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1.桜呼村へようこそ

時折、とても不思議な夢を見る。

神社だろうか……どの木よりも大きい4つの鳥居が見える。

4つの鳥居はまるでその一角を閉じ込めているかのように

広い土地の四方に置かれていて、

夜にも関わらず遠目からでも分かるくらいの

存在感を放っている。


賑やかな人の声とシャギリの音が

ガヤガヤと夏の夜風を彩っていて

神社の通りを埋め尽くすように、

点々と屋台の光が道を作っている。

雰囲気としては、田舎の夏祭りって感じだ。


そこで俺は、花火を背にして

まるで妖精のように可愛らしい女の子と指切りをしている。

夜空を灯す花火の色が微笑む彼女の顔を淡く照らし

遅れてくる鈍い音が、夏の約束を俺の奥底まで釘打つ。

とても不思議で、何故かとても温かくて


……なんだか懐かしい夢。


彼女が何かを言っている。

だがそれを聞き取ることは叶わない。

なぜなら、それを聞こうとすると必ず……


「…………はぁ」


いつもあと一歩のところで目覚めてしまうのだ。

むず痒い感情を押し殺し

遂に俺は今日という日を迎えてしまった。


引越しの日だ。

10年という長い月日、

人生の大半を過ごしたこの都市との悲しき別れの日だ。

思えば色んな事があった。

友が出来て、勉学に励み、そして……


「いやいや、もう仕方ない事なんだ……

あいつらの都合なら仕方ない」


親の仕事の都合で名も知らない田舎村に引越す事になった。


俺の名前は 朝樗あさぶな しょう

珍しい苗字だねとよく言われるだけのごく普通な中学2年生


父は生物学者 母は地球科学者を名乗っている。

……まぁ実際のところ本当なのかも疑わしいのだけど。



今回の引越しについて俺はほとんど何も聞かされていない。

2週間くらい前にいきなり……それも漠然と


『とんでもないものが発見されたので、

少なくとも20年は本拠地を移す必要がある』


などと言われ、こんな事になった。


しかし田舎か。

田舎……夏祭り……いや、小説内の世界でもあるまいし

まさかそんなファンタジーあるもんか?


