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殺人事件の続きは異世界で  作者: 露木天
四章.最後の異人
98/155

97.七人目の異人6

【魔暦593年07月03日19時20分】


「挨拶も済んだし、行くよん」

「どこにですか」

「んー?死体の安置所を探していたんじゃないのかにゃ?」



 あっさりとそう言ってのけたケイウィは、僕の手をしっかりと握り締め、廊下をずんずんと進む。

 なぜか僕の目的を知っている幼女は、その理由を話すことはなかった。僕も聞くことはなかった。そんなことよりも、彼女の名前に驚いていた。

 

 


 ケイウィ・クルカ、と名乗った。ケイウィと言った。


 僕はその名前に聞き覚えがある。恐怖のどん底にあった時に聞いたから、忘れるわけがない。


 副院長こと、エリク・オーケアとの初対面の時だ。



『まずはケイウィを呼んでこい』



 僕のことを異物ハンターだと勘違いした副院長は、拳銃を突きつけながらそう言った。

 異物協会と副院長による、呪異物をどちらが先に見つけられるか、という抗争の最中だったはずだ。名指しで呼び出すということは、副院長と顔馴染みなのは確かだ。


 加えて、異物協会勇者(・・)担当と言ったか?勇者ってなんだそれは。まるで異世界ファンタジーのような話だ。蒼眼の幼女の不気味さは、勇者というよりも魔王という方がしっくりくる。

 そういう僕の心を読み取ったのか、ケイウィは僕のお腹を突っつく。勿論、歩みは止めていない。




「へいへい、どうしたどうした。そんな暗い顔してどうしたんだい。聞きたいことがあるなら、全然聞いてよ。遠慮することを遠慮してよ」



 馴れ馴れしくケイウィは話しかけてくる。「カウエシロイ教室の遺体安置所は、もう少し歩くんだしさ」、と配慮の言葉も忘れない。

 存在全てがチグハグで、耳に入ってくる言葉も何だかぼやけている気がする。この幼女とできるだけ話したくはなかったが、悪意は感じられないので仕方がない。僕は沈黙を埋めるように疑問を投げかけた。



「僕のお父さんとはどういう関係なんですか」

「んー、ロイの知り合いだって、思い出してくれたんだね。嬉しい嬉しい。あの男とは、腐れ縁というか…、違うわね。幼馴染っていうのが適切かな」



 「ヴァニとは親友よ」と母親との関係も付け加えてくる。やはり、僕が幼い時に出会ったのは間違いないようだ。



「幼馴染ということは、ケイウィさんはヘルト村民なんですね」

「私が異物協会に入ってからは疎遠になっちゃったけどね。これでも勇者担当でね。相当偉いんだぜ。お目当ての魔王を討伐できたから、久しぶりに里帰りしたって感じだにょ」



ーー副院長の話に矛盾はないか



 呪異物による、ヘルト村民以外が入ることができない結界の効果は適応中か。彼女は村民なのだから、里帰りを阻むことはなかった。



「今朝から共に行動しているけど、全く変わってないね、ロイのやつ。良い年だってのに、随分とまあ子供っぽい」

「お父さんはそういう人ですし」

「それに比べて、モーちゃんは大人っぽいわね。流石に、この世界で十六年間も過ごせば、精神年齢は大人になったということかな」

「まあ」



 曖昧に言葉を濁す。ケイウィに引っ張られるまま、僕は廊下を歩く。



「さっき、勇者担当って言ってましたけれど。何ですかそれは」

「お、気になるよね。私も名前に惹かれて異物協会に入ったんだもの。異世界来たからには、勇者を目指さなきゃ男が廃る!ってわけよ。女だけどねー」



 彼女は楽しそうに笑う。



「んーと、『勇者』担当は、その名の通り魔王を討伐する選ばれた異物ハンターのことよ。パラス王国は魔法学院そのものがあるから魔法に寄っているから知名度は低いかも。でも、異物協会本部がある隣国では、英雄視されるくらい凄いことなんだから」

