74.対話3
【魔暦593年07月03日12時20分】
「警備隊だ!動くな!」
蹴り破られるかのような勢いで扉が開く。勢いに任せて殴られるかと思ったが、拳が僕の元に届くことはなかった。入ってきた人物と僕は既知の中だったからだ。
「あれ、ラス隊長」
「奇遇だ、みたいな表情をするんじゃない、モニちゃん。オルから話は聞いている。外に出なさい」
「はーい」
僕は両手をあげながら、ラーシーの死体から離れる。ラス隊長に遅れて、複数人の警備隊が室内に入ってくる。その誰もが中年で、若いものはいなかった。
僕を見るなり軽く会釈をするが、それだけ。彼らは僕がいないかのように死体を囲み始めた。押し出されるように、家の外に行く。新鮮な空気が体に染み渡る。
ーー隊長仕込みの先鋭部隊といったところかな
警備隊員は、自宅待機が命じられている。ということは、彼らは、ラス隊長が信用した限られた人選ということだろう。隊長は現場を部下に任せ、僕を抑制するかのように扉との前に立つ。
「それにしても、早かったじゃないですか」
「私より先に現場にいる君には言われたくないな」
「たまたまですよ」
「さて、どうかな。私の忠告は聞き入れてくれなかったみたいだね」
セリュナーの家で彼女に話していたことだろう。今回の事件は魔王の仕業だから、僕たち素人には出番はない。大人しく家に引きこもっておけ、というニュアンスだったか。
その魔王の大元が異人だとわかった今、僕がその忠告を聞くわけがない。まあ、そうでなくても忠告なんて無視したが。僕は面倒だったので惚けることにした。
「何の話ですか?」
「知らないなら良い。いや、良くないが」
「ははは。ところで、警備隊って魔法使えなくても入れるんですね」
僕の言葉に、ラス隊長の表情ががらりと変わる。
「入れる。ラーシーは地頭の良さが評価されて入隊した。そもそも、警備隊で魔法を使うのはセリュナーのような特殊なケースだけだ。普段使いするものは、魔道具で代用できるからな」
「へぇ。まあ、ラーシーとは言ってないですけど」
「あのね、私はモニちゃんと駆け引きするつもりはないよ。君みたいな口の回るやつと会話するときは、同じ土俵に立たないようにしているんだ」
「そんな、僕たちの中じゃないですか、ラス隊長」
「いや、今は警備隊隊長と第一発見者の仲として話させてもらおう」
威圧感、とは違う。だけど、見透かすような目つき。「いいから話せ」と怒鳴ることはしない分、まだ僕に対して甘いところがある。
「僕が部屋に入った時は、既にラーシーは死んでましたよ。扉の鍵すらかかっていなかった。道中に爆弾は仕込まれていて、貴方の大事な娘は火柱に飲み込まれていましたが。僕の知っている情報はこれくらいです」
「ふむ。なぜ、この村の外れに用があったのかな」
そもそも、駆け引きをするつもりはない。そういっておきつつ、警備隊長と第一発見者の間柄って。
正直に話してほしいと、釘を刺されただけな気がする。しかも、一方的に。
ーーまあ、話すけど
「ラーシーが怪しかったから。ラーシーが殺人鬼なんじゃないかって思ったから。それだけですよ、警備隊長」
「ふむ。随分とおかしいことを言うんだね。二日目の殺人事件の時、ラーシーにはアリバイがあった。彼が殺人鬼であるわけがないことは、モニちゃん。君程の子供が見逃すわけないだろう」
ーー君ほどの子供って
僕がどれ程の子供だと思っているんだこの人は。特に何が成果をあげたわけでもない、貴方の娘の親友ってだけだ。
それに、彼は何やら勘違いをしているようである。
「おかしいことを言ってるのはラス隊長ですよ。イアムさんの事件を一日目とするなら、今日は三日目です」
「だから、二日目の殺人だ。二人目の被害者の話だよ」
「はぁ。まあ何日とかはどうでもいいですけど。ラーシーが二人目の死体だってのは確かですよね。アリバイとかは知らないです」
「本当に言ってるのか?」
「これでも嘘をつかないように頑張ってるんですけど。なんですか、ラス隊長。からかってるんですか?」
話が噛み合わない。
ーーなんだ?
違和感。ラス隊長に何かおかしい点があったというわけじゃない。彼はこういう場面で、決してふざけることは無い。だから、この場合おかしいのは僕自身だ。
周知の事実で、僕だけが知り得ない事実がある。
二日目の殺人、二人目の被害者。
一日目がイアム・タラーク。
三日目がラーシーだとしたら…。
「ああ。そういうことか」
7月2日。殺人事件開始から二日目。
僕の知らない場所で、誰かが死んだのだ。
その結論に至っても、僕は驚かなかった。
昨夜、ロイやラス隊長から『非協力宣言』を告げられた。事件に関わらないでほしいというニュアンスだったが、おそらく二日目の死体に関係することだろう。その誰かが死んだことによって、事件は複雑化した。
大人たちで秘密裏に解決したいと思うようなものといえば、権力関係だろうか。この村に僕以上の権力者がいるとは思えないが、実はどこかの貴族が内緒で田舎暮らしをしていた可能性だってある。
ーーそれでパラス王国が怒り狂ったとか?
僕は一人で納得し、しかしそんなこと知ったこっちゃないとも思った。ラス隊長はアリバイとかなんとか言っていたが…。
いつもの如く脳内自己完結型の考察を進めていった僕だったか、雷鳴の如く怒号に頭が真っ白になった。
「ふざけるのも大概にしろ」
「ひゅっ」
大人の迫力のあるそれに、僕は小さくなる。普段温厚な人の怒るシーン程怖いものはないが、それが生まれた時からの付き合いの知り合いとなればさらに格段だ。
ラス隊長のらしくもない姿に怯えつつ、怒られ慣れていない僕はゆっくりと顔を上げる。
しかし、ラス隊長は僕を見ていなかった。「すまない、君に話しているんじゃない」と僕の頭を軽く撫で、話を終わらす。僕は蚊帳の外だった。
ーー蚊帳の外って
ーー僕ら二人しかいないのに
ーーラス隊長と誰だよ
辺りを見渡すが、僕とラス隊長以外に人の姿はいない。否、僕のローブのポケットの中に仕舞われた、黒い魔道具が起動していたならば、話は別だった。
ラス隊長の冷ややかかつ軽蔑のこもった言葉は、その男の名前を呼んだ。
「エリク・オーケア。こんな幼い少女たちを利用して、貴様たちは何を考えている」
僕がポケットから黒い魔道具ーー伝達魔道具を取り出す。それは、起動中の意味を表す青白い光を灯していた。
ラス隊長の声に反応するように、薄ら笑いが聞こえてくる。軽薄そうな男の声だった。
『そう怒んなよ、ラス先生』




