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3.指切り

「着いたでぇ」


アキが俺の肩を後ろからポンポンと叩く。

光が止んだ事を確認した俺は腕を下げて恐る恐る目を開いた。


そして、眼下の光景を前に俺は言葉を失った。


桜並木だ……しかもただの桜なんかじゃない。


俺たちが普段目にしている桜とは全く違うものだが

何故か一瞬で理解する…….これは桜だ。


幹や枝は白くて花びらは全て色が違う。

1本1本が樹高100メートルはあろうかという巨木。

そんなものが視界の果てまで続いていた。


更に、空は淡い白と橙色のグラデーションになっており

雲から虹色の鳥が出入りしている。

地面は桜並木の始まる辺りから

この世のものとは思えない程に透明度の高い

凪いだ湖になっていて

底の方から光が差し込みキラキラと輝いている。

色鮮やかな魚が光の玉の様なものと戯れながら

楽しそうに泳いでいる。


心地よく通り抜ける風すらも

蒼く水墨のようなエフェクトによって可視化されている。

まさしく、神の在る地としか表現の出来ない程に

美しい世界が広がっていたのだ。


「どや? ……ヤバいやろ?」


表情は変わってないのだが、アキが自慢げに

放心してる俺に話しかけてきた。


「正直圧倒されてる……風景1つに感動して

涙が出そうになったのは生まれて初めてだよ……」


「せやろ?」


アキは俺の反応を確かめるなり

自慢げに首を軽く上下に振った。


直後、ほんの一瞬

今まで閉じていたアキの目が片方だけ僅かに開いた後、

アキは桜並木の広い一本道を指差してみせた。


「来たでぇ、お姉様のご到着やぁ」


その言葉の直後、桜並木に霧がかかった。

いや……雲が落ちたというのが的確だろうか。


数秒の沈黙が過ぎて、軽やかな鳥の鳴き声と共に

数百もの虹色の鳥が何か巨大な物を引っ張りながら

落ちた雲から飛び出してきた。


虹色の鳥1羽1羽の首には

鮮やかな赤い紐が括り付けられており、

波音すら立てないそれを軽々と引っ張っている。


船だ……雲に投影されていた影から大きな屋形船が姿を現した。

白く鈍い光に包まれた美しい船は、

ゆったりとこちらへ向かって来ると俺達の前で停船した。


停船した船は少しの間沈黙すると

陸地にいる俺たちの方へ光の橋を架けた。


「ほな行くでぇ? お姉様はこの中や」


「は、はぁ」


俺ほアキの手に引かれるまま橋を渡り、船内に入った。



「ここが船内か……広いな」


船内は宙を魚の影が舞い泳ぐ不思議空間だった。

そこら中に豪華な装飾が施されていて

船というよりこれはもう城の中だ。


ふと、遠くからドタドタと走る足音が迫って来る。

足音は反響しており、その主がどこから来るのかを掴ませない。

そして、足音の主がどこにいるのか気付いた頃には

もふっとした柔らかさの暴力を背面に食らって

倒れ伏していた。



(ちょいハルちゃん? ……何してるん??

今回はちゃんと神らしく行くって

言うとったやん??)


(アキ!! 彼の前では 『お姉様』 でって言ったじゃん?!)


(いやもう無理やてぇ……今更繕うても無駄や。

ハルちゃんがガバッとやってもうたんで全部パァや……)


(うぅ……だっで……だっでじょうがないんだもん……ずっど会いだがっだんだもん…!!)


(しゃあないなぁほんま……ほな、これで涙拭いて

はよ立ちや?)


(うぅ……ズビィィ……!)


(鼻かむ奴とちゃうでぇ?)


地面にキスさせられてる俺の上で何やら小声で2人の幼女がごにょごにょと忙しなく会話している。


「あの……はやく退いて」


「あっ……! ご、ごめんね!

