89.とある男について7
【魔暦593年07月03日13時20分】
「如月ラン…、って、確か二日目に死んだ男だっけ?ええと、雪山山荘の玄関で見つかったとかいう」
「よく覚えてるわね」
「メモってるからな」
と、ルミは空中を見つめる。何度か瞬きしたあと、「性格は楽観的、明るい、佐藤ミノルが苦手なタイプ、か」と何かを読み上げるように呟いた。
おいおい。何だその魔法は。僕には見えていないけど、空中にノートでも展開しているような。AR空間が実現できちゃってるの?2023年の科学を超えちゃっているじゃん。
まあ、僕の驚きは置いておこう。ルミが魔法を披露する時のしたり顔が見れないのは残念だが、今は情報共有だ。
彼女の言う通り、如月ランは雪山山荘の招待客だ。七連続女性刺殺事件によって母親を殺された、呪われた七人の子供のうちの一人。
つまり、僕とオル、スカーと同じように、この村に転生したと言うわけだ。
ガバッと勢いよく起き上がるルミ。チラリとスカーを見て、すぐさま僕に目線を戻す。
スカーは走りながら手と首を横に張る。聞こえていないアピールだろうか。律儀な男だ。
「セリュナーの魔法で、あいつが異人だと判明したところまでは理解できている。なんだけど、その先は何が…。てか、ラーシーの家で何を見つけたかさっさと話せよ。あたしは火だるまになった報酬をまだ貰っていない」
「そ、そうね。そういえばそうだった」
今思うと、僕はめちゃくちゃ酷いやつだ。地雷を踏んでもなお、僕らを守るために魔法を発動したルミ。彼女の善意に対し、僕は何も返していない。
こうして話している内容だって、ルミのためにはならない。結局、全て僕に回帰する。
彼女への借りが増えていく一方だと考えつつ、僕は話を続けた。
「そもそも、僕はラーシーが異人だって知ってたんだよ。セリュナーの魔法の前からね」
「はぁ?」
「だって、そうじゃなきゃおかしいでしょう。昨夜、僕が副院長の元に行ったのは、伝達魔道具を借りるためなんだから」
伝達魔道具、警備隊員のみが所有する携帯電話と考えてもらって良い。僕はラーシーに直接電話をして動向を探るために、わざわざロスト山の副院長の元まで行ったのだ。
セリュナーの魔法で、ラーシーに魔力が宿っていないことがわかったのはその後だ。ルミには申し訳ないが、僕は魔法という抽象的なものに頼るつもりはなかった。セリュナーはサブプランとして考えていた。
結果的にセリュナーに会って良かったとは思う。けれど、もし、早朝にラーシーの家に向かっていたら生前の彼と会えたかも知れな。殺されなかったかもしれない
ーーそう考えると、やるせない
「いつからだ。もしかして、ずっと異人だって気がついていたのか?」
「まさか。そもそも、僕は自分以外に転生した人がいるなんて、事件が起きるまで思いもしなかったもの」
未だに痛むお尻を摩る。その手を、ルミは止めた。早く喋れ、と言うことだ。
「僕がラーシーを異人だと気がついたのは、7月2日のお昼頃。副院長と洞窟で遭遇し、下山している最中だ」
「随分と具体的だな」
「エリク・オーケア。副院長に会えたのも、運が良かったわね」
僕はスカーから見えない位置で、ローブのポケットからある物を取り出した。
ごとん、と机に置く。重量がそこそこあるそれは、黒く、硬く、そして僕たちにとってはとても怖い物だった。
僕たち…、つまり、異なる世界から転生してきた元地球人にとっては。
「何だこれ。魔道具…、いや魔力が全く感じられない」
ルミは何か思いついたかのように、自分の首元を見る。首からかけられていた白い笛を見て、納得をしたように声を漏らした。
「ああ、異物か」
「そ。昨夜、お父さんからもらった誕生日プレゼント」
「これが何だ?それこそ、時系列がおかしくないか?ロイ村長にその異物を貰う前に、お前はラーシーの正体に気がついたんだろう」
「これと同じ物を、副院長も持っていたって話だよ」
7月2日の流れを時系列を整理すると、こうなる。
10時40分
副院長と出会う
11時40分
副院長と別れる
僕はラーシーが異人だと気がつく
12時00分
オルに拉致監禁される
19時00分
ルミに助けられ、牢獄から出る
19時20分
ロイから誕生日プレゼントをもらう
00時14分
ロスト山に行く
副院長に、魔道具と一級魔法閲覧許可状を借りる
こう思うと、昨日は活発的に動きすぎだ。途中でオルに拉致され、気絶する時間がなかったら大変だった。彼に感謝することはないが。
「ふむ、流れはわかったけど。何だよ」
「まあまあ、見てなって。おおい、スカー!」
僕はその異物を握り、人差し指をかけ、そのまま立ち上がる。それを、スカーに向けた。
大声を上げなければ反応しないほど遠くにいた彼は、首を傾げて僕を見た。優しい微笑みを浮かべた彼だったが、次第に表情が変化していく。金髪の青年は整った顔を崩し、瞳を大きく開く。
「ちょ、正気か!」
スカーの叫びは、大広場中に響き渡る。彼は両手を天に向かって挙げながら、無抵抗を主張する。思ったよりオーバーなリアクションに僕は苦笑しながら、「大丈夫、弾は入ってないから」と叫び返した。
「そう言う問題じゃねー!」というスカーの声は無視した。大丈夫、心の広さでギネス登録されてもおかしくないやつだ。立花ナオキならば許してくれるだろう。
「何だ?何が起きた。というか、その異物は何なんだ」
「これより、スカーの反応に注目して欲しかったんだけれど、まあいいか」
僕は誕生日プレゼントを丁寧に懐にしまい、満を辞してその凶器の名前を告げた。
命を奪う黒い鉄塊、科学の至宝、死を司る存在。
そして、本来ならばこの世界にあってはならないもの。
拳銃である。




