79.地下二階2
【魔暦593年07月03日13時01分】
平井ショウケイは笑っていた。彼は答えに辿り着き、答え合わせをしたのちに死んだ。死体から数式を組み立てることに成功したのだ。
ーー医学部で人体に詳しい平井だからこそ気が付けたのかもしれない
ーーまあ、僕には到底不可能な芸当だ
ーー僕は僕のやり方でいくしかない
情けない話ではあるが、僕は平井ショウケイを認めることにした。彼の状況把握力と推理力は、僕以上にある。だからこそ、彼を利用するしかない。
「つまり、平井ショウケイが犯人だとわかったうえで、死の間際に『笑う』ような相手が犯人ってことよ」
「いや、お兄ちゃん。俺はあいつについて詳しいわけじゃないけど、誰が犯人でも笑うような奴だってことはわかるよ」
「そう、誰が犯人でも笑うような奴。それがほとんど答えみたいなものだけど」
「うーん?」
首をこてん、と傾げるのも無理はない。オルーー入江マキは、その可能性を最初から排除していたのだから。佐藤ミノルが死んだのち、山荘に隠れている殺人鬼を炙り出すために、山荘そのものを火炙りにした。だからこそ、彼女はこういった。
『最後に残ったのは、山荘から登る火煙だけだった。殺人鬼は、煙のように消えた」
ーーこんなかっこよくはいってないけれども
ともかく、入江マキは殺人鬼がどこかへ逃げたと考えているのだ。
「だから!何が言いたいんだよお兄ちゃんは」
「つまり、だ。佐藤ミノルが死んだ段階で、いや、その少し前の段階で、雪山山荘密室殺人を引き起こした犯人は死んでいた。だから、マキは誰にも殺されなかったんだよ」
「はぁ?」
「あの事件を起こしたのは、あの場にいた七人の呪われた子供たちの中にいた、ってことだ。外部犯はいない」
殺人鬼は、あの場にいた七人。佐藤ミノルと入江マキを除くと、五人。
五人は『赤い柄の包丁による刺殺』で、佐藤ミノルは毒殺、入江マキは自殺である。つまり、2月4日に五人の死体を確認した段階で、殺人鬼も死んでいてもおかしくないのだ。僕とマキは、勝手に一人で死んだ。
だからこそ、平井ショウケイは笑ったのだ。『やはり、おまえだったのか』、と。これが外部犯だったら、『いや、お前誰だよ』という表情になってしかるべきだ。
ーーまあ、この場合
ーー平井ショウケイを殺した犯人はどうやって死んだのか、という疑問は残るが
それに関しても、仮説はある程度導き出せている。
「あの、お兄ちゃん。俺が聞きたいのはそんなことじゃなくて」
「僕が導き出した衝撃の事実を、そんなことで片づけないでよ」
「ラーシーのところで何がわかったのか、っていう答えになってないんだけれど。どう飛躍したら、こんな話になったのさ」
「いいことを聞いてくれた」
「最初から聞いてるんだけど!」
僕が平井ショウケイの話につながったのは、そのラーシーの死体を見たからで。その死体に馬乗りし、包丁を手でもって、心臓に突き立てる。そういう殺人鬼との対話を疑似体験した末に、平井に共感した。
ラーシーという男の死体は、あまりにも似ていた。雪山山荘で僕が見届けた、五人の死体の一人に。死に至るまでの状況と、死後残したその表情までもが。
死体は、殺人鬼の手がかりを持っている。だからこそ、死体を見なければならない。
ーーといっても、全て僕の妄想の域を超えない
ーー死人に口なし、なわけだし
ーーだからこそ、イアムの死体を見にきたわけだけど
僕の妄想を、仮説に昇華させる。そのために、前世の手がかりは何でも欲しい。
イアム・タラークの表情からも、殺人鬼への手がかりは手に入るはず。ラス隊長が言っていた、謎の二日目の死体もまた、情報が欲しい。
ラス隊長が警備隊ヘルト村支部に戻る前に、死体の表情を目に焼き付けたい。犯人への手がかりにつながることは間違いないのだから。
僕の思考が口元に届く前に、ヘルト村支部の扉がゆっくりと開く。一瞬、びくりと体を震わせるが、隙間から顔を見せた幼馴染に、安堵のため息を漏らす。
「話は後のようね」
「めちゃくちゃ気になるんだけど!」
大声を上げるオルを制したのは、扉から身を乗り出して蹴りを入れた姉だった。その足はオルの腹部に当たり、彼は地面を転がった。ルミは口元に人差し指を立てながら、静かに告げる。
「常駐の警備隊員が二人残っている。建物内を循環しているわけではなさそうだが、物音を立てたら飛んでくる」
「了解。地下室への鍵は手に入れた?」
彼女はポケットから、ひもに吊るされた小さな黒い物体を見せる。とてもじゃないが、鍵には見えない。
「この魔道具を、扉にかざすと開く。ただ、これは常駐の警備隊がいる部屋から取ってきた。はやめに終わらせたい」
ーー二人の警備隊員がいる部屋から、よく盗んだ
大方、透過魔法で姿を隠し、転移魔法で手元に運んだのだろうが。ラス隊長が自宅待機命令を出している中で、常駐しているくらいだから、相当腕のたつ警備隊員だとは思うが。彼女はその上を行くらしい。
「ついてこい。地下二階への道は、そう遠くない」




