71.殺人事件の続きは異世界で3
【魔暦593年07月03日11時58分】
僕の声にびくりと反応するのは、隣で走るオルだけだ。黒い魔道具は沈黙を貫いていた。
ーーこれは、どっちだ?
一、罪の意識にさいなまれている。
ルミが燃え盛るのを目撃し、ことの深刻さを理解した。自分が仕掛けた兵器の恐ろしさを実感し、恐怖で震えている。
その場合、彼は僕の想像するラーシーだ。人を殺す度胸もない、後先考えない、けど友達を大切にする。それならば、部屋で引きこもっているに違いない。耳でも塞いでいるのだろうか。
二、既に逃げている。
家の裏口からロスト山まで逃げた。ロスト山は深部まで行かなければ魔獣は出てこない。
この場合も、想像上のラーシーだ。
三、扉の前でこちらを待っている。僕たちが扉を開けるのを、静かに、声を殺して待っている。
「…」
玄関の前に、僕は辿り着いた。ルミのおかげで地雷を踏むこともなく、それ以外の兵器もなかった。扉の前に紐でも張っているかと思ったが、流石になかった。
「ラーシー?聞こえる!」
ドンドンドン
僕は雑に扉を叩く。音も、声も、全てを魔道具に乗せてラ―シーに伝える。僕らの行動は包み隠さず、筒抜けだろう。
「ちょっとお姉ちゃん、いいの?何の計画もない、突撃作戦になってない?」
「今更何を取り繕うのよ。もう、突撃するしかない」
「さっき死にかけてたじゃん!僕たちは回復する手段ないんだよ!」
ーー回復する手段は元からないよ
ーーいつからマキはこんな弱気になったんだ
いや、元より強がりの象徴の様な女だったか。それが、佐藤ミノルが死に、姉が丸焦げになればメッキも剥がれる。
ルミの回復を待つ事が、一番の安全策かもしれない。人道的な作戦化は置いておいて、彼女を肉壁に進めれば、結果的に誰も死ぬことはないのだから。
だが、それよりも、この機会を逃す方がまずい。
「ラーシーの警戒心は最上級になっている。彼に会える機会はここしかない。大丈夫。オルもいるし、僕も防衛手段はある」
その声すら、魔道具に乗せる。勿論、返答はない。僕らの声を聞いて、彼は何を想っているのか。
オルの手を上から重ねる様にして取り、扉にかける。音のならないようにゆっくりとドアノブを下す。何のひっかかりもなく、扉はすんなりと開いた。
「行こう。真実を見に」
***
【魔暦593年07月03日12時00分】
僕らは、扉の先の異様な光景に足を止めた。
球体、円柱、四方形、長方形、三角錐。
木彫りの彫刻は様々な形をしていた。
そのどれもが、不完全な形のまま玄関に転がっていた。彫刻刀のような刃物が刺さっているものもある。自分の想像する完成形と乖離したその姿に、絶望したかのような。作る途中に愛情が無くなったかのような。そういった悲しみを感じた。
そして、対照的に咲き誇る花たち。七色の花々は丁寧に花瓶にさされている。みずみずしく、そして伸び伸びと咲く花は、女性的なものを感じた。
その家は、とても奇妙だった。
日本の様式と、ヘルト村の単調さを合わせたかのような。どちらとも言えない、中途半端さが目立った。
僕とオルは、無意識に口を覆っていた。
その先に何が待ち受けているか、匂いでわかったから。
それは、何度も嗅いできたものだった
それは、何度も触れたものだった。
それは、何度も見てきたものだった。
それは、二度と関わりたくないものだった。
赤い。
赤く、木を湿らせるその液体は、既に乾ききっていた。赤黒く、新しいカーペットのごとく、地面を埋め尽くす。
その中心には、この家の主人がいた。瞼を強く見開き、濁り切ったその瞳には何も映っていない。
07月03日12時。
僕たちは、二人目の死体を見つけた。
ラ―シーの胸元には、赤い柄の包丁が一輪の花のように刺さっていた。