俺たちは荷物をまとめた。

引越し先に山越えが必要との事で

引越し業者の大型トラックが使えない。

まぁ……そんな事もあって、

わざわざ軽トラックを8台用意してもらっての

大移動になった。


俺たちの荷物をまとめた軽トラ集団は先に行ってしまった。

俺たちはと言うと……残りの大事なものなんかを

やや小ぶりなキャンピングカーに詰め込んで、

1時間程遅れての出発だ。


俺の横で母が誰かと連絡を取っているのが見えた。

俺は不思議そうに母を見つめていると母が俺を見つめ返す。


「誰と連絡取ってたんだ?」


「誰とって……本当に分からない?」


「……え?」


何故だろう……嫌な予感がした。

俺は多分、この時薄々気付いていたんだと思う。

母が誰と連絡を取っていたのか……




キャンピングカーに乗り、

山道に揺られて早4時間が経過した。

あまり舗装されていない荒々しい山道が延々と続いている。

件の村は標高2500メートルを超える

山々に囲まれた場所にあるとかで、

1番マシな経路がこれらしい。


「あとどのくらいかかるのこれ……?」


キャンピングカーに揺らされて大分疲れてきた。

そろそろ着いて欲しいものだと思いながら一抹の希望を胸に

運転席で悪戦苦闘してる父さんに話しかけた。


「あと30分ってとこだな……

そろそろちゃんと舗装された道が出てくるはずなんだが

……お、ほら見えてきたぞ」


父さんが嬉しそうに前方を指さして見せた。

確かに木々の隙間から平坦な道が覗いているのだが……


「なんか少し霧がかってない?」


「まぁ、低いところ走ってるとは言え、

一応山中だからなここ。

何回か霧道くらい抜けてきたしこのくらい…………」


突然、父さんが静かになる


「父さん?」


父さんが前方を見たまま固まっている。

俺は恐る恐る前方を確認すると

道に大きな “落書き” のようなものが描かれていた。

だが、これはただの落書きではない。

俺は “これ” を知っている


「な、何でここに “ドミグラフ” があるんだよ?!」


ドミグラフ 俺のバカ姉貴だけが生み出せる

催眠効果を持つ絵だ。

発見者も俺のバカ姉貴。 ……新種の心理現象らしい。


詳しいメカニズムは分からないが、

特定の視覚情報をぶつけることで脳を混乱させて

催眠状態にしてしまえるとの事。


時間制限でも付けない限り、

永遠に消えない暗示をかけてしまえるという

まさしく悪魔の技術だ。



そして、このドミグラフの効果は何故か

俺にだけ極端に効きにくい。


「そう言えば思い出したわ。

……くっそ、何で忘れてたんだろうな!!

桜呼村おうこむら って言えば、3年前に

クソ姉貴が引っ越して行った村じゃねぇかよ!!」


クソ姉貴 こと 朝樗あさぶな 八色やしき

俺の2つ上で現在高校1年生。

3年前、理由はよく分からないが1人で桜呼村まで

引っ越してしまったのだ。

人を意のままに操れる技術を持ったあのバケモノの事だ……

隔絶された田舎の1つくらいひょっとしたら……


「……アァ、道を間違エテしまっタらしィ、戻らなくては」


黙っていた父さんが傀儡にでもなったかのように

ぎこちなく動き始めた。

来た道を引き返す類の催眠が書き込まれていたらしい。

もし引越し先の村にクソ姉貴が居るのなら

催眠がかかりにくい俺は邪魔な筈だ。


時間稼ぎでもしようとしているのか目的は分からないが、

これでほぼ確信は持てた。

これから俺たちが引越す桜呼村は、既にクソ姉貴によって

ドミグラフの実験場にされている可能性がある。


「大方、時間を稼いで村中に施したドミグラフでも

剥がそうって魂胆なんだろ……?

相変わらずだなクソ姉貴め!!」


思わず、舌打ちをしてしまう。

俺はポケットから小さな箱を取り出した。

まさかこんなに早く出番が来るとは思っていなかったが

肌身離さず持っていて正解だった……


俺はクソ姉貴が居なくなった3年の間

親に悟られないようにドミグラフに対抗する術を

模索していたのだ。


3年前の俺は姉の狡猾さをよく知っていた。

だから確信は無かったが

両親には既に何らかの暗示がかけられていると考えた。

だから、しばらくの間俺は両親を頼る事ができなかった。


そして、運が良かったのか悪かったのか

俺はドミグラフを打ち消す為の

秘密兵器を手に入れる事に成功した。


見た目はただの小さなベルだ。

それにチェーンを付けて、持ち歩けるようにしてある。

クソ姉貴に会う事になるまでは

箱に入れて大事に管理しようと考えていた代物だが、

早速出番が来たと言う訳だ。


クリアベル と呼称されたそれは

聴覚に直接作用し、ドミグラフによる暗示を

強引に剥がす事ができる。

ある筋からかなり理不尽な交換条件と引き換えに

何とか手に入れたものだ。

マインドコントロールを受けている人が

この鐘の音を聞くと激しい頭痛に襲われて気絶してしまう。

強引な打ち消しだからだろう。


それでも、気絶するだけで

後遺症などは残らない事は確認している。


俺は父さんにクリアベルの音を聞かせて気絶させ

母が寝ているのを確認すると、外に出た。


ドミグラフは 姉がどこから入手したのかも分からない

謎のインクで描かれていて、

ある液体をかけないと絶対に消えない。

俺は霧吹きを使って液体を振りかけた。

数秒程で絵が滲んで来たので、足で砂を蹴って

落書きを消していく。


「っ! ……あぁも!! 頭痛い!!

