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2.小さな神様たち


翌朝……というかもう昼だ。

今日は平日だが姉の言った通り

俺たち家族以外誰一人活動していないのを見ると、

学校などに行っても無駄だろう。

昨晩は荷解き作業が難航した事もあって

就寝時間は午前3時を過ぎていたから

不本意ながらその点では助かったとも言える。


両親にはひとまずクソ姉貴に会ったことだけを伝えた。

フユと名乗る謎の幼女に関しては

あまりにも突拍子も無い為、

1度四神神社なる所まで赴く必要があると考えたので

伏せておく事にした。

俺は起き抜けに両親を見つけるなり


「村を散歩してくる」


とだけ告げて身支度をして早々に出かけた。

よく見る妙な夢に出てくる神社の名前は、朧気だが

確か …… 『○○かみ神社』


みたいな感じで呼んでいた気がする。

ひょっとしたらひょっとするのかも知れない……

などと思いながら歩いていると、

自販機の目の前でワタワタとしている幼女を発見した。


しかもこれがまた変な格好をしている。

紅い髪を和紙のような紙紐でポニーテールにしており、

白と橙色のグラデーションになった

色鮮やかな巫女服紛いの格好をしていた。


何故だろうか……この村に来てからというもの

変な幼女にばかり遭遇してしまう。

とりあえず俺はこの変な幼女に話しかける事にした。


もう分かりきってるのだ。

どうせ俺を待っている人物の関係者か何かだろ?


だって一般村人ならまだあのバカ姉貴が盛大にやりやがった

大催眠睡眠祭の餌食になって寝てる筈だ。

目元の隈もスッキリ取れる程にグースカと寝てる筈だろ?


だと言うのにこの幼女と来たら……

もう何日も寝てなさそうな顔色をしているんだよな。

とりあえず何かワタワタしているので

まずはその辺から聞いていくか……


「おい、そこの幼女」


「ひぇい?!」


……しまった語彙が強くなってしまった……

これは警戒されたのでは無かろうか。


「な、何よあんた?!

まだハルお姉ちゃんのとこにも行かず

こんな所でウロウロしてる訳?!」


良かった……ひとまず警戒はされていないらしい。

そして予想通りこの幼女はあれだ。

『関係者』 で間違いなさそうだ。


「いや……時間は指定されていなかったからな?

とりあえず村の散策ついでに立ち寄ろうかと思って」


「……え? ……あれ?

ごめんちょっと紙見せて…………

あっ……しまった、てへ」


「てへじゃないが?!」


どうやら俺にこの紙を書いたのはこの幼女だったらしい。

なるほど、この子はあれか……おっちょこちょいさんか。


「ところで何してたんだ……えっと」


「ナツよ……ワタシはナツ。

ちょっとブラシャキ買いに来たんだけど……

がま口財布が見当たらなくて」


「がま財布て……」


“ブラックシャッキリ!!” 通称ブラシャキ

80倍濃縮ハイパーカフェインなるものが

大量に入ってるエナジードリンクだ。

発売当初、あまりにも効力が高すぎて

『500ml缶1本で7日は眠れなくなった』

とまで言われた程の代物で、

危険すぎる魔剤として販売中止になった筈だが……

何故そんなものがこんな辺鄙な田舎の自販機に??


「金なら貸すけど、ブラシャキは身体に悪いぞ?」


幼女にこんなものを飲ませ続ける訳にもいかないだろ……

などと考えていた時期が、俺にもあった。


「はぁ?! ブラシャキはワタシの血液よ?!