すぐに退くから……」


背後から天国の感触が消える。

何故かは分からないが酷い喪失感に襲われたが、

謎の喪失感をぐっと押さえ込み立ち上がる。


振り返ると、もふもふの正体がそこにはあった。


黄金の装飾が施された仏様の装束を思わせる

神秘的な銀色の装いに、

色彩豊かな碧と紫のグラデーションをした

条帛じょうはく天衣てんいを纏っている。


青くキラキラとした瞳は、天の鏡を想起させ

宇宙を映しているかのような美しさと雄大さを内包している。


金色に輝くクリーム色の長髪を腰まで垂らしていて

良い匂いがする。

頭には緑色の葉が4枚円を描くように並んだ

アクセサリーを飾っていて、その中心からは

水色のアホ毛みたいなのが生えている。


髪は靡く度に金粉を舞わせ

その金粉は軽く弾けるように光を発して消えていく。


何だこの生き物は……恐ろしく可愛い。

見た事がない程に可愛らしい筈なのに、

どこか懐かしいような……そんな雰囲気の幼女だ。


謎の幼女は何かして欲しそうに

指をおしゃぶりしながら上目遣いでこちらを見ていた。


俺はそんな彼女の真意を汲み取れないまま

頭にハテナを浮かべる。

そんな中でもアキだけは冷静な分析をして

“ハルちゃん” の心を読み取っていた。


「あ、あれ……君確か昨日の?!」


思い出した……さっき見た門の前に構えてた鳥居に

見覚えがある気がしていたのだが、

村に来るまでの山道で見かけたあの苔むした巨大な鳥居……

まさしく 『あれ』 ではないか。


更にこの幼女、よく思い出してみれば

その時に鳥居の左柱の傍に立っていたあの幼女と瓜二つだ。


「どうやら、私からのサインは届いていたみたいだね?」


「サイン?」


「言うても、はよ会いとうなって

待ちきれんくなったハルちゃんが

自分の存在をいち早く認知させる為に

思念を飛ばしただけなんやけど」


「……っ?! ちょっとアキ?!」


クスクスと笑うアキの肩をぽんぽんと叩きながら

赤面した金髪の幼女が半泣きになっている。


俺はその光景を苦笑いしながら見ているばかりだ。


「えっと……って事はあの霧も君の仕業?」


「霧……? 何の話?」


ん? あれ??


「いや、初めて君を見た時

山に変な霧がずっとかかってたんだけど?」


「……? 何を言っているの?

私も見てたけど、あの山に霧なんてかかって無かったよ?」


「え?」


話が繋がらない……どう言う事だ?

数秒の沈黙が流れた後、

思考を巡らせる俺の横からアキが割り込む。


「話すんのはえぇけど、移動した方がえぇんとちゃう?」


「……そうね。

とりあえず客間に移動しましょう」



「こほん!それでは改めて自己紹介するね。

私はハル。君を招いたのは私だよ!」


アキは客間に着くなり

「ごゆっくりぃ~」

などと言ってどこかへ消えてしまった。


客間に着くまでの間、霧について

より詳細な情報を伝えたのだが有益な情報は得られなかった。

つまり、あの偶然ともら思えない変な霧に

ハルと言う人物……? いや、神様は関わっていないのだ。

そしてその上でハルはこうとも言っていた。


『私が観測出来なかったと言う事は、少なくとも

自然現象ではない』


つまり……何らかの存在が

意図的に起こしたものだと言う結論に至った。

誰が……? 何のために?

