94.七人目の異人3
【魔暦593年07月03日19時00分】
唯でさえ時間のない状況で、呑気に教室に残っていたのは、既に準備済みだったからということらしい。死体の居場所はわからないとスカーは言っていたが、別の作戦を組んでいた。
悪目立ちすること自体も、別の意味合いを持ってくる。「あの転校生について話がある」と言うように、きっかけ作りにはなっただろう。
全て、スカーの手のひらということだ。僕より前にカウエシロイ教室に潜入していただけあって、根回しに抜かりがない。彼の真面目な性格をよく表している。
代弁教師アンダーソンと直接話せるに越したことはないし、何ならその場で案内してもらうのも良い。僕は進展の速さに満足して、開かれた扉に目をやった。
しかし、扉から現れたのは、がたいのいい男性だった。少なくとも、地下二階で出会ったふくよかな男、アンダーソンではない。男は開口一番、細々とした小さな声をあげた。
「スカー、まずいことになった」
身長百八十センチはあるだろう大男は、僕を見るなり一瞬、視線を止める。知り合いに声をかけに扉を開けたら美少女がいたのだから、仕方がないことだ。
そんな彼をスカーは驚くこともなく、淡々と問いをぶつけた。
「どうしたんだ」
「んん、いや、まずいことになった」
「『アンダーソンが消えた』、とかかい」
「何だ、知ってたのか。流石スカーだ」
「知らないよ。デルタの様子から、そのパターンだと思っただけだ」
デルタ、と呼ばれた男をどこかで見たことがある。確か、教育機関で一学年上の生徒だ。スカーの同級生ということもあり、彼らは友達関係なのだろう。
しかし、そんなことよりも僕は会話内容に落胆した。どうやら、僕の待ち人は来ないらしい。代弁教師アンダーソンとアポイントが取れていると聞いていたが、話が変わった。
「ねぇ、どういうことなのよ」
「ふむ。いや何、俺も俺なりにこの事件を追っていたからね。親友に協力してもらって、情報収集していた。その一環で、デルタにアンダーソンを見張ってもらっていたんだよ」
そういえば、この金髪のイケメンは仲良し四人組で人助けみたいな活動をしていた。デルタという大男は、その四人のうちの一人か。
「せっかくモニと合流したから、見張を解除して直接対談と行こうかと思ったんだが…、失敗したようだ」
「すまない」
「大丈夫、デルタは悪くない。大方、事件に進展があったのだろう。アンダーソンはカウエシロイの元に行ったのかもしれない」
ーー進展?
それは、気になる話だ。また僕の知らないところで、誰かが殺されたのか。
自分の見えないところで物語が進むのは嫌いだ。僕は少しでも情報を吐き出せないかと、スカーに話しかけようとして、辞めた。
「あ」
進展。そりゃ進展はある。誰よりも、この僕が一番知っている。
ヘルト村殺人事件で、新たな死体が発見された。三番目の死者の名前は、警備隊員のラーシー。それも今朝。
確かに、この情報は箝口令が敷かれているので誰も知らない。勿論、スカーやデルタも例外ではない。
これはスカーを責められないな。僕の方こそ、先に言うべき内容があったじゃないか。
僕はやや顔を赤らめながら、今朝見た内容を伝えた。
と言っても、ラーシーの死体を弄った話はしていない。言う必要がない。
僕の表情と正反対に青ざめたデルタ。図体の大きさよりも、精神は小さいらしい。しかし、スカーは違った。彼は最初から知っていたかのように、深く頷いた。
「これで、確定したね」
金髪の男がどこまで結論に辿り着いているかわからない。だが、親友であるところのデルタには何も伝えていないらしい。デルタはスカーに「何がだよ」と問いかける。
僕は聞かなかった。何も言わなかった。
確定したのは、仮説でも何でもない。ただの客観的事実だ。脳内で、情報をまとめる。
ヘルト村殺人事件に巻き込まれた異人の現状は以下のようになる。
モニ・アオスト、佐藤ミノル、生存
オル・スタウ、入江マキ、生存
スカー・バレント、立花ナオキ、生存
ラーシー、如月ラン、死亡
イアム・タラーク、不明、死亡
クナシス・ドミトロワ、不明、死亡
不明、不明、不明
既に六人の異人が明らかになっている。内三名死亡。七人目の異人については、全てが謎に包まれている。
「つまり、七人目の異人こそが殺人鬼ってことさ」