さっさと消すぞこんなクソ落書き!!」


俺は催眠にかかりにくいだけで

完全にかからない訳ではない。

肉体が抵抗しているのかは定かではないが、

視界に入れて数秒経つと頭痛が襲ってくる。


しかし……前々から気になってはいたのだが、

どうしてあのクソ姉貴自身は

ドミグラフの影響を受けないのだろうか


(そんな事はどうだって良いんだ!

何で引越し先に向かう途中でこんな面倒な事

しなきゃいけないんだ!!!)


俺は怒りに燃えながらもしっかりとドミグラフを消した。


クソ姉貴のせいで足止めを食らってから2時間が経過した。

寝ていた母さんもすっかり起き、既に事態を了承している。


今となっては過去の話だが

両親にはやはりと言うべきか暗示がかけられていた。

だがそれも既にクリアベルを使って取り除き済みだ。

その時にドミグラフの話もしていたので

母さんは直ぐに理解してくれた。

当時、やけに物分りが良かったことだけは

引っかかりはしたが

結果的に理解者を増やす事に成功したので良しとしよう……

あとは父さんが目覚めるのを待つだけだ。


「なぁ母さん、やっぱりこれから行く村には

あいつがいるのか……?」


「えぇそうよ。 八色は桜呼村にいるわ」


「やっぱそうなのかよ」


自然と舌打ちが出るくらいに姉弟仲は最悪だ。


「晴れないわね……霧」


ふと、母さんが呟いた言葉がひっかかる。

朝ならまだ分かるのだ。だが、今は夕方

まして2時間も前から足止めを食らっている。

霧自体はそこまで深くはないみたいで

前方20メートルくらいの視界は確保出来ている。


だが、2時間も浅い霧が晴れないなんて事があるのか……?


そんな事を考えているうちに父さんが目覚めた。

父さんにも事情を話し、とりあえず休ませることにした。

気絶していたのだ……このまま運転させる訳にもいかない。


運転席に着席した母さんが俺を呼んだ。

霧道は不慣れだから隣にいて欲しいという事だった。

俺は少し考えてから了承し、運転席隣にある

折りたたみ式の座席を組み立て、そこに座った。


霧道を500メートル程進んだ辺りで、

薄ぼんやりと大きな影が霧に映った。


「ん? なんかあるぞ……? 建築物か?」


「建築物? どこ?」


「おいおい、目の前に影が……あれは、鳥居か?」


高さ50メートルくらいの苔むした鳥居が霧の中から出現した。

物凄くでかい。

何故ここまで接近しないと気付けなかったのか分からないくらいだ。


「鳥居? 翔? あんた何を言ってるのよ……?」


「……おいおい、まさか見えないとか言わないよな?

目の前だぞ目の前?!

馬鹿みたいにでかい鳥居が……?」


鳥居を通り過ぎる直前、左柱の傍に人が立っているのを見た。

この世のものとは思えない程に綺麗な女の子だ。

神秘的な銀色の装いに、青くキラキラとした瞳

金色に輝くクリーム色の長髪を靡かせる幼女とはっきり目が合った。

幼女は目が合うと、こちらに笑みを浮かべて見せた。

そして、キャンピングカーは鳥居を通り過ぎる

堪らず窓を開け、後方を見たのだが……


「……嘘だろ?! 消えて無くなってる……」


鳥居の大石のようなものは見えた。

だが、そこには巨大な鳥居も、幼女も

綺麗さっぱり “無かった”


やはり俺も少しドミグラフの影響で疲弊していたのだろうか

……どうやら幻覚でも見ていたらしい


「あら? 霧が消えていってない?」


母さんが前方に視線を戻すように促してきた。

確かに、あの幻覚の鳥居を通り過ぎた辺りから

少しずつだが霧が晴れてきている。


「はは……もしかして、

まんざら幻覚って訳でも無かった……とか?」


俺は視界が広がった事を確認するなり

座席をたたみ、少し休むと母さんに伝え

折りたたみ式のベッドを1つ広げた。

俺はベッドに横たわりながら、視界右側の窓をじっと見つめる。


霧がかっていたのが嘘であるかのように

霧が完全に晴れ、夕日が山脈に潜ろうとしていた。



程なくして、俺達は村に無事着いた。

俺はどうやらあの短い間に眠ってしまってたらしく、

隣で寝ていた父さん諸共母さんに叩き起された。


そして、村の様子を見渡して混乱した。

俺の予想通りなら、そこら中にドミグラフが

ビッシリと施されてる筈だったのだが、

何と村には所々それらしい痕跡こそあれど、

ドミグラフ自体は指で数える程度しか発見できなかったのだ。


(やっぱり時間稼ぎが目的かよ……

やる事が相変わらずカスなんだよあいつ)


