64.異人解体新書1
【魔暦593年07月03日11時40分】
モニ・アオストは魔法を使ったことがない。
それは、単に才能がなかったわけではない。魔法学の難解さ、法律の厳しさ、なにより魔道具の存在だ。
魔法を物体に刻み、記憶することで生まれるのが魔道具だ。取扱説明書はあるが、予備知識はいらない。つまり、誰でも魔法と同じ効果を得ることができるのだ。
魔法を勉強するというのは、将来技術職を志望しているということになる。
日本風で言うと、魔法はプログラミング言語で、魔法使いはシステムエンジニアだ。ソフトウェアや電子機器などを設計する側になるならば、勉強しなければならない。
佐藤ミノルは情報学部の大学に在学していた。生まれ変わりである僕も、ある程度のプログラミング言語を理解している。だからこそ、魔法を勉強することの面倒くささがわかってしまったのだ。
論理的思考の頂点は概念から理解をしなくては使いこなすことはできない。要するに、佐藤ミノルはプログラミング言語の習得に苦戦していたということだ。
だから、モニ・アオストは魔法を使ったことがない。大変なのはわかりきってるし、使う必要もないから。
僕の興味は魔法という学習が必要なコンテンツよりも、すぐに効果が得られる容姿に注目した。以来、自分磨きに時間をかけ、魔道具の消費者に回ることにした。
魔法を使わないんじゃなくて、使えないなんて考えたこともなかった。
「空循環病」
入江マキの生まれ変わり、オル・スタウは人差し指を回転させる。やや鬱々とした声色で、口を開く。
「転生したあと、どうしても力が欲しかった。実家も魔法の名門だったし、才能があると思っていたんだけどねー。極めるどころか、俺は使うことすらできなかった。父さんもあれこれしてくれたんだけど、全然ダメだったね」
「そりゃ、気の毒に…」
「魔法学院の研究室に通ったりして、言い渡された病名が『空循環病』だった」
「魔力が空回りする的な?」
「そう。空間に漂う魔力を体に流し、それを放出させるのが魔法。『空循環病』は本当に珍しい病気で、その循環がうまく行かず、魔力の放出ができない。まさか、お兄ちゃんもこの病気だとはね」
ーー病気というよりも
ーー異人の特性と言った方がしっくりくる
ラス隊長も苦労したことだろう。魔法学院の名門、スタウ家の長男に魔法の才能がない。その事実を受け入れるために、どれだけ時間をかけたのか。
三級魔法どころか、魔力を感じることすらできない。ラス隊長やルミが天才的な魔力操作を行えたからこそ、よりその異質さが目立った。
そのことはルミも理解していたようで、深いため息をついた。
「『空循環病』とオルが診断されてから、父さんはあたしに魔法を使うことを禁止にした。あたしも幼いながら、父さんが何かをすごい決断をしたのはわかったよ」
「でも、ルミは魔法めちゃくちゃ使ってるじゃん」
「うるせぇな。あたしはあたしなりに考えたんだよ。オルを守る、名門スタウ家を存続させる。その二つを同時に達成するために、独学で魔法を使う必要があったんだからな」
ーーなんか、いいな
思わず、オルの脇腹を突っつく。全く、いい姉を持ったじゃないか。彼は恥ずかしそうに僕を叩き返した。
無免許で魔法を乱用するのは大犯罪ではあるが、信念を持った行動だった。彼女の心意気には関心するばかりである。
「だが、やっぱりおかしい」
「何が?『空循環病』ってのは、異人特有の病気ってことじゃないの?」
「そもそも、魔力ってのは、空気に浸透しているんだよ。だから、循環が起こらないのはおかしい。呼吸と共に取り込んだ魔力はどこに行ってるんだ?」
「体に溜まってるんじゃない?」
「それなら、セリュナーの魔法で映るはず。透明人間として映らないなら、魔力が全く関与していないということになる」
「?」
僕たちは「そういうものだ」と納得ができる。それは、異なる文化を経験しているからだ。でも、ルミは、最初からこの世界で生きている。だからこそ、感じる違和感があるのだろう。
「やっぱり、そういうことなのか?ロスト山であたしの魔法がすっからかんになったのも。それなら理解はできる。いや、でも、そんなことがあり得るのか?」
ルミは立ち止まり、ぶつぶつと言葉を呟く。代名詞の多い内容で、彼女の中だけで完結しているようだった。口を覆っていた手を軽く振り、僕に向かって指を刺す。
「まあ、今証明すればいいか」
彼女の細い指を中心に、空間が歪み始める。空気の流れが変わったのがわかる。渦を巻くように、指に力が溜まっていく。
「ちょ、え、うそ」
それはまるで、銃口を突きつけられているかのようだった。セーフティを外され、今にも銃弾が発射される。
ルミが何かしらの魔法を発動しようとしている。それは、僕の脳天に向かって放たれようとしていた。
「じっとしてろよ」
「え、やだ、怖い怖い」
僕は慌ててオルの肩を持ち、僕の前に立たせる。暴れる彼を後ろからおさえ、盾とする。
「ちょ、お兄ちゃん!?」
「僕を守れ、オル」
「あの、え、眩しっ」
しかし、ルミの指から放たれたそれはあまりにも大きかった。あたり全体を光に覆い、僕らの視界を白に染めた。
「強制転移」
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