健康飲料なのよ?!」


この勢いで、小一時間道路のど真ん中に正座させられ

ブラシャキについて早口で語られてしまった。

やっと話が終わったと思った頃には

ナツと名乗る幼女はブラシャキを5本両腕で抱えており、

その様子を見た俺も頭を抱えてしまった。


「か、金なら “後でちゃんと返す” わよ……

その、ありがと」


ナツはモジモジしながら上目遣いで

チラチラとこちらを見る。


「……お前、ちょっとは可愛い所あるじゃんか」


「っ?! うっさいバカァ?!!」


ナツが地団駄を踏む。

言葉遣いはあまりよろしく無いが、

何故かとても好感が持てる……可愛い。


そして、地団駄を踏んでいた拍子にあろう事か

ブラシャキが1本、手元から転げ落ちる。


ナツはそれを慌てて拾おうとするが

拾い上げた瞬間、手元にあった全てのブラシャキが転げ落ち、

拾い上げたブラシャキが勢いよく炭酸をぶちまけて爆発した。


「くぁwせdrftgyふじこlp;@:「」?!?!」


「うぉ?!!」


思わず変な声を挙げてしまった。

俺は服に少量水滴が付いただけで済んだが、

ナツは顔面からモロに被った。


そして4本のブラシャキはそれぞれ

排水溝に1本墜落し、 自販機の下に1本滑り込み

ナツの足元に1本転がり

そして通りすがりの犬に1本持っていかれた。


目の前で唐突に起こった凄まじいイベントに、

流石に笑いを堪えられず吹いてしまった。


幸いと言うべきか、ナツの目は無事だったらしく

しくしく泣きながら自販機に駆け寄ろうとしたが、

足元のブラシャキに気付かず足を滑らせ盛大にずっこけた。

いくら何でも面白過ぎる。


ナツは爆笑する俺をたんこぶを擦りながら涙目で睨みつけ、

足元のブラシャキを拾い上げ

自販機の下に手を突っ込みながら


「見せもんじゃないっ ……のよ?! とっとと行きなさい!!

ぐすん……ワタシの……ワタシのブラシャキ……」


などと言いながら俺を追い払った。


2丁目を抜け出て3丁目に差し掛かる住宅地

視界右側に大きな施設が映り込む。

明日から登校する事になる校舎だ。


やっぱりと言うか……もう分かりきってたけど、

人の気配が無い。

とりあえず明日ここに来れば良いんだな……

とか思いながら順路を辿っていく。


桜校から道なりに500メートルくらい歩いていくと、

巨大な鳥居にたどり着いた。


「こ、これ……夢で見た鳥居!!」


鳥居の先には大きな階段が続いており、

山を開拓した土地の上には神社らしき建物が見える。

目的地はあの神社なので、俺はそのまま登ろうとした。


「そこからじゃ、待ち合わせ場所には行かれへんよ?」


何処からか声がした。


「だ、誰?!」


「こっちやこっち」


来た道から更に少し進んだ方から声がした。

俺は警戒しつつも声がした方へ向かう。

そこには高さ3mくらいの古めかしい鳥居があり

その先には長い階段が続いていた。


ふと、小さな鳥居の左柱裏に

小さな人影があるのを見つけた。


俺は不意に、この村に来るまでの道で見た “幻覚”

を思い出した。

その影の主が ハル なる人物なのでは無いかと思った。


「もしかして、君がハル?」


「う〜ん……ごめんなぁ?

うちお姉様と違うんよぉ」


下駄のような音をコツコツと鳴らしながら

小さな影が俺の前に出てくる。

幼女だ。栗色のボブ風味な髪型に割烹着

ニコニコ顔の幼女だ。

ただ、張り付いてる感じのしない自然な笑顔なのだが

俺には何故かそれをたまらなく恐ろしく感じられたのだ。

この幼女……どこか雰囲気が……


「雰囲気がどことなく

八色ちゃんに似てるって言いたそうな顔やなぁ?」


確信した……この幼女は危険だ。

クソ姉貴と同じようなタイプの手練だ。

口調は優しくまったりとしており、

エセ関西弁口調で話しかけてくる。

別に凄みがある訳でも、冷気を感じるわけでもない。

ただ何故か、漠然と

『逆らえない』 と言った感覚が肌を襲い、

どうしようもない平伏感ばかりが頭を過ぎる。


長年怪物のような姉と暮らしてきた俺の直感が

姉に対し感じるそれをひとつ飛び越えた

今までに無いほどの危険信号を発している。


栗色の幼女は俺を一瞥するなり何かを察したのか

少しニヤけると、俺の方へと近づいて来た。


「あんた、ウチが思ってたより大分 “勘” がえぇらしいなぁ?」


「か、勘……ですか? 一体なんの事だか……」


俺は無意識に敬語を使っていた。

内面に燻る恐怖が表に出た結果だろう。


そんな俺の様子を見ていた栗毛の幼女は

少ししゃがめと合図を送ってくる。

俺はよく分からないまましゃがまされ……

直後、栗毛の幼女に抱きつかれてしまっていた。


しかも俺は何故かそれを悪くないと思い、

受け入れてしまっている。

やばい……よく分からないが

自我が崩れそうな感覚だけが遅れてやってくる……


この香りだ……彼女が放つこのどこか懐かしく……

のどかで……香ばしく……そして……

とても美味しそうな香り……意識が…………溺


その時だった。左耳に擽ったい感覚がした。

耳に小さく息を吹きかけられたらしい。


「うわっ?! ちょっ……?!」


俺は堪らず身を引いたのだが、

栗毛の幼女は俺をがっちりと捕まえて離さない。

信じられないくらい強い力だ……全く振り解けない。


「“溺れ” たらあかんよぉ?