再度、姉に対する怒りが湧き上がる。




-桜呼村 2丁目 住宅地 -



まだこの住宅地しか散策していないが、

ドミグラフは6つしか発見出来ていない。


「これで6つ目……2丁目は大体見回ったが

これだけしか見つからないなんて……」


村に着いてから約2時間 俺はずっとこの住宅地を調べていたが、

何故か誰とも出会っていない。

夕方から見回し始めたからとは言え、いくら何でもおかしい。


「街灯はついてるのに……

住宅に明かりが灯っていないのはどういう事だ……?

まだ夜8時ってとこだろ?」


住宅地は街灯や自販機などの灯りのみで静寂を保っている。

今一度注意深く見渡すと、

20m程離れたところにある街灯の下に

誰かが立っていることに気が付いた。

この村の人間に接触できる初のチャンス到来だ。


「あの! すいません!!

今日この村に引っ越して来た者なのですが!!」


俺はこの村の異変について調べるために、

村人と思しき人影に近づいていく……だが、

その人影の主は俺を嘲笑うかのように光の下に歩み出ると、

微笑みを浮かべてきた。


「えぇ、知っているわよ。

それにしてもかなり早い到着じゃないの? 翔」


聞き覚えのある声、見覚えしかない顔

この声だ この声を聞くと心の底から寒気が襲って来る。

綺麗な声色とは対照的に、この女の言葉には冷気があるのだ。


「……久しぶりだなクソ姉貴」


街灯の下にいた人物は俺の姉 朝樗 八色 本人だった。


「現在、この村全域にあるドミグラフは全部で18箇所。

この2丁目には6つだけね。

おめでとう翔 これで無事、3分の1は消せたね」


「随分余裕そうだな。

村に仕掛けたあれらを消されたところで

ノーダメージってとこか?」


「あれらは既に用済みだからね」


用済み? 今、確かにそう言った。

単に実験が終わったって事か?


「で、何の用だ?

お前は俺なんかよりずっと賢いから

ただの顔合わせってだけで俺に

そのふざけた美人面見せに来るようなマヌケな事はしないよな?」


どういう理由なのかはよく知らないが、

この怪物は俺を警戒している。

ならば、こんな軽率な行動をとるのはおかしいと思うのは当然だ。


「ふふ 察しが良くて助かるわ。

お前には2つ……報告と質問があるの」


「……質問と……報告? 報告だって?? 姉貴が? 俺にか??」


「えぇそう。 質問と報告がそれぞれ2つずつね」


「……敵に塩でも送ろうってのか? クソ姉貴がか??」


「塩を送るだなんて……別にお前は私の弟であって

『敵』という訳では無いでしょう?

お前を警戒している事には変わり無いのだけど」


こいつにプレッシャーとかは無い。

ただ、人間と会話してる気がしないのだ。

気味の悪い感覚を覚えながら怪物と会話を進める。


「で、質問なのだけど

お前はドミグラフを容易く消す手段と、

催眠を解く手段を不完全ながら確立させて来た

そう思って良いのかしら?」


山道に仕掛けていたドミグラフは時間稼ぎの他にも

俺を試す目的があったようだ。

何手先まで読まれているのか分からない恐怖から

俺は思わず一歩後退りしてしまう。


「……試したのか? 俺を」


「ふふふ そうよ?

きっとその首から下げている小さなベルが

催眠解除装置よね?

どうやって手に入れたのかは分からないけど、素晴らしいわ!

