93.七人目の異人2
【魔暦593年07月03日18時55分】
「言い訳をさせてもらうと、そもそもあの地下二階に死体があるということすら、カウエシロイ教室の生徒は知らないんだよ
「清掃のアルバイトとして雇わられただけで、君たちと出会ったのは本当にたまたまだったんだ
「裏ルートで情報を入手してね。僕は自ら志願して、仕事を請け負った
「俺が地下に着いた時には、既に死体を移動した後だったけれど
「つまり、俺とモニは同じ立場なんだよ。何もない地下牢獄に訪れた、間に合わなかった側の人間だ
ペラペラと捲し立てるこの男の声は、次第に小さくなる。僕のじっとりとした目線に耐えきれなくなったのか、最終的に「うん、ごめん」と謝罪に落ち着いた。
「僕を騙したな。死体の移動先を知ってるというから着いてきたのに。正義のかけらもない奴め」
「ははは。俺はただ、そうあるだけさ」
「その台詞、開き直る時に言うやつじゃないから」
ーー立花ナオキってこんなノリの良い奴だったんだ
僕は怒りよりも先に関心が湧いた。前述した通り、僕は立花ナオキについてそこまで詳しいわけではない。すぐに、前世で相対した時間を、今世での時間が越すことだろう。
「だが、安心してくれ。何も全部嘘だったわけではない。死体の手がかりがカウエシロイ教室にあるのは確かだし、そのために『目立つ』という方針は変わらない」
「それが、あまり気が乗らないんだよなぁ」
殺人事件と関わりを持っているのが代弁教師以上となると、そこに辿り着くまでの過程が重要になってくる。
教室内で目立ち、アルバイトの教師役と仲良くなる。その教師役の紹介で、代弁教師に近づく。あわよくば、カウエシロイ本人と対面できたら話が早い。
それを、短時間で行わなければならない。できれば、今日中に片をつけたい話だ。
だから僕は、自己紹介の段階で目立ちに行ったのだ。盛大に滑ったけれど。
「それにしても、死体はどこに移動させたんだろうな。地下牢獄以上に、事件隠蔽に効果的な場所もないだろうに」
「それをいうなら、なんで移動させたかじゃないかしら」
という僕の問いに対して、スカーは当然のように答えた。
「それは、死体の管轄が警備隊からカウエシロイ教室に移ったからだろうね。二人目の死体、『クナシス・ドミトロワ』はカウエシロイ教室のメンバーの一人だ」
「ああ、そうだったのねー」
なるほど、なるほど。カウエシロイ教室自体が遺族みたいな扱いになったから死体を引き取ったと。それなら納得できる。追加でイアムの死体も引き取った理由は謎のままだけど。
うんうんと僕は頷き、立ち上がる。ゆっくりと息を吐き、静かに呼吸する。
「いや、なんだそれ!先に言えや!」
「口調ブレてるよ、モニ。というか、知らなかったのか」
「二人目の死体の詳細までは知らなかったわよ!え、クナシス・ドミトロワって誰?聞いたことないけど、この村の人なの?」
「知らないのも仕方がない。生まれはヘルト村だけど、すぐにパラス王国に家族で引っ越したという情報もある。代弁教師の一人、アンダーソンの助手として付いて戻ってきたのさ」
「そして殺された」、とスカーは続けた。ラス隊長の話から、殺人が三回起きていることは聞いていたが、まさかスカーがそこまで知っているとは思わなかった。
僕は村一番の人脈を持っているかもしれないが、誰も教えてくれない。僕を守っての行動だろうが、こういう誰しも知っていることを知らない、という弊害が起きもする。
それにしても、クナシス・ドミトロワか。
僕は実際に死体を見たわけではない。だから、今までは二人目の殺人という数字だけでものを見ていた。しかし、こうして名前をはっきりとされると、現実的な実感が湧いてくる。
7月1日、イアム・タラーク
7月2日、クナシス・ドミトロワ
7月3日、ラーシー
なるほど。これは計画的な連続殺人事件だ。いよいよ、この教室で雑談をしているような気分ではなくなってきた。
話し込みすぎた。放課後の軽く作戦会議を行うだけのつもりだったのだ。何より、この教室があまりにも馴染みがあったので、リラックスしすぎたのだ。
そう。カウエシロイ教室の会場は、ヘルト村北部にあった。毎日僕らが通っている教育機関そのものだ。
僕たちが普通の授業を終えた後、少し間をおいて大人たちは集まっていたらしい。偶然にも、この教室は普段僕らが使っていたものだった。
僕は立ち上がる。イアム、クナシスの前世が誰か明らかにすることが最優先事項だ。そのために死体を探す。スカーに従っていては埒が開かない。
「注目を浴びて教師に取り入るなんてまどろっこしい。どうせ死体なんて学校のどこかに隠されているのだから、虱潰しで調べよう」
「まあ、それも手だ」
スカーは僕に賛同するように立ち上がる。その余裕な表情は普段なら頼りになるが、今は胡散臭く見えた。
「もう何も隠してないでしょうね」
「クナシスの件も隠していたつもりはないんだけれど…。まあ、そうだね。強いていうなら、もうちょっと教室に残っておいた方がいいかも知らない。何も、考えなしに雑談に興じていた訳ではないんだぜ」
「はぁ?」
「モニの手助けになるかと思って、呼んでおいたのさ」
ストン、と再び席に着くスカー。彼がいうなら間違いないのだろうけれど、納得できない。僕は不満げな表情を隠すこともせず、大きな音を立てながら席へと戻る。
「何を、誰を」
「アンダーソン先生」
アンダーソンといえば、警備隊ヘルト村支部の地下二階入り口ですれ違った太った男だっけ。
先程、スカーの話でも話題に上がっていた。クナシス・ドミトロワは、カウエシロイの助手と言っていた。
そして、それは僕たちの最終目的でもあった。カウエシロイ教室の三人しかいない代弁教師の一人。死体の隠し場所に心当たりがある、上位の存在。
「ねぇ、スカー。スカーさん」
「うん、どうした」
今となってはこのイケメンの顔を一発殴らないと気が済まない。ルミがこの場にいたら、窓の外まで蹴り飛ばされているだろう。
「先に言えや!」
と再び叫ぶ僕の声に反応するかのように、教室の扉が開かれた。