堪えるんや……ウチと接する時は

ちゃぁんと、自我を保っておかんと

おっかない茶狐に化かされてしまうでぇ?」


栗色の幼女が耳元で甘く囁く。

俺は抵抗も出来ず、喋る事も叶わず……

ひたすらに恐怖していた。


「ウチはなぁ? この世界を誰にも気付かれず、

静かぁに乗っ取ったろって思ってるんよ?

あんたみたいな勘の良い子は……

傍におられると困るんよなぁ?」


また耳元で甘く囁いてくる。

栗毛の幼女ほくすくすと笑うと

俺を解放し、目の前で一回転すると


「冗談やでぇ?」


と、言い放ち

『どっきり大成功!』 の看板を持ってケラケラと笑って来た。


「……は?」


全く冗談に聞こえなかった……恐怖からか

千鳥足になっている。

手に血が通っている感覚がしない。

訳が分からなくなり、呼吸が乱れる。


ふと、俺は後ろに気配があるのを感じた。

目の前で笑い転げている幼女を置いて恐る恐る振り返ると

いつの間にか昨晩出会った幼女が

少しムスッとした表情で立っていた。

確か、フユちゃんだったかな?

俺の様子を見たフユは、栗毛の幼女に近づいていく。


「アキ姉……それ以上その人を虐めちゃ、ダメ」


どうやら、この栗毛の幼女は アキ というらしい。

そしてやっぱり関係者だった……

あれ? でもおかしいぞ?

このフユって子……昨日会った時とは何処か雰囲気が……


「虐めるなんて人聞き悪いわぁ……

ちょいからかってただけやでぇ?」


「やりすぎ。 ハル姉の大切な人……あとちょっとで

“ゾンビ” になってた」


「うぅ……堪忍やぁ……」


心無しか、アキと呼ばれた幼女が萎んで居るように見えた。


いつの間にか、俺の心は平静を取り戻していた。

たまにあるのだ。大きく感情を揺さぶられると

何故か空気の抜けた風船が萎んでいくように

ゆっくりと精神状態が一定の水準まで戻されてしまう。

ここ10年近く、色々悲しいこともあったが

泣いた覚えすらないのは

泣くところまで感情が動いてくれないからなのだ……

そして、冷静になったからなのか

アキが漂わせる香りの正体に気付く。


和食 日本の良き伝統を象徴するかのような

美味しそうな香りがするのだ。

お味噌汁と白米、そして焼き魚の香りがする……


「ん……気をつけて……アキ姉の匂いは、毒」


フユが駆け寄って来た。少し心配そうな顔をしている。


「毒って……この朝ごはんみたいな匂いがか?」


「………平気、なの?」


フユが目をぱちくりとさせている。

まるで信じられないものでも見たかのようだ。

その横でアキが


「なるほどなぁ……」


などと言いながら何かを考え始めた。


「平気なら……良い。 そろそろ行こ?

階段の上で……ハル姉が、待ってる」



階段を登り始めて30分が経過した。

下を見下ろしすと霧がかって何も見えない。

今どの位だと2人の幼女に質問すると


「半分くらい」


と質問の答えが帰ってくる。

確か山を麓から見た感じだと、頂上が平坦に開拓されていて

神社らしい建物があったのは見えた。

かなり大きな鳥居が建っていたのも見えた。


だが、精々200メートルってとこだったし

こんなに階段が長い筈は無いのだが……


「ところで……あんた、道中ナツに会うたやろぉ?

あの子財布忘れて行ってしもうたから

自販機の前で涙目になりながらうろうろしてたんとちゃう?」


「……まるで見て来たみたいだな」


「嫌やわぁ、ウチは状況証拠と

いくつかの事実を組み合わせて推測しただけやでぇ?

あんたがあのおっちょこちょいに出会ったっちゅうのは

ウチらなら見ただけで分かるわぁ」


見ただけで分かるとはどう言う事なのだろうか?

目印でも付けられたか?


「それよりこの階段、やけに長くないか……?

