65.異人解体新書2
【魔暦593年07月03日11時42分】
「ぐぅ…、ん」
失明するかと思う程の光は、時間と共に弱まっていった。ルミの『強制転移』という発言からして、僕達はどこかへ飛ばされたんだろう。
転移魔法はラス隊長の模倣だろう。ルミの見て盗む才能は、目を見張るものがある。
僕は変わらず前に立つオルの体を強く抱きしめながら、片目をゆっくりと開ける。
「あら?」
景色は徐々に色を取り戻す。緑力とした木々、力強く流れる川、馴染みのあるロスト山。というか、僕達が先ほどまでいた場所だった。
「失敗した?流石のルミも転移魔法はきつい?」
「ざけんな。ちゃんと習得済みだ。しかし、やっぱりな。魔法の発動自体は成功したが、結果は不発だ」
「つまり失敗?」
ラス隊長の転移魔法を何度か見たことがあるが、光に飲み込まれて、姿を消すというものだった。現れる時も同じ。
僕たち異人には魔力を循環させる器官が機能していない。空循環病だから、魔法は起動はしたけど発動しなかった。言われてみれば、そりゃそうだ。
僕の考えに、ルミの反論が割り込む。
「いや、違うね。あたしの魔法は発動した」
「だから、何が違うのよ」
「モニもオルも魔力の動きとか見えない…、ってことだよな。仕方がない。あたしが先生になってあげよう」
「はぁ」
ルミは眼鏡をかけていないのに、位置を治すようにこめかみ付近を触る。セリュナーの真似をしているのだろうか。
「魔法は魔力を体に循環させ放出させるというものなのは、さっき話したよな。それは、自己完結させる魔法に限った話だ。転移や浮遊みたいな、他者を巻き込む魔法だと、また別の処理が挟まる」
「処理?」
「Aが魔法使い、Bが魔法を受ける人だとする。その場合、Aが魔法を使った後、Bの体に魔力を流し、Bに魔法を使わせるというものだ。といっても、知識も経験も必要ない。飽くまで、魔法を使うのはAだからな」
「はぁ」
「で、流す魔力量が重要となる。転移のように、結果が目的となる魔法は一定量の消費で行える。だけど、浮遊のように過程が目的となる魔法は、維持費として魔力をBに流し続けなければならない」
「あの、まじで意味がわからないんだけど」
ルミ先生の話は長く、退屈で、眠気を誘う内容だ。それに、処理なんて言葉を使わないでくれ。プログラミングみたいじゃないか。
僕はやれやれと両手をあげ、オルを見る。彼は僕の胸元で、つまらなそうに空を見ていた。彼の頬を摘み、伸ばす。
その様子を見ても、ルミ先生の態度は変わらなかった。最初から期待はしていないらしい。
「本題だ。ロスト山で崖から滑り落ちた時あったろ。あたしは咄嗟に浮遊魔法をモニに当てた。お前さえ助かれば、あたしはどうとでもなるからな。だが、そこで想定外の事態が起きた」
「それは覚えてるわよ。結局、ルミが助けてくれたじゃない」
昨日の話だ。ロスト山で魔獣から逃げていた僕は、うっかり崖から滑り落ちてしまった。僕は崖に生えている木に体を打ち、気絶した。
目を覚ますと、洞窟の中にいた。外傷はなく、痛みと軽い捻挫程度で治っていた。それは、ルミが血だらけになりながら僕を助けてくれたからで。
ーーああ、そうだ
ーーあの後、ルミは魔力切れが起きたんだ
ーーしばらく寝るといって、動かなくなった
「あたしがモニを助けた時、魔法は使っていない。というよりも、途中で魔力切れが起きて使えなかった。モニの下敷きになって、なんとか崖途中の洞窟に転がり込んだ」
「うわ、だからあんな血だらけだったの…」
「さっきの話に戻るが、浮遊のように、『浮かぶ』という過程を目的とする魔法は、魔力を継続的に放出させる必要がある。あたしはモニに浮遊魔法をかけた。そうしたら、全ての魔力が持ってかれたんだ」
「うーん?僕は落ちて行った…。浮遊魔法が効かなかった?どういうこと」
「最初は、モニが異次元に重い、もしくはそういう魔道具でも持っているのかと思っていた」
ーー僕は軽いよ
という突っ込みをする気にもならない。るみの言いたい事がなんとなくわかってきたからだ。
「僕を浮かせるために魔力を放出し続けたら、先にルミの魔力が切れたってことね」
空循環病は、魔力の循環機能に障害が起きている病気だ。だから、異人は魔法を使えない。
その異人に対して、転移のように結果を求める魔法を使うと、何も起きない。浮遊のように過程を求める魔法を使うと、魔力が全て吸われる。
そして、異人の体には魔力が全く無い。魔力の動きを再現するセリュナーの魔法を持ってしても、透明人間扱いされる。
ーー体内に残っていないなら
ーー与えられた魔法はどこに流れている?
なるほど。異人は魔法が使えないだけでは無いらしい。
「空循環病のことを考えると、あたしが出した結論はこうだ。異人の体は魔力と断絶している」
与えられた魔力が体に溜まらないんじゃなくて、最初から体に入っていない。魔力の循環が空回りしているんじゃなくて、そもそも魔力を受け付けていない。
「つまり、魔法が全く効かない」
僕の結論に、ルミ先生は満足した様子だった。彼女はうんうんと何度も頷き、にこやかに笑みを浮かべた。
だが、その表情はすぐに曇る。
『魔法が使えず、魔法が効かない』
この事実を、改めて受け入れたのだ。彼女の魔法を扱ってきた人生の中で、考えられもしない事象だろう。
それは、オルも同じだったようだ。彼は頭だけをこちらに向け、僕に訴えるように口を開く。
「それってまるで」
ルミも、同じ言葉を口にし始めた。スタウ姉弟は、二人して口を開き、全く違う言葉を言った。
「地球人と同じ」
「魔王と同じだ」