分からない事は山ほどあったが、この話はこれ以上

発展しなかった。



客間 8畳ほどの和室だ。

さっきまでの豪勢な雰囲気とはうってかわり、静かな空間だ。

丸い窓からは池が覗いていて、

ししおどしの心地よい音が響いてくる。

近くに滝でもあるのか

激しくも耳障りの無い水の音が微かにする。


床は畳張りで中央には

大きな黒い木製のローテーブルが置かれている。

俺とハルは、テーブルを中心に向かい合うようにして

座布団の上に座っていた。


「単刀直入に聞くんだけど、

俺を呼んだ理由を教えてもらえるか?」


「そうだね……それじゃ早速本題に入るんだけど……」


「……だけど?」


ハルがモジモジと何か小声で言っている。

重ねて何度か聞き返すとようやく声が大きくなった。


「その……一方的にこっちから頼み事をする身で

申し訳ないんだけど、私たちからは詳しい事は話せないの」


「……へ?」


「神にも法律はあるんだよ……そして、

君に頼みたい物事の詳細はね

私たちが人に話してはならない決まりになっているの」


「な、なんじゃそりゃ……それじゃあどうしろと」


「君にはこれから、この桜呼村の歴史を調べてもらいたいの」


「歴史?」


「そう。隠蔽されてしまった 『真実の歴史』 を」


「……それが、俺への頼み事とやらに繋がるって事なのか?」


ハルはこくりと首を縦に1度振った。


「今から800年前の歴史を調べて。

私から言えるのはこれだけ。 ここが限界なの」


「隠蔽された真実の歴史なんて言うけど、

そんなの中学生が調べられるものなのか?」


「それについては安心して良いよ。

君は絶対に真実に到達できる……確証とかじゃないの。

これは “決定” されているの」


ハルの言い回しが気になった。

そして、俺はそのハルの言葉を聞いて

何故か物凄く重要な何かを見逃しているような、

忘れているような……そんな気分になった。


「なぁ、ひとつだけ聞いて良いか?」


「ん?」


「どうして俺なんだ?」


何故かは分からないが、俺はこの神を名乗る4人の少女達と

どこかで会っている気がしていた。

だが、全く思い出せない。

これ程までに特徴的な4人の存在を忘れてしまえる人類など

果たしているのだろうかというくらい

彼女達は存在が濃い。


「君じゃなきゃだめだからだよ」


ハルから、理由になっていない理由が返ってくる。


「答えられないって考えて良いのか?」


「それもあるけど、この件については

君にしか解決できないんだ」


「……よく分からないけど、

それってもしかして

俺が君たちに会った事がある気がしている事に

何か関係あるのか?」


「……まさか思い出せたの?!」


ハルは少し驚いたような顔で食い気味に質問を返してきた


「思い出すってのはよく分かん無いんだけど

何となくそんな感じがすると言うか」


「そう……なんだ。

まぁそうだよね」



ハルはどこか残念そうに乾いた笑いを浮かべ、座り直した。


「思い出したかって聞いて来たけど、

やっぱり俺、何か忘れてるのか?」


「それは……」


ハルは1度目を逸らしたが、何かを考えるように唸り込むと

1度深呼吸をしてこちらに向き直った。


「分かった……じゃあせめて、このくらいは教えないとね。

……もしかしなくても、ここに来るまでにナツにでも会った?」


「……唐突に何だ?」


「良いから答えて」


ハルは先程より少し落ち着いた面持ちで

俺に問いかけてくる。


「アキもそうだけど、何で分かるんだよ……

テレパシーでも使ってるのか?」


不思議そうにする俺に、ハルはある1点を指さして来た。

何が何だか分からなかったが

俺の左手の辺りに指が向いている。

気になって視線を下に向け、左手を見た。


「……無い……お、俺の小指が、無い!!」


指が取れただとかそういう次元じゃない。

指摘されるまで無くなっている事にすら気づかない程に

ごく自然な状態で

小指のみが綺麗さっぱりと “消滅” していた。


「は?! えっだってこれ……?! どうなってんだ?!」


「ナツに、お金貸した?」


「え……?そんなの貸して……あっ」


思い出した……確かに俺はお金を貸している。

些細な事だったとは言え何故かこれが中々思い出せなかった。

ハルに指摘された途端、どこかへ飛んでいた記憶が

不意に舞い戻ったかのような感覚に陥る。


「十中八九 “神契り” が原因だね」


「え?」


神契り……? 何だそれ?


「落ち着いて聞いて。

その指は 完全に無くなった訳じゃないから」



ハルはやや重い表情で神契りについて俺に説明した。

神契りとは、神が現世に干渉する上で

受けている制約の1つであり誓の印なのだとハルは語る。


「神と人との間に交わされた約束事は

必ず成就されるの。

これは一般的に言う “神頼み” とは全くの別物で

私たちと人が対等な約束事を取り付けてしまい

それを両者が合意する事で発生する

“借用現象” なの」


「借用現象……?」


「そう。 人と神が対等の立場にある約束が交わされた場合、

人側は神の力に引っ張られてしまう。

その時、約束事に関する記憶と

その人の一部を神に貸し出す事になっちゃうの」


「記憶と……俺の、一部……」


今回の場合、それが指だったと言う事か。

あれ……? 待てよ?


