75.対話4
【魔暦593年07月03日12時30分】
『全く、さすが先生と言ったところだな。魔道具の通信程度の些細な魔力もお見通しというわけか。かはははは』
渇いた笑いが、僕たちの間に突き抜ける。魔法学院副院長エリク・オーケアは反響する洞窟の中で、一人でに声をあげているのだろう。
ポケットから伝達魔法が刻まれた魔道具を取り出し、思わず地面に落とす。青白く点灯していたそれは、周囲の音を伝えている証拠だった。
盗聴されていた、と気がついたのは少し遅れてからだった。僕がラーシー相手に使おうとしいたテクニックを、副院長に使われた。というか、そもそも僕の魔道具は、本当にラーシーにつながっていたのか。それすらも、疑わしい。
他に落ちた魔道具を一瞬にして手元に転移させたラス隊長は、強い睨みを見せた。
「貴様がクナシスの件を知らないわけがない。そして、ラーシーにアリバイがあったことも。それなのに、なぜこの子達に隠していた」
『隠していたなんて人聞きの悪い。利用されていたのは俺の方だぜ。なぁ、アオストの嬢ちゃん』
隣にいたら、肩でも組んできそうな言い方だった。僕はあえて無言を貫いた。
『ラーシーの家に行くための手伝いをしてほしい、ってな。魔道具を貸し出したり、一級魔法の使用許可を出したり。全く、人使いの粗い小娘だと思わないか?先生』
「それをふざけるな、と言っているんだ。仮にでも魔法学院の一員ならば、情報を意図的に隠す必要がないだろう。お前は、わざとラーシーの元へ向かう援助をしたんだ」
僕の知らない昨夜の殺人で、ラーシーの姿は公にあったのだろう。それは警備隊員には周知の事実だった。だから、ラーシーの元に行った理由に『彼が殺人鬼だと思ったから』は通用しない。
ーークソ天使め
ーー僕に隠してたな
昨夜のことを思い出す。
僕とオルは深夜のロスト山の登山を開始したが、すぐに空から天使が舞い降りた。「ラーシーの反応を伺いたいから魔道具を貸して欲しい」という僕の頼みを知っていたかのように、伝達魔道具を貸してくれた。
ニヤニヤと笑みをこぼす副院長は不快だったが、もともとそういう奴だと思って無視していた。あれは、そもそも僕の行動の無意味さを笑っていたのだ。
そして、今もその笑みを浮かべていることは、魔道具越しでもわかった。
『それはアオストの嬢ちゃんに失礼だ。この女子は、いや、子供扱いするのも失礼か。この女は、俺の協力がなくても死体に辿り着いていたよ。俺は無駄な工程をカットしただけ。俺たちは対等な共犯者なんだよ』
「そうなのか、モニちゃん」
突如向けられる強い目線に僕は苦笑いを返すことしかできなかった。
ラス隊長には悪いが、僕はこの男の価値を理解している。魔法を使えるものは異人でないとわかった今、副院長は白だ。そう考えると、副院長ほど便利な存在はいない。
代償はそれなりにあるが、その分リターンもある。ずっと盗聴されていたことは生理的に気持ちが悪いが、その感情を抑えなくてはならない。
今回は、結果的に僕にも副院長にも利がある形で終わった。副院長がいなければセリュナーの協力は得られなかったし、僕がいなければラーシーの死体は見つけられなかった。
利害の一致。若干、僕が利用されている率の方が多い気もするが、その借りはいずれ返させる。
当事者同士が良いと思っているなら、その間に入る必要もない。僕がそう告げようとしたが、ラス隊長を見て思い溜まる。
先程の、警備隊長としての仕事の面ともまた違う。怒りとストレスを併用させた表情は、そもそも僕なんて眼中にない。なんと言うか、本当に僕と同じ土俵に立っていない。
ーールミのお父さんだなぁ
なんて他人事のように感心していた僕だった。そんな僕を放置して、隊長は話を進めた。
「なぜ貴様は、そこまで傍観者でいられるのか。何が共犯者だ。違うだろう。殺人事件の解決の当事者としての自覚が貴様にはない」
『悲しいね。俺ほど仕事熱心な男はパラスの中でもそういないと言うのに』
「魔王討伐戦線では暇潰しが仕事なのか?」
***
魔王討伐戦線。
その言葉は、先程聞いたばかりの言葉だった。
魔王と戦うために編成された、魔法学院の軍事的組織。魔王が異人であるとわかった今、異人の専門家とも良える。
ヘルト村で現在進行形で進行している連続殺人事件を治めるために派遣された。既にロスト山まで来ていると、ラス隊長は言っていた。
その主力が、副院長エリク・オーケアだと聞いて、驚く方が難しい。
僕が抱いた感想は、「まあ、そうだろうな」だった。ロスト山にいる魔法学院副院長と、ロスト山に派遣された魔法学院魔王討伐戦線。大元は同じ組織であるため、無関係と考えることはできない。彼そものものが、魔王討伐戦線だとは思わなかったけれど。
『暇つぶしが仕事なのかって。ルミ嬢にも全く同じことを言われたぜ』
副院長は、嬉しそうに声をあげる。今頃、美しい白い羽をはためかせている頃だろう。その無神経さがラス隊長を逆撫でする。
「なぜ、貴様自身が動かない。専門家である貴様が動けば、犠牲者は三人も出なかった。なぜ表に出ず、守るべき子供達を危険地帯に誘導する」
『そりゃあ、その守るべき子供達自体が当事者だからだよ。異世界の漂流だかなんだか知らないが、事件まで持って来なくて良いんじゃないかな、とは思う』
認識の齟齬。ラス隊長は、魔王による殺人事件だと考えているため、魔王討伐戦線が解決するべきだと考えている。
対して、副院長は異人が殺人鬼だと知っている。だからこそ、僕のような前世の因縁を持った子供たちが解決するべきだと考えている。
ややこしいのは、魔王と異人はほとんど同じようなものということだ。
だから、この二人の方針は決して交わることがない。そして、副院長の最後の一言が、ラス隊長との決別を決定打にした。
『それに、魔王討伐戦線は行きたくても行けないんだよ。知らないのか?』
「ロスト山から下山するだけだろう」
『それができない。三日前から、ヘルト村はヘルト村人以外の出入りができなくなっている。世にも恐ろしい、呪異物の呪いだ』