私の想定を初めて超えて来たわね!」


姉貴は楽しそうに笑顔でそういうと、話を続けてくる。


「あぁ、答えなくて良いわよ?

お前の反応で分かるもの。

良かった。 これで心置きなく、お前を警戒できる。

それじゃ、2つ目の質問をするわね?」


「その前に、こちらから質問しても良いか?」


色々と気になる所はあるが、

まずこの村の状況について聞いておきたかった。

恐らく犯人はこいつだ。

しかし、意図が全く分からない。


何故こんな事を……?


「あぁ、お前は質問する必要ないわよ?」


「……なんだと?」


「みんなには2日間、眠って貰うことにしたのよ。

あぁ、ちょこっと催眠で縛ってるだけだから

食事とトイレだけは許してるわよ?

それ以外の行動は封じさせてもらったの。

お前と2人きりで話せる状況を作っておきたくてね」


……なるほど、これが1つ目の報告か

相変わらず人と会話してる気分にはなれない。

心が見透かされているような感覚になって

更に一歩後ずさりしてしまう。


「つまり、それが1つ目の報告で

2つ目の報告が本命って事か?」


「まぁ少し違うけど、そうね。

2つ目の報告が大事ってのはお前の言う通りよ。

1つ目の報告ってのは

『1度、村の人間全てから催眠を解く』

って事だけだもの」


「何だって?」


「お前が催眠の解除なんてものが出来るのなら

どうせその内 町内放送でも利用して

村中の催眠を解かれてしまうでしょうし

無駄なことはしない主義なのよ、私は。

だから、2日間の眠りの後

特定の催眠以外、自動的に解除されるようにしておいたのよ。

ついでに、残り12箇所にあるドミグラフについても

私が全て回収するわ」


「はっ……何が『想定を超えてきた』だよ。

……しっかり俺が催眠解除手段を持ってくるって

想定してんじゃねぇか」


ん? 今、特定の催眠以外は解除するって言ったか?

それを俺に言うメリットって無いよな?

何でそんな事すんだ??


「私が想定していたのはあくまで手段の方よ、

まさかそんな簡単な装置で催眠を解除出来るなんて

思って無かったのよね」


姉が話を続けて良いかしら?

と、顔で訴えかけて来ている。

2つ目の質問とやらがまだだったか……


「悪いけど、その前に聞きたい事がある。

今わざとらしく話に出した “特定の催眠” って何だ?」


「今はまだ教えられないわね」


「は?」


「悪いけど、その催眠だけは解除しないでくれない?」


姉は白々しくも、とんでも無い事を言って来た。


「だめに決まってるだろ!!

村の人達を何だと」


「この村の、為だから」


「……ちょっと待てよ、どう言う事だ?」


姉はそれ以上答えなかったが、今の一瞬だけ

それまでに無かった迫力を感じた。

多分、いくら聞いてもこりゃ答える気が無いな。


なら、諦めて話を進めるしか無い……か。



「はぁ……で、2つ目の質問ってのはなんだクソ姉貴」


姉の表情は常に張り付いたような笑顔に戻る。

ただ、これは平常時の表情だ……

楽しそうな時はすぐ分かる。


少し邪悪な笑みを浮かべるからだ。

そして、姉は俺に接する時ほぼこの邪悪な笑みを浮かべる。

この顔は苦手だ。


情報は絞り出したい。

だが遂に早くクソ姉貴から逃げたいと言う気持ちが

勝ち始めてしまった。


「ふぅん? ……そう、そろそろ限界って感じね?

ふふふ それじゃ、質問するけど

お前、彼女でも出来たのかしら?

女の匂いがするわ」


「……お前ほんとに何なんだよ!!!!!」


俺の反応を見た姉は、全てを察したかのように

最高に楽しそうな表情をしている。

確かに、この3年の内に 俺には彼女が出来た。


だがそれを感じ取って 更にその『裏』まで

大体読み切ったと言わんばかりの表情を見て改めて確信する。


あぁ……やっぱこいつはバケモンだわ。


「ふふっ……そろそろ時間切れね?

