70.突撃作戦4
【魔暦593年07月03日11時57分】
耳をつんざくような爆音と共に、衝撃の波が襲う。目の前に唐突に現れた薄い障壁は粉々に破壊され、僕は紙の如く後ろに吹き飛ばされる。
オルが手を掴んでくれなかったら、僕はそこらの木々に叩きつけられていただろう。
辺りは黒煙に包まれ、肉が焦げる不愉快な匂いが充満する。聞いたこともない音が森林に響き渡り、脳を揺らす。
「お、お姉ちゃん!」
それは地雷では無かった。というよりも、地雷より恐ろしい兵器だった。
感圧版から足を離すと、従来の地雷の要領で爆発が起こる。片足を欠損し倒れた所で、第二派が訪れる。動かない体に向かって、池中から火柱が登る。それは止まることを知らず、未だ燃え続けていた。
回復魔法対策とでも言うのだろうか。治った場所から炭になるその場所で、ルミは丸焦げになっていた。もがく様に動いていた体も、次第に弱々しくなって行く。
「ル、ルミ」
ーー落ち着け落ち着け
ーールミは身体中穴だらけになっても死ななかった
ーーあの火柱から外に出せれば、すぐに治る
でも、どうやって。僕たち異人は、回復魔法を持っていない。ルミの肉体を燃やし尽くすほどの火力に手を突っ込んだら、それだけで終わりだろう。一生、両手を使わず生きて行くことになる。
それに、手を突っ込んだとして、ルミの体を引っ張れる保証がない。彼女の身長150センチとはいえ、燃え盛る炎の中動かせないだろう。
ーー『おいおい』
ーー『あの火柱を科学で証明できると思ってるのか?』
僕の事を、常に俯瞰してみてくれている佐藤ミノルはそう言った。そして、彼が言いたいことはすぐに理解できた。
僕が一歩前に踏み込むよりも先に、オルが火炎の中に突っ込んでいった。炎も恐れず、勇敢なその姿に目を奪われる。
遅れて、僕も両手を火柱に潜り込ませる。
「くっ、確かに。全く熱くない」
ーー非科学的なものは、全て魔法
ーーそして、異人に魔法は効かない
僕達は火炎の中、ルミの両手を掴む。弱々しく握り返してきたその手を、強く引っ張る。
これは、炎を模倣しただけの魔法だ。肉体を炭化させるほどの火柱を、何秒も継続させることなどできるはずがない。
地雷だからといって、地球の時の反応をしてしまった。ここは異世界で、僕は異人だ。お互い通じない常識をぶつけ合うしかない。
そのまま、ルミの体を引き摺り出す。
「お、お姉ちゃん。これで死んでないの?」
見てるだけで、吐き気を催す程の焦げた匂い。体の一部は炭化し、崩れ落ちる。彼女の燃えるような赤い髪も、言葉通り燃え尽きた。
それでも、彼女の胸部は上下している。次第に口元が元の肌色に戻り、気道がより確保される。この回復速度だと、数分で全回復できるだろう。
だが、ルミの回復はそこで止まった。代わりに、彼女の焦げた左手に光が集まる。空間の歪み、魔法の発動前の動きだった。
パキパキ
集まった光は、青白い波となって地面に流れて行く。数秒前に僕を助けたやつと同じ、『停止』の魔法。氷のように地面を固め、それは道の先まで続いた。
具体的には、ラーシーの玄関前。地雷を踏む事がなく進める、一本の道が完成していた。
ーー己の回復よりも
ーー事件の手がかりを優先した
「無茶しすぎだよ…」
ーーそして、その無茶を無碍にはできない
行くしかない。
作戦はすでに崩壊した。
僕らの作戦は、ルミを肉壁とした奇襲だった。ある意味では、地雷対策として成功はしているが。
既に、激しい音を出してしまっている。
一本道に、地雷を設置するようなやつだ。起動音を耳にしたが最後、警戒は最大限に引き上げられているだろう。
ーーしかし、どうせなら反応を伺いたい。
ーー既に、家の窓からこちらをみているかもしれないが
ーー僕らが魔道具を持っているとは思わないだろう
ーー多少なりとも、意表は付けるはずだ
僕は副院長から預かった魔道具を起動させる。効果は
、登録済みの同じ魔道具に周囲の音を載せて会話すると言うもの。
警備隊員の証とも言えるその魔道具で、僕はラーシーに言葉を送った。
「ラーシー、僕だ!モニ・アオストだ!」
この魔道具がなぜ、警備隊員全員に渡されているか。
それは、ラス隊長の存在がでかい。
どんな場所にいても、すぐに飛んでこれる存在。あらゆる権限を持ち、ヘルト村の平和を守る警備隊長がいる。いついかなる非常事態でも、彼にさえ情報を伝えれられれば、解決する。
よって、緊急連絡用の物となっている。勿論、平時に使っていけないわけではない。セリュナーが一級魔法許可状を貰おうとした時も、その行為自体に指摘はなかった。
だが、僕が目をつけたのはその利便性ではない。前世の知識と比較すると生まれる、ギャップだ。
伝達魔道具は電話とは大きく違う点がある。
それは、ボタンなどの操作する事ができない、という点だ。起動したのならば、自動で相手側に繋がる。本来ならば、ラス隊長に。今回ならば、副院長とラーシーに繋がるというわけだ。
そして、相手側はそれを拒否する機能がない。送信者側が起動すると、応対する様に受信者側も起動する。
要するに、相手の環境音まで盗聴する事ができるのだ。
魔道具は起動した。青く光る黒い魔道具は、相手側と繋がった証拠だ。
僕のこの声は、確実にラーシーに届いている。