全然神社が見えて来ないんだけど」


「まぁそりゃ……ウチらが向こうてる先には

“神社” なんてあらへんしなぁ……?」


「……え?」


アキは今妙な事を言った。

この階段は絶対に神社へと続いていた筈なのだ。

確かに鳥居を通り抜けた辺りから急に濃い霧がかかり出して、

周囲3メートルくらいしか見えない状態だけど

まっすぐ歩いてきたので道は変わっていない筈だ


「鳥居言うんはな、 “神域” と “俗世” とを結ぶ “門” なんよ」


「それはまぁ……知ってるけど

だから神社にある訳で……」


「それはちょいとちゃうでぇ?」


アキが心無しか真剣な表情をしたように見える。

だが、相変わらずのにっこり顔で表情の変化が掴めない……


「確かに、神社言うんはなぁ、神を祀る場所や。

せやけど、その神社にそのまま神がおる訳ちゃうねん。

せやから、この世界に重なるようにして存在しとる

“神の世界” にある神殿とほぼ同一の座標上に

神社をおっ建てさせて、

人が神を祀る為の “窓” の役割をしとるのが

神社なんよ」


「……つまり何か?

今俺達が立ってるここは神社の参道じゃなくて、

神域だって言いたいのか?」


「せや」


アキは即答した。

にわかには信じられない話だが、この長い階段が

何よりの証拠だと言わんばかりの表情で

2人が俺を凝視する。


「……分かった。 正直訳が分からないんだけど、

状況証拠を見るにここが “普通” じゃないってのは

理解出来てるから……ひとまず呑み込んでやるよ」


「……まだ、不満そうだね?」


フユがこちらに話しかけてくる。

やっぱりこの子、なんか昨日あった時と

口調が全然違う気がするんだけど……

まぁ、気にしても仕方ないだろう。


「いや、アキちゃんがまるで

『私達は神様です』 って言ってるように聞こえて」


「……もしかして、何も聞いてないの?」


「何を? 誰から?」


「……………」


「あれ?」


何故かフユから寝息らしきものが聞こえる。

そう言えば昨日出会った時と比べて目が細く、

首がちょっと垂れ気味になっていた気がする。

姿勢こそほとんど崩れていないが、

確かに寝息のようなものが聞こえる。


これはひょっとして……いやそんな……


とりあえず少しかがみ、フユの顔をよく見てみた。

少し首が垂れているので表情が見えなかったのだ。

そして、目の前の幼女が見事に爆睡している事実に

口をあんぐりと開けて驚嘆した。


「嘘だろ……?

マジで寝てんのか?! 立ったまま?!

ほとんど体勢も崩さずに?!」


「あらあら、とうとう限界来てしもうたみたいやねぇ」


アキがフユの身体を少しだけ揺すった。

フユは辛うじて目を覚まし、

重たそうなまぶたを僅かに開けた。


「もう帰ってええでぇ。 お疲れさん」


「ん……」


フユは小さく頷くと、何か呟いた。

刹那、フユの身体が一瞬ふわりと浮き……直後

フユが立っていた場所に

雪のようなものがチラチラと舞っているだけで、

跡形も無く消えてしまったのだ。


「え?! は?!」


当然だが、目の前で起きた理解を超える現象に対し

俺はただ訳もわからず混乱していた。

まさか本当に神だとでも言うつもりなのか?!

でもこれはもうそうとしか言いようが……


「フィクションなんかやないでぇ?