「その、神契りとか言うやつの事は分かった。

この指はとりあえず貸したお金を返して貰えば

戻ってくるって事か?」


「その通り。

だからひとまず安心して」


「分かった……それともう一つ聞きたいんだが」


俺は、今1つだけ引っかかっている事がある。

このタイミングで神契りについて説明したと言う事はつまり

『そういう事』なんだろう。


「俺と、何を約束したんだ?

…いや、この言い方は適切じゃないな。

今回の “お願い” は、

俺とハル……君との間に交わされた約束に関係あるのか?」


「……そうだよ」


「やっぱそうなのか……」


だから

『俺は絶対に真実に到達できる。

これは“決定”されている』


などと意味ありげな事を言ったのだろうな……とは思っていた。

問題はここからだ。


「俺が今、聞きたいのは1つだけだ。

……俺は 一体 “何” を貸しているんだ?」



-同刻 神域へと導く長階段 -



「で?そろそろ教えてくれない?

何よ 『盗聴』 って」


アタシと八色 は 今、神域に向かっていた。


先程の一件であの少年の姉 八色は

切羽詰まったような面持ちで

私にスケッチブックで秘密のコンタクトをとってきた。


会話こそ煽り合いの喧嘩状態だったけど、

アタシは直ぐに八色の状態を察し、話を合わせたの。



スケッチブックで伝えられたのは全部で4つ。


『話を合わせて。 盗聴されている』


『神域で話したい』


『詳しい事情は後で全て説明する』


そして、真っ赤な文字で一際大きく書かれた


『鬼』



事態を把握したアタシは、口喧嘩をもつれ込ませながら

ごく自然 (?) に、神域へ八色を招いた。

階段まで来ればもう外界からの干渉を受け付けない異界なので

『盗み聞き』 は不可能になる。


しばらく黙々と階段を登ってきてしまったので

アタシとしても、そろそろ情報の擦り合わせがしたかった。


「言葉の通りだけど?」


「…………あのねぇ」


要領を得ない返答に思わず頭を掻きむしる。


「1つ勘違いを解いておくけど、

別に私はこの町を荒らしていた訳じゃないの」


「は?」


素でキレそうになった。

あれのどこが荒らしていないと言うのか

町を散財落書きだらけにして、

あんなに町の人たちに変な事したのに……

この子には恩とか無いんじゃないかと思っていたから

尚更頭に来た。


「私は『緊急事態』を想定して、

色々と仕込ませてもらってたのよ。

何せ “あれ” の封印が解けかけてるからね?」


「……何の冗談?

だってあれはまだ……」


「復活はまだ200年くらい先だとでも思ってた?

想定が甘すぎたんじゃないの?

私がこの町に戻った頃にはもう手遅れだったのよ?」


アタシの頬を汗が通る。

考えられる中でも “最悪” の事態が発生しつつある事を

八色は告げてきた。


「ちょっと待って……どうしてあんたがそんな事知ってるのよ?

それに盗聴って……まさか?!」


「多分ナツの考えてる通りなんじゃない?

私が復活の手助け係に選ばれちゃったのよ……

まぁ、あり得ない話でもないでしょ?

今回神域に立ち入らせてもらったのも、

そっちに状況を知らせるのと

“あれ” に命令されたってのが理由。

私にはあれに逆らう術がほぼ無いのよ」


「復活を止める手立ては?」


「残念、もう遅いわね。

もう札も何も通用しない筈よ?」


「嘘………でしょ?

よりにもよってどうしてこのタイミングで……!!」


「むしろ、このタイミングだからじゃ無いの?」


木々がざわめき、不穏な風がひと吹きする。

かつて、この地方には恐るべき……いや、とても悲しい

伝承が伝わっていた。

今この時にも、その “主役” が這い出て来ようとしている。


人を憎み、神を呪い、数多の戦場にて血を浴びた怪物



“鬼”が、目覚める。

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