80.地下二階3
【魔暦593年07月03日13時05分】
薄暗い廊下を、忍び足で歩く。幸い、僕は全身黒のローブで身にまとっているから、闇に溶けて目立ちにくい。黒髪も相まって、近くまで寄らないと存在に気が付かないだろう。それも、両隣にいる赤髪の姉弟の存在感によって、無意味と化しているが。
地下への通路は呆気なく見つかった、と言えば大袈裟だろうか。
僕とオルが知らないだけで、警備隊側は隠すつもりも毛頭なかったのだから、この表現は不適切かもしれない。
当然のように、二階続く階段の隣に、それはあった。
だけれど、地下二階へそのまま降りることはできなかった。地下一階に辿り着いたとき、そこが終点であるかのように、階段は終わりを告げた。
「それはそうだろ。地下二階の目的がなんなのかさっき言ったろ」
「地下牢獄だっけ。目的と言ったら、そりゃ犯罪者を閉じ込めるため?」
「そう。そんな場所が、一般人も使う階段に連続しているわけないだろう」
確かにそうだ。それならば、迷子の子供が迷い込んでしまいかねない。
魔道具の鍵があったように、扉によって閉ざされているのだろう。鍵がなければ通れないというよりも、鍵がなければ外にでれない。そういう目的で用意されているはずだ。
といっても、この村で犯罪者がでたという話はあまり聞かない。強いて言えば、僕の隣を歩く赤髪の魔法使いこそが、投獄対象として適している。
無免許魔法使用の常習犯だ。加えて、その逆にいる赤髪の少年も、殺人未遂の犯罪者だ。黒のローブに隠れてはいるが、僕の首元にある手形の痣は、未だ消える気配がない。
万が一のために用意された牢獄のある、地下二階。今は、死体の安置所になっている。殺人事件、魔王襲来という前代未聞の騒動を村人から隠し、水面下で解決するために、利用されている。犯罪者から村民を守るため、という意味では本来の目的は見失っていないといえる。
地下一階は、物置部屋や資料室など、普段使いはされていない様子だった。とはいえ必要な部屋が地下に押し込められた、そういった雰囲気。何というか、不気味だった。
長い一本の廊下の両脇に扉が並んでいる。ヘルト村支部の地上の形から大きく逸脱している。まるで、必要になったから廊下を伸ばしたかのように。実際に、そういう魔法で増築していったのかもしれない。
奥に進めば進むほど、掃除が行き届いていないのがわかる。地上への階段に地下ほど、需要のある部屋なのだろう。
そう考えると、牢獄のある地下二階への扉が、廊下の最奥にあるのは納得ができる。ヘルト村には、地下に監禁するほどの犯罪者がいないのだから。最も使われない区域なのは間違いない。
「え」
驚きの声は、誰が発したのかわからない。三人とも同じ声を上げたのかもしれない。ともかく、僕らは隠密行動をしているとは思えないほど、間抜けな声をあげた。
それも仕方がない。僕らにその発想は全くなかったのだから。
地下二階への扉は、大きく開いていた。
まるで、僕らを歓迎するかのように。
***
「扉、閉め忘れた?」
「莫迦オル。父さんがそんな間抜けなことするわけないだろう。誰かいるってことだよ。この先に」
「でも、ルミ。鍵はあなたがもっているんでしょう」
「鍵が二個あったか、閉錠の扉を突破できるほどの魔法使いか、それとも、鍵がなくても入れる権力者か」
その話を聞いて一番に脳内によぎったのは、現世の父親の顔だった。ロイ・アオストなら生体認証で扉を開けれる権限を持っていてもおかしくない。
「まあ、誰でもいいのだけれど。誰に見つかってもいけない立場なわけだし」
地下二階には牢獄としての役割しかない。そして、誰かを監禁しているわけでもない。つまり、この中にいる人物は、僕らと同じ目的で来ているということだ。
イアム・タラークの死体。加えてラス隊長が言っていた、二日目の死体。
ーー死体にようがある時点で
ーー異人である、と言っているようなものじゃないか
僕らは光魔法を消して、静かに地下への階段に進む。幸い、階段の終点には灯が止まっている。目的を見失うことはない。
一つの光が、入り口に灯っている。そして、その前に立ち尽くす人影。
ーー誰だ
ーーこいつが、地下への侵入者か?
いや、だとしたら何をしている。死体に用があるのだったら、牢獄へと向かうはずだ。階段の終点、牢獄の入り口で立ち尽くす意味がわからない。
ーーとなると、見張りか
ーー複数人いる?
ーー異人の協力者か?
ーー『ここでぐだぐだ考えてもしょうがないだろう』
思わず、脳内の佐藤ミノルが声を上げる。冷静な自分のツッコミに、激しく同意する。
目の前の人物が誰であれ、この場所を突破しなければ、死体には辿り着けない。
ラス隊長がいつ戻ってくるかもわからない。ラーシーの死体を安置するために、ここに向かってくることは確定している。
僕は両脇にいる赤髪の姉弟に合図を送る。オルには光の魔道具を渡した。何か前もって決めていたわけではないが、それだけで彼女達は意図を汲んでくれた。
ルミの右手が光り輝き、何かを唱える。魔法が扱われたことは明らかだった。それと同時に、オルも光の魔道具を起動する。懐中電灯の容量で光り輝いたそれは、入り口の人物を照らした。
「ちょっと、あなた。何してるんですか?こんなところで」
「んん、きみはぁ。もしかしてオル・スタウくかねぇ。なぜきみがここにいるのかなぁ?」
「それはこっちのセリフですよ。こちらは父さんの使いできたんです」
入り口の前に立つ男は、照らされる光を眩しそうにしながら、階段を登る。その隙に、僕とルミは横を通り過ぎた。
隠蔽魔法…ではないのだろう。それならば、異人に魔法はかからないので、僕の姿を隠すことはできない。どちらかというと、目の前の男の視野を狭めたのか。
どちらにせよ、僕らはオルを置き去りにすることで、地下二階に侵入することができた。
去り際に、オルと男の会話が聞こえてくる。
「貴方は何のようですか?警備隊員の姿には見えないですが」
「ほっほっほっ。オル君こそ、お父さんから聞いていないのかいぃ?」
男はねっとりとした口調で、自らの正体を明かした。
「私らはカウエシロイ教室だよ。警備隊に協力することになってねぇ」