私とここまで対峙していられるだけ凄いもんなのよお前は」


「……それが分かってるなら

早く報告とやらを済ませてくれねぇか……?

悪いんだけどちょっと足が震えて来ちまったんだよ」


姉が人間離れしているという話はしたが、

その化け物っぷりが特に発揮されるのが

人と対峙している瞬間だ。


言葉に宿る冷気と、先を読むような発言

そして、張り付いたような気味の悪い笑顔

これらが偶然合わさってかは定かでは無いが、

姉と対峙した人間は少しづつ心が凍るような恐怖に襲われる。

そして、身体が心の状態に影響されるように

大抵の人は姉の前で倒れて動けなくなる。


俺は慣れてるからなのか

20分くらい保つのだが、他の人は1分保てばマシな方だ。

そして……既に姉と対話し始めて22分が経過していた。


「簡潔に報告するわ。

『三崎 優雅』 という女に気をつけなさい。

桜校 高等部 1年 紺色のポニーテール

竹刀を携帯しているわ。

私と、多分お前にとっても共通の敵ね」


桜呼総合教育機関 通称 桜校 この村には

学校機関が1つしか無い。 かなり大きな校舎だが、

人口が少ない関係もあって

小中高大 全ての学習過程が揃っている。

俺は中等部に編入する事になっている。


「お前が敵だと認識する程の相手がこの村にいんのか?」


「えぇ、まぁね……あれはやばい。

精々 “食われ” ないようにする事ね……

それじゃ、私3丁目に住んでるから

何かあったらいつでもおいで」


それだけ言い残し、姉は去って言った。

気の所為だろうか、一瞬だけクソ姉貴の笑顔が崩れた気がした。


しかし、三崎 優雅 ……か

あのクソ姉貴の言った事を真に受けるのは釈だが、

警戒するに越した事は無いので覚えて置くことにしよう。


「さて、帰るか」


用事は済んだ。帰ってから荷解きをしなければならないので、

少しでも早く帰らなくては

などと考えながらその場を去ろうとすると、

後ろから呼び止める声がする事に気づいた。


「あの女が来てから……この村は変わってしまった」


綺麗な声。 雪のような繊細な声が後ろから聞こえて来た。

俺は急いで振り返ると、妙な格好をした幼女がポツリと立っていた。


「やぁ……君がハル姉の待ち人さんかな?

まぁ……多分君は覚えていないんだろうけどね?」


髪と目は白い。

雪のように青白くキラキラと鈍く輝いて見える。

雪の結晶の髪飾りに 青波の描かれた白く美しい和装

雪女なんてのが居るのだとすればまさにイメージ通りだ。

一つ気がかりな点を挙げるなら、

左手にはスマホが握られており

ヘッドホンを首にかけている点だが……


「君は……迷子かな? 悪いんだけどお兄ちゃん

今日ここに引っ越して来たばかりで……」


「うん。知ってるよ。

僕はフユ お兄ちゃんにちょっとした伝言を伝えに来たんだ」


まさかの僕っ娘である。

なんだこの幼女……個性の塊かよ


「明日、ここに来て。

ハル姉が待ってる。

んじゃ」


フユと名乗る幼女は4つ折りにされた紙を俺に手渡すと、

いつの間にか目の前から消えていた。

フユが立っていた辺りに雪のようなものがちらちらと舞っている。


「何だったんだ一体……っ?!」


紙をポケットに入れたその時、

急に奇妙なイメージが流れ込んで来た。

クリーム色の紙を靡かせ、白金の装束を身にまとった

少女のイメージだ。


これは……さっき見た鳥居の?!


「……とりあえず、明日この紙に記された場所に

来いって事なのか?」


ポケットにしまった紙を取り出し、広げると

地図が記されていた。

赤丸で囲まれた場所に矢印が引かれており


『ココダヨ!!』


と書いてある。

四神神社 ここに何かあるのだろうか……

俺はとりあえず1度考えるのをやめて、

荷解きをする為に新しい我が家に帰ることにした。


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