幻覚でもない、正真正銘ホンモノの “ワープ” や」


アキが得意げに人差し指を空に掲げて

「どや」

と言わんばかりの表情でこっちを見てくる。


「まさか……本当に神様?」


「せやからぁ、せやって言ぅとるやんけ」


あまりにも現実離れしているが、

目の前にいる幼女は神様らしい。

正直まだ理解が追いついていない…


しかし、もし本当にこの子達が本当に神様なんだとして

俺を呼び出した張本人もまた神って事になる。


……俺如きに一体何の用があると言うのか

目の前の疑問以上にその1点がきがかりになり始めた。



長い階段が終わり、少し砂利道を歩くと

深い霧が晴れてきた。

この30分間、俺はアキから色々な事を聞いた。

話を聞いていく内に何とかアキ達が

本物の神様なんだって事は理解出来た。

だが、肝心な事は何一つ話してくれなかった。

「お姉様が教えてくれる」

の一点張りだった。


霧が晴れたおかげで、目の前に物凄く大きな

和式建築物がある事に気付いた。

城とも神社とも言えないような建築物だが、

とてつもなく大きい。

壁には美しい壁画と装飾が施されていて

その中央には存在感のある門があった。


そして、俺たちは巨大な門の前に立った。

大体横に100メートル、

高さは多分200メートル以上ある。


後ろを振り返ると、高さ30メートルくらいの

苔むした巨大な鳥居がデンと構えていた。

まるで潜り抜けた覚えが無いけど

圧倒的な存在感を放って確かにそこにある。


するとアキは 巨大な建築物に手を這わせ目を閉じた。

大体5.6秒の間、時が止まったかのように音と光景が停止する。

そして、突然扉が横に開き始めたのだ。

隙間からは光が差し込み、

あまりの眩さに目を閉じ両腕で顔を覆ったが、

直後、眩しい感覚が消え

花と水の香りが鼻を包み込んできた。


「着いたでぇ」


アキが俺の肩を後ろからポンポンと叩く。

俺は腕を下げ、恐る恐る目を開いた。



-同刻 奥尾公園前おくびこうえん



公園のブランコ前で珍妙な光景があった。

巫女服の幼女とアルミ缶を咥えた犬が対峙している。

幼女はジリジリと犬との距離を詰めて行こうとするが、

犬はそれに合わせて1歩ずつ身を引いていく。


「あと……1本……私のブラシャキ……」


幼女 改め ナツ は、極度のエナドリバカである。


『ブラックシャッキリ!!』 なる危険魔剤は、

かつてこの幼女がとある一流株式会社に無理を通して

監修し、世に出てしまった人類史に残る負の遺産だ。

圧倒的な密度を誇るカフェインの暴力とも言える

その液体の正体は、

“神岩” なる岩から削り出した破片を

“仙桃” の果汁樽に溶かし、 “神水” と炭酸水で

割ったものだったのだ。



アタシとこの犬畜生との因縁は深い。

初めてこの畜生と遭遇したのは14年前になる。

畜生はまだ成犬になりたてくらいだったわね……

思い返すだけでも腸が煮えくり返りそうになるわ……


この犬は、ブラシャキに味を占めたせいで

中に含まれる神水が作用して

年をとる事がなくなってしまっている。

きっとこの先もこの因縁は続いていくんでしょうね……


偶然よ。 ほんの偶然手を滑らせてしまったのよ。

アタシの手から滑り落ちたブラシャキはコロコロと転がって、

あの犬畜生の目の前で止まったのよ。


あの時、アタシは運命を感じたわ。

あぁ、こいつはきっとアタシとこの先ずっと争うのだろうな……

などと直感しているうちに、

犬はアタシのブラシャキを咥えてどこかに消えていたわ……


戦績は4865戦 2433勝 2430敗 2引き分け

中々の強敵。


「い、いい加減それを返しなさいよぉ!!

それは! アタシのなの!!」


アタシはナツ 安直な名前だけど 夏を司る四神の一角

人間的主観に基づいた夏を司る神なので海の力も扱える。

アタシはさっき、頭からブラシャキを被ってしまったのだけど

それも既に綺麗な海水を呼んで洗い流し、

綺麗に乾かしたのよ。


拾い直したブラシャキも今

海水の籠に入れて洗浄・消毒しながら大事に保管してるわ……

でも残念な事に、神の法によって

アタシは生物に対して直接

“負” の干渉をすることができないから、

犬畜生に攻撃なんてできないのよ……


じたばたと犬ともみくちゃになること5分

巫女服はビリビリにされ、アタシは半裸状態になり

犬に勝ち越されてしまった。


涙目になりながらその場で途方に暮れていたアタシを見て、

一人の女が近寄って来た。


「随分無様な事になってるわねえ」


再び腸が煮えくり返る感覚が

アタシの奥底から湧き上がる。

この冷たい声は知ってる……知ってるわ!


「……ぐす……この最低女……!!

アタシを笑いに来たの?」


朝樗 八色 元々野良だった私の好敵手こと

犬畜生の飼い主にして、村で何かコソコソと暗躍している奴。

そして、アタシをオモチャにしてくる茶髪の悪魔。


「それもあるけど、今回は別件ね」


八色は大きな手提げを何故か物音を立てないようにしながら

ゴソゴソを掻き回し、スケッチブックを取り出した。

いつの間にか犬畜生には首輪が繋がれていて

ブランコの柱にリールが括り付けられいた。


「な、何よそれ」


「何って……見ての通りメモ帳だけど?

この後買い物するのよ」


そのスケッチブックのどこがメモ帳なのよ……?

などと思っていたのも束の間、

アタシは次の瞬間には黙り込むことになってしまった。


八色がスケッチブックを音も立てずそっと捲ったのだ。

そして、1ページ目に書かれていた言葉に

衝撃を受ける事になった。


『話を合わせて。 盗聴されている』

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