82.呪われた七人の子供達
【魔暦593年07月03日13時12分】
「この牢屋、なんかおかしくないか?扉開いているけれど」
「あれれ。さっき、私戸締りしたわよ」
「誰が開けたんだ?」
「ああ、俺が開けたんですよ。まだ掃除が終わっていなかったので」
やけに落ち着いた男の声だった。声の持ち主は、派手に足音を鳴らし、僕らのいる牢屋に近づく。
ローブに顔を埋めて、壁に張り付いてる滑稽な僕の姿も目にしたはずだ。それなのに、彼は声を上げることなく足を進める。
「うん、まだ汚いな。皆さんは先に戻っていてください。後数分で、完璧に汚れひとつない、清潔な牢屋に戻しておきますから」
やや芝居掛かったその声に対し、牢屋の外にいる男たちは首を傾げたことだろう。それでも、疑うこともなく、純粋なことを口にしていた。
「手伝うよ。『残業は一過性の解決にしか繋がらない』って習ったばかりだし」
「大丈夫!うん、それ以上近づかないで。大丈夫です。先輩達の手を煩わせるわけにも行かないし、何より、もっと大切なことがあるでしょう。先程、アンダーソン先生の元で何か問題があったとか」
「そうだ!侵入者がいて、しかもスタウ家の長男だったんだ」
「スタウ家」「警備隊長の息子」「これって大丈夫なんだっけ?」
などと男達は疑問の声を上げた。
「はい、掃除は下っ端の俺がやっておきますから、優秀な先輩方は先生の元に行ってください。なに、すぐに追いつきます」
その言葉に納得をしたのか、牢屋の前に立っていた男らは走ってその場を去っていった。扉を閉める音が鳴り響いてからは、足音は一切聞こえなくなった。
ーー助けられたってことか
ーー神ではなく
ーー謎の男に
僕はゆっくりとローブから顔を出す。廊下の程よい光は僕の視界をゆっくりと元の色に戻した。目の前に立ち、こちらをみて笑みを浮かべる男の顔も、次第に鮮明になってくる。
「おはよう。ルミ・スタウさん、モニ・アオストさん」
男は爽やかに僕らの名前を告げた。
背後にある明かりが、彼の黄金の髪の毛を照らす。神々しさすら感じるその見た目に、僕は見覚えがあった。
学校で暴走ガールズと揶揄される僕たちは、学年で一番の有名人だ。もちろん、村民の誰に聞いても、僕らの名前はわかるだろう。
だが、それと同じく、各学年に有名人はいて然るべきだ。何もない、平穏な世代などはなく、何かしらの物語が起きている。
つまり、僕はこの男を知っていた。
僕らの一つ上の学年で、一番有名な男。御伽話の王子のような見た目をし、笑顔を振りまき、人を助けるような存在。
暴力女と暴言女が悪とされるならば、対立として正義の代名詞として語られる存在。
「スカー・バレント」
透明化を解除した僕の隣に立つ少女の台詞だった。他人に興味を持たない、人の名前を覚えられないルミが知っているほど、彼は有名人だ。
スカー・バレント、十七歳。なぜかこの場所にいて、なぜか僕たちを助けてくれた。いや、助けられたかどうかはこの先わかる。
彼はその年齢にしてはやけに落ち着いた顔つきで、優しく口を開いた。
「昨日ぶりだね、ルミちゃん。こんなところで会うなんて随分と奇遇だ。偶然を通り越して、運命的とさえいえる」
「あたしはお前なんかに会いたくなかったよ」
「おや、嫌われてしまうことをしたかな。あは、だけど俺たちは仲間なんだから、その感情はしまってもらいたいものだね」
ーー昨日ぶり…
僕は会った記憶がない。少なくともここ二日間は、学校に行っていない。スカーと校内ですれ違うタイミングがない。
いや、違う。昨日の午後、僕とルミは別行動をしたのだった。ルミがラス隊長に連れられて警備隊支部に、僕はオルに拉致監禁されたのだ。
彼女は確か、イアム・タラークの遺族に会いに行ったとか言っていたが。
ーーああ、そうか
イアム・タラークの夫であるリーチ・タラークには、僕の一つ上の妹がいたはずだ。名前は、シエラ・タラーク。彼女は、スカーと同い年である。
正義の名を語って人助けをするグループに、二人が所属している可能性は十分ある。シエラとスカーが密接な関係ならば、遺族の立ち合いに参加していたかもしれない。
「仲間?あたしとお前が?」
「うん。いや、君たち、と言いたいところだね。だって、同じだろう」
彼はそのまま黄金の髪の毛をかきあげ、整った顔立ちを自身げに見せつける。そして、聞き間違いかと思うような内容を、聞き間違えようがないほどはっきりと告げた。
「佐藤ミノル、入江マキ。俺と志を共にした、仲間の名前だ」
「なっ」
「あは。聡明な君たちなら、俺が誰だかわかるだろう。何せ、この世界に生まれ落ちてからも、俺はそうあるだけだったんだから」
僕はその発言に聞き覚えがあった。無警戒にも程があるが、僕は思わず一人の男の名前を口にした。
「立花、ナオキ?」
鬼塚ゴウからの招待状を受けた、雪山山荘密室殺人の招待客。その中でも、僕が無条件で信用できる男、立花ナオキ。
スカーは、彼と同じセリフを、同じような表情で、僕の瞳を見つめながら言った。
「前世ぶりだね、君たち」