「ふむ。通りで聞いたことがないわけです。というか、ケイウィさんは、何で勇者になったんですか?」

「そうだね。私って何歳に見える?」



「十歳くらいの女の子に見えます」

「でしょー。これでも、四十歳なんだぜ。気がつけばババアになっちゃったよ」



 「トホホ」、と戯ける幼女。僕を揶揄っているわけでも、嘘をついているわけでもないと思った。だって、その年齢はロイ・アオストと同じだから。

 幼馴染というのは比喩でも何でもない、ということなのか。本当に、ロイと幼い頃からの付き合いで…



「体の成長が止まったってことですか」



 そんなことがあるのか。いや、あるのだろう。実際にこの幼女は大人のように振る舞っている。

 


「そ。気がついたのは十一歳の時だけどね。ロイとかヴァニはどんどん大人になっていくのに、私だけは姿が変わらなかった。いや、びびったよ本当に」

「魔法、ですか?」

「いんや、魔法じゃないことだけは確か。『呪い』だよ。魔王か呪異物か知らないけれどねー」



 「魔法で証明できないものを『呪い』と言うんだよ」、とケイウィは明るく言った。

 原因不明の呪い。その呪いを解くために、勇者の道を進んだと言うことだ。平和ボケしているヘルト村では考えられない、壮絶な話だ。それこそ、それだけでSF小説が一本かける。


 幼女の不気味さの理由もよく分かった。体は子供で精神は大人。どこかの名探偵のような状態で、何も取り繕っていない。幼女は大人のように振る舞う。そして、本当に大人なのだから、そのズレが気持ち悪くて仕方がない。


 僕は幅を変えることなく歩く。永遠に続くような廊下も、そろそろ終わりが見えてきた。



「解けるといいですね、呪い」

 


 僕は適当に話を流した。会ってすぐの美少女に同情されても気分が悪いだろう。実際には初対面というわけでもないのだけれど。

 正直の話、興味がなかったと言うのも大きい。ぶっちゃけ、ケイウィの話はどうでも良かった。副院長が呪異物を探していたという話の裏付けが取れるだけだ。

 そんなことよりも、早く死体を見たいという気持ちが大きい。道案内を頼んでいる身分なので、目上の人間の雑談に付き合うのは礼儀だ。幼女だけど。



 彼女は僕の態度を見て小首を傾げる。どうやら、同情を誘って話したわけではないらしい。「面白くなかった?」と尋ねさえしてきた。

 ズレている。何もかも。



「んー、今度はモーちゃんが話す番だよ。お姉さんに聞かせてくれよ」

「僕の人生なんて聞いても面白くないですよ」

「そんなことないと思うけど。じゃあ、ロイの話を聞かせてよ。あの愛すべき幼馴染は、一体全体どんな大人になったの?」



「ロイが父親とか、笑えるぜ」と、口元を教えて不気味な笑いを溢す。


 僕はロイの話をした。僕の父親になろうと日々努力する偉大な男との、他愛もない話をした。

 起承転結はなく、どんでん返しもない。唯の日常の一ページ。


 彼女は、渦巻くような蒼眼をキラキラ輝かせながら、耳を傾けていた。外見相応の、本当の幼女のようだった。




 学校の外に出た。そのまま、木々が生い茂る森の中へと運ばれる。時には、ケイウィとロイの話を。ヴァニとの出会いについてを。幼い僕を見に、アオスト家に訪れた話を。


 

 淡い会話はいつまでも続くようだった。

 スキップをするようなケイウィの足は、ふと止まった。


 終着点。

 道案内の終わり。



「ほら、ついたわよ」



 「ついたって、どこに」と思わず聞き返したが、すぐにそこを見て思い出す。



ーーそういえば、道案内を頼んだのだった



 当たりを見渡すとーーいや、見渡さなくてもそこがどこかわかった。言われてみれば、なるほど。確かに、死体を隠すには打ってつけの場所だった。



 ヘルト村の最北端。僕が今朝別れを告げた、友達が住んでいた住居。



 如月ランの転生体、ラーシーの住居の前に、僕たちはいた。




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