の左腕に

両腕を回すと抱き寄ってきた。

確かに俺は千羽の彼氏として1年間過ごして来た。

だがそれは双方に事情があったからで

遠く引っ越して来たこの田舎でまで

恋人ごっこをする理由が無い。


(あぁ……終わった)


こうして、俺の新たな学校生活は

俺とクラスメイト達による驚愕の叫び声で

幕を開けたのだった。


ロリ神にまとわりつかれ、ヤバい姉を身近に感じながら

厄介だった偽装彼氏役は続行の姿勢を崩さない交渉相手。

まだ始まったばかりであるにもかかわらず

あまらにも特殊な女難と波乱に囲まれた新生活を

この期に及んで悟った俺は

ゲームの主人公にでもなった気分になって

目を輝かせていたさっきまでの自分が

如何に現状への俯瞰が出来ていなかったかを思い知らされ

地獄のような雰囲気の教室で席へと案内される中

泣き出しそうになりながら肩を落として歩いた。

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